スター・ウォーズ エクシリウム・レコード   作:コレクトマン

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戦術人形はある意味でロマンだ

 意識の底から、ゆっくりと浮かび上がってくる感覚があった。

 

 頭が重い。

 

 身体の節々に力が入らず、まるで長い夢から無理やり引き上げられたようだった。瞼の裏に残るのは、白く弾ける光と、脳内へ流れ込んできた膨大な情報の残滓。

 

 戦術人形。

 

 素体構造。

 

 武器製造。

 

 制御中枢。

 

 そして、前世で遊んでいたゲームの記憶と重なる、ありえないほど具体的な設計情報。

 

 思い出そうとすると、また頭の奥がじくりと痛んだ。

 

「う……ん。ここは……」

 

 かすれた声を漏らしながら、ウィクリフはゆっくりと目を開けた。

 

 最初に見えたのは、地下室の薄暗い天井ではなかった。

 

 見慣れた天井。柔らかな照明。自分の部屋の匂い。身体には布団がかけられており、どうやらベッドに寝かされているらしい。

 

 ウィクリフはぼんやりと視線を動かし、小さく息を吐いた。

 

「知ってる天井……ということは、地下室じゃないな」

 

 前世で聞いたような台詞を口にしながら、何とか状況を整理しようとする。

 

 確か、自分は地下室にいた。

 

 父と母にファブリケーターのことを話し、電源を切ろうとして、スイッチに触れた。その瞬間、頭に雷が落ちたような衝撃が走り、膨大な情報が流れ込んできた。

 

 そこから先は、よく覚えていない。

 

 ただ、自分が倒れたことだけは何となく分かる。

 

 その時、すぐ傍で椅子が鳴る音がした。

 

「クリフ!?良かった、目を覚ましたのね!」

 

 母が顔を覗き込んでくる。

 

 その表情には、明らかな安堵が浮かんでいた。目元には疲れが見え、ずっと傍で見守ってくれていたのだと分かる。

 

 反対側からは、父の声が聞こえた。

 

「おう、クリフ。目を覚ましたのか。お前が急に頭を抱えて倒れこんだ時は驚いたぞ」

 

 父もまた、いつもの軽い調子を装ってはいるが、その声には隠しきれない心配が滲んでいた。

 

 ウィクリフは上半身を起こそうとしたが、すぐに母に止められた。まだ無理をするな、ということらしい。

 

 仕方なく枕に頭を預けたまま、彼は申し訳なさそうに二人を見る。

 

「ごめん父さん、母さん。心配をかけたね」

 

 五歳の子供が言うには少し大人びた謝罪だったが、今さらそこを気にする余裕はなかった。

 

 実際、二人にはかなり心配をかけたはずだ。目の前で息子が急に頭を抱えて苦しみ、倒れたのだから当然である。

 

 母はウィクリフの髪を優しく撫で、父は深く息を吐いた。

 

 だが、ウィクリフはそこで違和感に気づいた。

 

 父も母も、目覚めたことには安心している。だが、それだけではない。二人の表情には、心配とは別の何かが混じっていた。

 

 困惑。

 

 戸惑い。

 

 そして、どう説明すればいいのか分からないというような、妙な気まずさ。

 

 ウィクリフは眉をひそめた。

 

「……それはそうと、父さんと母さん、どうしたの?なんか気まずいような面持ちだけど。まるで見たことのないものを見てどんな反応をすればいいのか分からない……そんな感じな」

 

 あまりにも具体的な指摘に、父が一瞬言葉を詰まらせる。

 

「やけに具体的だな。いやっ実際そうなんだが、何というか……」

 

 父は視線を泳がせた。

 

 母もまた、何かを言おうとして言葉を選んでいるようだった。

 

 その様子を見て、ウィクリフの胸に嫌な予感が広がる。

 

 自分が倒れた後、地下室で何が起きたのか。

 

 ファブリケーターはどうなったのか。

 

 あの時、脳内に流れ込んできた戦術人形の知識は何だったのか。

 

 問いかけようとした瞬間、部屋の入口から落ち着いた女性の声が聞こえた。

 

