これではないと僕は泣いた -二度目の人生で、ゲームと一杯のラーメンを完成させるまで- 作:朝凪小夜
列車を降りると空気の匂いが変わっている。
東京の煤けた匂いではない。水と青葉と古い木の匂いだ。駅を出ると山が近い。三方を低い山が囲んでいる。街は碁盤の目に切られてどこまでもまっすぐだ。市電が軋みながら大通りを行く。石畳の照り返しがまぶしい。僕はここへ来た。故郷の路地からうんと西へ来た。老教師が指した西の大学だ。同じ目の人間に出会ったら大事にしろ。あの言葉を懐に入れてここまで来た。
発つ日のことを僕はよく覚えている。
故郷の駅のホームで母が握り飯を持たせた。父は何も言わずに僕の肩を一度だけ叩いた。まだ幼い健が意味もわからず手を振っていた。行ってらっしゃいと甲高い声で叫んでいた。列車が動き出すと三人が小さくなっていった。小さくなって煙の向こうに消えた。僕は窓に額をつけて景色が流れるのを見ていた。田が流れ山が流れ知らない町が流れた。西へ行くほど言葉の抑揚が変わっていった。駅の売り子の声の調子が変わっていった。僕は一つの生涯をもう一度出発しているのだと思った。前の生涯では僕はどこへも出発しなかった。生まれた街で作り生まれた街で死んだ。今は違う。僕は西へ運ばれている。まだ会っていない人たちの方へ運ばれている。握り飯は少し塩が濃かった。母の握り飯はいつも塩が濃い。その塩辛さが喉の奥をつまらせた。
下宿は川の近くにある。二階の四畳半だ。窓を開けると浅い川が光っている。夕方になると学生が土手に座って本を読んでいる。水の音が絶えず聞こえる。僕はその音を聞きながら机に向かう。前の生涯でも僕は水辺の部屋に住みたいと思っていた。思っただけで一度も叶わなかった。今それが叶っている。畳の匂いのする狭い部屋で川の音を聞いている。二度目の生涯はときどきこうして僕に小さな贈り物をする。
けれど贈り物ばかりではない。
最初の数日僕はひどく心細い。知った顔がひとつもない。路地で声をかけてくる者もいない。故郷では僕は原っぱの遊びを作る子だった。ここでは誰も僕を知らない。夕方になると下宿を出て安い食堂で独りめしを食う。丼を前にすると否応なく前の生涯を思い出す。独りで啜った長い夜を。二度目もまた独りで啜っているのかと箸が止まる。止まってから僕は首を振る。ちがう。今度は始まりの独りだ。終わりの独りではない。ここから人に出会っていくための独りだ。そう言い聞かせて僕は残りの汁を飲む。
その食堂に中華そばがある。僕は迷ってから頼んでみる。運ばれてきた一杯は故郷のものと違う。汁が濃い。脂が厚く浮いている。獣めいた匂いが立つ。西にはこういう一杯があるのかと僕は驚く。悪くない。むしろ癖になる。けれどやはりこれではない。僕の中の遠い一杯とは別の方角の濃さだ。舌の奥で封印がまた一度うずく。この街の濃さも故郷の澄みも僕の求めるあの一杯ではない。どちらでもない場所に僕の一杯はある。僕は蓋をする。今はまだだ。まだその時ではない。
僕は故郷へ手紙を書く。父の不器用な顔を思い浮かべながら書く。無事に着いた。川の近くの下宿にいる。勉強は難しいが面白い。健は元気か。そう書いて筆を置く。返事はなかなか来ない。来たときは母の字で短く、体に気をつけなさいと書いてある。それだけで僕は胸が熱くなる。切れたと思った故郷の線が一本細く繋がっている。手紙という細い糸で。糸は細いが切れてはいない。
入学した学科の名には情報という字が入っている。
その字を初めて見たとき僕の胸は高鳴った。情報。まさにそれだ。前の生涯で僕が生きた世界そのものだ。ようやく僕はまっすぐな道に立ったのだと思った。機械に触れられる。手順を書ける。あの光る仕事に少しでも近づける。そう信じて僕は最初の講義に入った。
黒板に記号が並ぶ。
教授は機械の話をしない。集合の話をする。写像の話をする。ひとつの状態から別の状態へ移る決まりを黒板に書いていく。丸と矢印が増えていく。これは何ですかと隣の学生が小声で聞く。さあ、と別の学生が答える。僕にはそれが何かわかる。状態と遷移だ。前の生涯で僕が数えきれないほど組んだものの骨だ。骨だけが今ここにある。肉はまだない。機械はどこにもない。あるのは黒板と白墨と紙だけだ。
僕は前の方の席に座る癖をやめる。
