スター・ウォーズ エクシリウム・レコード   作:コレクトマン

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装置を修理したら情報が逆流した件

 スターウォーズ世界に転生してから、五年が経った。

 

「……もう五年か」

 

 窓の外に広がるナブーの景色を眺めながら、ウィクリフ・スタージェスはぽつりと呟いた。

 

 五歳になった彼の身体は、当然ながらまだ幼い。背も低く、手足も小さく、力も大人には遠く及ばない。だが、その内側に宿る意識だけは違っていた。

 

 現代日本で会社員として生き、通り魔に刺されて命を落とし、謎の宇宙空間で光の球を取り込んだ記憶。

 

 それらは、今もはっきりと残っている。

 

 赤ん坊として目覚めた直後は、何もかもが混乱の連続だった。言葉は理解できるのに、身体が思うように動かない。考えていることは大人なのに、口から出るのは泣き声と喃語ばかり。食事も排泄も睡眠も、すべて誰かに世話されなければ成立しない。

 

 中でも、前世の精神を持ったまま経験するには、なかなかに厳しいものがあった。

 

「テンプレ転生のお約束かもしれないけど、やっぱり母からの母乳は辛かったな……。恥ずかしい……」

 

 誰に聞かせるでもなく、ウィクリフは遠い目で呟いた。

 

 母親に悪意などあるはずもない。むしろ、愛情を持って育ててくれたことは分かっている。分かってはいるのだが、前世の記憶を持ったままでは、どうしても精神的な羞恥が勝ってしまう場面が多かった。

 

 赤ん坊の身体では抵抗も説明もできず、ただ流されるしかなかったあの日々。

 

 思い出すだけで、幼い顔に似合わない疲れた表情が浮かぶ。

 

「♪ ~?」

 

 その時、背後から軽やかな電子音が聞こえた。

 

 ウィクリフが振り返ると、そこには円筒形の胴体とドーム状の頭部を持つ一体のアストロメク・ドロイドがいた。

 

 家に置かれているR3ユニット。

 

 生まれた時からずっと見慣れている、スタージェス家の相棒のような存在だった。

 

「あー、R3。ちょっと生まれた時のことを思い出してただけだよ」

 

 ウィクリフがそう言うと、R3は首──というよりドーム状の頭部をわずかに傾けるような仕草を見せ、また短い電子音を鳴らした。

 

 言葉として完全に理解できるわけではない。だが、五年も一緒にいれば、何となく言いたいことは分かるようになってくる。今の音は、おそらく「大丈夫か」とでも言っているのだろう。

 

 ウィクリフは小さく苦笑した。

 

 スターウォーズ世界に転生したと最初に理解したのも、このR3を見た時だった。

 

 前世で映像作品として見ていた存在が、当たり前のように家の中を移動し、電子音を鳴らし、家族と会話している。それだけで、ここが自分の知る現代日本ではないことを嫌でも思い知らされた。

 

 それから五年。

 

 彼は少しずつ、この家と、この世界について知っていった。

 

 スタージェス家は、ナブーで機械修理を生業とする家系だった。

 

 主な仕事は、アストロメク・ドロイドやプロトコル・ドロイドの整備。宇宙船に搭載される航行補助用ユニットのメンテナンス。一般家庭や商店で使われる各種機械の修理。時には旧式のドロイドを預かり、部品交換や再調整を行うこともある。

 

 父も母も、腕の良いメカニックだった。

 

 華やかな宮殿勤めでも、王室直属の技術者でもない。だが、地域の人々からは信頼されており、故障した機械やドロイドが持ち込まれることは少なくなかった。

 

 作業場には、いつも油と金属と焼けた回路の匂いが漂っている。

 

 そこには、前世の地球では見たこともない機械が山ほど並んでいた。

 

「アストロメクにプロトコル、そして旧世代のC1シリーズ。本当にスターウォーズ世界に転生したんだなって実感させられるよ」

 

 ウィクリフは作業場の奥を見ながら呟いた。

 

 そこには、修理待ちのドロイドたちが並んでいる。

 

 丸い頭部を持つアストロメク・ドロイド。人型の姿をしたプロトコル・ドロイド。さらに、かなり古い型式らしいC1シリーズのドロイドも一体、外装を外された状態で台の上に置かれていた。

 

 前世で画面越しに見ていたものが、今では目の前にある。

 

