これではないと僕は泣いた -二度目の人生で、ゲームと一杯のラーメンを完成させるまで- 作:朝凪小夜
霧の中を歩いてきた男は、もうすっかり僕の中に立っている。
あの中華そばの日から数年が過ぎた。僕は七つになり近所の小学校に通っている。滲みは滲みではなくなった。輪郭を持ち重さを持ち僕の背骨の内側にまっすぐ収まっている。前の生涯のことを僕はもう夢のようには思わない。覚えている、と言うのが近い。長い長い一本の記憶として覚えている。だから僕は七つの体でありながら七つの子供ではない。朝顔の観察日記を書きながら頭の隅で別の計算をしている。ラジオ体操の列に並びながら三十年先の街並みを見ている。そういう子供だ。
困るのはこの記憶が便利すぎることだ。
僕は字を覚えるのが早かった。母が驚くより先に僕は新聞の見出しを読んでいた。足し算を教わる前に僕は釣り銭を暗算していた。理由は簡単だ。前に一度ぜんぶやったからだ。掛け算も割り算も分数も僕はもう知っている。知っているどころか遥か先の難しいものまで知っている。けれどそれを見せるわけにはいかない。七つの子供が微分の話をしたら親が青ざめる。だから僕は毎日加減する。どこまで賢く見せてどこから隠すか。授業で手を挙げる回数を数える。わざと間違える問題を選ぶ。普通の子供の輪郭を自分の上にかぶせて生きる。
それは奇妙な仕事だ。忘れたい過去を使って今日を切り抜けている。二度目の生涯はこの過去を薄めていくためにあるはずなのに、その過去がなければ僕は一歩も進めない。持て余しているものを手放せずに握っている。握った手のひらが少しずつ汗ばんでいく。そういう毎日だ。
学校で一度だけ、加減を間違えたことがある。
算数の時間だった。先生が黒板に問いを書く。誰かが答えを求められて口ごもる。教室が静まる。その沈黙が僕には長すぎた。気づいたときには僕は答えを口にしていた。それだけならよかった。僕はつい、答えにたどり着く別のやり方まで喋ってしまった。もっと速いやり方があります、と。教室がしんとした。先生が眼鏡の奥で僕を見た。徹くん、それはどこで習ったの。習っていない。誰にも習っていない。前の生涯で覚えただけだ。僕は口をつぐんだ。本で読みました、と小さく答えた。先生はしばらく僕を見て、それから、よく勉強しているのね、と言った。褒め言葉だった。褒め言葉のはずだった。けれどその声には、微かに戸惑いが混じっていた。子供の顔をした何かを覗き込むときの、あの戸惑いが。僕はそれきり、教室では加減を一段きつくした。速いやり方は胸の奥にしまった。目立たない子供でいることが、この街で生き延びるための最初の技術だった。
僕がいちばん惹かれるのは機械だ。
ラジオの裏板を外すと真空管が橙色に灯っている。僕はその熱を頬に感じながら飽きずに眺める。ここで音が生まれてここで電気が音に変わる。その道筋が僕にはなんとなく見える。父の町工場に連れていかれた日には旋盤の前から動かなかった。金属が削られて形になる。鉄粉が渦を巻いて床に落ちる。油と熱の匂いが立ちこめる。工員たちが汗を光らせて機械を回している。僕はそれを一日でも見ていられた。父は嬉しそうに僕の頭を撫でた。徹は工員になるかもなあと言った。僕は曖昧に笑った。ちがう。僕が触れたいのはもっと別のものだ。目に見える歯車や刃ではなく、目に見えない手順そのものだ。同じ箱に別の順番を教えれば別のことをする。その順番を人間が書く。僕はそれを書く人間だった。けれどそれを説明する言葉を、この時代の誰も持っていない。あの機械はまだこの国のどこにもほとんどない。あっても大学や大きな会社の奥の空調の効いた部屋に鎮座して人間を寄せつけない。部屋いっぱいの箱。回るテープ。穴の開いた紙。あれに触れる日まで僕は途方もなく待たなければならない。待つことには慣れているつもりだった。それでも機械の前に立つと胸の奥がひりつく。
ある日、家のラジオが鳴らなくなった。
