これではないと僕は泣いた -二度目の人生で、ゲームと一杯のラーメンを完成させるまで-   作:朝凪小夜

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第十六話 光雨、世に出る

 冬野さんから返事が来る。

 やります、と冬野さんは言う。門の前で別れてから何日か経っていた。その間ずっと考えたのだろう。何年も追い続けた漫画の道を捨てるのは簡単ではない。捨てるのではないと自分に言い聞かせても、そう簡単には割り切れないはずだ。それでも冬野さんは決めた。あなたの言った器を信じてみます、と。私の絵と物語が本当に生きる場所があるなら見てみたい、と。もう門の外に立ち続けるのは疲れました、とも。僕は頭を下げて迎える。ブロスの物語の席にとうとう人が座る。骨と体と物語。三つが揃いはじめる。

 冬野さんは工房に来て最初に光雨を遊ぶ。

 弾の雨に何度も死ぬ。悔しがる。もう一度と繰り返す。作り手の目で遊びながらいつのまにか遊ぶ者の顔になっている。面白い、と冬野さんが呟く。悔しいけど面白い。ただの子供だましだと思っていました。ごめんなさい。冬野さんは素直に詫びる。僕は笑って首を振る。世間の誰もがそう思っています。だからこそ僕たちがやる意味がある。誰もが玩具だと侮る場所にこそ宝が埋まっている。冬野さんは光雨を遊びながらそれを肌で理解していく。侮っていたものの奥行きに触れていく。

 冬野さんの最初の仕事は光雨に顔を与えることだ。

 光雨は中身は良い。滑らかに降る美しい雨。痺れる駆け引き。けれど顔がない。題の文字も味気ない。始まりの画面も素っ気ない。遊ぶ前の人の目を引くものがない。僕と木戸には中身しか作れなかった。滑らかに動かすことはできる。痺れさせることはできる。けれど手に取る前の人の心を掴む一枚の絵は作れない。そこに冬野さんの絵が入る。

 冬野さんは光雨を何度も遊んでから絵を描きはじめる。

 まず遊ぶ。世界を掴むまで遊ぶ。それから筆を執る。降り注ぐ光の雨を描く。ただの弾ではない。夜空を斜めに切って落ちる無数の光条として描く。その下で小さな機がたった一つ健気に舞う。美しくて少し切ない一枚だ。弾幕という無骨な言葉が嘘のように美しい絵になる。題の文字も冬野さんが意匠する。光雨。その二文字が雨に濡れたように艶やかに置かれる。始まりの画面に一枚の絵が灯る。それだけで光雨がまるで違うものに見える。中身は同じなのに佇まいが変わる。子供だましの弾よけが一つの美しい世界に見える。手に取りたくなる佇まいに。

 冬野さんはただ表紙を飾ったのではない。

 光雨に物語の匂いを与えた。始まりの絵の中で小さな機はただの弾よけの点ではなくなる。降り注ぐ光の下でたった一つ舞う健気な存在になる。なぜその機は雨の中を舞うのか。何を守っているのか。どこへ向かうのか。冬野さんの一枚がそんな問いをそっと立てる。答えは描かれていない。けれど問いが立つだけで遊びに奥行きが生まれる。遊ぶ者はその問いを胸に弾の雨へ潜る。ただ避けるだけの遊びが誰かの物語になる。冬野さんは一枚の絵でそれをやってのける。物語の才とはこういうものかと僕は舌を巻く。

 これが物語の席の力か、と僕は唸る。

 僕と木戸には決して作れなかったものだ。中身は作れる。滑らかに動かせる。痺れさせられる。けれど人の心を最初に掴む一枚の絵は作れなかった。冬野さんはそれを一枚でやってのける。骨と体に美と物語が加わると遊びが急に豊かになる。三つの才が噛み合う。骨だけでは硬い。体だけでは無機質だ。そこに美と物語が宿ると遊びが命を持つ。ブロスがようやく本当の形になりはじめる。空いていた席が埋まると会社の輪郭が急に生き生きとしてくる。

 冬野さんが工房に加わって空気が変わる。

 男二人きりの殺伐とした工房に別の風が通う。冬野さんは無駄口を叩かない。けれど手が動く。黙々と描く。何年も断られ続けた手だ。断られてもやめなかった手だ。その手が今は断られない場所で動いている。認められる場所で動いている。冬野さんの筆が走る音が工房に混じる。僕の数字を打つ音。木戸の部品をいじる音。そこへ筆の音が加わる。三つの音が一つの部屋で鳴る。前の生涯で僕は独りの部屋の自分の音しか聞かなかった。今は三つの音が鳴る工房にいる。その豊かさに僕は時々手を止めて聞き入る。