 触れようと思えば触れられる。分解しようと思えば、工具さえあれば中身を覗ける。幼い身体でなければ、もっと自由に作業もできただろう。

 

 それは興奮することでもあり、同時に恐ろしくもあった。

 

 この世界がスターウォーズであるという事実は、夢のような浪漫と、洒落にならない危険を同時に抱えている。

 

 ライトセーバー。フォース。ジェダイ。シス。銀河共和国。通商連合。分離主義勢力。クローン戦争。そして、その先に待つ銀河帝国と銀河内戦。

 

 前世で知っている歴史がこの世界でも同じように流れるのだとしたら、ナブーに生まれた自分も決して無関係ではいられない。

 

 平穏な子供時代を過ごしているように見えて、ウィクリフの心の奥には常にその不安があった。

 

 とはいえ、五歳児にできることなど限られている。

 

 今の彼にできるのは、この家で学べることを学び、機械に触れ、少しでも知識を蓄えることくらいだった。

 

 ウィクリフがそんなことを考えていると、階下から母の声が響いた。

 

「クリフ~。夕食の時間よ。早く降りてきなさ~い」

 

 明るく、柔らかな声。

 

 その声を聞くと、重くなりかけていた思考が少しだけ軽くなる。

 

「はーいっ今行くよ」

 

 ウィクリフは返事をして、R3の方へ視線を向けた。

 

 R3は短く電子音を鳴らすと、まるで「早く行け」とでも言うように頭部を回した。

 

 ウィクリフは苦笑し、作業場を後にする。

 

 この世界がどれほど危険な場所であっても、今の彼には家族がいる。日常がある。温かい夕食があり、自分を呼んでくれる母の声がある。

 

 だからこそ、その日常を守るために、いずれ自分は何かをしなければならないのだろう。

 

 まだ五歳の身体で階段を下りながら、ウィクリフはぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 一ヶ月前のことだった。

 

 その日、ウィクリフは父に連れられて、家の地下室へと下りていた。

 

 スタージェス家の作業場は一階にある。普段の修理や整備はそこで行われており、持ち込まれたドロイドや部品も基本的にはそこに保管されていた。

 

 だが、地下室は違う。

 

 そこは普段使わない部品や、古くなった工具、修理のために残してある予備パーツなどを置いておく場所だった。子供が一人で入るには少し薄暗く、金属と埃の匂いが混ざった独特の空気が漂っている。

 

 その奥に、ひときわ大きな装置が置かれていた。

 

 高さは大人の胸ほど。外装は古びており、ところどころに錆や傷が見える。だが、完全なガラクタというわけではない。むしろ、丁寧に作られた機械であることは、幼いウィクリフにも分かった。

 

 複雑なパネル。何本もの配線。内部に収められた見慣れない部品。

 

 長い年月を経てなお、どこか存在感を放っている装置だった。

 

「……父さん、これは?」

 

 ウィクリフが問いかけると、父は懐かしそうに装置を見上げた。

 

「これか? これは我が家のご先祖様が作った装置なんだが、直すことができなかったらしい。時と世代が変わるたびにいったい何の装置なのかもう忘れられてほぼ置物状態なんだよな」

 

 父は苦笑しながら、装置の外装を軽く叩いた。

 

 鈍い金属音が地下室に響く。

 

 ご先祖様が作った装置。

 

 しかも、何の装置なのか分からない。

 

 メカニックの家系であるスタージェス家にとって、それは一種の未解決問題のようなものだったのだろう。

 

 ウィクリフは装置を見つめたまま、素朴な疑問を口にした。

 

「……捨てようとは思わなかったの?」

 

 壊れていて、使い方も分からない。修理もできない。

 

 普通なら、どこかのタイミングで処分されてもおかしくないはずだった。

 

 だが、父は少し困ったように笑うと、首を横に振った。

 

「まぁ、父さんも挑戦してみたんだがやっぱり駄目だった。でも、この装置のおかげで機械に詳しくなったことだし、母さんと知り合えて今に至って結婚した訳だしな。一種の我が家の家宝みたいなものさ」

 

 父の声音には、ただのガラクタを見るものとは違う温かさがあった。

 

 直せなかった。

 

 だが、無駄ではなかった。

 

 この装置を調べるために機械を学び、知識を深め、その過程で母と出会った。父にとってこの装置は、動かない機械であると同時に、自分の人生を形作ったものでもあるのだろう。

