常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど…… 作:朧 泡沫
数分が経過した頃。
「落ち着いた?」
「……少し」
レヴィアはふぅ、と深呼吸をし、僕の問いかけに頷いた。荒れ狂っていた心はどうにか平静を取り戻せたらしい。顔は若干赤いものの、なんとかまともに会話ができそうだ。
いや、よかった、よかった。
僕が安堵すると、レヴィアは部屋の壁に背中を預けたまま、ムスッとした表情で僕に問うた。
「……私をどうする気なの?」
「え? どうって?」
「惚けないでよ。なんのお咎めもなし……ってわけじゃないんでしょ? 生徒会が態々、ここまで来たんだから」
「いや、別に何も罰を与える気はないけど」
「……え?」
きょとん。と目を丸くし、レヴィアは何度も瞬きを繰り返した。
「え、何もなし? 倫理的にアウトなことをしちゃったのに? じゃあ、何しに寮まで来たの?」
「まぁ、このことが広まらないようにコッソリと注意しにきたってとこかな。次からは産卵室でするようにって」
「本当にそれだけ? 本当は他の罰を用意してるんじゃないの?」
「う、疑い深いね……どうしてそう思うんだい?」
勝手に人の部屋で産卵するのは褒められたことではないけれど、別に被害者がいるわけでもないのだ。ただ少し、僕が驚いたというだけで……罰則が必要なほどのことでもない。
なぜそこまで怯えるのか。
僕の疑問に、レヴィアは膝を抱え、ポツリと告げた。
「……だって私、存在するだけで誰かに迷惑をかけるし」
「それは……種族特性のこと?」
「うん」
頷き、レヴィアは自分の両手に視線を落とした。
「少し感情を乱しただけで、すぐに周りから生命力を奪ってしまう……この力のせいで、いろんな人に迷惑をかけてきたの。本来私は、こんなところにいちゃいけないの。こんな色んな人が暮らす場所じゃなくて、もっと一人で、孤独な場所にいないと──」
「そんなことないよ」
言葉を遮り、僕はレヴィアに言った。
「孤独でいないといけない子は存在しないよ。誰だって生まれた瞬間から、幸福になる権利があるんだから」
「……先生」
「多分、学院から出ていくように言われるかもって思ったんだよね?」
「う、うん」
「僕はそんなこと絶対に言わない。寧ろ、出ていこうとするなら全力で引き留める。居辛いと思うなら、ここが君のいるべき場所なんだって思わせてみせる。だから安心して」
僕が一生懸命、伝わるように説明すると、レヴィアは一瞬安心したように表情を崩し、しかし、すぐに曇らせた。
「……ありがとう、先生。そう言ってくれて。でも、無理だよ。ここが私のいるべき場所なんて……そんなの、絶対に無理。この力がある以上、誰も私に近づけない。いや……私が近づけさせない。もう誰も、傷つけたくないから」
「それについては問題ないよ」
間髪入れずに僕は言い、一歩、彼女に近づいた。
「僕がいれば、君はどれだけ感情を乱そうと、種族特性を発現させることはなくなる」
「……どういうこと?」
「知らないかな? 妖精王オベロンはね──他者の種族特性を封じることができるんだ。勿論、一定時間のみだけど」
「ぇ」
レヴィアの瞳に光が──希望が宿った。
「ほ、本当に? 本当に、そんな力が?」
「本当だよ。実際に、僕は今でも種族特性を封印している人がいる。君もそうすれば、何の憂いもなく友達と楽しい学生生活を送ることができるよ……まぁ、とあることをしなくてはいけないから、君の許可が──」
「やる」
レヴィアは身を乗り出し、即答した。
「どんなことでも構わない。この力を封じられるなら、普通の生活を送ることができるなら、私は何だってやる。どんな対価も支払う。だから、先生、お願い」
「……わかったよ」
その覚悟と強い想い、確かに受け取った。
本人がこれだけ望んでいるのなら、僕が躊躇う必要はない。
思い切って、彼女の種族特性を封じることができる。
決意が揺るがないよう、そして実際に体感してもらうために、僕は敢えて具体的な説明を省き、レヴィアの首にそっと触れる。
ピク、と一瞬震え、反射的に身を引こうとする彼女。
逃がさない。僕は距離を取ろうとした彼女の顔に、一気に口を寄せ──ちゅっ。
朱に染まった頬に軽く、触れる程度のキスをした。
「──え、あ」
突然の行為に混乱し、レヴィアは何が起きたのか理解できない様子で、僕が口づけた頬に手を当てる。
そして、数秒。
何をされたのかを理解したらしく、顔を真っ赤にして、口をワナワナと震わせた。
「な、なななな、な、何を──」
「二人とも、もう大丈夫だから入っていいよ~」
