常時発情フェロモンを分泌している妖精王が、欲求不満な乙女が集う女子学院で教師になったら〜僕が力で勝てない圧倒的につよつよな生徒たちが僕の『アレ』を狙って迫ってくるんですけど…… 作:朧 泡沫
数分後。
『無断立ち入り禁止!!!』
エニールに案内されて到着した海洋寮の最奥。
他の部屋からは隔離されているようにすら思える部屋の扉の貼り紙を見て、僕は『なるほど』と思わず苦笑してしまった。
「この貼り紙だけでも、彼女が反抗期であることが容易に想像できるよ」
「フフ、ちょっと可愛らしくもありますね」
微笑ましいものを見るように、ミルエルが笑った。
確かに、と僕も共感する。こんなことをするのは、まだまだ未熟な子供である証拠だ。十代半ば、多感な時期にしか見られないもの。きっと本人は怒るだろうけど、子供らしくて可愛らしい。
「懐かしい……私もこんなことをしていた時期がありましたね」
「え、ミルエルにも? 意外だなぁ」
「三年ほど前です。当時の私はお父様に強く反発していて、こんな風に私室の扉に貼り紙をしたり、お父様と顔を合わせないようにしたり……」
「ミルエルのお父上はさぞかし辛かっただろうね。愛娘に避けられたら」
「お酒の量が増えていたそうですよ」
「だよねぇ」
大人は辛いことがあると酒に走るものだ。
本当にお疲れ様です。僕は密かに、ミルエルのお父さんを労った。
「それで……どうする?」
和やかな昔話を切り上げ、僕はエニールに問う。
と、彼女は扉を注視したまま言った。
「一先ず、私がいつも通り呼び出してみます。恐らく、出てきてくれないとは思いますが……」
「まぁ、まずはやってみよう。お願いね」
「はい」
さて、上手くいけばいいのだけど。
僕とミルエルが見守る中、エニールはゆっくりと扉に近付き……コンコン、とノックを二回した──瞬間。
「──絶対に出ないからねッ!」
「……あれ?」
扉の向こう側から聞こえてきた、妙に聞き憶えのある声。
これはもしや……。
声の持ち主、その姿を脳裏で思い浮かべる中、エニールが呼びかけ続けた。
「レヴィア。君に会いたいって人が来てるんだよ。出てきて」
「嫌ったら嫌! 絶対に出ない!」
「なんでそこまで頑なに……」
「だって、そこにいるのは──強制発情変態教師でしょ!!」
……なんて言われようだ。
しかし完全に否定することができないのが悲しい。
僕は若干悲しくなり、肩を落とす。だがそんな僕には構うことなく、室内の少女は続けた。
「し、始業式だけでは飽き足らず、遂にはこんなところまで来たってわけね……私を毒牙にかける気でしょ! その凶悪な変態フェロモンで! エロ同人みたいに!」
「いや、別に僕はそんなことしに来たわけじゃないんだけど……」
「とにかく帰って! 私はここから出ないし、扉は開けられないようにしたから!」
「開けられないように、ですか?」
ミルエルが首を傾げると、室内からは得意げな声が返ってきた。
「フフン♪ 扉の前に沢山の重い荷物を置いたから、入ることはできないよ! 無理矢理入ろうとしたって無駄なんだから!」
「全くこの子は……」
ハァ。深い溜め息を吐き、額に手を当てたエニールは困った子供を叱りつけるような口調で言った。
「レヴィア、失礼だよ。先生に対して!」
「初対面の女子生徒を大勢産卵室送りにするほうが失礼だと思うけど!」
「ねぇ、ミルエル。助けて。僕のダメージデカすぎ」
「大丈夫です。私は先生がどれだけエッチで変態でも構いませんから」
「慰めになってない」
僕の味方は何処にいるんだ……。
「それに……前にも話したでしょ」
不意に、声のトーンが落ちた。
「私の力は色んな人を傷つけるんだって。だから私は誰とも関わらないほうがいいんだって……国に命じられてなかったら、私はこの学院にもいなかったよ」
「レヴィア……」
「私は一人で生きていかないといけないの。誰かと関わりを持ったらいけないの。その人のことを不幸にして、危険に晒してしまうんだから……帰って。お願いだから」
悲しみを含んだ声だった。
これまでの人生で苦しんできたのだろう。辛い経験をしてきたのだろう。数え切れないほど、沢山。
産まれもった種族特性のせいで、傷つけるつもりのなかった相手を傷つけてしまい、危険に晒し、心を痛めてきたに違いない。
そんな経験があるからこそ、彼女は一人を選んだ。
本当は嫌なのに、普通の人生を送りたいのに。もっと笑って、楽しんで、仲間と共にある明るい人生を歩みたいはずなのに。
確かに、反抗期というのもあるだろう。
けれどそれ以上に、彼女が人を突き放すのは……彼女の優しさの表れだ。
他者を傷つけないためにという、思いやりの上での行動なのだ。
優しい。素晴らしい子だ。他者を尊重し、慈しむ、清らかな心を持った子。
だからこそ、僕はなおさら認められない。許せない。
こんなに素晴らしい子が辛い人生を歩むなんて。暗い日陰でしか暮らすことができないなんて……我慢できない。
だから、強引に連れ出す。
日向に。暖かい場所に。僕には、その手段があるから。
「エニール、退いて」
「ルディル先生?」
僕は扉の前に立ち、一つ深呼吸。
言葉で言っても、きっとレヴィアに届かない。
やはり──パワーだ。パワーこそが全てを解決する。
この閉ざされた、彼女が閉ざしてしまった扉を強引に開け放つことこそが、今を変える唯一の手段。
壊してしまうことにはなるけど、あとで学院長に謝ろう。
弁償で済むなら、それでよし。それ以上のことを求められたら……その時に考えるとしよう。
後のことは捨て去り、僕は意を決して、ドアノブを握った──と。
「……んん?」
感じた違和感。
僕は数秒間動きを止め……振り返り、エニールに問うた。
「ねぇ、エニール。もしかしてなんだけど……レヴィアって、結構面白い子だったりする?」
「面白い、ですか?」
「おっちょこちょいっていうか、言い方が悪いとポンコツっていうか」
「えっと、どうしてそのようなことをお聞きに?」
「いや、だって……」
実際に見せたほうが早い。
僕は掴んだドアノブを捻り、徐に──扉を引いて、開いた。
ほとんど力を入れず、普通に。
「この扉、引くタイプだよ?」
「「……」」
開け放たれた扉。無言でそれを見つめるミルエルとエニール。
先に広がる乙女の空間と、その中央で恥ずかしそうに顔を両手で隠して座り込む──昨日、廊下ですれ違った少女。
流れる沈黙。
気まずい空気。
さて、なんて声をかければいいのか……。
誰もが迷い、視線を逸らす中、
「…………私を、殺して」
レヴィアのか細い声が、小さく木霊した。
まぁ、うん。気持ちはわかる。恥ずかしいよね、そりゃあ……。
同情しつつもかける言葉が見つからなかった僕はとりあえず、グッ、とレヴィアに親指を立てた。
視線を向けると、ミルエルとエニールも同じようにしていた。
ドンマーイ、と。