 

 家宝。

 

 そう言われると、ウィクリフの目にも、その古びた装置が少し違って見えてきた。

 

「家宝か……俺もこの装置を直したりはできるかな?」

 

 思わず口にすると、父は少し驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに笑った。

 

「もしかしたらな。仮にできなくても、経験が生かされるから無駄にはならないな」

 

 父のその言葉が、ウィクリフの背中を押した。

 

 五歳の子供が手を出すには、明らかに難しすぎる装置である。

 

 だが、ウィクリフには前世の記憶があった。もちろん、現代日本の会社員がスターウォーズ世界の機械を簡単に直せるわけではない。だが、この五年間、彼は父と母の作業を見て、ドロイドや機械の基礎を少しずつ学んできた。

 

 何より、分からないものを分かるようにしていく過程は、嫌いではなかった。

 

 それから一ヶ月。

 

 ウィクリフは暇を見つけては地下室に通い、その装置と向き合うようになった。

 

 最初にしたのは、分解ではなく観察だった。

 

 どこに電源系統があるのか。どこが制御回路なのか。どの配線がどの部品に繋がっているのか。焦って触れば、壊れていない部分まで壊してしまう可能性がある。

 

 だから彼は、できる限り記録を取った。

 

 古い端末を借り、外装の写真を撮り、配線の位置を保存し、パネルの刻印を写し取る。読めない記号や規格は後で父に聞き、分かる範囲で整理していった。

 

 もちろん、五歳児の作業である。

 

 大人の技師ほど手際が良いわけではない。工具の扱いもまだ危なっかしく、重い外装板を外す時はR3に手伝ってもらう必要があった。

 

 それでも、少しずつ装置の内部は見えてきた。

 

 そして現在。

 

 地下室の床に座り込んだウィクリフは、目の前の古びた装置を見上げていた。

 

「……さて、配線と回路はいじる前に画像は保存した。後はこいつを本当に修理できるかは自身の腕次第か」

 

 手元の端末には、これまで撮影した画像とメモが保存されている。

 

 配線の接続。回路の配置。破損している可能性のある部品。電源を通した時に反応しなかった箇所。父の資料や家に残されていた古い技術メモと照らし合わせ、ウィクリフなりに修理の見通しは立てていた。

 

 だが、ここから先は実作業だ。

 

 観察と記録だけでは、装置は直らない。

 

 配線を繋ぎ直し、劣化した部品を交換し、動力系統を確認しなければならない。少しでも間違えれば、今度こそ完全に壊れる可能性もある。

 

 五歳の身体には不釣り合いな作業だった。

 

 だが、ウィクリフの胸には不思議な高揚感があった。

 

 スターウォーズ世界に転生して五年。

 

 彼はずっと、この世界の流れに巻き込まれる不安を抱えていた。クローン戦争。銀河帝国。シスの暗躍。前世の知識があるからこそ、未来に待つ危険を知っている。

 

 ならば、自分にできることを増やしておくべきだ。

 

 機械を学ぶこと。

 

 技術を身につけること。

 

 それは、いつか自分と家族を守る力になるかもしれない。

 

 ウィクリフは小さく息を吸い、工具を握り直した。

 

「……やってみせろよ、俺。何とでもなるさ。……マフティーネタを言ってもこの世界の人たちは知らないだろうな、ははっ……」

 

 前世の記憶からこぼれた冗談に、自分で小さく笑う。

 

 この銀河に、マフティーを知る者はいない。

 

 だが、誰も知らないネタでも、自分を奮い立たせるには十分だった。

 

 R3が隣で短く電子音を鳴らす。

 

 まるで呆れているようにも、応援しているようにも聞こえた。

 

 ウィクリフは苦笑しながら、装置のパネルを慎重に開く。

 

 地下室の薄明かりの中で、古びた装置の内部が静かに姿を現した。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 それから、さらに三ヶ月が過ぎた。

 

 地下室に置かれていた古びた装置は、少しずつ本来の姿を取り戻しつつあった。

 

 もちろん、作業は順調なことばかりではなかった。むしろ、分からないことの連続だったと言っていい。

 

 装置に使われている部品の一部は、現在スタージェス家で扱っている規格とは明らかに異なっていた。古いというだけでは説明できない配線の取り回しや、奇妙な回路構成もある。父に聞いても首を傾げる部分が多く、母が保管していた古い技術資料を漁っても、完全に一致する情報は見つからなかった。