「あら、起きたのね。良かった」

 

 知らない声だった。

 

 少なくとも、スタージェス家で聞き慣れた声ではない。

 

 ウィクリフは反射的にそちらへ視線を向ける。

 

 扉の傍に、一人の女性が立っていた。

 

 濃い色合いの髪。落ち着いた雰囲気。大人びた表情。どこか柔らかさを含みながらも、ただの一般人ではないと分かる佇まい。

 

 そして何より、その姿には見覚えがあった。

 

 前世で、画面越しに何度も見た記憶がある。

 

 ドールズフロントライン。

 

 ドルフロ2。

 

 その中に登場する戦術人形の一人。

 

 OTs-14。

 

 グローザ。

 

 ウィクリフの思考が、一瞬止まった。

 

「えっ……ウソッ」

 

 信じられないものを見た時、人間は案外まともな言葉が出ないものらしい。

 

 目の前にいる女性は、そんなウィクリフを見て、穏やかに微笑んだ。

 

「こうして会うのは初めてだけど、久しぶりね指揮官」

 

 その呼び名を聞いた瞬間、ウィクリフの中で最後の疑念が吹き飛んだ。

 

 指揮官。

 

 それは、前世でゲームを遊んでいた自分が、画面の向こうの彼女たちから呼ばれていた立場の名だ。

 

 この世界で、その呼び方を知っている者などいるはずがない。

 

 ましてや、目の前の彼女が偶然グローザに似ているだけなどという可能性は、今の一言で完全に消えた。

 

 ウィクリフは呆然と彼女を見つめ、掠れた声でその名を呼んだ。

 

「グローザ……?」

 

 女性――グローザは、静かに頷いた。

 

 その仕草は、前世の記憶にある彼女そのものだった。

 

 スターウォーズ世界に転生しただけでも十分すぎるほど異常だった。

 

 そこへ今度は、前世で遊んでいたゲームの戦術人形が目の前に現れた。

 

 しかも彼女は、自分を指揮官と呼んだ。

 

 ウィクリフは一瞬、まだ自分が夢を見ているのではないかと思った。

 

 だが、母の心配そうな手の温かさも、父の困惑した表情も、扉の傍に立つグローザの存在感も、すべてが現実だと告げている。

 

 ファブリケーターが生み出したもの。

 

 それは、ただの部品でも工具でもなかった。

 

 人間に限りなく近い、けれど人間ではない存在。

 

 戦術人形。

 

 その第一号が、今、ウィクリフの目の前に立っていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 時間は三時間前に遡る。

 

 地下室を満たしていた青白い光は、次第に収束していった。

 

 ファブリケーターの生成スペースの中で、光が形を作っていく。最初は輪郭すら曖昧だったそれは、少しずつ人の姿へと変わっていった。

 

 頭部。胴体。手足。衣服のような外装。髪。肌。

 

 あまりにも滑らかで、あまりにも自然な形成過程だった。

 

 まるで装置の中で、一人の人間が新たに生まれようとしているかのように。

 

「嘘でしょ……」

 

 アンナ――ウィクリフの母は、倒れた息子を抱きしめたまま呆然と呟いた。

 

 隣に立つ父もまた、言葉を失っていた。機械に詳しい彼でさえ、目の前で起きている現象をどう理解すればいいのか分からなかった。

 

「アレは……人か?」

 

 生成スペースの中に横たわっていたのは、どう見ても一人の女性だった。

 

 人間にしか見えない。

 

 少なくとも外見だけなら、ドロイドや機械の類だとは思えなかった。

 

 アンナは青ざめた顔でファブリケーターを見つめる。

 

「ファブリケータ―は……人間すら生成してしまうの?」

 

 もしそうなら、これは本当に洒落にならない。

 

 物質を生成できるだけでも十分に危険だというのに、人間まで作れるとなれば、もはや技術の範疇を超えている。倫理も法律も、国家も宗教も巻き込む大問題になりかねない。

 

 その時、生成された女性の瞼がわずかに震えた。

 

 ゆっくりと目を開け、周囲を確認するように視線を動かす。

 

「……ここは?」

 

