常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど…… 作:朧 泡沫
翌日の早朝。
爽やかな朝の陽光が窓から差し込む、暖かな生徒会室。
「ルディル先生は大変ですね」
柔らかなソファに腰掛け、甘いミルクティーを飲みながら、テーブルの上に置かれた代物を見つめたミルエルが苦笑した。
「まさかまさか、個人職員室に産み立て卵が置かれているとは……そんなことをされる教師は初めて聞きましたよ」
「僕もまさか、こんなことが起きるなんて思ってもいなかったよ」
言葉を返し、淹れてもらった珈琲を啜り、僕は溜め息を吐いた。
僕たちの視線が向くのは机上。そこに置かれたビーカーの中に入っている、綺麗な青い卵だ。それは昨日、僕の個人職員室に落ちていたもの。
これは一体誰の卵なのか。何故、あんなところに落ちていたのか。僕はこれをどうするのが正解なのか。
どれも全くわからず、一先ず、生徒会長のミルエルに相談するために持ってきたのだ。
ミルエルはビーカーを手に取り、至近距離から青い卵をマジマジと観察した。
「綺麗な卵ですね。まるで海の色をそのまま落とし込んだような、幻想的な色彩をしています」
「そうだね。部屋に飾っておきたいくらい綺麗だと思う」
「まぁ、ルディル先生はそういう御趣味が?」
「違うよ。それくらい綺麗ってこと……で、どうするべきかな?」
「うーん、そうですね……」
ゴト。
卵入りのビーカーを机上に戻し、ミルエルは顎に手を当てた。
「無難なところは、全校に注意喚起をし、この卵は産卵室に……というところでしょうが、それはちょっと避けたほうがいいですね」
「え、なんで?」
「あらぬ噂が出回るからです」
「噂?」
「はい。考えても見てください。ルディル先生は全ての亜人の乙女が憧れる妖精王。貴方が発する濃密なフェロモンは、既に昨日の始業式で味わってしまっています」
「まぁ、うん。否定はしないよ」
実際、昨日はそれで始業式が産卵式みたいになってしまったし。
渋々同意すると、ピンッ! とミルエルが人差し指を立てた。
「そんなルディル先生の香りが充満している部屋で産卵した者がいる……生徒たちは必死に犯人捜しをするでしょうし、何なら『次は私よ!』と暴走する模倣犯が続出します」
「そんな馬鹿な」
「冗談ではありませんよ。マジの話です。というか私がやりたいです」
「おいこら」
「失礼しました、つい本音が」
「冗談であってよ……」
「まぁ、それはよしとして」
「よくないんだけど!?」
僕の抗議を華麗にスルーし、ミルエルは代替案を告げた。
「余計な騒動を未然に防ぐためにも、産み主を特定し、直接口頭で注意する……というのが最善の案ですかね。如何ですか? ルディル先生」
「うん、まぁ、異存ないよ。特に被害を受けたわけでもないからね」
「ありがとうございます。では、早速情報収集のほうを──」
「それについてなんだけどさ」
僕はミルエルを遮り、問うた。
「この学院に──リヴァイアサンの亜人はいるかな?」
「リヴァイアサン、ですか?」
唐突な僕の質問に、ミルエルは目を丸くした。
疑問を抱くのは当然だ。リヴァイアサンは海洋を統べる種族であり、僕と同じ王種。希少種の中でも更に希少。数百年間で一人産まれるか、といった存在。
どうして、そんな質問を?
言葉にはせず、視線で問うミルエル。
僕はビーカーの淵を指先で小突き、答えた。
「この卵は多分、リヴァイアサンのものなんだよ」
「どうしてそんなことが? もしかして、見たことが?」
「直接この目で見たことはないよ。でも、文献として残っている情報と合致しているんだ。真球の形状、深海のような深い青。簡単には割れない硬度。そして何より……僕の本能がそう言っている」
王種の共鳴、とでも言うのだろうか。
ただ、これは自分と同種、同格のものであると、内にある自分が訴えているのだ。
根拠としては乏しい。けれど、信じてほしい。
僕の訴えに、ミルエルは数拍の沈黙を挟んだ後、
「……一名」
告げた。
「海洋寮オヴァ―ル所属の新入生に、リヴァイアサンの亜人がいます」
「やっぱり。じゃあ多分、産みの親はその子だろうね」
「かもしれません。けど、だとしたら少し困りましたね……」
「うん? なんで?」
「実はその子──かなりの問題児でして」
「問題児?」
「はい」
頷き、ミルエルは難しい顔を作った。
「まだ入学してから間もないですが、既に寮生は絶対参加の集会や食事会を無断欠席、他の生徒たちとも距離を取っているようで、上級生に対しても反抗的な態度が目立つと。海洋寮の寮長が手を焼いている様子でした」
「それはまた……まぁ、多感な時期だし、反発したくなる気持ちもわかるけどね」
「えぇ。ですが、ちゃんと話を聞いてくれるのかどうか……」
「大丈夫さ」
不安を吐露するミルエルを安心させようと、僕は柔らかな笑みと声で言った。
「ちゃんと話を聞いてもらえるように、僕がしっかりとサポートする。一人じゃないんだ。困ったら、遠慮なく僕を頼ってほしい。だから、安心して?」
「襲われてぇんなら普通にそう言えッ!!!!」
「誰もそんなこと言ってないんだけどッ!!??」
「あ、失礼しました」
「情緒どうなってるんだよ君のォ!!」
突然叫んだり、かと思ったら落ち着いたり。
乱れに乱れまくっているミルエルの情緒を案じたが、当の彼女は全く気にした様子もなく、いつも通りの微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、ルディル先生。これで安心して産──お話をすることができます♪」
「今なんて言おうとしたのか気になるけど聞くのはやめておくね」
「懸命な判断です。それでは、少し失礼して……」
ポケットから携帯端末を取り出したミルエルは少し離れた場所へと移動し、誰かと通話を始めた。
「もしもし、おはようございます。ミルエルです。早朝に申し訳ありませんが、これから其方に伺いたく……はい、はい、えぇ。そうですね、私とルディル先生の二人でして、大丈夫かと確認を──え? 余裕? 舐めるな? へぇ……フフ、フフフ、そう言っていられるのも今の内だと思いますよ? 精々丸一日産卵室から出られない、なんてことがないようにお願いしますね? それでは、また」
喧嘩をしているというか、腹の探り合いをしているというか。
あまり和やかではない意味深な通話を終えたミルエルが、とても楽しそうな様子で此方に戻ってきた。その瞳には、隠しきれないワクワクが宿っている。
「では、行きましょうか。あちらはルディル先生を歓迎するとのことでしたので」
「え、今から行くの?」
「えぇ。まだ一般生徒たちが登校するには時間がありますので、早朝の内に終わらせておこうかなと。それに絶対に大丈夫、と言質を取りましたから」
フフ、フフ、フフフフ。
本当に楽しそう、しかし、何処となく恐怖を覚える笑い方をするミルエル。
これまた意味深な彼女の様子に一抹の不安を覚えつつ、僕は先に生徒会室を出た彼女に追従した。