これではないと僕は泣いた -二度目の人生で、ゲームと一杯のラーメンを完成させるまで- 作:朝凪小夜
玩具の火はいよいよ大きく燃え上がっている。
誰もがこの火に群がっている。遊びを作れば売れる。売れれば金になる。その噂を聞きつけて次々と人が参入してくる。昨日まで別のものを作っていた会社が今日は遊びを作っている。機械のことも遊びのことも知らない者までが作っている。市場には遊びが溢れかえる。棚が埋まりきらないほどの遊びが世に出される。数だけを見れば産業は絶頂だ。玩具と笑われた火が世界を照らすほどに燃えている。
けれど僕はその炎の芯に嫌な色を見る。
溢れる遊びの多くが粗い。中身が伴っていない。ろくに遊べもしないものが立派な箱に入って売られている。ほかの遊びを丸ごと真似ただけのもの。始めてすぐ飽きるもの。そもそも動きすら怪しいもの。人を夢中にさせる工夫など何もない。ただ火に群がって一儲けしようという算段だけがある。作り手の誇りのないものが世に溢れている。買う者はそれを見抜けない。箱の絵だけを見て買う。そして家で遊んで落胆する。
僕はある日それを店先で目にする。
立派な箱が並んでいる。箱の絵は美しい。勇ましい絵だ。心躍る絵だ。ところが中身を知る者に聞けば首を振る。あれはひどい。買って損した。すぐ飽きた。動きもかくつく。そう言う。箱の絵と中身がまるで違う。箱が客を騙している。客は騙されて金を出す。出してから騙されたと知る。けれど後の祭りだ。返せない。次からは箱の絵を疑う。疑いながらまた別の箱に騙される。騙され騙され客の心が荒れていく。玩具の火に群がる者たちは客の信用を薪のように焼いている。今燃やせる薪を惜しみなく焼いて明日の火種を灰にしている。
その落胆が積もっていく。
僕はそれを遠くから眺めながら胸がざわつく。前の生涯でこの手の熱狂がどう終わるかを知っているからだ。人の落胆は積もる。積もった落胆はある日一斉に牙を剥く。買ってはずれ買ってはずれを繰り返した客はやがて棚そのものを疑いはじめる。この棚のものはどうせ子供だましだと。金を出す価値がないと。そう思われた瞬間に火は崩れる。大きく燃えた火ほど大きく崩れる。
これは前の生涯で何度も見た形だ。
新しいものに人が群がる。群がって過熱する。過熱すると質より数になる。数を追う者が増えるほど質が落ちる。質が落ちると客が離れる。客が離れると崩れる。どんな熱狂もこの道をたどる。上りが急なほど下りも急だ。玩具の火は誰も見たことのない速さで燃え上がった。ならば崩れるときも誰も見たことのない速さで崩れる。僕にはその崩れの形が手に取るように見える。見えるのに止められない。止める力は僕にはない。僕にできるのは自分の会社を崩れの中で立たせておくことだけだ。だから僕は早くから備えた。嵐の来る前に杭を打っておいた。
そしてある日海の向こうから報せが届く。
大西洋の向こうの大きな遊びの帝国が崩れたという。この火をいちばん盛大に燃やしていた国だ。遊びで巨万の富を築いた会社がいくつもあった国だ。その国の遊びの市場が一夜にして崩れたという。粗い遊びが溢れすぎて客がとうとう愛想を尽かした。買ってがっかりを繰り返した客が棚から離れた。売れ残りの山が積み上がる。潰れた会社の遊びが投げ売りされる。捨て値で市場に流れる。捨て値のものが流れれば正価のものが馬鹿らしく見える。まともな遊びまで値を崩す。値崩れが値崩れを呼ぶ。市場がみるみる縮んでいく。
その報せは数字を伴っていた。
海の向こうの遊びの市場が一年二年のうちに見る影もなく縮んだという。かつて巨万の富を生んだ市場がほとんど無に近いところまで痩せたという。あれほどの帝国がなぜと世間は驚く。天変地異でも戦でもない。ただ粗い遊びが溢れて客が愛想を尽かしただけだ。それだけのことで巨大な市場が崩れた。人の信用というものがどれほど脆いかをその数字は語っている。積むには何年もかかる信用が崩れるときは一夜だ。作り手が客の信用を軽んじた報いだ。僕はその数字を胸に刻む。信用を軽んじれば帝国さえ崩れる。ならば名もない小さな会社など一溜まりもない。
僕は知っていた。