 

 だからこそ、ウィクリフは焦らなかった。

 

 分からないなら記録する。理解できる範囲から確認する。動力系統、制御系統、出力先、保護回路。ひとつひとつ潰していくしかない。

 

 五歳の身体ではできることに限界がある。重い部品を持ち上げることはできず、奥まった場所の作業も手が届かない。そんな時は、いつも隣にいるR3が手伝ってくれた。

 

 そして今日も、ウィクリフは地下室で装置と向き合っていた。

 

「えっと、この配線はここに。この回路は……R3、ここの回路が焼き切れている。別の回路に繋ぎ直せるか?」

 

 外装を開かれた装置の内部を覗き込みながら、ウィクリフは焼け焦げた基板の一部を指差した。

 

 見た目には小さな損傷に見えるが、そこを通る信号が途絶えているせいで、装置全体の制御がうまく立ち上がらない。何度も調べた結果、原因の一つがそこにあると判断できた。

 

「♪~」

 

 R3は短い電子音を鳴らすと、細いマニピュレーターを伸ばして器用に回路へアクセスした。

 

 ウィクリフは端末に表示した記録を確認しながら、R3の作業を見守る。焦って手を出すより、今はR3に任せた方が確実だった。

 

 それにしても、と彼は装置の内部を眺める。

 

「こいつ……前世の機械と一部共通点があるな。本当にこの世界の機械なのか?」

 

 スターウォーズ世界の機械は、前世の地球とは明らかに技術体系が違う。

 

 ドロイド、反重力装置、ハイパードライブ、エネルギー兵器。常識外れの技術が当たり前のように存在している一方で、細かい部分では奇妙にアナログな構造も多い。

 

 だが、この装置には、そのどちらとも違う感覚があった。

 

 完全に地球の機械というわけではない。けれど、どこか前世の知識で理解できる部分がある。電力供給の流れ、制御信号の考え方、安全装置の配置。それらが妙に馴染むのだ。

 

 それが偶然なのか、この装置を作った先祖の思想によるものなのか、今のウィクリフには分からなかった。

 

 だが、分からないからこそ面白い。

 

 R3が作業完了を知らせるように電子音を鳴らす。

 

 ウィクリフは慎重に端末の表示を確認し、何度も記録と照らし合わせた。

 

「後はここを繋ぎ直せば……よしっ!」

 

 最後の配線を固定し、ウィクリフは小さく拳を握った。

 

 長い時間をかけて確認してきた修理箇所は、これでひと通り処置が終わった。もちろん、これで完全に直ったと断言できるわけではない。実際に電源を入れてみなければ分からないことは多い。

 

 それでも、少なくとも今まで沈黙していた装置に、再び動力を通せる状態までは持ってこられたはずだった。

 

「とりあえずこれで電源が入る筈。何もなければだけど……」

 

 そう言いながらも、ウィクリフの声には緊張が滲んでいた。

 

 もし配線が間違っていれば、装置は壊れるかもしれない。最悪の場合、内部で過負荷が起きて火花を散らす可能性だってある。だからこそ、電源を入れる前に何度も確認した。

 

 隣のR3が、心配そうな電子音を鳴らす。

 

「♪~?」

 

「分かっているよ。とりあえずテストで電源を入れるぞ」

 

 ウィクリフは深く息を吸った。

 

 そして、装置の側面にある古いスイッチへ手を伸ばす。

 

 幼い指が、硬いスイッチを押し込んだ。

 

 次の瞬間、地下室に低い駆動音が響いた。

 

 装置の内部で光が走る。長い間眠っていた回路に電力が流れ、パネルの表示が順番に点灯していく。制御部らしき部分が唸り、やがて安定した駆動音へと変わった。

 

 火花は出ない。

 

 警告音も鳴らない。

 

 装置は、確かに動いていた。

 

「……オッホ!上手くいったぞ!」

 

 思わず、ウィクリフは声を上げた。

 

 五歳児の身体では、喜びを抑えきることなどできない。いや、たとえ前世の精神が大人であっても、この瞬間ばかりは叫ばずにはいられなかった。

 

 三ヶ月かけて調べ、記録し、直し続けた装置が、ついに目を覚ましたのだ。

 

 R3も嬉しそうに電子音を鳴らす。

 

