これではないと僕は泣いた -二度目の人生で、ゲームと一杯のラーメンを完成させるまで- 作:朝凪小夜
連環の喧騒が落ち着いた頃、僕は静かな遊びを作りたくなる。
光雨は喧しい遊びだった。空を覆う弾の雨。痺れる緊張。連環は壮大な遊びだった。裂かれた国。大きな物語。どちらも人を掴んで離さない激しい遊びだった。二本とも当たった。会社は潤った。名も知れた。もう当たりを追わなくてもいい余裕ができた。その余裕の中で僕はふと逆のものを作りたくなる。喧しくない遊び。壮大でない遊び。静かな、小さな、暗がりに灯る一つの火のような遊びを。
その欲求は不意にやってくる。
連環の喧騒の中で大勢に囲まれて働きながら、ふと僕は一人になりたくなる。大きなものばかり作ってきた反動かもしれない。あるいは齢のせいかもしれない。派手なものに疲れてきたのかもしれない。僕は静かなものに惹かれる。声高でないもの。大勢を掴むのではなく一人に寄り添うもの。前の生涯の終わりに僕がいた場所は静かな暗がりだった。その暗がりを僕は忘れられない。忘れられないまま、今度はその暗がりに何かを灯したくなる。喧しい二本を作った手で、今度は静かな一本を作りたくなる。
僕はそれを灯と名づける。
ともしび、と読ませる。灯とは何か。ほとんど言葉だけの遊びだ。画面に絵はわずかしかない。派手な動きもない。弾も降らない。世界も広がらない。ただ言葉が静かに綴られていく。遊ぶ者はそれを暗い部屋で一人読む。読み進める。時々道が分かれる。右か左か。進むか留まるか。遊ぶ者が選ぶ。選ぶたびに物語が少しずつ変わる。ただそれだけの遊びだ。
けれどその静けさの中に確かな仕掛けがある。
言葉だけだからこそ遊ぶ者の心が働く。派手な絵がないから遊ぶ者が頭の中で情景を描く。動きがないから遊ぶ者が想像で動かす。灯は画面の中で完結しない。遊ぶ者の胸の中で完結する。作り手が七割を綴り、遊ぶ者が残り三割を想像で補う。その三割は遊ぶ者一人一人で違う。だから同じ灯でも遊ぶ者の数だけ違う物語になる。読む者の心が灯を灯す。これも単純な基底から圧倒的な派生が生まれる形だ。言葉という単純な基底から、遊ぶ者一人一人の心の中に違う世界が派生する。喧しい光雨とも壮大な連環とも違うが、芯にある形は同じだ。
なぜ今こんな静かな遊びを作るのかと木戸が聞く。
当たるのかと。喧しい遊びや壮大な遊びは当たるとわかる。だがこんな静かな言葉だけの遊びが当たるのか。木戸の疑問はもっともだ。僕は答える。当たらないかもしれない。光雨や連環ほどは売れないかもしれない。それでいい。これは当てるための遊びではない。届けるための遊びだ。一人の、暗がりにいる誰かに届けるための。木戸はしばらく考えて頷く。おまえがやりたいならやろう、と。会社に余裕ができた今なら、当たらない一本を作る贅沢も許される。
僕にはこれを作らねばならない理由がある。
人を夢中にさせる遊びは作った。人の胸を打つ物語も作った。けれどまだ作っていないものがある。人の孤独に寄り添う遊びだ。暗い部屋に一人でいる人の隣にそっと座るような遊びだ。喧しさで人を掴むのは易しい。壮大さで人を圧するのも易しい。難しいのは静けさで人に寄り添うことだ。派手な手が使えない。声高に叫べない。ただ言葉と間だけで人の心に触れねばならない。それができて初めて作り手として一人前だと僕は思う。灯はその一人前になるための一本だ。当たる当たらないの外にある一本だ。
澪はこの遊びで本領のまた別の面を見せる。
連環では大きな物語を描いた。壮大な世界を紡いだ。灯では逆だ。小さな物語を描く。一人の人の心の襞を綴る。派手な事件は起きない。世界は救われない。ただ一人の人が暗がりの中で何かと静かに向き合う。その向き合いを澪は言葉で丁寧に綴っていく。連環が世界を描く物語なら、灯は心を描く物語だ。澪の筆は世界も心もどちらも描ける。時代がこの人を拒んだのが今さらながら信じられない。
澪は灯を綴りながら少しずつ変わっていく。
連環では与えられた大きな器に世界を注いだ。灯では逆に自分の内側を掘る。誰かの心の襞を綴るには自分の心の襞を覗かねばならない。澪は自分の門の外の歳月を、拒まれ続けた寒さを、灯の物語に少しずつ溶かしていく。書きながら澪はときどき手を止める。遠い目をする。その目を僕は知っている。僕が前の生涯を思うときの目だ。澪もまた自分の暗がりを持っている。その暗がりを灯に注いでいる。だから灯の言葉には嘘がない。本当に暗がりを知る者の書いた言葉だ。だから暗がりにいる誰かに届く。