こうなることを僕は前の生涯の知識で知っていた。光雨が売れはじめた頃からその影を感じていた。だから僕は仲間に釘を刺しておいた。どれだけ売れても粗いものは出すまいと。その言葉が今、現実の重みを持って返ってくる。海の向こうの崩壊は他人事ではない。同じ火は僕たちの国でも燃えている。同じ粗製乱造が僕たちの国でも溢れている。ならば同じ崩れが遠からず寄せてくる。
崩れは寄せてくる。
海の向こうの投げ売りの遊びがこちらの市場にも流れ込んでくる。潰れた者の在庫が捨て値で出回る。国じゅうに撒き散らされた粗い遊びが客の信用を削っていく。買う者が慎重になる。棚の前で財布の紐を締める。どうせまたはずれだろうと箱を戻す。遊びなど所詮子供だましだと大人が鼻で笑う。あれほど燃えた火が急に薄ら寒くなる。玩具の火に群がっていた者たちが今度は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
昨日まで遊びを作れと言っていた者たちが手を引く。
儲かると聞いて参入した会社が儲からないと知って撤退する。遊びなど所詮泡だったと言い捨てて去る。作りかけの遊びが放り出される。約束が反故にされる。市場から金の匂いが消えると人はこんなにも早く逃げる。火に集まった羽虫が火の陰りとともに散っていく。残るのは本当にこれが好きな者だけだ。儲けのためでなくこれを作りたくてやっている者だけだ。皮肉なことに崩れは市場を浄化する。羽虫を払い本物だけを残す。ただしその浄化の火は本物まで焼きかねない。羽虫と一緒に本物も焼けることがある。運悪く焼ける本物がある。
ブロスにもその波が押し寄せる。
問屋からの注文が減る。店の棚からブロスの遊びが引かれる。並べても売れないからだ。客が遊びそのものを疑いはじめているからだ。良いも悪いもまとめて疑われる。ブロスの遊びがどれほど良くても棚に並ばなければ届かない。並べてもらえなければ良さを見せる機会すらない。売り上げの帳面の数字がみるみる細っていく。せっかく回りはじめた会社が急に軋みだす。
工房に重い空気が流れる。
木戸が帳面を睨んで唸る。冬野さんが不安そうに僕を見る。金が入ってこない。このままでは蓄えが尽きる。人を雇うどころではない。三人が食っていくことすら危うくなる。とうとうこの日が来たかと僕は思う。海の向こうの崩壊がこちらへ渡ってきた。玩具の火が崩れる日が来た。二度目の生涯でようやく手にした会社が今崩れの波に呑まれかけている。
冬野さんが小さな声で言う。
私、また門の外に戻るんでしょうか。せっかく居場所を見つけたのに。冬野さんの声が震えている。何年も漫画の門の外に立たされ続けた人だ。ようやく認められる場所を得た人だ。その場所がまた崩れかけている。冬野さんの怯えは深い。もう一度あの門の外の寒さに戻るのかという怯えだ。木戸も口には出さないが同じ不安を抱えている。二人の顔に影が差している。僕はその影を見て思う。守らねばならない。この二人を。せっかく集めた縁を。切れかけていた才が集まってようやくできた工房を。崩れに呑ませてなるものか。
けれど僕は落ち着いている。
この崩れは予見していた崩れだ。突然の不運ではない。来るとわかっていた嵐だ。来るとわかっていたから僕たちは備えてきた。作れば売れる時代にも僕たちは粗いものを一つも出さなかった。売れるからと数を水増しもしなかった。一本ずつ締めるところを締めて出してきた。だからブロスの遊びには信用がある。客の信用が。その信用が今この崩れの中で物を言う。
問屋の主人が言う。
おかしなものだ、と主人が言う。棚のものが軒並み返品されてくる。客が愛想を尽かして遊びを買わなくなった。どこの遊びも売れない。ところがブロスのだけは返品がない。売れ行きは細ったが返した客がいない。買った客が離れない。それどころか名指しで買いにくる客がいる。ブロスのなら間違いないと。主人は僕を見て言う。この崩れの中で名指しで買われる遊びなど滅多にない。あんたのところの遊びは信用されている。だからうちも切らずに置いておく。崩れの中でも置いておく。
僕は頭を下げる。
