常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど…… 作:朧 泡沫
待つこと、十数分。
「お待たせしました、先生」
ミルエルがその言葉と共に机へ置いた料理。
彼女が作ったそれは、オムライスだった。純白の器に盛りつけられたバターライスと、それを包み込む半熟の卵。その上からは食欲を刺激する芳醇な香りを放つ、デミグラスソースがかけられている。
完璧。誰もが想像する理想的なオムライスが、そこにはあった。
これが不味いはずがない。食べる前から確信する。絶対に美味い、と。
僕は大きな感動を胸に抱きつつ、これを作った素晴らしいシェフを見た。
「凄い……これ、本当にミルエルが作ったの?」
「も、勿論ですよ……ハァ……ハァ……い、一生懸命、作らせていただきました」
「え、なんで息上がってるの?」
まるで全力疾走をした後のように、ミルエルは呼吸を乱し、額に大粒の汗を浮かべている。頬は上気し、身体が熱を帯びていることまで一目でわかった。
とても料理をしただけでそうなるとは思えないのだが……怪訝な視線を向ける僕に、ミルエルは額の汗を拭い、オムライスを指さした。
「実は、かなり気合を入れてバターライスを炒めまして。それで、こんなに汗を」
「そ、そうなんだ」
「はい。でも頑張った甲斐もあって、普段以上の出来栄えになりました」
「そこまで頑張ってくれたんだね……ありがとう、ミルエル」
「いえいえ。さぁ、冷める前に召し上がってください。今が一番、美味しい時ですから」
ミルエルに促された僕は頷きを返し、スプーンを手に取った。
果たして、どれほどの美味しさなのか……いざ、実食。
半熟卵とバターライスをスプーンで掬い上げ、少し見つめた後、口内に運ぶ。
瞬間──カッ! と、僕は目を見開いた。
「う、美味すぎる──ッ!」
絶品だった。
これまでの人生で食べてきたオムライスの中で、間違いなく一番と言える美味しさ。特に僕を驚かせたのは卵だ。絶妙な焼き加減で舌触りが良く、また微かな甘味が感じられ、それがバターライスとデミグラスソースにマッチしている。
こんなに美味しい卵は、産まれて初めてだ。
僕の反応を見て、ミルエルが嬉しそうに笑った。
「御口にあったようで、何よりです」
「凄く美味しいよ。高級料理店で出せるくらいだと思う……本当に料理上手だったんだね」
「言ったじゃないですか、定評があるって」
「そうだね。ちなみに、これは何処の卵を使ってるの? これが特に美味しいんだけど」
「え、た、卵が特に、ですか?」
驚いた様子で目を丸くしたミルエルは何故か顔を赤くし、視線をあちこちに泳がせながら、小さな声で答えた。
「じ、実は、その卵は……実家で飼育している、白鳥の卵でして」
「へぇ、白鳥の卵だったんだ」
「は、はい。それで、あの、ルディル先生がよろしければ、幾つか産──取り寄せて差し上げますよ」
「え、いいの?」
「勿論です! 寧ろ、貰っていただけると大変嬉しいです!」
「そっか、なら、ありがたく頂くよ」
こんなに美味しい卵をくれるというのなら、断る必要はない。ミルエルの厚意に甘え、遠慮なくいただくとしよう。
喜びつつ、僕は再びオムライスを口に運んだ。
「……うん、本当に美味しい。ミルエルの料理の腕は凄いね。将来は絶対に、素晴らしい奥さんになるよ。伴侶になる人が少し羨ましくなるくらい」
「お、奥さんって──」
「お世辞じゃないよ。料理上手は良妻の証って昔から言われていることだし……話は変わるけど、本当に美味しい卵だね。これ以上に美味しい卵は存在しないんじゃないかな? 美味し過ぎて、これを産んだ子には感謝のハグとキスをしてあげたいくらいだよ」
「ハグ、キス──お……ッ!?」
「っ! ミルエル!?」
突然、ミルエルは自分の下腹部を抑えてその場に蹲った。
身体は微細に痙攣しており、呼吸は荒い。一見すると体調が悪そうに見えるのだが、彼女の表情は喜びに満ちた恍惚としたもの。顔と身体の状態が一致していない。
ど、どっちだ? 苦しんでいるのか、喜んでいるのか、判別することができない。
ミルエルの傍で膝を折った僕は困惑しつつも、とりあえず保健室に連れて行こうと、彼女の肩に手を添える。
だが、直後。ミルエルが首を左右に振った。
「ご心配、ありがとうございます。しかし付き添いは不要です、先生。体調を崩したわけではありませんから」
「で、でも──」
「大丈夫です。ただ──産卵そうになっただけです」
蹲った原因を簡潔に説明したミルエルはすくっと立ち上がり、悟りを開いたような薄い微笑を浮かべて僕に言った。
「先生は引き続き、お食事のほうを。私は少し、産卵室に行ってきますね」
バサッ!
行き先を告げたミルエルは僕が返事をする間もなく両翼を広げ、開いていた窓から飛び立った。彼女の羽ばたきが生み出した微風が身体を撫で、前髪を微かに揺らす。
……産卵室に行く、か。
暫くの間、ミルエルが飛び立った方角を見つめて呆然と立ち尽くしていた僕は、彼女が告げた行き先と目的を思い浮かべた後、机上のオムライスを見やり──。
「……まさか、ね」
浮かんだ一つの、馬鹿げた可能性。
それを振り払うように頭を左右に振り、中断していた食事を再開した。