目立ってはいけない。故郷の教室で覚えた最初の技術がここでも要る。答えが見えても口をつぐむ。速いやり方が浮かんでも黙って紙に普通の道を書く。けれど大学の講義はそう容易でもない。教授が問いを投げて教室が沈黙する。その沈黙が僕には惜しい。僕は知っている。この問いの向こうにどれほど豊かな景色が広がるかを。誰も手を挙げないまま時間が流れていくのが惜しくてたまらない。惜しさをこらえて僕は爪を掌に立てる。
ある老教授の講義が僕は好きになる。
その人は電気の出だという。若い頃に真空管と格闘したという。今は状態と遷移の話を黒板に書いている。書きながらときどき手を止めてつぶやく。この分野はまだ何もわかっておらんのですよ。教科書もない。だから諸君と私は同じ地面に立っている。そう言って笑う。学生を子供扱いしない笑いだ。僕はその言葉に胸を打たれる。同じ地面。教える者も学ぶ者も同じ霧の中にいる。それをこの人は恥じるどころか誇りにしている。前の生涯で僕が出会った大人たちは完成した答えを配る人ばかりだった。この人は違う。わからないということを堂々と分け合ってくれる。
次の講義も紙だった。その次も紙だった。
僕はだんだんわかってくる。この学科は情報の名を着ているけれど中身はほとんど数学だ。離散の数学。論理の数学。誤差と近似の数学。電気から流れてきた教授と数学から流れてきた教授が入り混じって手探りで新しい学問を組み立てている。誰も完成した地図を持っていない。教える者も学ぶ者も同じ霧の中にいる。この学問はまだ生まれたばかりだ。名前だけが先にあって中身がこれから埋まっていく。
機械はどこにあるのか。
僕はそれを探す。何日もかけて探す。そしてある日わかる。機械はある。ちゃんとある。けれど僕たちの手の届く場所にはない。校舎の一角に低く構えた建物がある。大型計算機センターと札が出ている。硝子の扉の向こうは空調が効いて冷たい。白い床。低い唸り。その奥に大きな箱が据えられている。国じゅうに数えるほどしかない機械のひとつだ。技官が白衣に近い服で立ち働いている。学生はそこへ勝手に入れない。触れられない。近づくことすら憚られる。
僕は硝子の外からそれを見る。
冷たい部屋の奥で機械が低く唸っている。祭壇の奥の御神体のようだ。僕は前の生涯であれの遠い子孫を膝の上に載せて使っていた。指先ひとつで動かしていた。夜ごと語り合うように付き合っていた。それが今は硝子の向こうにいる。触れることを許されない神になっている。僕は掌を硝子に当てる。冷たい。この冷たさの奥に僕の帰りたい場所がある。けれど扉は簡単には開かない。
どうすればあれを使えるのか。僕は先輩に尋ねて回る。
答えは僕を打ちのめす。学生はあの機械に触れない。触れないまま使うのだという。まず紙に書く。決められた升目の紙に手順を一行ずつ書き写す。それを別の機械にかけて硬い札に穴として打つ。札の束を窓口に出す。あとは待つ。技官が束を機械にかけて順番が来れば走る。結果は印字になって返ってくる。早くて数時間。遅ければ翌日だ。
僕は耳を疑う。翌日。
一行の綴りを間違えただけで翌日まで結果が返らないという。前の生涯で僕は書いたそばから走らせていた。間違えればその場で直してまた走らせた。息をするように試して直した。それがここでは一日がかりだ。一日をかけて返ってくるのが三行目の綴り違いひとつだという。そんな世界があるのかと僕は呆然とする。呆然としながら胸のどこかがざわつく。試すのに一日かかるのなら試す前に頭の中で完璧にしておくしかない。紙の上で完璧にしておくしかない。走らせる前にすべてを見通しておくしかない。それは途方もなく苦しい仕事だ。苦しいけれど胸のざわつきは嫌なものではない。
一度僕は窓口で先輩がそれを受け取る場面を見た。
厚い印字の束を技官から渡された先輩は立ったままそれをめくった。めくるうちに顔が曇っていった。舌打ちをして束を丸めかけた。横から覗くと紙の上のほうに短い文字が並んでいる。手順は途中で止まっている。たった一箇所のつまずきで機械はそこから先へ進まなかったのだ。一日待った結果がこれだった。先輩は肩を落として札を打ち直しに戻っていった。また一日だ。僕はその背中を見送りながら思う。ここでは一日が一行の重さを持っている。時間の値段がまるで違う。この重さの中で人は嫌でも紙の上で考え抜くようになる。走らせる贅沢がないから頭の中で走らせる。苦しい制約がそのまま人を鍛える。そういう鍛え方がこの時代にはあるのだと僕は気づく。