その一言に僕は救われる。売る手を持たない僕がこれまで頭を下げて回ってきた。断られ続けてきた。けれど下げて回った日々は無駄ではなかった。頭を下げて一本ずつ手に触れさせてきた。触れた者がブロスの滑らかさを覚えた。覚えた者が名指しで買うようになった。その積み重ねが今、信用という形で返ってくる。作る誇りを崩さなかったこと。売る苦労を厭わなかったこと。その二つが崩れの中で命綱になっている。前の生涯で僕は良いものを作りさえすればいいと思っていた。違った。良いものを作り、なおかつ人の手に触れさせ、信用を積む。その全部が要る。作ると届けると信を得る。三つ揃って初めて崩れに耐える。
崩れの中で信用が僕たちを守っている。粗いものを出さなかったという、ただそれだけのことが今、会社の命綱になっている。作れば売れる時代には誰も信用など気にしなかった。信用など気にせず数を捌いた者ほど儲けた。けれど崩れが来たとき、その者たちから先に沈んでいく。信用のない遊びから先に棚を追われる。買ってがっかりの記憶が客を遠ざける。逆に信用のある遊びは崩れの中でも名指しで買われる。崩れは信用のあるなしを容赦なく選り分ける。締めておいた者だけが残る。
僕は仲間に言う。
嵐はしばらく続く。市場は縮む。苦しい日々が続く。けれど僕たちは締めておいた。だから沈まない。むしろこの崩れは好機だ。粗いものが焼き払われれば棚に隙間ができる。客が良いものに飢える。はずればかりを掴まされた客ほど本物に飢える。そのとき本物を持っている者が選ばれる。崩れが去ったあとの野原に真っ先に芽を出すのは、崩れを生き延びた本物だけだ。だから今こそ本物を作りためる時だ。木戸が頷く。冬野さんも頷く。三人の目が同じ方を向く。
僕たちは崩れの中で連環を進める。
切れた世界を巡って人を繋ぎ直す大きな物語。冬野さんの繊細な絵と王道の物語を載せた一本。市場が縮んでいるときにそんな大きな一本に挑むのは正気の沙汰ではない。周りの者はそう言うだろう。皆が縮こまって嵐をやり過ごそうとしているときに僕たちは大きな帆を張る。けれど僕は知っている。世が沈むときこそ川は水嵩を増す。皆が縮むときこそ大きく張った者が遠くへ行ける。前の生涯の知識と二度目の生涯の胆力で、僕はその賭けに出る。
なぜ今なのかと木戸が念を押す。
もっと安全な時に出せばいいじゃないか、と。嵐が過ぎて市場が戻ってから大きな帆を張ればいい、と。木戸の言い分はもっともだ。けれど僕は首を振る。嵐が過ぎてから作りはじめたのでは遅い。連環のような大きな一本は作るのに何年もかかる。今から作りはじめてちょうど嵐が明ける頃に仕上がる。客が本物に飢えたその瞬間に本物を差し出せる。皆が縮んで手を止めている今こそ、黙って大きな一本を仕込む時だ。仕込みは人目につかないところでやる。嵐の陰でこそやる。嵐が明けたとき手ぶらの者と一本を抱えた者では天と地ほど差がつく。木戸はしばらく考えてから頷く。なるほど嵐の間に仕込むのか。そういうことだ、僕は言う。
嵐は容赦がない。
崩れは僕たちの周りの者を次々と呑んでいく。ある日僕は同じ市場で見知った小さな会社が潰れたことを知る。若い作り手が二人で始めた会社だった。悪い遊びを作る連中ではなかった。むしろ真面目に作っていた。けれど信用を積む前に崩れが来た。名が知られる前に嵐が来た。運が悪かった。ただそれだけで彼らは沈んだ。僕はその報せを聞いて胸が痛む。彼らと僕たちを分けたのは才ではない。ほんの少しの時の運だ。僕たちが少し早く信用を積めたこと。彼らが積む前に嵐が来たこと。その差だけだ。
僕はその二人と一度だけ言葉を交わしたことがある。
同じ市場の集まりでだ。目を輝かせて遊びを語る若者たちだった。自分たちの作りたいものを熱く語っていた。あの目を僕は知っている。前の生涯の僕の目だ。今の僕の目だ。作りたいものがあって、それを世に出したくてたまらない目だ。その二人がもういない。会社をたたんで散り散りになった。作りかけの遊びは陽の目を見ずに終わった。彼らの目に宿っていた火は消えたのだろうか。それとも別の場所でまだ燃えているだろうか。僕にはわからない。ただ彼らの沈黙が僕の胸に重く残る。同じ火を持つ者が崩れに呑まれた。次は僕たちかもしれない。その怖さを僕は忘れない。
時代の濁流は容赦なく人を選り分ける。