父が叩いても振っても沈黙したままだ。買い替えるしかないと父はため息をついた。僕はそのラジオを預かって縁側に運んだ。裏板を外す。焼けた匂いのする部品を指でたどる。前の生涯の指がここで役に立つ。この時代の回路は驚くほど素朴だ。素朴すぎて、どこが切れているかがすぐにわかる。半田ごてはないから、外れかけた線を撚り直して押さえる。二時間ほどいじって、僕はスイッチを入れた。雑音のあとに歌が流れ出した。
母が台所から出てきて、それを見て立ち止まった。
あんた、それ、直したの。うん。どうやって。僕は答えに詰まった。なんとなく、と言った。なんとなく、では母は納得しなかった。母はしばらくラジオと僕を見比べていた。喜ぶより先に、また少し困った顔をした。近所の大人が集まってきて、器用な子だと口々に言った。将来は電気屋だなと笑った。笑いながら、誰も僕の目をまっすぐには見なかった。七つの子供が壊れたラジオを黙って直す。それはこの街の物差しに載らない出来事だった。物差しに載らないものを、人は褒める顔をして遠ざける。僕はそれを、そのとき初めてはっきりと知った。役に立つほど、僕は「わからない子」になる。
隣の家にテレビが来たのはその年の秋だ。
路地じゅうの子供が縁側に集まった。障子を開け放った座敷の真ん中に木の箱が据えられて、その中で人が動いて喋る。大人までが口を開けて見上げていた。誰もがそれを魔法のように見ていた。僕だけが魔法だと思えなかった。僕はこの箱の先に何が来るかを知っている。もっと薄くもっと大きくもっと鮮やかになり、やがて人が箱に向かって指を動かし、箱の中で自分が動かすものが現れる日が来る。僕が作っていたのはそれだ。あの光る板は、この木の箱の遠い遠い子孫だ。僕は縁側の隅で膝を抱えてそれを思う。誰も知らない未来を独りで抱えているのは、賑やかな座敷の真ん中でひとり静かな部屋にいるようなものだ。皆が同じ方を向いて笑っている。僕だけが、その笑いの三十年先を見ている。
弟が生まれたのは冬だった。
母の腹が大きくなり、ある夜に産婆が呼ばれ、朝には赤ん坊がいた。しわくちゃで赤くて猿のようだと僕は思い、そう思った自分に少し驚いた。父は生まれて初めて見るような顔で笑っていた。母は疲れきった顔でそれでも幸せそうだった。家じゅうの重心がその小さな塊のほうへ静かに移っていくのがわかった。おしめの匂いと乳の匂いが味噌汁の匂いに混じった。夜泣きが野球中継を追い出した。母の割烹着はいつも少し濡れていた。
僕はその赤ん坊を長いこと見つめた。
妙な気持ちだった。この子は僕の弟だ。血の繋がった弟だ。けれど僕の中の男には弟などいなかった。独りで生まれて独りで死んだ。だからこの小さな手が僕の指を握った時、僕はどう受け止めていいのかわからなかった。可愛いとも思う。遠いとも思う。この子はこれから普通に育つのだろう。普通に笑い普通に泣き普通に大人になるのだろう。僕のように余計なものを一生分抱えたりせずに。それが羨ましくもあり少し寂しくもあった。
ある晩、赤ん坊が火のついたように泣いて、母がどうしてもあやせなかったことがある。
母は疲れ果てていた。父は工場の夜勤で留守だった。僕は布団を抜け出して赤ん坊の傍に座った。理由はわからない。ただ放っておけなかった。僕は前の生涯の、独りきりの長い夜のことを思い出していた。あの夜、誰かがそばにいてくれたら、と。だから僕は弟の小さな背中に手を当てて、ゆっくりと一定の律動で叩いた。心臓の速さより少しだけ遅く。人が眠りに落ちていくときの速さで。泣き声がしゃくり上げに変わり、やがて寝息に変わった。母が呆然と僕を見ていた。あんた、どこでそんなこと。僕はまた答えられなかった。なんとなく、と言うしかなかった。母は僕から赤ん坊を受け取って、ありがとうと言った。ありがとうと言いながら、その目にはまた、あの薄い戸惑いがあった。おまえは僕の知らない人生を歩め。眠った弟の頬に触れて僕はそう思った。夜の背中の温かさだけが、指の腹に長く残った。
弟が家の中心になってから、僕はいっそう独りになった。
悪いことばかりではない。大人の目が弟に向くぶん、僕は自由になった。押し入れの奥で本を読んでも誰も探しに来ない。日が暮れるまで機械を眺めていても叱られない。僕は独りの時間を手に入れた。前の生涯でもそうだった。独りは僕の住み慣れた部屋だ。けれど自由の裏側で、家族との間に薄い膜のようなものが張っていくのを僕は感じていた。