落胆が僕を包む。
機械に触れたくて西まで来た。来てみれば黒板と紙ばかりで機械は神棚の上だ。話が違う。僕は下宿の窓辺で川の音を聞きながら何度もため息をつく。前の生涯の指がむずむずと疼く。走らせたい。組んだものを実際に動かしたい。その渇きが行き場を失って胸の中でくすぶる。ラーメンの渇きに続いてもうひとつ渇きが増えた。作れるのに作らせてもらえない渇きだ。
けれどある夜その落胆が裏返る。
僕は土手に座って川を見ている。学生たちが議論している。この学問には教科書がないと誰かが言う。海の向こうの論文をみんなで訳して回し読みしている。何が正しいのか誰も知らない。手探りだと誰かが言う。その声には不満よりも高揚がある。まだ誰も踏んでいない土を踏んでいる高揚だ。僕はそれを聞いてはっとする。
そうか。まだ何もないのか。
僕はこれまで自分を遅れて来た者だと思っていた。三十年先を知っているのにその場所に立てない。取り残された者だと思っていた。違う。逆だ。この学問には形がまだない。名前だけがあって中身がこれから埋まる。教える者も手探りで学ぶ者も手探りだ。ということは僕は遅れて来たのではない。いちばん早い場所に立っている。誰も地図を持たない野原に僕だけが遠い記憶の地図を一枚だけ持って立っている。
それは眩暈のするような立ち位置だ。
僕はこの学問がこれからどこへ向かうかをおおよそ知っている。どの考えが実を結びどの考えが袋小路になるかを遠い記憶の中で見てきた。けれどそれを口にはできない。口にしたところで証しようがない。ただの子供の妄言になる。だから僕は知っていることを胸にしまって皆と同じ顔で霧の中を歩く。皆より先が見えているのに皆の速さで歩く。それは孤独だ。けれど前の生涯の孤独とは色が違う。あのころの孤独は誰にも届かない部屋の孤独だった。今の孤独は同じ道を歩く仲間の中にいる孤独だ。隣に人がいる。ただ僕だけが少し先を見ている。それだけの違いが僕には途方もなく大きい。
土手の議論に僕は初めて口を挟む。
教科書がないなら僕たちが作る側だと誰かが言う。それに続けて僕は小さく言う。今わからないことが多いほど後で埋める場所が多いということだ、と。学生たちが僕を見る。妙なことを言う奴だという顔だ。それでも誰かが、たしかにな、と笑う。その笑いに棘はない。故郷でラジオを直したときの遠ざかる笑いとは違う。ここでは奇妙なことを言っても輪から弾かれない。皆が同じだけ手探りだからだ。知らないことを分け合う場所では知りすぎることも罪にならない。僕は少しだけ息がしやすくなる。故郷では知識が壁になった。ここでは知識がようやく橋になりかけている。
その気づきが渇きの向きを変える。
機械に触れられないのは苦しい。けれど触れられる日まで僕にはやることがある。この霧の中の学問の骨を隅々まで自分のものにすることだ。数学ばかりで機械がないと嘆いていた。逆に考える。今のうちに骨を鍛えておけばいい。機械が来たとき骨の太い者が遠くまで行ける。前の生涯で僕はこの骨を軽んじていた。動くものを作ることばかり急いで底の数学を飛ばして生きた。二度目は違う。今は骨を組む時だ。まだ誰も肉をつけられない今こそ骨を組む時だ。
僕は下宿へ帰って机に向かう。海の向こうの論文の訳を借りて読む。黒板の記号を紙に写して自分の手で追い直す。わかっているつもりのものを一から組み立て直す。前の生涯の知識がここでようやく正しい形をとりはじめる。答えを知っている僕が答えに至る道をもう一度歩く。歩いてみて初めてその道の険しさと美しさがわかる。険しい。美しい。この学問は生まれたてで貧しくてけれど確かに美しい。
夜ごと僕は紙と格闘する。
答えを知っている問いをわざと一から解く。定理の証明を教科書なしで組み直す。前の生涯では飛ばして通り過ぎた底の底を今は一歩ずつ踏む。踏むたびに発見がある。ああここはこう繋がっていたのか。この面倒な補題が後であの華やかな結果を支えていたのか。知っていたはずのことが本当にわかっていく。知っていることと分かっていることは違う。僕は西の都で初めてその違いをはっきりと味わう。答えを覚えているだけの僕と答えを組み立てられる僕は別の人間だ。後者になるために僕は毎晩机に向かう。川の音が夜通し聞こえる。墨の匂いと紙の擦れる音の中で僕の骨が少しずつ太くなっていく。急がなくていいと自分に言う。機械が来る日まで僕は骨を組んでいればいい。
