これではないと僕は泣いた -二度目の人生で、ゲームと一杯のラーメンを完成させるまで-   作:朝凪小夜

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第二十話 連環、世に出る

 連環がとうとう仕上がる。

 何年もかけた一本だ。崩落の嵐の陰で仕込み嵐が明けてからも作り続けた。三人の手が限界まで注ぎ込まれた一本だ。裂かれた国が乏しい器の中に立ち上がっている。森があり山があり街があり廃墟がある。人々が生きている。物語が流れている。七掛けの世界だ。継ぎ目に粗さが残る。ときおり機械が一瞬もたつく。けれどその粗さを僕たちは化粧で隠しきった。素顔を知るのは僕だけだ。遊ぶ者には十割の世界に見えるはずだ。

 仕上がった連環を僕は最後にもう一度通しで遊ぶ。

 自分たちの作った世界を頭から終わりまで旅する。裂かれた国を巡り絆を結び直していく。作り手なのに僕は途中で胸が詰まる。澪の描いた別れの場面で目の奥が熱くなる。木戸の絞った機械の上で世界がなめらかに広がる。僕の仕込んだ引力が最後まで手を離させない。自分たちで作ったものに自分たちが泣かされる。これは本物だ。三人でそれを確かめる。継ぎ目の粗さは残っている。それでもこの世界には確かに心が宿っている。心の宿ったものは人に届く。僕はそう信じて世に出すことを決める。

 世に出す前夜、僕は眠れない。

 光雨とは重みが違う。光雨は一つの画面の遊びだった。連環は一つの世界だ。何年もの歳月と三人の全部を注いだ世界だ。これが受け入れられなければブロスは傾く。受け入れられれば大きく羽ばたく。大きな賭けだ。崩落を生き延びた客が本物に飢えている。その飢えた客の前に僕たちの本物を差し出す。飢えが満たされるか。それとも見向きもされないか。僕は暗い天井を見つめて夜を過ごす。

 隣で澪も眠れずにいる。

 何年もこの一本に注いできた。澪の門の外の歳月がこの一本に凝っている。木戸の機械の技のすべてがこの一本に絞り込まれている。僕の前の生涯の設計の勘もこの一本に注ぎ込まれている。三人の全部がこの一本にある。だから怖い。全部を注いだものが受け入れられなかったらどうしよう。澪が小さな声で言う。怖いですね。怖い、と僕も言う。二人で暗い天井を見上げる。けれど怖さの底に確かな手応えもある。僕たちは良いものを作った。それだけは間違いない。あとは世が答えるのを待つだけだ。

 連環が世に出る。

 崩れの底を打った市場に連環が並ぶ。焼け野原に戻ってきた客がそれを手に取る。もう箱の絵だけでは買わない客だ。慎重に選ぶ客だ。信用のあるものを選ぶ客だ。ブロスの名がその客の背を押す。あの妙に気持ちのいい遊びを作る会社。崩れの中でも粗いものを出さなかった会社。その信用が連環に手を伸ばさせる。客は連環を買って家へ持ち帰る。そして裂かれた国へ潜る。

 崩れを越えた市場は前とは違う。

 羽虫はもういない。儲けだけを狙って群がっていた者たちは崩れとともに散った。残ったのは本当に遊びが好きな作り手と、本当に良いものを求める客だけだ。市場は小さくなったが澄んだ。澄んだ市場では良いものが正しく見える。粗いものに埋もれずに済む。連環のような手のかかった一本が、その真価をまっすぐ客に届けられる。崩れは僕たちから多くを奪ったが、一つだけ良いものをくれた。澄んだ市場を。良いものが正しく報われる市場を。連環はその澄んだ市場で世に出た。だから真価がまっすぐ届いた。

 やがて客が連環の世界に呑まれていく。

 最初は遊びのつもりで潜る。ところが気づけば物語に胸を掴まれている。裂かれた国を巡り忘れられた絆を結び直すうちに、遊ぶ者自身が物語の主人公になっていく。村人の哀しみに涙し、再会の歓びに震える。仲間の死に胸を痛める。澪が丁寧に描いたあの死の場面で、遊ぶ者が本当に泣く。僕が削ろうとしてあの人が守った場面だ。守ってよかった。あの場面が遊ぶ者の胸を打っている。

 遊ぶ者は連環の世界に何十時間も潜る。

 一つの土地を繋ぎまた次の土地へ向かう。忘れられた村を訪ね忘れられた名を思い出させる。裂かれた道を一本ずつ繋いでいく。進むほど世界が繋がっていく。繋がるほど遊ぶ者の胸が満ちていく。ばらばらだった国が少しずつ一つに戻っていく。その手応えが遊ぶ者を離さない。もう一つ。あと一つの絆を繋いだら今日はやめよう。そう思いながら夜が更ける。光雨で仕込んだ「もう一面」の引力を、連環では「もう一つの絆」の引力に変えて仕込んである。遊ぶ者はその引力に抗えない。裂かれた国を全部繋ぎ直すまで箸を置けない。