僕の設計も灯では削ぎ落とされる。
連環では複雑な仕組みを組んだ。広い世界を種から生む逆算の壁と格闘した。灯にはそんな仕組みは要らない。言葉と少しの分かれ道と、それだけだ。仕組みを削って削って本質だけを残す。遊ぶ者が選ぶという、ただ一点だけを残す。遊ぶ者が右を選べば右の言葉が灯る。左を選べば左の言葉が灯る。遊ぶ者の心が物語を灯していく。設計とは足すことだと思われがちだ。違う。削ることだ。灯で僕はそれを突き詰める。削って削って遊ぶ者の内なる灯だけを残す。
削るのは足すより難しい。
何を残し何を捨てるか。その見極めが要る。派手な仕掛けを一つ足せば遊ぶ者は一瞬喜ぶ。けれどその一瞬の派手さが灯の静けさを壊す。だから足したくなる手を抑える。抑えて抑えて本当に要るものだけを残す。前の生涯で僕はこの削る仕事の名人たちを知っていた。余計なものを削って削って一点に凝らせる作り手たちを。彼らの作るものは静かで深かった。僕もその静かな深さを目指す。灯には何もない。言葉と間と分かれ道しかない。何もないからこそ遊ぶ者の心が満ちる。器を空にすれば遊ぶ者の心がその空を満たす。空白が最大の仕掛けだ。
灯は僕と澪の最も個人的な仕事になる。
喧騒の中では作れないものだ。二人が静かに向き合って作る。澪が言葉を綴り僕がその言葉の灯り方を設計する。夜遅く二人きりの工房で、少しずつ灯を組んでいく。灯の物語には僕たち自身の何かが滲む。暗がりで何かと向き合う一人の人。それは前の生涯の僕でもある。今の澪の門の外の歳月でもある。二人の抱えた暗がりが灯の物語に静かに溶け込んでいく。
灯を作る夜は静かだ。
連環のときのような賑わいはない。若い者たちが帰ったあとの工房で僕と澪だけが残る。澪が言葉を綴る。僕がその言葉の間を計る。ここで一拍置く。ここで画面を暗くする。ここで一つだけ音を鳴らす。言葉と言葉の間にどれだけの沈黙を置くか。その沈黙の長さが灯の呼吸を決める。僕たちは沈黙の長さを一つ一つ計りながら灯を組んでいく。喋らずに組む。灯を作る作業そのものが静かだ。静かな遊びは静かに作られる。二人きりの夜の工房で、言葉と沈黙だけが積み上がっていく。その時間が僕は好きだ。派手な成功の日々よりも、この静かな夜のほうが僕には尊い。
僕はこの遊びに前の生涯の自分を重ねる。
前の生涯で僕は暗い部屋に一人だった。夜ごと光る画面に向かい、独りで丼を啜り誰にも見られず果てた。あのころ僕のそばには何もなかった。話す相手も寄り添う人も慰めてくれる物語もなかった。あったのは冷たい画面と冷めた丼だけだった。あの暗がりの夜にもし一つの灯があったら。暗い部屋の一人に静かに寄り添う一つの物語があったら。僕はどれほど救われただろう。
あの暗がりの夜を僕は今も体で覚えている。
仕事から帰って明かりもつけずに座り込んだ夜。丼を啜る音だけが部屋に響いた夜。画面の光だけが顔を照らした夜。誰からの連絡もなく、誰へ連絡することもなく、ただ夜が更けていった。あのころ僕は自分が世界から切り離されているように感じていた。細い糸の一本すら繋がっていないように感じていた。その孤独が僕を蝕んだ。体より先に心が痩せていった。心が痩せて、体を大事にする気力も失せて、そして果てた。あの孤独にもし一つでも寄り添うものがあったら。細い糸の一本でも繋がっていたら。僕はあんなふうには果てなかったかもしれない。
だから僕は灯を作る。
あのころの僕のような誰かのために。今どこかの暗い部屋に一人でいる誰かのために。話す相手のいない誰かのために。その誰かの手元に灯る一つの火として。派手ではない。世界も救わない。ただ暗がりの一人にそっと寄り添う。おまえは独りではないと言葉にはせずに伝える。前の生涯で僕が欲しくてたまらなかったものを、今の僕が作って誰かに手渡す。二度目の生涯だからこそ作れる一本だ。
灯が世に出る。
