常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど…… 作:朧 泡沫
学院長室を出て、数分後。
「生徒会って……一体どんな子たちがいるんだろうな」
ミルクティーが入った紙コップを片手に中庭に敷かれた石畳の道を歩き進んでいた僕は、誰に聞かれるわけでもない独り言を零した。
考えているのは、僕が顧問を担当することになった生徒会執行部について。
部活動は基本的に毎日、全ての授業が終了した放課後に行われることになっている。
つまるところ、特定のクラスの担任を受け持つわけではない僕にとって、生徒会のメンバーは僕が最も関わる機会が多くなる生徒たちということになる。
どんな子たちがいるのか、気になるのは当然のこと。
学院長曰く、生徒会メンバーに選出される生徒は成績優秀で教員からの評価も高い優等生ばかりだそうだけど……果たして、今年はどうなのか──。
「……」
口を閉ざし、思考を止め、その場で一度立ち止まった僕は青い天を仰ぎ、祈る。
僕のフェロモンの影響を全く受けない子たち、とは言わない。
だけどせめて影響が少ない子、もしくは、影響を受けても本能を抑えられる強靭な精神力を有する子たちでありますように!
僕はギュッと目を瞑り、特に信じているわけではない神へ願った後、下ろしていた瞼を持ち上げた──と。
──天使が落ちてきた
これは何かの比喩でも、例えでもない。
本当に、空から天使の少女が落ちてきたのである。
とても美しい少女だ。微風に踊る純白の長い髪に、紅玉を思わせる大きな瞳。学院指定の制服に包んだ肢体は均整が取れており、女性的な丸みが感じられる。
そして何よりも僕の視線を奪ったのは、背中に携えた純白の大きな翼と、頭上に輝く光輪だ。陽光を受けて輝くそれらは間違いなく、天使族の象徴。
──綺麗な子だな。
視界に映る全てがスローモーションになって見える中、僕は迫りくる彼女を賛美する言葉を胸中で呟き──。
「うぐぉあ──ッ!?!」
鳩尾に走った強烈な衝撃に、僕は苦悶の声を上げて仰向けに倒れた。
原因は勿論、天使の少女だ。自由落下していた彼女は地面との距離が近くなった途端に翼を大きく広げて滑空し、そのままの勢いで僕に痛烈なタックルをかましたのである。当たりどころが悪ければ死んでいたのではないかと思うほどの、殺人タックル。
凄まじい威力だった。
あやうく紙コップを放り投げるだけではなく、胃袋の中に入っているものを全てぶちまけてしまうところだった。吐かなかったのは、奇跡と言っていい。
だが鳩尾はまだ痛い。それに呼吸もしづらくなって……あぁ、いや。呼吸に関しては、また別の原因だ。
「ちょ、ちょっと、君……?」
僕は腹筋に力を入れて上体を起こし、僕の胸に顔を押し当てている天使の少女に声をかける。
成人男性が一人、後方にぶっ飛ぶほどの衝撃だったのだ。
幾ら頑丈だったとしても、ノーダメージとはいかないはず。怪我でもしていたら大変だ。早く、保健室に連れて行かないと。
と、僕は少女の容体を心配し、声をかけて背中を擦る──が、すぐに心配したことを後悔することになった。
何故なら──。
「スゥ──ハァ──フゥ──」
理性の喪失。少女は発情期の獣も驚くほどの息遣いで、僕の匂いを嗅いでいたから。
遠慮など一切なし。理性や配慮は皆無。本能と欲求のままに、彼女は僕の胸に顔を押し当てたまま深呼吸を繰り返す。
一体何なんだ、この変な子は。
呆れつつ、僕は冷静に彼女を観察した。
制服からして、学院の生徒であることは間違いないのだけど……ここまで理性を失っている子は初めて見た。先ほどから僕の声は全く届いていないらしく、一心不乱に僕の胸元に顔を押し当て、必死に匂いを嗅いでいる。恐らく、僕のフェロモンで刺激された本能だけで行動している。
困ったな。
僕は生徒会室に行かないといけないのに、この子がガッシリと僕を抱きしめているせいで、動くことができない。
はてさて、どうしたものか……と、頭を悩ませていると。
「う……はぁ……」
やけに艶っぽい呻き声を上げた少女は姿勢を変えて僕の左足に跨り、顔と同じように、自分の秘部を押し付け始め──。
「いや流石にそれはアウトっ!!」
僕は堪らず叫んだ。
越えてはならない一線だ。生徒が教師の身体を使って情欲を満たすなんて、絶対にあってはならない。その一線を越えてしまったら、僕は路頭を迷うことになってしまう。
許すわけにはいかない。僕と、この子自身のためにも!
