常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど…… 作:朧 泡沫
五分後。
「大変申し訳ございませんでした」
産卵したことで正気を取り戻したらしい。
天使の少女は顔を真っ赤に染め上げて僕から飛び退き、そのままの勢いで石畳の上に土下座した。
惚れ惚れとしてしまうほどの、美しい、見事な土下座。
何故女子高生がこんな芸当を習得しているのか疑問に思いつつ、僕は一先ず取り出したハンカチで濡れた腹部を拭った。水とは異なり、粘性を持つ液体。何とか拭き取ろうと試行錯誤を繰り返すけれど、結果は失敗。拭えないどころか、寧ろ液体が侵食する面積を拡大することになってしまった。
駄目だ、こりゃ。
早々に諦めた時、少女が額を地面につけたまま言った。
「初対面の男性に急降下発情タックルを炸裂した挙句、そのままホールドして産卵までするなんて……乙女の風上にも置けない所業! どんな罰でも受けます! 煮るなり焼くなり、好きにしてください!」
「いや、罰って……」
少女の言葉に、覚悟に、僕は困惑してしまった。
確かに、彼女の行いはよくないものだったかもしれない。失礼であり、責められて然るべき行為だったかもしれない。
しかし、罰しなくてはならないかと言われると、首を横に振る。罰は罪に対して与えられるものであり、少女の行いは罪ではない。だから、罰が必要だとは思わない。
とにもかくにも、顔を上げて貰わないとまともに話もできやしない。
僕は視線を下に向け、彼女に声をかけた。
「頭を上げてよ。土下座なんて、簡単にするものじゃない。僕は怒ってないからさ」
「で、ですが、それでは私の気が済みません」
「うーん……じゃあ、何をすれば君は気が済むの?」
「それは……えっと──」
僕の問いに言葉を詰まらせた少女は悩む素振りを見せ──やがて、両手の人差し指を突き合わせ、ニヤニヤと口元を緩ませて言った。
「わ、私で……受精卵を作るとか」
「さては反省してねーな?」
嬉しそうに罰を求める奴があるか。
呆れて指摘すると、少女は慌てた様子で首を左右に振り、否定する。
「そんなことはありません! それはもう、深く反省しております! 穴があれば頭を突っ込みたい気持ちに駆られていますし、背中とお腹がくっつきそうにもなっていますッ!」
「腹が減ってるんだよ」
「いえ、空腹では……どちらかというと、お腹の奥が妙に疼く感じが──あ、また産卵そうな感覚が」
「普通にこの場で産もうとしないでくれる?」
僕は片手で顔を覆い、深い溜め息を吐いた。
情操教育と性教育は一体どうなっているんだ。産卵は本来、人前で行うことではない。無精卵を産むときは人目につかず、尚且つ衛生的な産卵室で。これが常識なはずだろう。
一体何なんだ、彼女は。
僕がそんな疑問を宿した視線を少女に向けていると、何とか産気を抑えることに成功したらしい彼女は『コホン』と咳払いを一つ挟み、ピンと背筋を正した。
「ルディル=アルヴァンヘイム先生ですよね。改めまして、お迎えに上がりました」
「迎えに来た……ってことは、もしかして君が?」
驚いて問い返すと、少女は頷き、一礼。
そして──名乗った。
「初めまして。アルフィーサ女子高等学院生徒会長。天空寮ディラウス所属、第三学年のミルエル=エンピレオと申します」
「やっぱり、か」
僕は少女──ミルエルをマジマジと見やった。
正直なところ、驚いた。始業式が終わった後も学院に残っていることから、何かしらの役職を持つ生徒であることは予想していたけれど、まさか生徒会長だったとは。いや、確かに佇まいに品があるというか、一般生徒とは違う雰囲気を醸し出してはいるけれど。
……学院長、話が違いますよ。
生徒会には理性的な子たちが揃っているんじゃ? 不意打ちで発情タックルかましてきたんですけど。寧ろ本能と欲望に従順過ぎるんですけど。
「……あの、ルディル先生?」
「あぁ、ごめん」
無言のまま見つめていたことを謝り、僕は笑って誤魔化した。
「てっきり、生徒会室にいると思っていたからさ。まさか、迎えに来てくれるとは」
「あ、その……」
「うん?」
恥ずかしそうに顔を赤らめて視線を逸らしたミルエルに首を傾げると、彼女は人差し指で頬を掻きながら言った。
「実は、当初は生徒会室で待っているつもりだったんですけど、ふと窓の外を見たら、ここを歩いているルディル先生の姿が見えまして。それで……」
「それで?」
「……気が付いた時には、窓を開けて飛び立ち、一直線にここへ向かっていました。なんというか、本能的に?」
「あー、なるほど……本当にごめんね」
僕は申し訳なくなり、ミルエルに謝った。
彼女のことは責められない。十中八九、僕が放出するフェロモンの影響を受けたのだろう。その結果理性を失い、タックルをして産卵をしてしまった、と。
全く、本当に厄介な種族特性だ。花の女子高生、多感な時期の乙女を暴走させてしまうなんて……本当に、何と謝ればいいのか。
やはりというべきか。僕はこの学院にいてはいけない男だ。
僕の存在、特性は、学院の生徒たちにとって危険すぎる──と。
「ルディル先生」
ミルエルが綺麗な瞳を輝かせ、僕に問うた。
「先ほど、学院長からメールを頂きましたが……本当に、生徒会の顧問を担当していただけるのですよね?」
「え? あ、あぁ、うん。そうだよ」
「やった!」
僕が肯定すると、ミルエルはとても嬉しそうにガッツポーズをした。
「フフ、フフフ、やった、やりました! ルディル先生の争奪戦に勝てるなんて……神様に祈りを捧げた甲斐がありました!」
「喜んでもらえて光栄だけど、そんなに嬉しい?」
「勿論ですよ!」
興奮気味に言い、ミルエルはズイっと僕に詰め寄った。
「学院唯一の男性教員! しかも若くて美しくて、全種族の乙女が憧れる妖精王オベロン! 拝謁の栄に浴せるだけでも光栄なのに、まさか傍にいられるなんて……これ以上に嬉しいことはありませんよ!」
「いや、でもオベロンは常時異性を魅了するフェロモンを分泌するから、一緒にいたらアレな本能が刺激されて大変なんじゃ──」
「問題ありません! 寧ろ色々と捗るので大歓迎です!」
「捗るって何が──いやごめん何でもないから言わなくていいよ」
何って、ナニだろうな、うん。
わかりきっていることを聞くべきではなかった。デリカシーに欠ける質問だし、やや興奮気味のミルエルは勢いに任せて答えそうだし。あぶねー。
直前言葉を飲み込めたことに安堵し、僕は左腕の時計を見やり、ミルエルに言った。
「こんなところで立ち話もあれだし、生徒会室に移動しようか」
「そうですね。ご案内します」
「よろしく。他のメンバーはいる? もう帰っちゃった?」
と、僕がミルエル以外の生徒会役員のことを尋ねると、彼女はきょとんとした表情で小首を傾げた。
「今期の生徒会はまだ、私以外いませんよ?」
「…………え?」
齎された、想定外の事実。
僕は思わず目を丸くし、その場で立ち尽くした。