スター・ウォーズ エクシリウム・レコード   作:コレクトマン

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EP.0 プロローグ
転生したらスターウォーズ世界ってマジで?


 薄く閉じていた瞼の向こう側に、朝の光が差し込んでいた。

 

 カーテンの隙間から伸びる白い光が、部屋の床を細く照らしている。枕元に置いたスマートフォンは、何度目かのアラームを震わせながら、無慈悲に現実へと引き戻そうとしていた。

 

「ん……朝か」

 

 青年は重たい瞼を開け、かすれた声で呟いた。

 

 布団の中は温かい。外へ出るには、あまりにも惜しい温度だった。だが、今日は平日であり、会社は当然のように存在している。休みたいと思ったところで、体調不良でもなければ簡単に休めるものではない。

 

 枕元のスマートフォンを手探りで掴み、アラームを止める。画面に表示された曜日を見た瞬間、青年の口から深いため息が漏れた。

 

「はぁ……月曜の朝は憂鬱だな~。まぁ、それに慣れちゃってる自分がいる訳だし。自虐になりゃしないな……」

 

 誰に聞かせるでもない独り言だった。

 

 社会人になってから、何度こうして月曜の朝を迎えただろうか。憂鬱だ、面倒だ、行きたくない。そう思いながらも、結局は顔を洗い、服を着替え、会社へ向かう。

 

 それが日常だった。

 

 青年は布団から身体を起こし、軽く伸びをした。背骨が小さく鳴る。寝不足というほどではないが、疲れが抜けきっているわけでもない。洗面所で顔を洗い、適当に朝食を済ませ、いつものスーツに袖を通す。

 

 鏡に映る自分の顔は、特別不幸そうでもなければ、特別充実しているようにも見えなかった。

 

 ただの会社員。

 

 ただの、どこにでもいる青年だった。

 

 玄関で靴を履き、鞄を手に取る。鍵をかけ、アパートの階段を下りる。駅へ向かう道には、同じように会社や学校へ向かう人々が流れていた。

 

 コンビニの前を通り過ぎ、信号で立ち止まり、青に変わるのを待つ。

 

 何も変わらない朝。

 

 変わらない日常。

 

 変わらない一週間の始まり。

 

 青年は小さく息を吐き、気持ちを無理やり仕事用に切り替えようとした。

 

「……とりあえず、切り替えていくか」

 

 その瞬間だった。

 

 ドスッ、と。

 

 腹部に、鈍く重い衝撃が走った。

 

「……あっ」

 

 声にならない声が漏れた。

 

 最初は、何が起きたのか分からなかった。身体が前に押されたような感覚があり、次いで焼けるような熱が腹の奥から広がっていく。

 

 視線を下げる。

 

 そこには、見知らぬ男の手があった。

 

 その手には包丁が握られており、その刃は青年の腹部に深々と突き刺さっていた。

 

「ブフッ……! マジか……」

 

 喉の奥から血の味がこみ上げた。

 

 周囲で悲鳴が上がる。誰かが逃げろと叫び、誰かが警察を呼べと声を張り上げる。人の流れが一気に崩れ、通勤途中の整った日常は、たった一瞬で恐怖と混乱に塗り潰された。

 

 青年の膝から力が抜ける。

 

 男が包丁を引き抜いたのか、それとも自分が崩れ落ちたのか。その判断すら曖昧だった。腹から熱いものが溢れ出していく。スーツのシャツが濡れ、手で押さえようとしても、指の隙間から血が止めどなく流れていく。

 

「通り魔って……最悪だ。あー……クソッ、意識……が……」

 

 最悪だ。

 

 本当に、最悪だった。

 

 事故でも、病気でもない。何か重大な理由があったわけでもない。ただ、たまたまその場にいたから。たまたま通り魔の刃が、自分へ向いたから。

 

 それだけで、自分の人生は終わろうとしている。

 

 視界が揺れる。空が遠い。誰かがこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえる。救急車を呼んだという声も聞こえた気がした。

 

 けれど、それらはもう遠かった。

 

 指先の感覚が消える。

 

 音が薄れていく。

 

 意識が、暗い水底へ沈むように落ちていく。

 