 だが、喜びは長く続かなかった。

 

 装置の正面パネルが淡く光り、その上に青白い映像が浮かび上がったからだ。

 

 人影だった。

 

 古い記録映像特有の揺らぎを伴った、ホログラムの人物像。

 

 ウィクリフは思わず息を呑む。

 

「これは……ホログラムメッセージか?」

 

 映し出された人物は、ゆっくりと口を開いた。

 

《このメッセージを見ているということは、スタージェス家最大の発明であるファブリケータ―を直せたということだな》

 

 その言葉に、ウィクリフの表情が固まった。

 

「ファブリケーター?マジか……」

 

 ファブリケーター。

 

 その単語には聞き覚えがある。

 

 物を作り出す装置。材料から部品や製品を生成する機械。作品によって意味は多少違うが、少なくともただの修理装置や加工機ではない。

 

 もし、この装置が本当にその名の通りのものなら。

 

 ウィクリフの背筋に、嫌な汗が流れるような感覚があった。

 

 ホログラムの人物は、淡々と続ける。

 

《ファブリケータ―は様々な物質を生成できる装置だ。だが、我々の時代、そしてこの先の未来において早すぎた技術だ。下手をすれば争いの火種になりかねない》

 

「だよな。色んな物を生成できるんじゃ貿易が崩壊しかねない」

 

 思わず、ウィクリフは同意していた。

 

 スターウォーズ世界は広大な銀河規模の社会だ。惑星ごとに資源があり、産業があり、貿易がある。輸送業者、商会、企業、共和国の経済。あらゆるものが物資の流れによって成り立っている。

 

 そこに、様々な物質を生成できる装置などが現れたらどうなるか。

 

 便利、などという言葉では済まない。

 

 資源の価値が崩れる。生産拠点の意味が変わる。軍需産業が飛びつき、犯罪組織も狙う。通商連合のような巨大組織に知られれば、間違いなく争いの種になる。

 

 隣でR3が、警戒するように大きな電子音を鳴らした。

 

「♪~!」

 

 ウィクリフも同じ気持ちだった。

 

 これは、子供が地下室で偶然直して喜んでいい類の装置ではない。

 

 ホログラムの人物は、さらに言葉を続けた。

 

《この装置が悪用されることを恐れ、予め壊しておいたのだ。仮にこれを直した者が私利私欲のためにではなく、平和利用のために使われることを切に祈るばかりだ》

 

 予め壊しておいた。

 

 その言葉で、ウィクリフはようやく理解した。

 

 修理が難しかった理由。

 

 部品の劣化だけでは説明できない回路の断線や、意図的に外されたような配線。焼き切れているように見えた箇所の不自然さ。

 

 あれは故障ではなく、封印だったのだ。

 

 この装置を作ったスタージェス家の先祖は、あまりに危険な発明であることを理解していた。だからこそ、誰にも使えないよう自ら壊し、地下室に残したのだろう。

 

 ホログラムの人物は、最後に静かな声で告げた。

 

《……どうか誤った選択をしないでくれ。この装置をまた壊すか、封印することを願う。……フォースと共にあらんことを》

 

 そこで、ホログラムは揺らぎ、ゆっくりと消えていった。

 

 地下室に静寂が戻る。

 

 聞こえるのは、再起動したファブリケーターの低い駆動音と、R3の小さな電子音だけだった。

 

 ウィクリフはしばらく何も言えなかった。

 

 成功した。

 

 確かに、装置の修復には成功した。

 

 だが、それは同時に、先祖が封印した危険物を目覚めさせてしまったということでもある。

 

「……これはとんでもない物を直してしまったかもしれない」

 

 口から漏れた声は、思った以上に重かった。

 

 五歳の子供が背負うには、あまりにも大きすぎる秘密だった。

 

 R3が強い調子で電子音を鳴らす。

 

「♪~!」

 

 まるで、早く大人に知らせろと言っているようだった。

 

 ウィクリフは小さく息を吐き、頷いた。

 

「分かってるよR3。このことは父さんと母さんに伝える。俺一人で隠し通せるレベルじゃない」

 

 大抵の物語なら、こういう装置を秘密にして一人で使う主人公もいるのかもしれない。

 

 だが、ここはスターウォーズ世界だ。

 

 ひとつの技術が、惑星どころか銀河規模の戦争の火種になりかねない世界だ。

 