光雨のようには売れない。連環のようには騒がれない。静かに細々と世に出ていく。けれど灯を遊んだ者からは特別な便りが届く。ほかの遊びの便りとは色が違う便りだ。眠れない夜に灯を読みました、と書いてある。一人暮らしの部屋で灯に救われました、と。誰にも言えない気持ちを灯の物語がわかってくれた気がしました、と。暗い夜に灯が本当に灯りになりました、と。
便りの数は多くない。
光雨や連環のときのような山のような便りではない。ほんの少しだ。けれどその少ない便りの一枚一枚が重い。軽い気持ちで書かれた便りではないからだ。夜中に一人で、誰にも言えない気持ちを抱えて、灯に救われて、思わず筆を執った便りだ。中には長い長い便りもある。自分の暗がりを切々と綴った便りだ。灯を作った者になら、わかってもらえる気がして書いたのだろう。僕はその長い便りを何度も読む。会ったこともないその人の暗がりが、僕の前の生涯の暗がりと重なる。僕はその人に返事を書きたくなる。あなたは独りではないと。けれど返事は書かない。灯がもうその返事を伝えているからだ。
僕はその便りを読んで胸が詰まる。
届いた。あのころの僕のような誰かに届いた。暗い部屋に一人でいる誰かの手元に、灯が本当に灯った。その誰かは僕の作った物語に寄り添われて、少しだけ夜を越えられた。前の生涯で僕が欲しくて得られなかった灯を今の僕が誰かに手渡せた。消費するだけだった僕が、誰かの暗がりを照らす側に回った。前の生涯の孤独が灯という形で誰かの孤独を照らしている。
灯は大きな成功ではない。
けれど僕にとっては特別な一本だ。光雨は僕を作り手として世に出した。連環は僕を大きな作り手にした。灯は僕を、別の何かにした。人の孤独に寄り添える作り手にした。喧しさで人を掴むのではなく、静けさで人に寄り添う。その両方ができて初めて本物の作り手だと僕は思う。
光雨と連環と灯。三つの遊びは三つの顔だ。
光雨は人を痺れさせる顔。連環は人を泣かせる顔。灯は人に寄り添う顔。速さで掴み、物語で掴み、静けさで掴む。三つとも人を掴む。掴み方が違うだけだ。前の生涯で僕はこの三つの顔を全部知っていた。遊びにはこれだけの幅があることを知っていた。ただの子供だましではないことを知っていた。その幅をこの世界で一つずつ形にしてきた。まだ誰も遊びの幅をここまで信じていなかった時代に。三つの顔を並べて僕はようやく胸を張れる。遊びはこれだけのことができる。玩具と笑うな、と。
灯を作って僕はようやく前の生涯の孤独に手向けができた気がする。あのころの独りの夜にこの灯を届けてやりたかった。届けられなかった。だからせめて、今の誰かに届ける。
灯を作り終えた夜、僕は一人で工房に残る。
澪も木戸も帰った。誰もいない工房で、僕は完成した灯を最初から静かに読む。暗い画面に言葉が一つずつ灯る。暗がりの一人に寄り添う物語が流れていく。読みながら僕は前の生涯の自分に語りかける。おまえは独りだと思っていたな。誰にも繋がっていないと思っていたな。それでもおまえの孤独は無駄ではなかった。おまえがあの暗がりを知っていたから、今の僕はこの灯を作れた。おまえの孤独が、この灯になって、今どこかの誰かの暗がりを照らしている。おまえの痛みが、誰かの慰めに変わったんだ。だからもう独りで果てたことを悔やまなくていい。僕は暗い画面の灯を見つめながら、前の生涯の自分をそっと弔う。
そうして充ち足りた日々が静かに暮れていく。
三人で始めた小さな会社が名の知れた会社になった。光雨があり連環があり灯があった。玩具と笑われた火が、いくつもの遊びになって世に広がった。木戸がいる。澪がいる。若い作り手たちがいる。前の生涯で何一つ持てなかった僕がこんなにも多くを持っている。仲間を。会社を。作るものを。それを喜ぶ見知らぬ大勢を。そして隣に澪を。
この十年ほどを僕は振り返る。
生家で「これではない」と泣いた五つの子供が、西の都で骨を鍛え、機械に触れ、玩具の火を見て、掌に機械を組み、独り立ちして、会社を興し、崩落を生き延び、三つの遊びを世に出した。長い道だった。何度も濁流に呑まれかけた。何度も壁にぶつかった。それでもここまで来た。独りだった僕が、今は大勢に囲まれている。何も持たなかった僕が今は多くを持っている。二度目の生涯は僕に十分すぎるほどを与えてくれた。もし今ここで終わっても前の生涯よりずっと豊かな生涯だったと言える。けれどまだ終わらない。まだ繋いでいない縁がある。まだ果たしていない夢がある。