良い者も悪い者もまとめて呑む。真面目な者まで呑む。運の悪い者を呑む。前の生涯でも僕は時代の濁流に何度も呑まれかけた。今度も呑まれかけている。呑まれずに済んでいるのは僕たちが少しばかり運が良かったからだ。少しばかり早く備えたからだ。それを実力と思い上がってはいけない。呑まれた者を嗤ってはいけない。僕はそう自分を戒める。生き延びた者の傲りほど醜いものはない。
崩れは半年か一年か続く。
その間ブロスは細々と食い繋ぐ。蓄えを削る。贅沢を切り詰める。三人で安いめしを分け合う。それでも工房の火は消さない。夜ごと連環の設計を進める。冬野さんが世界を描く。木戸が機械の体を組む。僕が骨を通し地肌を締める。市場が縮んでも三人の手は止まらない。止めれば崩れに呑まれる。止めなければ崩れを越えられる。
その半年は長かった。
毎月末に木戸が帳面を睨む。今月も食い繋げるか。来月はどうか。数字はいつも危うい線の上をふらついている。あと少し崩れが長引けば蓄えが尽きる。尽きれば工房を畳むしかない。その崖っぷちを僕たちは毎月渡る。渡りながら手だけは止めない。昼は問屋を回って細った注文をかき集める。夜は連環の設計を進める。冬野さんは描いた絵を何度も描き直す。妥協しない。崩れの中でこそ妥協しない。この一本が嵐明けの命綱になると信じて描き込む。木戸は乏しい機械の中に連環の広い世界をどう収めるかに頭を絞る。地肌の奇術を総動員する。三人とも痩せていく。痩せながら連環だけは肥えていく。
やがて崩れが底を打つ。
焼け野原になった市場に少しずつ人が戻ってくる。はずればかりを掴まされて離れた客がおそるおそる棚に戻ってくる。戻ってきた客はもう箱の絵だけでは買わない。慎重に選ぶ。信用のあるものを選ぶ。名指しで選ぶ。そのとき棚に残っているのは崩れを生き延びたわずかな会社だけだ。ブロスはその中にいる。焼け野原に立つわずかな緑の一つとしてブロスは残っている。
生き延びた実感が静かに湧いてくる。
派手な勝利ではない。ただ崩れに呑まれずに済んだというだけだ。多くの会社が消えた野原に僕たちはまだ立っている。それだけのことだ。それだけのことがどれほど得難いかを僕は噛みしめる。呑まれた者たちの中には僕たちより才のある者もいただろう。ただ運が悪かった者もいただろう。僕たちは才で残ったのではない。誇りを崩さず信用を積みそこへ少しの運が味方した。ただそれだけで残った。だから傲らない。残ったことに感謝して次へ進む。前の生涯で僕は独りで崩れて誰にも支えられなかった。今度は仲間と支え合って崩れを越えた。同じ崩れでも越え方が違う。
そして僕は次の波の気配を感じる。
崩れの向こうから新しい機械の噂が流れてくる。家の茶の間に据える箱だという。誰でも簡単に遊べる箱だという。掌の機械でも画面の机上の機械でもない。もっと大衆の茶の間に入り込む箱だ。その箱が来れば遊びの地図はまた塗り替わる。前の生涯で僕はその箱がどれほど巨大な波になるかを知っている。崩れを越えた先にもっと大きな波が待っている。玩具の火は崩れて、崩れて、そしてもっと大きく燃え広がる。次はもう一部の物好きの火ではない。国じゅうの茶の間を照らす火になる。
その波は僕たちを試すだろう。
茶の間の箱は今までの機械とは客が違う。物好きや若い技術者ではない。ごく普通の家族だ。子供もいる。親もいる。機械のことなど何も知らない人々だ。その人々に届く遊びを作らねばならない。難しく作れば届かない。易しく作れば侮られる。そのちょうどよい一点を新しい大衆の茶の間に向けて探らねばならない。難しい注文だ。けれど僕はその注文にわくわくする。より多くの見知らぬ誰かを夢中にさせられるということだからだ。物好きの数千から茶の間の数百万へ。僕の引く線の中で夢中になる人がそれだけ増える。
僕はその予感に身震いする。
崩れを越えた。信用が僕たちを守った。締めておいた者だけが残る野原に僕たちは立っている。けれど安堵している暇はない。次の波はもっと大きい。その波にどう乗るか。連環をどう間に合わせるか。茶の間の箱にどう挑むか。考えることは山ほどある。それでも僕は前を向いている。呑まれかけて、呑まれずに済んだ。生き延びた者として次の波へ進む。窓の外で運河が鈍く光っている。焼け野原の空に少しずつ光が戻りはじめている。