 顔を得た光雨を抱えて僕はまた売りに出る。

 相変わらず門は重い。名もない会社の一本だ。売る手を持たない僕が頭を下げて回るしかない。頭を下げるのは苦手だ。作るのは得意だが売るのは苦手だ。それでも下げる。ブロスに売る手がない以上僕が下げるしかない。けれど今度は少し違う。冬野さんの絵のおかげで門前払いが減る。あの美しい一枚が相手の足を一瞬止める。せめて見てもらえる機会が増える。そしていったん遊んでもらえれば話が変わる。

 いったん遊んでもらう。それが最初の関門だ。

 遊んでもらえさえすれば光雨は自分で語る。けれどその一遊びまでが遠い。名もない会社の一本を誰も遊ぼうとしない。時間の無駄だと思っている。だから僕は粘る。ほんの一面だけでいいから触ってみてください。そう食い下がる。断られても次の店へ回る。何十軒も回る。足が棒になる。それでも回る。作ったものを人の手に触れさせるためだけに回る。作る苦しみとはまるで違う苦しみだ。頭を下げ足を棒にして触れさせる機会を乞う苦しみだ。前の生涯で僕はこの苦しみを知らなかった。作れば誰かが勝手に届けてくれると思っていた。違う。届けるのも作り手の仕事だ。少なくとも小さな会社ではそうだ。

 ある日僕は小さな問屋の主人に光雨を遊んでもらう。

 卓に機械を置いて走らせる。主人は最初気のない顔で操作桿を握る。またどこかの若造が持ち込んできた子供だましか。そういう顔だ。この手の売り込みを毎日のように追い返しているのだろう。主人は片手間に機を動かす。弾を避ける。一面をこなす。二面へ進む。

 やがてその顔が変わる。

 主人の手が止まらなくなる。もう一度。もう一度。気づけば主人は両手で操作桿を握り真剣な顔で弾の雨に潜っている。片手間の顔ではない。遊ぶ者の顔だ。しばらくして主人が我に返ったように顔を上げる。訝しげな顔だ。これは、と主人が言う。おかしいな。なぜこんなに滑らかに動くんだ。ほかの機械の遊びはもっとかくつく。もっとちらつく。弾がたくさん出ればなおさら重くなる。これは弾があれだけ出るのにまるで水だ。どうやってるんだ。僕は微笑んで答える。企業秘密です。主人は僕をしげしげと見る。それから光雨の画面にもう一度目を落として言う。理由はわからん。わからんが、これは気持ちがいい。手が離せん。困ったな。仕事なのに手が離せん。うちで扱わせてくれ。

 売る道がとうとう開く。

 開けたのは冬野さんの顔でも僕の口上でもない。光雨そのものだ。遊んだ者にしかわからない滑らかさだ。理由は言えない。ただ手が離せない。その手触りが主人を掴んだ。知られていないが妙に良い挙動。それがとうとう仕事になった。良いものは人を呼ぶと僕は信じてきた。その信が初めて形になる。作っただけでは届かない。売る手がなければ埋もれる。それでも本当に良いものはいったん誰かの手に触れればその手を掴んで離さない。触れさせさえすれば良さが自分で道を切り開く。触れさせるまでが苦しいだけだ。

 光雨が世に出る。

 問屋を通して店に並ぶ。磁気の帯に写されて売られる。雑誌にも載る。誌面に冬野さんの描いた光の雨が刷られる。名もない会社の一本がとうとう見知らぬ人々の手に届いていく。僕は自分の作ったものが自分の知らないところで遊ばれていることを想像する。どこかの部屋で誰かが光雨に潜っている。弾の雨に死んでもう一度と繰り返している。冬野さんの描いた光の雨に見とれている。その光景を想像するだけで胸が震える。前の生涯で僕が作ったものは膝の機械の中にあった。今僕の作ったものは見ず知らずの人の部屋にある。

 店先に光雨が並ぶのを僕は見に行く。

 自分の作ったものが店の棚にある。冬野さんの描いた光の雨が箱の顔になって並んでいる。ほかの遊びに混じって並んでいる。僕はしばらくその棚を眺める。奇妙な気持ちだ。頭の中にしかなかったもの。掌の機械の上の一滴だったもの。それが今こうして商品として棚にある。値が付いている。誰かが金を出して買っていく。若い客が光雨の箱を手に取る。冬野さんの絵に見入る。そして買っていく。僕はその背中を見送る。あの客が今夜あの箱を開けて光雨に潜るのだ。あの客の夜を僕たちの作ったものが奪うのだ。僕は棚の陰で密かに胸を熱くする。