 落ち着いた女性の声が地下室に響いた。

 

 その瞬間、両親はさらに困惑した。

 

 喋った。

 

 意識がある。

 

 自分の状況を確認しようとしている。

 

 それは、ますます人間にしか見えなかった。

 

 気まずい沈黙が落ちる。

 

 その沈黙に耐えきれなかったのか、アンナはぎこちない笑みを浮かべ、半ば反射のように口を開いた。

 

「えっと……ようこそいらっしゃいました?」

 

「アンナ、無理にボケる必要ないぞ。平常心を保つためとはいえ……」

 

 父が小声で突っ込む。

 

 アンナは一瞬だけ夫を睨むように見たが、すぐにそれどころではないと思い直したらしい。生成された女性の方も、状況が分からないながら、まずは礼儀正しく問いかけてきた。

 

「すみません。ここは……あなた達は一体?」

 

 父は一度、倒れたウィクリフを見た。

 

 息子は意識を失ったまま、アンナの腕の中でぐったりとしている。呼吸はある。だが、すぐにでもベッドへ運び、様子を見なければならない。

 

 それでも、目の前の女性を放置するわけにもいかなかった。

 

 父は慎重に言葉を選びながら、彼女へ問いかけた。

 

「質問を質問で返すのはアレだが、こっちから聞いていいか?……お前さん、人間か?」

 

 かなり失礼な問いだった。

 

 だが、今はそれを気にしている場合ではない。目の前の女性が人間なのか、ドロイドなのか、あるいはまったく別の何かなのか。それを確認しなければ、次の判断ができなかった。

 

 女性は少しだけ目を瞬かせ、それから落ち着いた様子で答えた。

 

「人間?違うわ。私は人に見えるけど、戦術人形よ」

 

「戦術……」

 

「人形……?」

 

 父と母の声が重なる。

 

 戦術人形。

 

 聞いたことのない単語だった。

 

 スターウォーズ世界には、ドロイドという存在が当たり前のようにいる。作業用、通訳用、戦闘用、医療用、航行補助用。用途ごとに無数の種類が存在しており、人間に近い形をしたドロイドも珍しくはない。

 

 だが、戦術人形という呼び方は知らない。

 

 人形。

 

 その言葉から、父の中でひとつの可能性が結びついた。

 

「……っ!もしかして、人を完全に似せたドロイドなのか?」

 

 人間ではない。

 

 だが、人間に見える。

 

 戦術という言葉からして、戦闘用なのだろう。

 

 ならば、スターウォーズ世界の言葉に置き換えれば、人間に限りなく似せて作られた高性能ドロイドの一種と考えるのが一番近い。

 

 しかし、女性はその言葉に少し首を傾げた。

 

「ドロイド?戦闘用のアンドロイドなら分かるけど……」

 

 今度は彼女の方が、聞き慣れない単語に反応しているようだった。

 

 ドロイドを知らない。

 

 父はその反応に眉をひそめる。

 

 この銀河でドロイドを知らないというのは、相当に珍しい。辺境の未開惑星ならともかく、彼女は少なくとも高度な技術で作られた存在に見える。

 

 その時、R3が大きな電子音を鳴らした。

 

「♪~!!」

 

 倒れたウィクリフとアンナを守るように前に出たR3は、生成された女性に向かって警戒の音を発している。

 

 女性はその姿を見て、わずかに目を丸くした。

 

「えっ……何っ?このロボットは?」

 

 今度は父が目を丸くする番だった。

 

「ロボット?アストロメク・ドロイドを知らないのか?」

 

「アストロメク?初めて聞くわ」

 

 完全に話が噛み合っていなかった。

 

 父と母にとって、アストロメク・ドロイドは日常的な存在である。宇宙船の整備や航行補助を行う小型ドロイド。ナブーでも珍しいものではない。

 

 しかし、目の前の女性はそれを知らない。

 

 一方で、彼女は自分を戦術人形と呼び、ドロイドではなくアンドロイドという言葉を使った。

 

 まるで、まったく別の技術体系から来た存在のようだった。

 

 父は額に手を当て、小さく唸った。

 