 そして何より、自分はまだ五歳である。

 

 どれほど前世の記憶があろうと、子供の身体で抱え込んでいい問題ではない。

 

 ウィクリフはファブリケーターの駆動音を聞きながら、改めて装置を見上げた。

 

 スタージェス家最大の発明。

 

 先祖が封印した、早すぎた技術。

 

 それを目覚めさせてしまった自分は、これから何を選ぶべきなのか。

 

 答えは、まだ出なかった。

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 ウィクリフから話を聞いた父は、しばらく黙っていた。

 

 夕食後の居間には、いつもの穏やかな空気はなかった。テーブルを挟んで座る父と母の表情は真剣で、隣に控えるR3も普段より落ち着かない電子音を小さく鳴らしている。

 

 五歳の息子が地下室の古い装置を修理した。

 

 それだけなら、驚きはしても笑い話で済んだかもしれない。だが、その装置の正体が、物質を生成できるファブリケーターだというのなら話はまるで違ってくる。

 

 父は重く息を吐き、低い声で呟いた。

 

「……なるほどな。そいつは家宝どころか下手をすれば火種になっちまうヤバイ代物だったって訳か」

 

「うん。流石に俺一人じゃ隠し通せないと思って父さんと母さんに伝えることにしたんだ」

 

 ウィクリフは素直に頷いた。

 

 前世の記憶を持っているとはいえ、今の彼は五歳だ。知識があるからといって、銀河規模の危険物を一人で管理できるはずがない。

 

 それに、あのホログラムメッセージの内容が事実なら、装置を放置するだけでも危険だった。

 

 母は両手を胸元で握りしめ、不安そうに眉を寄せる。

 

「まさか家にそんな物が封印されていたなんて……」

 

 スタージェス家に代々伝わる、修理不能の古い装置。

 

 父にとっては機械を学ぶきっかけであり、母と出会う遠因にもなった、思い出深い家宝のようなものだった。だが、その正体は先祖が自ら壊して封印した危険な発明品だったのだ。

 

 父は短く息を吐き、視線をウィクリフへ向けた。

 

「だな。寧ろよく伝えてくれた。その装置はまだ地下に?」

 

「うん。直したばかりとはいえ、電源のスイッチ以外のボタンは押してないよ」

 

「そうか。念のため、一度見に行こう」

 

 父の言葉に、母も頷いた。

 

 そのまま三人と一体は、地下室へ向かった。

 

 階段を下りるたびに、空気が少しずつ冷えていく。地下室特有の金属と埃の匂いが鼻を掠めた。薄暗い照明の下、古びた装置は先ほどと同じ場所に鎮座している。

 

 だが、今はもうただの置物には見えなかった。

 

 静かに駆動音を響かせるそれは、まるで長い眠りから目覚めた獣のようだった。

 

 父は装置の外装や内部の光を見回し、信じられないというように呟く。

 

「……まさかご先祖様が作ったのがとんでもない技術だってのが一番の驚きだ」

 

「ええ。私も機械に詳しいけど、ここまでの代物は初めて見たわ」

 

 母もまた、技術者としての目でファブリケーターを観察していた。

 

 その表情には驚きと恐れが混じっている。機械に詳しいからこそ、目の前の装置がどれほど異質で、どれほど危険な可能性を秘めているのかが分かるのだろう。

 

 ウィクリフは装置の側面にあるスイッチを見た。

 

 さっき自分が押した電源スイッチ。

 

 これを切れば、ひとまず装置は沈黙する。完全に封印するか、もう一度壊すかは、その後で家族と相談すればいい。

 

「電源を切るよ。いいよね?」

 

「ああ、切ってくれ。ご先祖様の願いを無碍にできないからな」

 

 父の言葉を受け、ウィクリフは頷いた。

 

 装置をまた壊すか、封印することを願う。

 

 ホログラムに残された先祖の言葉が、脳裏をよぎる。

 

 自分はとんでもないものを直してしまった。だが、まだ間に合う。今なら、ただ元に戻すだけで済むかもしれない。

 

 そう思いながら、ウィクリフはスイッチへ手を伸ばした。

 

 幼い指先が、冷たい金属に触れる。

 

 その瞬間だった。

 

 脳の奥に、雷が落ちたような衝撃が走った。

 

「ぐっ……あああっ!?」

 

 視界が白く弾けた。

 