 やがて評判が伝わってくる。

 ブロスの遊びは妙に気持ちがいい。そういう声が口伝てに広がる。理由は誰も言えない。ただブロスのはぬるぬる動く。ちらつかない。手に馴染む。弾が多いのに重くならない。遊んだ者がそう言い合う。なぜと問われても答えられない。答えられないままその評判が広がっていく。目に見えない滑らかさが目に見えない評判を生む。僕たちの隠れた奇術が隠れたまま人々を掴んでいく。桁を裏返す小技も模様を重ねて消す一手も表には決して出ない。出ないのに確かに効いている。見えない技が見えない口伝てを走る。真似しようにも中が見えない。だから真似されない。ブロスの滑らかさはブロスだけのものであり続ける。

 光雨は売れる。

 小さな市場の中でだが確かに売れる。名もなかったブロスの名が少しずつ知られていく。あの妙に気持ちのいい遊びを作る会社。あのぬるぬる動く弾の雨を作る会社。ブロス。その名が遊び手の間に広まる。売り上げの帳面に初めてまともな数字が並ぶ。二人きりで痩せていた工房に初めて余裕らしきものが生まれる。木戸が久しぶりにうまい酒を買ってくる。三人でささやかに祝う。冬野さんが少し笑う。門の外で涸れかけていた顔にようやく血の気が戻っている。

 僕はある日一通の便りを受け取る。

 遊んだ者からの便りだ。問屋を通して届いた一枚だ。拙い字で書かれている。おそらく若い遊び手だ。そこにはこう書いてある。夜通し遊びました。気づいたら朝でした。あんなに夢中になったのは初めてです。弾の雨がとても綺麗で死ぬのも忘れて見とれてしまいます。始まりの絵も大好きです。壁に貼りたいくらいです。作ってくれてありがとう。僕はその一枚を長いこと見つめる。

 拙い字だ。誤字もある。けれどその一枚に嘘はない。

 誰かに褒められたくて書いた便りではない。ただ夢中になった夜の興奮をそのまま誰かに伝えたくて書いた便りだ。その純粋さが胸を打つ。僕はこの便りの主を知らない。顔も名も歳も知らない。どこの誰かも知らない。けれどこの見知らぬ誰かと僕は確かに繋がっている。僕の作ったものを通して繋がっている。会ったこともないのに一つの夜を分け合った。僕が引いた線の中でこの誰かが夢中になった。線を引いた僕とその線の中で遊んだ誰か。二人は光雨という一本の糸で結ばれている。切れた物が繋がるように、会ったこともない者どうしが遊びを通して繋がる。

 胸の奥から熱いものが込み上げる。

 見知らぬ誰かが僕の作ったものに夜を忘れた。会ったこともない誰かがどこかの部屋で光雨に潜り朝を迎えた。それこそ僕がずっと願ってきたことだ。二度目の生涯で世に出したかったことだ。人を夢中にさせる。日の暮れるのも夜の明けるのも忘れさせる。原っぱで子供たちにやってのけたことを今は見知らぬ大勢にやっている。あの原っぱの夕暮れが何百何千の部屋に広がっている。僕の引いた一本の線の中で見知らぬ誰かが夢中で走り回っている。

 前の生涯で僕は独りで遊ぶ側だった。

 独りの部屋で光る画面に潜り夜を忘れ丼を啜り朝を迎えた。誰かの作ったものを独りで消費するだけの生涯だった。消費して消費してそれでも満たされず独りで果てた。あのころ僕は画面の向こうにいる作り手のことなど考えもしなかった。ただ与えられるものを貪るだけだった。今は逆だ。今は僕が作る側にいる。画面の向こうにいる側にいる。見知らぬ誰かを夜も忘れて夢中にさせる側にいる。消費する生涯から創る生涯へ。独りで潜る夜から誰かを潜らせる夜へ。二度目の生涯はとうとうその反転を果たした。便りの一枚がそれを証している。あのころ独りで啜っていた夜の孤独が今は誰かの夢中に姿を変えている。

 僕はその便りを冬野さんと木戸に見せる。

 木戸が嬉しそうに笑う。届いたな、と。俺たちの作ったものがちゃんと誰かの夜を奪ったな、と。冬野さんが便りを読んで目を潤ませる。私の絵を見た人がいる。私の描いた光の雨を綺麗だと言ってくれた人がいる。壁に貼りたいとまで。何年も門の外に立たされ続けた冬野さんにとってそれは初めての読者の声だ。編集者の断り文句ではない。遊んだ者の生の声だ。届かなかった才がとうとう誰かに届いた。三人で一枚の便りを囲んで僕たちは静かに喜ぶ。粗末な工房の一枚の便りが三人ぶんの長い苦労を一瞬で報いる。