 連環は光雨を超えるヒットになる。

 口伝てに評判が広がる。ブロスがとんでもない一本を出した。ただの遊びではない。一つの世界だ。一つの物語だ。遊び終えたあとしばらく現実に戻れないほどの世界だ。そういう声が広がっていく。連環を遊んだ者が別の者に勧める。勧められた者がまた遊んで胸を打たれる。裂かれた国の物語が人から人へ広がっていく。売り上げの帳面に光雨のときとは桁の違う数字が並ぶ。

 連環の名が街に広がる。

 遊びに縁のなかった者までがその名を口にするようになる。あれは泣ける遊びらしい。あれは遊びを超えているらしい。遊びを見下していた大人までが噂する。玩具と笑われてきたものが、とうとう玩具ではない何かとして語られはじめる。人を夢中にさせるだけでなく人の胸を打つ。遊びがそこまで行けることを連環が示す。僕が前の生涯で知っていたこと遊びは人の心に触れる本物の表現になれるということを連環がこの世界で証してみせる。まだ誰も遊びにそこまで期待していなかった時代に連環が一つの証を立てる。

 便りが山のように届く。

 遊んだ者からの便りだ。泣きました、と書いてある。あんな物語は初めてでした、と。裂かれた国を繋ぎ直し終えたとき自分の胸の中の何かも繋ぎ直された気がしました、と。忘れていた誰かに会いたくなりました、と。僕はその便りを一つ一つ読む。読みながら胸が熱くなる。連環は繋ぎ直しの物語だ。その物語が遊んだ者の胸の中の切れた何かをも繋ぎ直している。作中の裂かれた国を繋ぎ直すことが遊ぶ者自身の縁をも繋ぎ直している。

 ある便りにはこう書いてあった。

 連環を遊び終えた夜何年も口をきいていない父に手紙を書きました、と。連環の主人公が忘れられた絆を繋ぎ直すのを見ていたら、自分も繋ぎ直したくなったのです、と。僕はその便りを何度も読み返す。遊びが人の人生を動かした。画面の中の繋ぎ直しが、画面の外の本当の縁を繋ぎ直した。これこそ僕が作りたかったものだ。ただ暇を潰すだけの遊びではない。人の胸に触れ、人の人生に小さな一押しを与える遊び。前の生涯で僕はそんな遊びに幾度も救われた。今度は僕が誰かを救う側にいる。便りの一枚一枚がそれを証している。

 澪はその便りを読んで泣く。

 何年も門の外で拒まれ続けた物語だ。古い、真ん中すぎる、誰の胸も打たないと言われ続けた物語だ。その物語が今、数えきれない人の胸を打っている。数えきれない人を泣かせている。門の外で涸れかけていた才がとうとう大勢の心に届いた。澪は便りの束を抱えて声を殺して泣く。僕はその背にそっと手を置く。届いたね、と僕は言う。届きました、と澪が言う。時代に拒まれた才が、別の器を得て時代を越えて届いた。

 澪の涙は長い涙だ。

 何年もの門の外の寒さが、その涙に溶けている。断られ続けた日々。もう才などないのかと自分を疑った夜。筆を折ろうとして折れなかった朝。その全部が今、報われの涙になって流れている。僕は澪の肩が震えるのを見ている。何も言わない。言葉はいらない。この涙は言葉で慰めるものではない。ただそばにいて流れるに任せるものだ。やがて澪が顔を上げる。泣き腫らした目で少し笑う。私、諦めなくてよかった。うん、と僕は頷く。諦めなくてよかった。門の外で拒まれ続けても筆を折らなかった澪の強さが、今この報いを掴んだ。僕が声をかけたのはきっかけにすぎない。掴んだのは澪自身の強さだ。

 僕は思う。

 もし澪があのまま漫画の門の外で筆を折っていたら。この物語は永遠に埋もれていた。数えきれない人の胸を打つことなく消えていた。器がずれていただけで才が殺されるところだった。僕はあの日、出版社の前でうなだれる澪に声をかけた。持ち込みでしたか、と。あの一言がなければ連環はなかった。切れかけていた澪の才を、あの一言が繋ぎ止めた。切れた物はまた繋がる。あの日僕が垂らした細い糸が、今こんなにも大きな実を結んでいる。