母はときどき僕を見て困った顔をした。
この子は何を考えているのかしらねえ。ある晩そう呟くのを僕は襖の陰で聞いた。父が新聞をめくりながら、頭がいいんだからいいじゃないかと答えた。母は少し黙ってから、そうじゃなくてね、と言った。そうじゃなくてね。それきり言葉は続かなかった。母にもうまく言えなかったのだ。この子は賢い。それは嬉しい。けれど賢さの奥に、母の手の届かない場所がある。子供の顔をして子供でない何かがそこに座っている。母はそれを感じていた。感じて言葉にできずに困っていた。
正月に親戚が集まったときも同じだった。伯父が僕に難しい問いをふざけて出す。僕は普通の子供らしく首をかしげてみせる。わざと外す。座は笑う。可愛げがあると伯父は満足する。僕はほっとする。可愛げとは、この時代で子供が身にまとうべき保護色だ。僕はそれを毎日つくろっていた。つくろうたびに、本当の自分がまた一枚遠くなった。
僕は同じ年ごろの子供たちとうまく遊べなかった。鬼ごっこも缶蹴りもベーゴマも体は動かせる。けれど心のどこかがいつも冷めている。彼らが本気で泣き本気で笑うその真ん中に僕はどうしても入りきれない。三十年分の記憶を抱えた子供にとって原っぱの喧嘩はあまりに小さくあまりに眩しかった。僕は輪の外から彼らを眺めることが多かった。眺めながらその本気を羨んでいた。
けれどある日、僕はつい、いつもの癖を出してしまった。子供たちが石を蹴って退屈しているところへ僕は地面に棒で四角をいくつも描いた。ここからここまで石を蹴って進む。線を踏んだら戻る。二人組で交代する。ただそれだけのどうということのない決まりだ。前の生涯で覚えた面白さの骨組みだけをその辺の石と地面に移しただけだ。単純にする。すぐわかるようにする。あと一歩で届きそうで届かない匙加減にする。もう一回と言いたくなる隙間をちゃんと空けておく。
子供たちは最初きょとんとしていた。それから一人が石を蹴った。線を踏んで戻された。悔しがった。もう一回、と言った。その「もう一回」を聞いた瞬間、僕の胸の奥であの光る画面の記憶が熱く疼いた。
夕方まで原っぱは僕の描いた四角の上で沸いた。子供たちは何度も何度も石を蹴り線を踏んでは戻り笑い怒りまた並んだ。日が暮れて母たちが呼びに来ても、あと一回、あと一回、と誰も帰ろうとしなかった。僕は輪の外ではなくその真ん中にいた。ラジオを直したときと違って誰も僕を遠ざけなかった。徹、次はどんな決まりにする。子供たちが僕を見上げていた。恐れではなく期待の目で。
僕は初めてこの生涯で、自分の手が人を遠ざけずに引き寄せるのを見た。機械を直せば人は僕を「わからない子」として遠ざける。けれど面白さを組み立てれば人は僕のまわりに集まってくる。知識は膜を張る。遊びは膜を溶かす。同じ一つの記憶から出てくるものなのにこんなにも違う。僕はその夜、布団の中で長いことそのことを考えた。あの一杯を作る前に、あるいはそれと並んで、僕にはもう一つやるべきことがある。人を夢中にさせるあれを作ること。そのために僕は生き直したのかもしれない。四角い地面の熱がまだ手のひらに残っていた。
それでも僕はこの家が好きだった。
父の硬い手が好きだった。母の割烹着の味噌の匂いが好きだった。弟の夜泣きさえ、慣れてしまえば夜の伴奏のようで悪くなかった。前の生涯にはこれがなかった。帰る家に灯りがついていること。誰かが飯だと呼ぶこと。おかえりと言われること。僕はそれを毎日ひそかに噛みしめた。噛みしめるほどに、この温かさもまた僕の指の間を通り過ぎていくのだとわかっていた。膜は薄いが確かに張っている。いつかこの家を出る。京の都まで遠く離れる日が来る。その予感さえ僕の中ではもう決まった過去のように据わっていた。切れるとわかっている糸を、切れるとわかったまま握っている。握りながら、今はまだ握れることを、僕はそっと喜んでいた。
街はどんどん変わっていった。