けれど時代はまた動きはじめている。
世の中が浮き足立っている。金が余っている。土地の値が空へ昇り、人々が浮かれ騒いでいる。宴のような日々だ。誰もがこの宴が続くと思っている。僕は前の生涯の知識でそれを眺める。この浮かれた宴がどう終わるかを僕は知っている。宴のあとには必ず勘定が来る。膨らみきったものは必ず弾ける。玩具の火が崩れたように、この浮かれた宴もいつか崩れる。僕はその崩れの影をまた遠くに感じる。
同時に僕は自分の齢を数える。
二度目の生涯の僕はもう若くない。前の生涯で僕が果てた齢に少しずつ近づいている。あのころ僕は不摂生と孤独で体を壊し独りで果てた。その齢に僕はまた差しかかろうとしている。今度は違う。今度は独りではない。体も壊していない。それでも同じ齢に近づくと胸がざわつく。前の生涯で僕はここで終わった。二度目の生涯はここを越えられるだろうか。越えた先に何があるだろうか。
前の生涯の僕はこの齢の頃いちばん荒んでいた。
仕事に追われ体を壊し、心を丼と画面で紛らわせていた。誰にも助けを求められず、求める相手もいなかった。その荒みが積もって、僕は果てた。今の僕は同じ齢でまるで違う場所にいる。隣に澪がいる。工房に仲間がいる。作ったものを喜ぶ誰かがいる。同じ齢、同じ体、なのに生涯がまるで違う。違えたのは縁だ。前の生涯で繋げなかった縁を今の僕は繋いだ。その縁が僕を齢の壁の手前で支えている。前の生涯なら崩れていた場所で今の僕は立っていられる。縁が僕を生かしている。
そして舌の奥であの封印がまた疼く。
灯を作りながら、前の生涯の孤独に向き合いながら、あの一杯の記憶がまた強く甦ってくる。澄んだ湯と濁った湯。溶け合ってほどける一杯。前の生涯で僕を慰めてくれた唯一のものだった。ブロスという名の奥に眠らせてきた夢。もう長いこと蓋をしてきた。機械の足場を固め、遊びを世に出し、会社を育て、縁を結んできた。ずっと順番を守ってきた。機械が先だ、遊びが先だと。
けれどそろそろその時が近いのかもしれない。
齢が前の生涯の終わりに近づいている。ならば残された時間で、もう一つの夢に手をつけてもいい頃かもしれない。ずっと封じてきたあの一杯に。名前の奥で眠らせてきた夢に。灯が前の生涯の孤独への手向けだったように、あの一杯もまた、前の生涯の何かへの手向けになるのかもしれない。僕は舌の奥の疼きをそっと確かめる。まだ蓋はしている。けれどその蓋がいつ開いてもおかしくないところまで来ている。
あの一杯を作るには遠山の理屈も要るのかもしれない。
連環の逆算の壁を思い出す。あの澄んだ湯と濁った湯を一つに溶かしてさらにその先へ導く一杯。あれもまた、単純を極めて派生を極める形をしている。ゲームと同じだ。もしかすると、あの一杯の完成にも、僕の作る手だけでは足りない何かが要るのかもしれない。掘る手が。深い理屈が。だとすればあの一杯もまた、遠山の空席とどこかで繋がっているのかもしれない。繋がっていない縁が、一つ、また一つと、同じ方角を指しはじめている。二度目の生涯の山場の入口で、それらが一斉に動きだそうとしている。
窓の外で運河が光っている。
静かな灯の日々が暮れていく。次に来るのはもっと大きな波だ。宴の崩れ。齢の壁。そして長く封じてきた夢の解禁。繋がっていない縁がまだ待っている。遠山の空席。健との別々の川。名前の奥の一杯。それらがそろそろ動きだそうとしている。二度目の生涯の本当の山場が近づいている。
怖さと待ち遠しさが半分ずつだ。
前の生涯の齢の壁が近づいている。その壁の先を僕はまだ知らない。前の生涯ではそこで終わったからだ。壁の向こうは真っ白だ。前世の記憶も及ばない未知の場所だ。二度目の生涯はとうとう前の生涯を追い越そうとしている。追い越した先は誰も知らない。僕自身も知らない。けれど怖いばかりではない。未知だからこそ待ち遠しくもある。前の生涯が届かなかった場所へ、今度こそ足を踏み入れる。そこで残りの縁を繋ぐ。封じた夢を解く。遠山を待つ。健と川を合わせる。あの一杯を作る。やり残したことがまだこんなにもある。やり残しがあるということは、生きる理由がまだあるということだ。
僕は灯の最後の言葉を綴り終えて静かに次の頁を見据える。