 ブロスが回りはじめる。

 光雨の稼ぎで少しましな機械を買う。少しましな部屋に移る。三人分のめしが食える。まだ小さい。まだ危うい。それでも会社らしくなってきた。骨と体と物語が揃い最初の一本が当たり作り手の名が知られはじめる。長い助走の果てにとうとうブロスは走りだした。前の生涯で持てなかったものが今僕の手の中にある。仲間がいる。作るものがある。それを喜ぶ見知らぬ誰かがいる。独りで果てた生涯からは考えられない豊かさだ。

 僕たちは初めて人を雇うことも考える。

 まだ雇うほどの余裕はない。けれど光雨が売れ続ければいつか人手が要る。三人では作れる数に限りがある。会社を大きくするには人を増やさねばならない。増やせば僕の隠れた奇術を誰かに教えることにもなる。教えれば秘密が漏れるかもしれない。そのあたりの兼ね合いをどうするか。嬉しい悩みだ。前の生涯では抱えたことのない悩みだ。人がいなさすぎて困る悩みしか知らなかった。今は人が増えたらどうするかを悩んでいる。会社が回るとはこういうことか。悩みの種類が変わることか。僕は木戸と冬野さんとその悩みを分け合う。悩みさえ分け合える相手がいる。それがたまらなく豊かだ。

 その名の裏の意味を僕は時々思い出す。

 ブロス。兄弟であり出汁である名。今はまだ兄弟の意味だけが動いている。三人の縁がその名を体現しはじめている。裏の出汁の意味はまだ眠っている。封印したあの一杯の夢はまだ名前の奥で眠っている。舌の奥がたまに疼く。けれど今は蓋をする。今は遊びの時だ。会社が回りはじめたばかりだ。一杯はまだずっと先だ。順番は変えない。ただ名前の中で夢が眠り続けているのを僕は確かめて安心する。忘れてはいない。ちゃんとそこにある。

 けれど僕は浮かれてばかりはいられない。

 光雨は最初の一本にすぎない。僕の本当に作りたいものはもっと先にある。人を夢中にさせるだけでなく人の心を運ぶもの。世界のある遊び。物語のある遊び。冬野さんの繊細な絵と王道の物語が本当に生きる大きな一本。切れた世界を巡って人を繋ぎ直す物語。あれを作りたい。冬野さんの持ち込み原稿の中で眠っていたあの物語を遊びの器で甦らせたい。光雨で足場ができた今こそあれに挑む時だ。

 同時に僕は市場のざわめきにも気づいている。

 玩具の火は今や大きく燃え上がっている。誰もがこの火に群がりはじめている。良いものも悪いものも入り混じって世に溢れはじめている。作れば売れると皆が思っている。中身の伴わない粗末なものまで次々と世に出される。同じ絵を焼き直しただけのもの。遊べばすぐ飽きるもの。人を欺くようなもの。火が大きくなりすぎている。前の生涯で僕はこの手の熱狂がどう転ぶかを知っている。大きくなりすぎた火はやがて自らの熱で崩れる。粗製乱造が信用を焼き尽くす。僕はその崩れの影をかすかに感じる。遠くない先に来る崩れの影を。

 僕は仲間に一つだけ釘を刺す。

 どれだけ売れても粗いものは出すまい、と。作れば売れる時代だ。手を抜いても数は捌ける。誰もがそうして稼いでいる。けれどそれをやればブロスは終わる、と僕は言う。今は火が大きすぎて何を出しても燃える。けれど火が崩れたとき生き残るのは中身のあるものだけだ。手を抜いた者から先に焼ける。僕たちは焼ける側に回ってはいけない。売れているときこそ締めるところを締める。木戸が頷く。冬野さんも頷く。三人でその約束を交わす。この約束がやがて来る崩れの日に僕たちを守ることになる。まだ僕たちはその日の近さを知らない。ただ僕だけが影を感じている。

 けれど今はまだその時ではない。

 今は最初のヒットの余韻の中にいる。ブロスは回りはじめた。三人の才が噛み合いはじめた。見知らぬ誰かが僕たちの遊びに夜を忘れている。僕はその手応えを噛みしめる。噛みしめながら次を見据える。次はもっと大きなものを。冬野さんの世界と物語を載せた大きな一本を。切れた世界を繋ぎ直す物語を。

 冬野さんに僕は切り出す。あなたの持ち込み原稿を見せてください。あの裂かれた国の物語を。あれを遊びにしましょう。冬野さんの目が見開かれる。あれを。ええ。門の外で誰にも認められなかったあの物語を今度は大勢の胸に届けましょう。冬野さんの頬にまた血の気が差す。何年も誰にも求められなかった物語がとうとう求められる。断られ続けた原稿が とうとう遊びの器の中で甦ろうとしている。

 窓の外で運河が光っている。ブロスの最初の頁がめくられ次の頁が開こうとしている。僕は火傷の癒えた指で次の設計図を引きはじめる。

 

 

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