 あのとき僕はなぜ声をかけたのか。

 今になって思い返す。物語の席が空いていたからだ。ブロスに物語の手が要ると知っていたからだ。けれどそれだけではない。うなだれる澪の背中に僕は自分を見たのだ。時代とずれて拒まれる者の背中を。僕もまた時代とずれた者だ。三十年より遠い場所から来た者だ。この世界のどの棚にも収まらない者だ。だから拒まれる者の寒さがわかった。放っておけなかった。同類を見つけた者の直観が僕に声をかけさせた。その直観が正しかった。澪は同類だった。時代に早すぎた才だった。器さえ与えれば時代を越える才だった。

 ブロスが大きくなる。

 連環の稼ぎで会社が変わる。アパートの一室ではもう手狭だ。少し広い場所へ移る。机が増える。機械が増える。そして人が増える。とうとう人を雇う。若い作り手たちが集まってくる。ブロスで働きたいという者たちが。あの妙に気持ちのいい遊びを、あの胸を打つ物語を、一緒に作りたいという者たちが。二つ机の工房が本物の会社になっていく。

 人が増えると工房の音が増える。

 二つだった机の音が、いくつもの机の音になる。三つだった手が、いくつもの手になる。若い作り手たちが僕の描く設計を形にしていく。木戸の教える機械の技を覚えていく。澪の描く世界に色を足していく。工房が賑やかになる。前の生涯の独りの部屋を僕は思い出す。あの静かすぎる部屋を。今は賑やかすぎるほどの部屋にいる。若い者たちの笑い声。議論の声。機械の唸り。筆の音。数字を打つ音。いくつもの音が一つの部屋で鳴っている。この賑やかさが僕にはたまらなく嬉しい。独りだった僕が、こんなにも大勢と一つのものを作っている。

 けれど僕は魂を売らない。

 大きくなっても粗いものは出さない。崩落のときに交わした誓いを忘れない。数を追って質を落とせば、あの崩れがまた来る。だから僕は雇った者たちに口を酸っぱくして言う。締めるところを締めろ。遊ぶ者の夢中を守れ。手を抜くな。ブロスの遊びは妙に気持ちがいい。その妙さを支えているのは見えない手間だ。見えない手間を惜しめばブロスはただの会社になる。僕は見えない手間の大切さを若い者たちに叩き込む。

 僕は隠れた奇術を少しずつ分け与える。

 桁を裏返す小技。模様を重ねて消す一手。前は僕と木戸だけの秘密だった。会社が大きくなればそれを分けねばならない。分けなければ会社が回らない。分ければ秘密が漏れる。悩ましいところだ。けれど僕は分けることにする。秘密を抱えて小さく留まるより、分けて大きく育てるほうを選ぶ。前の生涯で僕は何もかも独りで抱えた。抱えて潰れた。今は違う。分ける。育てる。託す。会社とは託すことだと僕は学んでいく。

 託すのは怖い。

 僕の奇術は僕の生涯の、二つの生涯の積み重ねだ。それを若い者に分け与えれば、僕だけのものではなくなる。真似される。追いつかれる。けれど。真似されて追いつかれるくらいでちょうどいい。僕一人が抱えていては遊びは僕一人ぶんしか生まれない。分け与えれば大勢のぶん生まれる。僕の奇術を覚えた若い者が、僕の思いつかない遊びを作るかもしれない。それでいい。それがいい。前の生涯で僕は独りで抱えて独りで死んだ。抱えたものは僕と一緒に消えた。今度は違う。抱えたものを分ける。分けたものは僕が消えても残る。人に託したものは残る。それが二度目の生涯で僕が学んだいちばん大きなことかもしれない。

 連環は大きな成功を収める。

 三人で始めた小さな会社がとうとう名の知れた会社になる。玩具と笑われた火で始めた会社が。誰も未来を見なかった遊びに賭けた会社が。前の生涯で僕は何一つ成し遂げなかった。二度目の生涯で僕はとうとう何かを成し遂げた。人を夢中にさせるものを世に出した。人の胸を打つ物語を世に届けた。仲間を得て縁を結んで会社を育てた。生家で「これではない」と点火してからの長い長い道のりが、とうとう大きな実を結んだ。

 あの日の中華そばを僕は思い出す。

 五つの僕が町の中華そば屋で「これではない」と泣いた日を。あのとき僕は前世の記憶を抱えて途方に暮れていた。作りたいものも食べたいものもこの世になかった。ないなら自分で作るしかないと幼い胸に灯した。その灯が今こんなにも大きな火になった。連環という一つの世界になった。数えきれない人の胸を打つ物語になった。あの町中華の丼から連環の世界まで、途方もなく長い道だった。何度も濁流に呑まれかけた。それでも歩いてきた。歩いてきてよかった。あの日の五つの僕に教えてやりたい。おまえの灯した灯は、本当に火になったぞと。