ある晩僕は一つの証明で行き詰まる。
答えは知っている。結論は覚えている。けれどそこへ至る道が繋がらない。前の生涯では結論だけを道具として使っていた。中がどうなっているかを気にしなかった。今その中身が僕を拒む。僕は何枚も紙を無駄にする。破っては書き破っては書く。夜が更けて川の音だけが残る。眠気の底でふいに一本の線が見える。こことここが繋がる。切れていた二つの補題が一つに繋がる。僕は飛び起きて筆を走らせる。組み上がる。証明が組み上がっていく。誰に見せるでもない小さな勝利だ。前の生涯で光る画面の前で味わったあの勝利と同じ手触りだ。独りの部屋で味わったあれと。けれど今は独りの部屋ではない。窓の外に街があり川があり同じ霧を歩く仲間がいる。同じ勝利でも味が違う。少しだけ温かい。僕は組み上がった紙を見つめる。この一枚を誰かに見せたいと思う。前の生涯では見せる相手がいなかった。今もまだいない。けれどいつか見せられる相手に会うのだという予感がある。同じ手触りを知っている誰かに。僕は紙を大事に畳んで机の抽斗にしまう。
窓の外で川が光っている。僕はもう落胆していない。
その頃ひとつの噂を耳にする。
同じ学科に変わった先輩がいるという。一つ上の学年だ。名を遠山という。人と群れない。講義にもあまり出ない。それなのに教授が一目置いている。なぜかというと遠山はあの機械に触れたことがあるからだ。硝子の向こうの神に。学生の身でありながら実機を動かしたことがある数少ない者のひとりだという。どうやってと僕は聞く。さあ、と誰も知らない。とにかく遠山は機械を知っている。動かしたことのある人間だけが持つ何かを持っている。皆がそう言う。言いながら少し声を落とす。近寄りがたい変人だという色がその声に混じっている。
遠山にまつわる話はいくつもある。
一晩じゅうセンターに籠って技官と言い争ったという話。誰も解けなかった問いを黒板の隅に一行だけ書いて消えたという話。講義に出ないのに試験だけ受けて教授を唸らせたという話。どれも本当かどうかわからない。わからないまま尾ひれがついて回っている。ただ皆が口を揃えて言うことがひとつある。遠山は機械の中身を知っている。硝子の向こうがどう動くのかをこの時代の誰よりも肌で知っている。紙の上の記号が札の穴を通ってあの箱の中で本当に動く。その一部始終を見た人間の落ち着きが遠山にはあるという。
機械に触れたことのある人間。
その言葉が僕の胸に刺さる。刺さって抜けない。僕は硝子の向こうの機械を思う。あの冷たい部屋を思う。あそこに入ったことのある学生がこの街にいる。実際にあれを動かした人間がいる。会ってみたい。会って話してみたい。あれがどう動くのかこの時代の言葉でどう語られるのかを知りたい。老教師の声が甦る。同じ目の人間に出会ったら大事にしろ。もしかするとその人間がここにいるのかもしれない。まだ会ってもいないのに僕はそう感じる。
僕は川の音を聞きながらその名を胸に刻む。遠山。
その名を刻んだ帰り道僕はもう一度あの硝子の前を通る。
冷たい部屋の奥で機械が低く唸っている。相変わらず触れられない神だ。けれど今日は少しだけ見え方が違う。この神に触れたことのある人間がこの街にいる。触れられないのは永遠ではない。順番と紙と辛抱があればいつか僕もあの札を打ちあの束を出し印字を受け取る側になる。遠山という先達が既にそこを通ったのなら僕にも通れないはずがない。僕は硝子に映る自分の顔を見る。十八の顔だ。まだ何者でもない顔だ。けれどその奥に三十年ぶんの記憶が畳まれている。骨を組みながら僕は待つ。待つことは負けではない。ここでの待ち方には確かな手応えがある。
いつか会うことになる。まだ知らないけれど僕はもう待ちはじめている。機械に触れる日を待つように。あの一杯に手が届く日を待つように。西の都で僕の二度目の生涯はまた一枚新しい頁をめくる。骨を組み噂を胸に春の川が光っている。