「……こりゃ、一旦話を整理しないと一生平行線のままだ。とりあえず、息子をベットに運ぶから少し待ってくれるか?」

 

 今は互いの用語を確認している場合ではない。

 

 最優先は、倒れたウィクリフの容体だった。

 

 女性は父の視線を追い、アンナの腕の中で意識を失っているウィクリフを見た。すると、その表情に明らかな心配の色が浮かぶ。

 

「……分かったわ。指揮官が気を失っているんじゃあなた達も心配でしょう」

 

「すまないな。……ん?指揮官?」

 

 父は礼を言いかけて、途中で固まった。

 

 アンナもまた、女性の言葉に反応する。

 

「指揮官って……もしかして、クリフのこと?」

 

 五歳の息子を指揮官と呼ぶ存在。

 

 どう考えても普通ではない。

 

 女性は当然のことのように頷いた。

 

「ええ。彼は私の指揮官であり、誓約リングを結んだ大事な人」

 

 沈黙が落ちた。

 

 地下室の空気が、一瞬で凍りつく。

 

 父も母も、その言葉の意味をすぐには処理できなかった。

 

 指揮官。

 

 大事な人。

 

 そして、誓約リング。

 

 五歳の息子に向けられるには、あまりにも重すぎる単語の数々だった。

 

「「……えぇ~~~っ!?」」

 

 二人の叫び声が、地下室に盛大に響き渡る。

 

 R3だけが、事情を理解しているのかしていないのか、首を傾げるようにドーム状の頭部を回した。

 

「♪~?」

 

 生成された女性――グローザは、そんな三人の反応を見て、不思議そうに瞬きをした。

 

 彼女にとっては当然の認識なのだろう。

 

 だが、スターウォーズ世界に生きるスタージェス夫妻にとっては、理解の範囲を大きく超えていた。

 

 倒れた息子。

 

 勝手に動き出したファブリケーター。

 

 そこから現れた、人間にしか見えない戦術人形。

 

 そして、その女性が息子を指揮官と呼び、誓約リングを結んだ大事な人だと言う。

 

 父は頭を抱えたくなった。

 

 アンナもまた、我が子を抱きしめたまま、どんな顔をすればいいのか分からない様子だった。

 

 こうして、ウィクリフが意識を失っていた三時間の間に、スタージェス家はかつてないほど混沌とした状況に放り込まれることになったのである。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「グローザ……なのか?本当に……?」

 

 ウィクリフの声は、半ば震えていた。

 

 目の前にいる女性の姿は、前世で知っているグローザそのものだった。落ち着いた表情も、柔らかな声も、こちらを見つめる眼差しも、記憶の中にある彼女と重なる。

 

 だが、だからこそ信じられなかった。

 

 ここはスターウォーズ世界だ。

 

 ナブーに生まれ、ドロイド整備を生業とするスタージェス家で育ち、アストロメク・ドロイドやプロトコル・ドロイドに囲まれて暮らしてきた。そこまではまだ、転生という異常を受け入れれば理解できる。

 

 しかし、そこに前世で遊んでいたゲームの戦術人形が現れるなど、誰が予想できるというのか。

 

 グローザは、そんなウィクリフの混乱を理解しているかのように、静かに頷いた。

 

「ええ、あなたの知る私よ」

 

「俺の知るグローザ?……どういう事だ?」

 

 ウィクリフは思わず聞き返す。

 

 似ているだけではない。名前が同じというだけでもない。彼女は自分を指揮官と呼んだ。しかも、こうして会うのは初めてだが久しぶりだとまで言った。

 

 それはまるで、前世で自分がゲームを通して関わっていたグローザ本人であるかのような言い方だった。

 

 グローザは少しだけ目を細め、問いかける。

 

「7月7日。この日を覚えてるかしら」

 

「7月7日?……あっ」

 

 その日付を聞いた瞬間、ウィクリフの中で記憶が繋がった。

 

 前世。

 

 スマートフォンの画面。

 

 ゲーム内での操作。

 

 そして、彼女へ贈った特別なアイテム。

 

