常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど……   作:朧 泡沫

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第6話 職員室の青い卵

 少し後。

 オムライスを完食した僕は流し台で食器類を洗い、とてもスッキリした様子で戻ってきたミルエルと別れの挨拶を交わして生徒会室を後にした。

 

 次に向かう先は、僕に割り当てられた個人職員室。

 この学院では教師一人に対して個室の職員室が一部屋与えられており、それは新人である僕も例外ではない。僕たち教師は生徒たちのいる教室で授業を行う時間以外は基本的に、個人職員室で仕事をすることになる。つまるところ、勤務時間中は最も多くの時間を過ごすことになる場所、ということである。

 

 何故生徒会室から直帰せずにそこへ向かっているのかというと、荷物を取りに行くためだ。

 

 財布や携帯端末などの貴重品は肌身離さず持ち歩いているけれど、それ以外のもの──授業の準備に使う道具や教科書など──は、鞄の中に入っている。

 持って帰らなくても困りはしないが、だからと言って置いていくわけにはいかない。

 それを取ってから、帰路に着くとしよう。

 

「えっと、鍵、鍵は……」

 

 長い無人の廊下を歩き進みながら、僕は個人職員室の鍵を取り出そうと、スラックスのポケットに手を入れた──と。

 

「ん?」

 

 廊下の先に見えた存在に、僕は意識を其方へ向けた。

 小柄な生徒だった。

 肩口に毛先が触れる水色の髪に、海のような深い蒼に満ちた双眸。病的なまでに血色の悪い白肌。凹凸が少なく、スラリとした細い体躯。

 

 そして──側頭部から前に伸びる、二本の蒼い角。

 正確な種族はわからない。しかし身体的特徴からして、上位の種族である竜種に違いないだろう。

 彼女は片手を壁につき、フラフラと覚束ない足取りで廊下を進んでいる。呼吸も荒く、今にも倒れてしまいそうに見えた。

 

 何処からどう見ても体調が悪そうに見える。そんな生徒を放っておくことはできない。すぐに、保健室に連れて行かないと。

 僕は小走りで彼女に駆け寄り、声をかけた。

 

「君、大丈夫? 凄く辛そうだよ?」

「…………………え?」

 

 数秒の間を空け、少女はようやく僕の存在に気が付いたらしい。

 赤みを帯びた顔をゆっくりと上げ、僕を見やり、そのまま視線を固定し、

 

「……ルディル、アルヴァンヘイム?」

 

 何故か僕の名前をフルネームで告げ──次の瞬間、ボンッ! と顔全体を一気に紅潮させ、後ずさりをして背中を壁につけた。

 

「な、なな、なんでここに……もう、帰ったはずじゃ──」

「いや、この先に僕の個人職員室があるし、今は生徒会室からの帰りなんだけど……それより、大丈夫? 体調悪そうに見えるよ?」

「だ、大丈夫、大丈夫、だから……うっ」

 

 少女は強がり、立ち去ろうとしたのだが、身体は嘘をつけなかったようだ。ガクッ、と糸が切れた人形に膝をつき、力なくその場に頽れる。それでも彼女は何とか立ち上がろうとするものの、立てた片膝は笑うばかりだった。

 

「こ、この……ッ」

「全く大丈夫じゃないんだから、無理しちゃ駄目だよ」

 

 強がっても苦しいのは自分なのに……本当に、この年頃の子供は大変だ。どうしても大人に反発したがるというか、周りを頼ることを極端に嫌うというか。

 

 少しだけ呆れつつ、僕は少女を観察する。

 酷い風邪を引いているみたいだ。赤くなった肌は熱を帯びており、発汗が見られる。

 

 これ、保健室に連れて行くだけで大丈夫かな? 救急車を呼んで、病院に連れて行ったほうが良いんじゃ──。

 

「も、もう駄目、無理! 我慢できないッ!」

 

 少女の身を案じ、念のため医療機関に受診させることを考えていた時、突然彼女は雄叫びにも似た叫び声を上げた。

 

 いきなりどうしたんだ、この子は。

 僕が困惑し呆気に取られる中、少女は笑う膝をバシッ! と強く叩いて立ち上がり……先ほどまでの覚束ない足取りは嘘であったかのように、僕から逃げるように走り出した。

 

 美しいフォーム。陸上の選手かと思うほどの見事な加速。

 廊下は走ってはいけないという常識すら忘れてしまう──否、廊下は美しいフォームを意識して全力で走るべきであるという存在しない常識が脳裏に浮かぶ素晴らしい疾走に見惚れ、僕は声をかけることも出来ずに立ち尽くす。

 

 その間にも少女の背中はどんどん小さくなっていき、数秒足らずで長い廊下を走り切り、曲がり角の先に姿が消える──寸前。

 

「──ルディル=アルヴァンヘイムッ!」

 

 急停止して振り返った少女は僕の名前を叫び、ビシッ! と此方に指を突きつけ、顔を真っ赤に染めたまま宣言した。

 

「わ、私は絶対に、あんたのフェロモンなんかに負けないんだからッ!」

「……え」

 

 廊下中に響き渡った、少女の叫び。

 それを聞いた瞬間、僕は全てを理解した。

 彼女の足が覚束なかった理由。顔を赤くし、呼吸を乱し、調子を狂わせていた原因。

 

 答えは──僕だ。全ての元凶は僕が放出しているヤベェフェロモンだ。それの影響を強く受けたため、少女はあんなことになっていたのである。ミルエルと同じように。

 

 全部、僕のせいじゃないか──ッ!

 責任が自分自身にあることを自覚した僕はすぐに少女へ謝ろうとするが、気が付いた時には、既に彼女の姿は消えていた。気配も感じない。追いかけたところで追いつけない。いや、そもそも追いかけたら、再び僕のフェロモンが彼女の本能を暴走させてしまう。彼女のことを考えるなら、追わない選択がベストだ。

 

 やっぱり僕……教師向いていないな。本当にままならない。

 教員生活一日目にして適性がないことを悟り、ナーバスな気分になりながら、僕はトボトボと個人職員室へ向かった。

 

 解錠し、入室。

 扉を閉めることなく真っ直ぐに執務机へ近寄り、その上に置かれていた黒い革の鞄に手を伸ばす。

 

 さぁ、帰ろう。

 肩を落とし、溜め息を吐き、曇り模様の気分で僕は退室する──直前に、気が付いた。

 

「え?」

 

 壁際に設置された、一人掛けの黒いソファ。

 その上に──一つの青い卵が転がっていることに。

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