 そして──青年の世界は、そこで途切れた。

 

 次に意識が浮上した時、青年は奇妙な浮遊感の中にいた。

 

「ん……ここは……?」

 

 重たい意識を引きずるように、ゆっくりと目を開ける。

 

 最初に視界に入ったのは、天井ではなかった。

 

 部屋の壁でもない。病院の白い照明でも、救急車の中でもない。

 

 そこにあったのは、どこまでも広がる黒。

 

 そして、その黒の中に散らばる無数の星々だった。

 

 上下の感覚がない。地面もない。身体を支えるものもない。だが、不思議と落ちている感覚もなかった。ただ、自分の身体が何もない空間に浮かんでいる。

 

 青年は数秒、何も言えなかった。

 

 目の前の光景が、あまりにも現実離れしていたからだ。

 

 だが、理解が遅れて追いついた瞬間、声が裏返った。

 

「はっ? う……宇宙!?」

 

 叫んだ声は、ありえないはずの宇宙空間に、確かに響いた。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 見渡す限り、そこには黒い空間と無数の星々しかなかった。

 

 宇宙。

 

 そう表現する以外にない光景が、青年の視界いっぱいに広がっている。足元には地面がなく、頭上にも天井はない。自分が立っているのか、浮いているのか、そもそも上下という概念が存在しているのかすら分からなかった。

 

 ただ、身体は確かにそこにあった。

 

 青年は恐る恐る自分の手を見る。見慣れた手だった。会社に向かう途中まで、当たり前のように自分のものだった手。だが、それが今、宇宙空間らしき場所に存在しているという事実が、あまりにも異常だった。

 

「……よくよく考えたら、宇宙空間で息できるな」

 

 ぽつりと呟いてから、青年は自分の口元に手を当てた。

 

 呼吸ができる。

 

 息を吸えば空気が肺に入り、息を吐けば声が出る。真空のはずの宇宙で、寒さも苦しさも感じない。身体が破裂するようなこともなければ、血液が沸騰するような感覚もない。

 

 ありえない。

 

 どう考えても現実ではなかった。

 

 だが、現実ではないと切り捨てるには、先ほどまでの記憶があまりにも生々しすぎた。

 

 腹部を貫いた包丁の感触。喉の奥からこみ上げた血の味。膝から力が抜け、アスファルトへ崩れ落ちていく感覚。耳に残る悲鳴と怒号。

 

 思い出した瞬間、青年は自分の腹を押さえた。

 

 そこに傷はない。

 

 痛みもない。

 

 血も流れていない。

 

 だからこそ、逆に理解できてしまった。

 

「そもそも通り魔に刺されて意識が途絶えたんだ。なら俺が死んだのも納得できる」

 

 自分で口にした言葉は、思った以上にすんなりと胸に落ちた。

 

 死んだ。

 

 あの時、自分は死んだのだ。

 

 救急車が間に合ったのかどうかは分からない。犯人が捕まったのかも分からない。家族や職場に連絡が行ったのかも、今となっては確かめようがない。

 

 けれど、あの出血量で助かったとは思えなかった。

 

 ならば、今ここにいる自分は、死後の何かなのだろう。

 

 そう考えれば、宇宙空間で息ができるという異常も、まだ納得できないことはない。死後の世界なら、物理法則などあってないようなものなのかもしれない。

 

 だが、それでも疑問は残る。

 

「しかし、何で宇宙空間なんだ? よくあるテンプレで異世界転生物ならまだわかるが、何で宇宙空間?」

 

 異世界転生。

 

 自分で言って、青年は乾いた笑いを漏らしそうになった。

 

 神様らしき存在が出てきて、前世の死を説明し、チート能力を授けて異世界へ送り込む。あるいは、気づいたら貴族の赤ん坊になっている。そういう物語なら、現代日本に生きていた青年にもいくらか覚えがある。

 

 だが、実際に自分が死んで最初に見た光景が宇宙空間というのは、さすがに予想外にもほどがあった。

 

 神様の姿はない。

 

 白い部屋もない。

 

 説明役もいない。

 

 あるのは星の海だけ。

 