「その月日は、俺がグローザに送った誓約リングの登録日。……ということは、君はあの……」

 

「そう。私はウィクリフに所有する人形、グローザ。本人よ」

 

 静かな肯定だった。

 

 だが、その言葉はウィクリフにとってあまりにも重かった。

 

 前世で遊んでいたゲームのキャラクター。

 

 画面の向こうにいた存在。

 

 それが今、目の前にいる。記憶を持ち、自分を認識し、自分との関係を覚えている。

 

 現実感が薄れていくようだった。

 

「何で君が、この世界に……おわっ!?」

 

 問いかけようとしたところで、父が勢いよく身を乗り出してきた。

 

 思わずウィクリフは変な声を上げる。

 

「と、父さん!?急になに!?」

 

 父の顔は真剣だった。

 

 いや、真剣というより、父親として聞き流せない単語を聞いてしまった者の顔だった。

 

「おいクリフ、これは大事な話だ。誓約リングって何なんだ?誓約って意味は知っている。リングと言っていたが、もしかして結婚指輪みたいなものに近い何かなのか?」

 

 問い詰める声には、明らかに動揺が混じっていた。

 

 無理もない。

 

 五歳の息子が、突然現れた人間そっくりの女性と誓約リングを交わしていると言われれば、父親としては聞かずにいられないだろう。

 

 ウィクリフは一瞬、どう説明すべきか迷った。

 

 ゲーム内システム。

 

 好感度。

 

 誓約。

 

 指揮官と戦術人形。

 

 そのまま説明しても、この世界の両親に伝わるとは思えない。かといって、何でもないと言い切るには、グローザ本人が隣にいる。

 

「えっと……父さん?落ち着いて聞いてくれ。誓約リングは父さんが考えているものとは少し違うんだ。……まぁ一部その通りの部分はあるけど……」

 

「一部その通りなのか」

 

 父の眉がぴくりと動いた。

 

 ウィクリフは内心でしまったと思ったが、もう遅い。

 

 母は父ほど詰め寄りはしなかったが、それでも不思議そうにグローザとウィクリフを見比べていた。

 

「えっとつまり、グローザって人はクリフにとって大事なドロイドってこと?」

 

「まあ、大体合ってる。ことの全てを話すには自分が一体何者なのかを話さないといけない」

 

 その言葉に、部屋の空気が変わった。

 

 父も母も、表情を引き締める。

 

 グローザは静かにウィクリフの傍へ立ち、R3も電子音を鳴らすことなく、じっと様子を見守っていた。

 

 ウィクリフは少しだけ息を吸った。

 

 いつか話すべき時が来るかもしれないとは思っていた。

 

 自分が本当はこの世界の人間ではないこと。

 

 前世では地球という星の日本で暮らしていたこと。

 

 通り魔に刺されて死に、宇宙空間で謎の光の球と出会い、気づけばこの世界で赤ん坊として生まれ変わっていたこと。

 

 そして、この世界が自分にとっては前世で知っていた創作作品、スターウォーズの世界であること。

 

 さらに、グローザたちは前世で自分が遊んでいたゲームに登場する、戦術人形と呼ばれる存在であったこと。

 

 五歳の子供が語るには、あまりにも荒唐無稽な話だった。

 

 だが、今この場には、その荒唐無稽を裏付ける存在がいる。

 

 ファブリケーターから生成されたグローザ。

 

 そして、ウィクリフ自身の異常な知識。

 

 ウィクリフは、できる限り順序立てて説明した。

 

 前世のこと。死んだ時のこと。宇宙空間で目覚めたこと。光の球が自分の中に入ったこと。赤ん坊としてこの家に生まれたこと。スターウォーズ世界だと知って混乱したこと。前世で遊んでいたドールズフロントライン2というゲームのこと。そして、グローザという戦術人形のこと。

 

 もちろん、すべてを細かく話すには時間が足りない。

 

 それでも、両親は途中で遮らずに聞いてくれた。

 

 ウィクリフ説明中……

 

 やがて、説明を終えると、父は深く息を吐いた。

 

「……転生、か。まさかそこのドロイドは前世のお前の居た地球の架空の存在のドロイドだったなんてな」

 