しかしどうする? 僕は非力だ。力ではこの子を引き剥がすことができないし、かといって助けを呼ぼうにも、周囲には誰もいない。
万事休すとはこのことか──いや。
「天使族……」
一度冷静になり、僕は少女が背中に携えた翼を注視した。
天使族の象徴。一切の濁りがない、美しい純白。これまでの人生で天使族は幾度も見てきたけれど、断トツで最も美しいと断言できる翼だった。
有翼種にとって、翼は安易に他者に触れさせてはならない、特別な部位。
可愛い生徒の翼に無断で触れることに大きな罪悪感を抱いてしまうけれど、背に腹は代えられない。
ごめん!
胸中で少女に謝罪した僕は罪悪感を押し殺しつつ、少女の白い翼へと手を伸ばし──その付け根を、グッと握った。
すると。
「うんに──アッ!?!」
少女は珍妙な声を上げて僕の胸から顔を離し、次いで、へなへなと脱力してこちらに凭れ掛かった。余程の感覚だったのだろう。彼女は全体重を僕へ預けたまま、ピクピク、と微細に痙攣している。まるで、微弱な電気が身体に流れているかのように。
やはり、有翼種には翼を責めるのが効果的。
ちょっとやり過ぎた感は否めないけれど……一先ず、彼女を止めることができて良かった。きっとこれで、話をすることができるだろう。
じゃあ、まずは名前から。
と、そう思った矢先──。
「うぅ……あ、駄目──ッ!」
「へ?」
突然、少女は多分な焦りを含んだ叫び声をあげ、ピンと両翼を伸ばし、僕の肩を強く掴んだ。
一体どうしたというのか。
明らかに様子がおかしい少女を心配して僕は彼女に声をかける。が、少女は僕の呼びかけに反応を示すことはなく、身体を微細に痙攣させ続けた。顔は赤く、呼吸は荒く、何かを堪えているようにも見える。
まさか、衝突の衝撃で具合が悪くなってしまったのか。
そうだったら大変だ。すぐに救急車を──いや、まずは保健室で応急処置をしないと!
生徒の危機に焦りながらも、今すぐに取らなくてはならない行動を冷静に考える。
やるべきことは決まった。まずは内線で保健室に連絡し、応援を呼ぼう。
と、僕はポケットの中に入っている携帯端末を取り出し、画面のロックを解除した──瞬間。
「──待てよ?」
ふと、脳裏を過った記憶に、僕は動きを止めた。
脳内に流れているのは、先ほどの始業式の光景。僕が登壇した瞬間、下腹部を抑えて見悶えた女子生徒たちの姿。
同じだ。
今の彼女は、あの時の生徒たちと同じ反応をしている。
と、いうことは……このままではマズイ!
これから起こること、少女の身に起きていることを察した僕は、咄嗟に離れようとする。が、少女よりも非力な僕では彼女の抱擁から逃れることはできず、無駄に藻掻くことしかできなかった。
ヤバイ、本当にヤバイ。僕の教員人生が初日で終わってしまうッ!
焦り、心の中で絶叫し、僕は最後の最後まで諦めることなく足掻き続けた。
しかし、そんな努力も虚しく──その時は、訪れてしまった。
「うっ……産卵るッ!」
僕にしがみつく力を強め、少女は悲痛さを感じさせる掠れた声を上げ──次の瞬間、彼女が跨る僕の腹部に生温かい湿り気が広がり、次いで、硬質な物体の感触が。
これは一体何なのか。
それはもう、わかりきっている。わかりたくないけど、わかってしまう。
「あぁ……終わった」
僕は天を仰ぎ絶望の呟きを零す。そんな僕とは対照的に、少女はとてもスッキリとして表情でフゥと一息吐き、思わず見惚れてしまうほどの美しい微笑を浮かべて言った。
その手に──白く丸い、産み立てホカホカの卵を持って。
「ごめんなさい……産卵ちゃいました」
「………………ね」
少女の報告に、僕は呆然と返す。
頼むから、夢であってくれ。
現実逃避気味に、そう願いながら。