 けれど僕だけが知っている。

 連環は七掛けだ。継ぎ目に粗さが残っている。ときおり機械がもたつく。遊ぶ者は気づかない。化粧の下の素顔を知るのは僕だけだ。この成功の陰に残る三割を見ているのは僕だけだ。世界が十割繋がっていれば連環はもっと深くもっとなめらかになる。逆算の壁さえ抜ければ。遠山さえいれば。けれど遠山はいない。席は空いたままだ。大きな成功の真ん中に、遠山の形をした空席がぽつんと空いている。

 誰も気づかない空席だ。

 澪も木戸も気づかない。若い者たちも気づかない。遊ぶ者たちはなおさら気づかない。皆が連環を十割の傑作だと思っている。素晴らしい成功だと祝っている。その祝いの中で僕一人が空席を見ている。この成功は本当は七割の成功だ。あと三割繋げるものがある。もっと深くもっとなめらかにできる余地がある。それを見ているのは僕だけだ。作り手だけが自分の作ったものの足りなさを知っている。世が絶賛するほど、僕は自分の見た三割の欠けを忘れられない。傑作と呼ばれるほど、その傑作に届かなかった三割が胸に刺さる。

 僕はその空席を見つめる。

 成功に浮かれる暇に僕はその空席を見つめる。連環は成功した。それでも十割ではない。七割だ。残る三割の逆算の壁はまだ抜けていない。健とはまだ別々の川だ。あの一杯はまだ名前の奥で眠っている。繋がっていない縁がまだいくつもある。成功したからこそその空席が際立って見える。何かを繋げば繋ぐほど繋がっていないものが際立つ。

 それでも僕は前を向く。

 繋がったものを数える。木戸と繋がった。澪と繋がった。数えきれない遊び手と繋がった。会社という新しい縁も繋がった。前の生涯で一つも繋げなかった僕がこれだけの縁を繋いだ。七割だ。それでも零よりずっと豊かだ。繋がっていない三割はこれから繋げばいい。焦らない。急いで果てた前の生涯を繰り返さない。順番を守る。一つずつ繋ぐ。

 空席を見つめすぎてもいけない。

 足りない三割ばかり見ていては、繋いだ七割が見えなくなる。前の生涯の僕はいつも足りないものばかり見ていた。持っているものを見なかった。だから何を持っても満たされなかった。満たされないまま貪って独りで果てた。二度目は違うようにしたい。足りない三割を胸に留めながらも、繋いだ七割を祝う。木戸との縁を祝う。澪との縁を祝う。会社を祝う。遊び手との縁を祝う。祝いながら、足りない三割はいつか繋ぐと心に決めておく。祝うことと足りなさを忘れないこと。その二つは両立する。両立させるのが、満たされた生き方なのだと僕は思う。

 そして次の波がもう見えている。

 茶の間の箱がとうとう世に出た。国じゅうの家庭に据えられはじめている。子供が親が茶の間でその箱に群がっている。物好きの数千の市場が、大衆の数百万の市場に変わろうとしている。玩具の火が崩れてそしてもっと大きく燃え広がりはじめている。連環の成功で足場を得た僕たちは、次はその大衆の茶の間へ向かう番だ。より多くの見知らぬ誰かを夢中にさせる番だ。

 茶の間の箱は僕たちを試すだろう。

 これまでの客は物好きだった。機械を厭わない若い遊び手だった。茶の間の客は違う。機械を知らない親がいる。まだ字も読めない子がいる。その人々に届く遊びを作らねばならない。連環のような深い物語をどう茶の間へ届けるか。難しい絵をどう茶の間の画面に映すか。逆算の壁はそこでも待っているだろう。遠山の空席もそこでついてくるだろう。新しい波には新しい壁がある。それでも僕は怯まない。壁があるということは越える先があるということだ。越えた先にもっと大勢の見知らぬ誰かがいる。その誰かを夢中にさせるために僕は次の波へ漕ぎ出す。

 窓の外で運河が光っている。

 連環が世に出た。テーマが結実した。会社が大きくなった。澪の才が報われた。多くのものを僕は手にした。手にしてなお空席は空いている。繋がらない縁は残っている。けれどそれでいい。全部が一度に繋がる必要はない。人生は長い。二度目の生涯はまだ続いている。僕は残る三割を胸に抱えて次の波へ漕ぎ出す。連環の世界が画面の中で静かに繋がり続けている。七割だけ美しく繋がり続けている。

 

 

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