「ちょ──」
僕が扉に向かって呼び掛けると、何を馬鹿なことを! とでも言うかのようにレヴィアが慌てる。この荒れ狂っている感情のままでは、二人の生命力を奪ってしまうと危惧しているのだろう。また、傷つけてしまうと。
そんな彼女に、僕が『大丈夫』と告げると同時に、ガチャ、と扉が開かれ、ミルエルとエニールが入室した。
二人──特にエニールは緊張した様子だったけれど、室内に入っても身体に異変がないことを確認すると、ホッと胸を撫でおろした。
「以前のように生命力を奪われている感覚はない……良かった」
「確か、レヴィアちゃんから半径二メートル以内が、種族特性の有効範囲でしたよね」
「うん。今は確実にその範囲内にいるけど、私たちは何ともない……何をしたんですか? ルディル先生」
「封じたんだよ、彼女の種族特性を。僕の種族特性でね」
「妖精王にはそんな力があったんですか……ちなみに、どうやって?」
「あー……」
ミルエルの問いに、僕はどうするべきか迷った。
教師が生徒に、頬とはいえキスをした。これは倫理的にどうなのだろう。あまりよろしくないことは確かだ。けれど、これをしないとレヴィアが平穏な学生生活を送ることができないし、今後のことを考えると……打ち明けるのが良いか。
短い時間で思案し、結論を出し、僕は二人に語った。
「言いづらいけど、キスだよ」
「「……キス?」」
「そう」
僕は自分の唇に人差し指を当てた。
「妖精オベロンは口づけた対象が持つ種族特性を一定時間封じることができる。一度のキスで……大体二十四時間かな? 首元に蝶の紋章が浮かぶんだけど、それが消えるまでは効果が継続する」
「あ、本当ですね。レヴィアの首に蝶の紋章」
「え、嘘……」
レヴィアは足元に転がっていた手鏡を拾い、自分の首元を確認した。
青い蝶の紋章。僕が口づけた直後から浮かんでいたそれを、マジマジと見つめる。
「本当だ……」
「それがあるってことは、封印は成功だ」
「あの、ルディル先生」
おずおずと、エニールが片手を上げて僕に尋ねた。
「先生の種族特性があれば、レヴィアが普通の生活を送ることができるようになる。というのは理解できたのですけど……効果は二十四時間で失われる、のですよね?」
「うん。そのはず」
「ということは……」
僕とレヴィア、それぞれを交互に見やり、エニールは言った。
「……毎日キスをしないといけないということですよね?」
「まぁ、そうなるかな」
「というか今更ですけど、さっきキスしたってことですよね? 私とエニールが心配しながら外で待機している時に。何だか釈然としないので、あとで私にもキスをしてください。生徒会長として、知っておくべきだと思うので」
「どんな理屈だよ。やりません」
「ありがとうございます。では、後ほど生徒会室でガッツリと」
「ミルエルの耳は誰の言葉を捉えてるんだ?」
しかもコッソリとかゆっくりじゃなくて、ガッツリなのか。
僕は思わず呆れを顔に出してしまう。と、クイ、と僕の裾が控えめに引っ張られた。
「ん? どうしたの? レヴィ──」
「いいよ、先生」
僕から視線を逸らし、恥ずかしそうにモジモジとしながら、レヴィアは躊躇いがちに言った。
「た、確かにちょっと恥ずかしいけど……普通の生活を送るためなら、誰も傷つけないために必要なことなら、私は大丈夫。受け入れる。先生との、毎日の、キス」
「本当に大丈夫? あと、このことは周囲には秘密だからね?」
「だ、大丈夫。周りに何か聞かれたら……秘密のことしてるって言うから」
「それはそれで誤解を招くから別の言い訳を考えてほしい」
「じゃあ、刻まれてるって言う」
「余計に駄目になったよ」
本当に大丈夫か? 何だか、レヴィアが平穏な学生生活を手に入れる代わりに、僕が平穏な教員生活を失うことになる気がするんだけど……。
いやまぁ、レヴィアが幸福になれるのなら安い代償とも言えるか。
そもそも僕は種族からして、平穏な教員生活なんて無理だろうし。
と、僕が現実を受け入れ、同時に諦めた時──。
「先生、キスのことはまた後で話すとして……あまり時間がないので、次は私の用件を済ませてもよろしいですか?」
「え? あぁ、うん。いいよ。キスの話はもうしないけど」
先ほどまでの緩んだ空気から一変し、表情を引き締めたミルエル。
僕が頷きを返すと、彼女はコホン、と咳払いを一つ挟み──レヴィアに手を差し向け、告げた。
「種族特性の問題が解決したところで恐縮ですが……レヴィアちゃん。生徒会執行部の一員になってくれませんか?」
「……へ?」
ミルエルの勧誘に、レヴィアはきょとんとした表情で、そんな声を零した。