常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど…… 作:朧 泡沫
学院での一日の業務が全て終わり、自宅に帰った夕暮れ時。
「あー……今日も疲れたなぁ」
一般家庭のものとしてはかなり広い浴室の湯船に身を沈め、僕は全身を脱力させて独り言を呟いた。
空間を満たす白い湯気。
浴槽を満たす白い湯の温度が身体に沁みる。
浸かっていると、身体と心に蓄積した疲労が滲み出ていくように思える。
嗚呼、心地良い。
安らぎに肺を満たしていた空気をゆっくりと吐き出し、僕は今一度全身を包む湯の感触と温度に意識を向けた。
「帰宅直後の入浴が、一番気持ちいいんだよなぁ」
呟き、僕は浴槽の湯を肩にかける。
今日は早朝から色々なことがあったので、昨日よりも疲れてしまったのだ。特に、朝も早くからレヴィアを膝に載せて産卵させたり、その後の授業でも生徒全員が産卵室に直行してしまったり、僕の個人職員室をピッキングで解錠しようとする子が続出したり……とにかく、色々あった。全て挙げるとキリがないほどに。
そんなこんなで疲れが蓄積していた僕は真っ先に入浴することにした。
食事も、のんびりするのも、全ては入浴で疲れを癒し、また身体の汚れを落としてから。幸いなことに浴室の掃除は昨日済ませてあったので、すぐに入ることができた。昨日の僕を褒めたい気分だった。偉いぞ、僕。
「……それにしても」
暫く頭の中を空っぽにしていた僕はふと、今日のことを考えた。
正確には、新たに生徒会に加わったレヴィアのことを。
「まさか、王種の生徒がいるなんてな」
全く予想していなかったことだ。
王種というのは産まれるのが珍しく、数百年間存在しなかった時期もある。
また同時期に複数の王種が存在していたとしても、その数は精々二人。それが今は、僕が知るだけでも四人もいる。
何か、奇妙な因果が関係しているとしか思えない。
しかも、それだけの数の王種と僕が巡り合っていることも、また偶然とは思えなかった。
「まぁ、どんな種族であろうと生徒に変わりはないんだ。あの子が幸福な学生生活を送れるように、サポートしてあげよう」
今後の方針を改めて固め、僕は湯の中に沈めていた右腕を持ち上げ、その手首を軽く擦った。
そこに刻まれた、未だ微かに痛みを発する、消えない古傷を──と、その時だった。
「──お兄様?」
浴室の外、扉から聞こえた少女の声。
しまった。鍵をかけるのを忘れていたか。
自分の失敗を悔やみつつ、僕は声を返した。
「ごめん、今入ってるから、もう少し待ってて」
「……わかった」
了承の返答。
良かった。と、僕が安堵に胸をなで下ろした直後──ガラッ。
勢い良く扉が開かれ、一糸纏わぬ裸体を惜しげも無く晒した灰色髪と獣耳を持つ一人の少女が入ってきた。
「なら、私も一緒に入るね」
「わかったって言ったなら入ってこないでよ!」
「私がわかったのはお兄様が入っているという事実。待つことは了承してない」
「いつから屁理屈を言う子になったんだ、リル!」
叫び、僕は少女──同居する家族、義妹のリルから視線を逸らした。
幾ら家族といえども、十五歳の少女の裸体を無遠慮に見るわけにはいかない。普通なら一緒に入浴するのを嫌がる年齢のはずなんだけど……甘え癖が治っていないらしい。
仕方ない。
まだ長く浸かっていたかったけど、ここは可愛い妹に譲るとしよう。不本意だけど、不本意だけど!
しかし、僕が善意と配慮で浴室から出ようとした瞬間……手早く身体を洗い終えたリルが逃さないと言わんばかりに、僕の膝上に乗ってきた。
乙女の柔肌、体温、獣人族特有の獣耳と尻尾。預けられる体重。
伝わってくるそれらに少しだけドキッとしつつ、やれやれ、と僕は諦めた。
代わりに、ピコピコと揺れ動くリルの獣耳を弄ぶ。
「全く……いい加減一人で入れるようになりなさいって何年も前から言ってるだろう?」
「別に一人でも入れる。ただ、お兄様がいたほうが嬉しいから一緒に入ってるだけ」
「甘えん坊は健在ですか」
「不治の病。永遠に治らないから、お兄様はずっと傍にいてね」
「お兄様的にはしっかりと独り立ちしてほしいんだけど」
「無理を言うものじゃないよ」
「無理じゃないと思うんだけど」
「この子は……」
相変わらず口だけは達者だな。
やや乱暴にリルの頭を撫でつけ、僕は溜め息を吐き、話題を変えて尋ねた。
「学校はどう? 楽しい? 三年生になって、クラスも変わったけど」
「楽しいよ。友達もいるし、授業もわかりやすい……ただ」
「ただ?」
「ちょっと距離を取る子もいるの」
こてん。
僕の胸に頭を預け、リルは複雑そうに言う。
「よそよそしいというか、遠慮してるというか。話しかけても逃げたり、同級生なのに敬語使ったり。避けられてるみたいに感じるの」
「あー……」
なるほど。
察した。そして、即座に誰も悪くないことを悟った。
同じ亜人ではあるが、同じ亜人ではない。
種族の壁。異なるルーツ。生物としての格。
生まれ持った生物の本能が、彼女の悩みの根源。
それは、即座にどうこうできるものではない。
僕はリルの頭を撫でたまま尋ねた。
「その子たちは皆、下位種の亜人?」
「うん。羊とか、鹿とか、森や草原に暮らす生物の亜人だよ」
「やっぱり。それは仕方ないよ」
遺伝子に刻まれた情報。
それが、育まれるはずの友情を阻害するものだ。
だって、リルの種族は──。
「王種フェンリル。獣の王様。その子たちがリルを嫌っているわけじゃないけど、本能が恐れているんだよ。かつて喰らい、喰らわれた者の関係が」
「でも私、仲良くしたい。種族とか関係なく」
「なら、向き合い続けて、言葉を交わし続けるんだ。言葉っていうのは、通じ合うために存在するんだから」
「できるかな。通じ合えるのかな」
「合えるさ。リルは優しくて、強くて、綺麗な子なんだから。きっとその子たちもわかってくれる」
「……うん、ありがとう」
嬉しそうに笑い、リルは僕の胸に頬を擦り付けて甘える。僕はそれを突き放すことなく受け入れる。
昔から変わらない。甘える時も、甘え方も。
もう十五歳、まだ十五歳。
いつ反抗期が来るかもわからない。今のうちに、甘えさせてあげようかな。
と、お兄ちゃん魂を心に芽生えさせた──時。
「ねぇ、聞いてもいい? お兄様」
「うん、なに?」
「さっきから気になってたんだけどね」
瞬間──殺気にも似た鋭く、そしてドス黒い雰囲気を纏ったリルは瞳から光を消し、闇を宿し、僕に問うた。
「このメスの匂い──何?」
「……」
……さて、どうすっかな。
背筋を凍らせ、額に冷や汗を滲ませ、僕は何て言い訳をしようかと考え始めた。