 音が遠ざかる。足元の感覚が消える。頭の内側を、何かが無理やりこじ開けていくような激痛が襲いかかってきた。

 

 情報。

 

 それは、情報だった。

 

 言葉、図面、構造式、製造工程、素材配合、神経接続、素体設計、火器構造、制御中枢、戦術行動補助、メンタルモデル。

 

 知っているはずのない知識が、濁流のように脳内へ流れ込んでくる。

 

「クリフ!?」

 

「おいっクリフ!大丈夫か!?」

 

 父と母の声が聞こえる。

 

 だが、返事をする余裕などなかった。

 

 頭が割れそうだった。いや、本当に内側から破裂するのではないかと思うほどの痛みだった。五歳の小さな身体に、大人一人分の脳ですら受け止めきれるか怪しい膨大な情報が叩き込まれていく。

 

「あっ頭が……割れるように痛い……!?」

 

 ウィクリフは両手で頭を押さえた。

 

 その間にも、流れ込んでくる情報は止まらない。

 

 そして、その中にあった単語が、前世の記憶と結びついた。

 

 戦術人形。

 

 ドールズフロントライン2。

 

 前世で遊んでいたゲーム。画面の向こうで部隊を組み、任務をこなしていた彼女たち。人間に近い姿を持ちながら、人間ではない戦闘用の人形たち。

 

 だが、今流れ込んでくるものは、ただのゲーム知識ではなかった。

 

 設計できる。

 

 作れる。

 

 どういう素材が必要で、どのような工程を踏めば素体を構築できるのか。神経系に相当する制御構造をどう組み、記憶と人格に近い機能をどう形成するのか。彼女たちが扱う武器をどう製造し、どう整備し、どう運用するのか。

 

 ありえないほど具体的な知識が、ウィクリフの脳に刻み込まれていく。

 

「これって……うぅっ……うああああぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 限界だった。

 

 五歳の身体も、幼い脳も、前世の記憶を持つ精神でさえも、その情報量には耐えきれなかった。

 

 ウィクリフの視界がぐらりと傾く。

 

 次の瞬間、彼の身体は糸が切れた人形のように床へ崩れ落ちた。

 

「クリフ!?」

 

「クリフ!しっかりして、クリフ!」

 

 母が悲鳴に近い声を上げ、倒れたウィクリフを抱き起こす。

 

 父も駆け寄り、息子の顔を覗き込んだ。ウィクリフの顔色は悪く、額には冷たい汗が浮かんでいる。呼吸はある。だが、意識は戻らない。

 

「どうなってんだ?どうしてクリフが……」

 

 父の声には、明らかな動揺があった。

 

 その時だった。

 

 地下室に、再び低い駆動音が響いた。

 

 ファブリケーターが勝手に動き始めていた。

 

 誰も操作していない。ウィクリフは倒れている。父も母も、装置には触れていない。R3でさえ、警戒するように後退している。

 

 それなのに、装置の内部で光が走り、正面の生成スペースらしき部分が青白く輝き始めた。

 

「な、何だ!?機械が勝手に……?」

 

 父が身構える。

 

 母は倒れたウィクリフを抱きしめたまま、不安そうにファブリケーターを見つめた。

 

「アナタ……」

 

 その声には、恐怖だけでなく、何かが起きようとしていることへの直感的な怯えが滲んでいた。

 

 生成スペースの中で、光が形を作り始める。

 

 金属片ではない。

 

 工具でもない。

 

 部品でもない。

 

 それは、明らかに何か大きなものだった。

 

 父は歯を食いしばり、すぐに判断した。

 

「……R3、彼女の側にいろ」

 

「♪~!!」

 

 R3は力強い電子音を返し、母とウィクリフの前へ移動する。

 

 小さなアストロメク・ドロイドの身体では、守れるものなど限られているかもしれない。それでも、R3は明らかに二人を庇うように位置取っていた。

 

 ファブリケーターの光は、さらに強くなる。

 

 地下室の壁に青白い影が揺れた。

 

 先祖が封印した早すぎた技術。

 

 現代日本で死んだ青年に入り込んだ謎の光の球。

 

 そして今、ウィクリフの脳に流れ込んだ、戦術人形と武器製造の知識。

 

 それらが何を意味するのか、まだ誰にも分からない。

 

 ただひとつ確かなのは、スタージェス家の地下室で、何かが生まれようとしているということだけだった。

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