路地の向こうで槌の音が絶えなくなった。低い屋根の列に足場が立ち、鉄骨が空を刺しはじめた。国じゅうが大きな催しの話でもちきりだった。聖火が来る。道が広くなる。遠くの街まで矢のように速い列車が走る。銭湯の湯気の中でも、縁日の綿飴の前でも、大人たちの声には熱があった。前へ前へと傾いでいく熱だ。子供の僕にはその熱が眩しく、僕の中の男にはその熱が切なかった。この熱がどこまで昇ってどこで一度冷えるかを男は知っている。膨らんで弾ける遠い夜のことまで知っている。地面の値が空まで昇ってある日ふいに崩れ落ちる夜のことを。けれど今は誰もそれを知らない。誰もが上ばかり見ている。僕は上を見る皆の横顔を見ていた。この人たちの誰も未来を知らずに一所懸命に生きている。それがなぜか胸を打った。知らないということは、こんなにもまっすぐに生きられるということなのだ。
ラーメンの渇きは、深い場所で疼き続けていた。
蓋をしたはずだった。沈めたはずだった。それでも湯気の匂いを嗅ぐたびに蓋の隙間から冷たい風が漏れた。ある夜、夜勤明けの父が僕を屋台に連れて行ってくれたことがある。裸電球の下で、湯気が寒空に白く昇っていた。父は嬉しそうに一杯を僕の前に置いた。僕は割り箸を割り、湯気を吸い込み、啜った。温かかった。しょっぱかった。父と二人で夜の屋台に並んでいるという、それだけで泣きたいほど幸せだった。そしてその一杯もまた、はっきりと「これではない」だった。幸せと欠落が同時に喉を通った。僕は父に気づかれないように、その両方を飲み込んだ。
どれも真面目でどれも温かかった。そしてどれも違った。啜るたびに僕は静かに丼の底へ沈んだ。悪くない。悪くないのに違う。この繰り返しに僕は少しずつ慣れていった。慣れながら、慣れてはいけないとも思った。この渇きは僕の羅針盤だ。これが鈍れば僕は行き先を見失う。だから僕は違うと感じるたびに、違うという感覚をわざと胸に刻んだ。刻んで研いだ。いつか自分の手で応えるために、渇きだけは鈍らせずにおくと決めた。他のすべてを忘れても、これだけは最後に取っておく。そう決めていた。
遠くへ行かねばならないという思いは年ごとに濃くなった。僕が触れたい機械はこの下町のどこにもない。新聞の隅に、大きな大学が計算のための機械を入れたという小さな記事を見つけたことがある。僕はその記事を何度も読んだ。西の古い都の名があった。海の向こうの国の、部屋いっぱいの頭脳の話もあった。僕の行くべき場所はこの路地の先ではなく、そのもっと遠くにあった。学ぶべきことを学び触れるべき機械に触れるために、僕はいつかこの家を出る。父の硬い手も母の味噌の匂いも弟の寝息も置いていく。
それを思うと胸が二つに裂けた。行きたい。行きたくない。二つの気持ちが同じ強さで引き合った。前の生涯ならこんなふうには裂けなかった。置いていくものが何もなかったからだ。今の僕には置いていくものがある。それは苦しくて、けれどどこか誇らしかった。失って惜しいものがあるということは、手にしたものがあるということだ。僕はこの家で、失って惜しいものを確かに手に入れていた。切れると決まっている糸を握るこの痛みさえ、前の僕は知らなかった。
夜、弟の寝息と父の鼾に挟まれて、僕は目を開けている。
僕は「わからない子」だ。家族にも先生にも、たぶん自分でも半分は。二度目の生涯が何のためにあるのか、その答えはまだ霧の向こうだ。けれど二つだけ確かなことがある。あの一杯を、いつか作る。人を息を止めて夢中にさせるあれを、いつか作る。そのためにはまず、あの空調の効いた部屋の機械に触れなければならない。触れるためには遠くへ行かなければならない。この温かい家を出て、まだ見ぬ街の、まだ新しいばかりの学び舎へ。
僕は握った手のひらをそっと開く。汗ばんだ過去がそこにある。手放せない。まだ手放せない。けれどいつか、と僕は思う。いつかこの手のひらが乾く日が来る。過去がただの過去になり、渇きがただの仕事になり、僕がようやく普通の人間の速さで歩ける日が。そのとき僕はきっと、この家の温かさも、屋台の湯気も、弟の背中の律動も、遠い懐かしいものとして思い出すのだろう。忘れるのではなく、遠くから眺めるものとして。
その日まではまだ遠い。
僕はもうすぐ、この街を出る支度を始める。