 何をどうすればいいのかも分からず、青年はただその場に浮かびながら、途方に暮れるしかなかった。

 

 その時だった。

 

 視界の端に、小さな光が瞬いた。

 

 最初は、遠くの星が瞬いたのかと思った。だが違う。その光は周囲の星々とは明らかに違う動きをしていた。まっすぐに、こちらへ向かって近づいてくる。

 

「あれは……光る球? 何かこっちに来てるような……」

 

 青年は目を凝らした。

 

 光は丸い形をしていた。拳ほどの大きさにも見えるし、距離感が狂っているせいでそれ以上にも見える。白とも金ともつかない柔らかな輝きを放ちながら、その球体は音もなく青年のもとへ漂ってきた。

 

 警戒するべきなのか、逃げるべきなのか。

 

 判断しようにも、逃げる方向が分からない。そもそも、この宇宙空間で自分がどう動けばいいのかすら分からなかった。

 

 光の球は、青年の目の前までやって来ると、一瞬だけ静止した。

 

 まるで、こちらを見ているかのようだった。

 

「……何だ?」

 

 問いかけても、答えはない。

 

 次の瞬間、光の球がすっと動いた。

 

 避ける暇はなかった。

 

 それは青年の胸元へ吸い込まれるように近づき、そのまま身体の中へと入り込んでいった。

 

「俺の中に入っちゃったよ。何だったんだ? あれ……?」

 

 青年は慌てて胸を押さえた。

 

 痛みはない。熱さもない。先ほど通り魔に刺された時のような衝撃もない。むしろ、胸の奥にかすかな温かさが残っただけだった。

 

 だが、異物が身体に入ったという事実は、どう考えても普通ではない。

 

 いや、そもそも今の状況そのものが普通ではないのだが、それにしても説明がなさすぎる。

 

 光の球は何だったのか。

 

 神様の代わりなのか。転生の合図なのか。それとも、もっと別の何かなのか。

 

 考えようとした瞬間、不意に意識が揺れた。

 

 強烈な眠気が、波のように押し寄せてくる。

 

「何だ……なんか眠気が……。やべっ……マジで耐えられ……ない……」

 

 青年は抗おうとした。

 

 だが、瞼が鉛のように重い。思考がまとまらない。視界に広がる星々が滲み、黒い宇宙が遠ざかっていく。

 

 まるで、再び深い水底へ沈んでいくようだった。

 

 死んだはずなのに眠るというのもおかしな話だ。

 

 だが、そんな皮肉を考える余裕すらなくなっていく。

 

 光の球が何だったのかも、自分がこれからどこへ向かうのかも分からないまま、青年の意識は再び闇の中へと落ちていった。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

深い闇の中に沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上していく。

 

 眠っていた、という感覚だけはあった。

 

 だが、それが数分なのか、数時間なのか、それとももっと長い時間なのかは分からない。宇宙空間で光の球が身体の中に入ってきて、その直後に強烈な眠気に襲われたところまでは覚えている。

 

 そこから先の記憶はない。

 

(んん……あれ?俺、どれほど眠っていたんだ?)

 

 ぼんやりとした意識のまま、青年は目を開けようとした。

 

 だが、妙だった。

 

 瞼が重い。身体が思うように動かない。手を持ち上げようとしても、力が入らない。指を開こうとしても、思ったように動いてくれない。

 

 それどころか、視界そのものがひどくぼやけていた。

 

 白っぽい天井。柔らかな光。近くに誰かがいる気配。温かい布に包まれているような感覚。

 

 病院か、と一瞬思った。

 

 だが、それにしては身体の感覚がおかしすぎる。

 

 手足が小さい。いや、小さいどころではない。自分の意思でまともに動かせないほど未発達で、声を出そうとしても喉から出るのは言葉ではなく、意味を成さない幼い音だけだった。

 

 これはまさか、と意識が冷静さを取り戻しかけた時、すぐ近くで女性の声がした。

 

「アナタ、見て。ウィクリフが起きたわ」

 

 優しく、柔らかな声だった。

 

 その声に続いて、今度は男性の声が聞こえてくる。穏やかで、どこか嬉しそうな響きを含んだ声だ。

 

