常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど…… 作:朧 泡沫
僕が黙り込む間に、リルは今一度匂いを確かめるように、スンスンと鼻を鳴らした。
「微かに甘い乙女の香り。極度の興奮状態、発情の匂い。年齢は十五……いや、十六歳。種族は……嗅いだことない。でも、かなりの上位種であることは確実。それこそ王種に匹敵するほどの。それに加えてこれは──分泌液……ッ」
「本当に凄い嗅覚だな……」
流石は狼の王様だ。石鹸で身体を洗ったのに、嗅ぎ分けるとは。
現実逃避気味に僕が感心すると、リルは先ほどよりもドス黒く、濃密な殺気を纏った。
「求める。説明。納得のいくやつ」
「その倒置法は何なんだ……」
「まさか、してないよね? 獣のような交尾」
「してないから。そんなこと断じてしてないから」
「なら、どうしてこんな匂いがするの?」
強く説明を求めるリルを宥め、僕は説明した。
「これはちょっとした事故があったんだよ。相手は、学院の生徒」
「事故ってなに? どういう事故があったら、お兄様の身体に分泌液が付着するの?」
「……僕のフェロモンで生徒の一人が暴走しちゃったんだよ」
事実であり、これ以上でもこれ以下でもない説明。
まぁ、どちらかというと事故というよりも勝負なんだけど……間違いではないだろう。
それを聞き、リルは納得したように頷いた。
「理解した。確かに、異性に対する免疫のない箱入り娘がお兄様の極上発情フェロモンに当てられたら、暴走するのは当然。これは責められない」
「わかってくれて助かるよ」
「私は寛容だから、許せる」
「その割には凄い殺気を放っていたけど」
「でも、これだけは言わせて」
纏っていた殺気を消したリルは、自分の腹部に両手をやり……強い決意を口にした。
「お兄様がどれだけの番を作ろうと構わない。だけど──最初に受精するのは私。これは絶対に譲れない」
「いや、そもそも僕たちは義理とはいえ兄妹だし、結婚するような関係じゃ──」
「私に温もりを教えた責任は取ってもらう。そして私も──お兄様に傷をつけた責任を取る」
リルは僕の右腕に触れ、その手首に刻まれた傷を見つめた。
「一生消えない傷。これは私の罪。一生をかけて償わないといけないもの」
「気にしなくていいって言ってるのに。これは事故。仕方なかったんだから」
「駄目。私がやった事実は変わらない。そしてあの時から、私の全てはお兄様のもの。ずっと一緒で、ずっと傍にいる」
だから。
柔らかな笑みを浮かべたリルは僕の手を頬に当て、言った。
「私もお兄様の腕の中で……産卵《だ》すね?」
「待て、やめろ。それは違うだろ!?」
「違わない。私で上書きさせてもら──あ」
「待て待て待て待てやめろ馬鹿狼!」
このままでは本当に産みかねない。
容易に想像ができる最悪の結末を回避するために僕が大声で叫ぶと、リルは渋々、心の底から不満そうな表情を作った。
「出会ったばかりの生徒はよくて、何年も前から一途にお兄様を愛している私は駄目なの?」
「本来全員駄目だよ! 学院でのことは本当に不可抗力だったんだ!」
「じゃあ、今から私がすることも不可抗力ということにしておこう?。大丈夫。男の子でも女の子でも、私たちの子供なら素晴らしい子に決まってるから」
「無精卵から子供は産まれないだろ……あぁ、もう!!」
もう、これしかないか。
埒が明かない状況を打開するため、僕は彼女に両手を伸ばし──ぐい、と彼女を引き寄せ抱きしめた。
僕からの抱擁に若干驚き、硬直するリル。
そんな彼女に構わず、僕は彼女の背中をポンポン、と優しく叩いた。
「……落ち着いた?」
「……うん」
僕の問いかけに、リルは小さく頷いた。
少しだけ顔を赤くしながら、抵抗することなく力を抜く。
昔からこうなのだ。感情や欲求を抑制できなくなった時、こうして抱きしめて背中を擦ると、リルは落ち着きを取り戻す。子供の頃から変わっていない。
良い子、良い子。
彼女を宥め、僕は続ける。
「不安にさせたのは悪かったよ。でも、本当に不可抗力だったんだ。僕も、相手の子も、望んであんなことをしたわけじゃない。お互いの種族特性と本能が暴走してしまった結果なんだ。信じてほしい」
「……」
「代わりに……出来る限りの埋め合わせはするよ」
「………………だったら」
数秒の間を空けた後、リルは完全に体重を僕に預けたまま、穏やかな声と柔和な表情で言った。
「もう少しだけこのまま、私を抱き締めていて。頭を撫でて、心臓の音を聞かせて。お兄様の存在を感じていたいから」
「勿論いいよ」
「あと、お風呂から上がったら髪を乾かして」
「そんなことでいいのなら、喜んで」
お安い御用。
快諾すると、リルは嬉しそうに微笑み、そのまま楽しそうに今日あった出来事を語ってくれた。
友達と話した会話の内容。
授業の内容。最近学校で流行っていることから、学校行事のこと。
小さな頃から変わらない、表情の変化は小さいが、高揚していることがよくわかる声色だ。
僕は時折相槌を打ち、彼女の声に耳を傾ける。
振り回されるし、多少困らせられることも多いけれど……やはり、リルは僕にとってはいつまで経っても可愛い妹のような存在だ。
大切な家族だから、憎めない。
どんなことがあっても、最終的には許してしまう。甘えさせてしまう。
だからこそ……いつまでも僕に囚われることなく、自分自身の幸福を追い求めてほしい。
まだ若い。未来の可能性は幾らでもあるんだから。
頭の片隅でそんなことを考えながら、僕はリルがのぼせ始める時まで、彼女の話を聞き続けた。