「おー、相変わらず可愛いな。俺達の息子は」

 

「ええ。私たちの子供だもの」

 

 抱き上げられる感覚があった。

 

 身体がふわりと浮き、誰かの腕の中に収まる。視界が揺れ、ぼやけた輪郭の向こうに男女の顔が見えた。おそらく、自分を覗き込んでいる二人が両親なのだろう。

 

 ウィクリフ。

 

 そう呼ばれた。

 

 どうやら、それが今の自分の名前らしい。

 

 そして、彼らは自分のことを息子と言った。

 

 つまり。

 

 自分は赤ん坊になっている。

 

 宇宙空間で眠りに落ちた後、気づけば赤ん坊として目覚めていた。前世の記憶を持ったまま、新しい身体に生まれ変わったのだと理解するには、十分すぎる状況だった。

 

「……だぁ(子供)?」

 

 口から出たのは、情けないほど幼い声だった。

 

 自分では「子供?」と言ったつもりだった。だが、赤ん坊の口ではまともな発音になるはずもなく、ただの喃語にしかならない。

 

 それを聞いた女性――おそらく母親は、嬉しそうに笑った。

 

「♪〜」

 

 その時、軽やかな電子音が室内に響いた。

 

 ピコピコとした、どこか感情のある機械音。人間の言葉ではない。だが、それがただの家電音や通知音ではないことだけは、前世の記憶が即座に理解した。

 

 視線を動かそうとする。

 

 ぼやけた視界の端に、丸みを帯びた胴体とドーム状の頭部を持つ小型の機械が見えた。

 

 青白いランプを点滅させながら、こちらに向かって電子音を鳴らしている。

 

「あら〜、R3も可愛いと思うでしょう?」

 

 母親らしき女性が、微笑みながらそう言った。

 

 R3。

 

 その名前と姿が、前世の記憶にある映像と重なった。

 

 アストロメク・ドロイド。

 

 スターシップの整備や航行補助を行う、あの銀河ではお馴染みのドロイド。

 

 その存在を認識した瞬間、赤ん坊の身体に宿った青年の意識は、凍りついた。

 

(アストロメク・ドロイド!?……えっ何?此処ってまさか……)

 

 嫌な予感が、背筋を駆け上がる。

 

 いや、赤ん坊の身体に背筋も何もないのだが、精神的にはそう表現するしかなかった。

 

 アストロメク・ドロイドが当たり前のように家の中にいる。

 

 R3という型番らしき呼び名。

 

 そして、見慣れない室内の造り。両親の服装。窓の外にぼんやり見える、自分の知る現代日本とは明らかに違う景色。

 

 まさか。

 

 まさかとは思うが。

 

 ここは、普通の異世界などではないのではないか。

 

 前世で映画やゲーム、アニメ作品として知っていた、あの銀河なのではないか。

 

 混乱と恐怖と困惑が一気に押し寄せ、赤ん坊の身体は素直に反応した。

 

「おぎゃ〜!?(此処ってスターウォーズの世界かよーっ!?)」

 

 室内に、元気な泣き声が響き渡る。

 

 両親はそれを見て、目覚めたばかりの息子が泣き出したのだと思ったのだろう。母親は慌てることなく、優しく身体を揺らしながらあやし始めた。父親もまた、困ったように笑いながら覗き込んでくる。

 

 R3と呼ばれたアストロメク・ドロイドも、まるで心配しているかのように電子音を鳴らしていた。

 

 だが、当の本人の内心はそれどころではない。

 

 現代日本で通り魔に刺されて死んだと思ったら、宇宙空間で謎の光の球に入り込まれ、次に目を覚ませば赤ん坊。

 

 しかも、どうやらそこはスターウォーズの世界。

 

 ライトセーバーだのフォースだの、ジェダイだのシスだのと、遠くから見ている分には最高に胸躍る銀河。

 

 だが、実際に生まれ落ちるにはあまりにも物騒すぎる世界。

 

 赤ん坊の泣き声を上げながら、ウィクリフと呼ばれた青年は、早くも自分の第二の人生が前途多難であることを思い知らされていた。

 

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