 父の声には、困惑と納得が半分ずつ混じっていた。

 

 普通なら信じがたい話だろう。だが、彼はメカニックだ。目の前に存在するグローザが、通常のドロイドとはまるで違う存在であることは理解できている。

 

 母もまた、複雑そうな表情でグローザを見つめた。

 

「それもゲームのキャラクター。……となると、ファブリケータ―が生み出した他の子たちも同じなのかしら?」

 

 その言葉に、ウィクリフは反射的に顔を上げた。

 

「他の子?待って母さん、その言い方だとグローザ以外にも?」

 

 母は少し困ったように頷く。

 

 ウィクリフの視線がグローザへ向いた。

 

 グローザは落ち着いたまま、当然のように答えた。

 

「ええ。キャロリックにネメシス。コルフェンやヴェプリーといったグローザ小隊の他に総合部隊のメンバーや404、叛逆小隊。全員いるわ」

 

 ウィクリフは固まった。

 

 グローザだけでも十分に信じがたい事態だった。

 

 それなのに、グローザ小隊。

 

 総合部隊。

 

 404。

 

 叛逆小隊。

 

 前世で知っている戦術人形たちが、全員この世界にいる。

 

「クルカイやリヴァたちが?マジか……」

 

 思わず漏れた声は、呆然としたものだった。

 

 嬉しさがないわけではない。

 

 むしろ、前世で好きだったキャラクターたちが現実に存在しているという事実だけを見れば、喜ぶべきことなのかもしれない。

 

 だが、ここはスターウォーズ世界だ。

 

 これから先、銀河規模の戦争が起きるかもしれない世界だ。

 

 そこに戦術人形たちが現れたということが、何を意味するのか。簡単に喜んでいい話ではなかった。

 

 そこで、ウィクリフははっとした。

 

「……あっ!そういえば、ファブリケータ―は?」

 

 あの装置がまだ動くなら、問題はさらに大きくなる。

 

 戦術人形を生成できる装置。

 

 物質を作り出せるだけでなく、人間に限りなく近い存在を生み出せる装置。

 

 そんなものが動き続けるなど、危険どころの話ではない。

 

 だが、母は静かに首を横に振った。

 

「その事だけど、その装置は最後の子を生成した途端に完全に停止したわ。まるで役割を終えたかのように」

 

 完全に停止。

 

 その言葉に、ウィクリフは少しだけ息を吐いた。

 

 安心したと言っていいのかは分からない。

 

 だが、少なくともこれ以上、無制限に何かを生み出し続ける事態は避けられたらしい。

 

 それでも、問題がなくなったわけではない。

 

 むしろ、本当の問題はここからだった。

 

 なぜファブリケーターは、前世のゲームに登場する戦術人形たちを生成したのか。

 

 なぜ彼女たちは、ウィクリフを指揮官として認識しているのか。

 

 そして、死んだ際にあの世とこの世のはざまとも言える宇宙空間で自分の中に入ったあの光の球は、この現象とどう関係しているのか。

 

 分からないことは多すぎる。

 

 だが、目の前にいるグローザは現実であり、地下室には他の戦術人形たちも存在している。

 

 ウィクリフは、自分の第二の人生がまた一段と厄介な方向へ進み始めたことを、嫌でも理解させられていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ファブリケーターは、完全に沈黙していた。

 

 地下室に下りたウィクリフたちは、改めて装置の状態を確認していた。先ほどまで青白い光を放ち、信じがたい存在を次々と生成していた装置は、今やただの古びた機械に戻っている。

 

 いや、正確にはそれ以下かもしれない。

 

 外装の一部は黒く焼け、内部の回路には焦げた痕が走っていた。制御系統は完全に沈黙し、電源系統に反応はない。父が慎重に確認しても、母が別の角度から調べても、再起動の兆候は見られなかった。

 

 ウィクリフも、流れ込んできた知識と目の前の状態を照らし合わせながら、小さく息を吐く。

 

「これでファブリケータ―は起動しないし、修復は完全に無理だろう」

 

 幼い声で告げた言葉に、父は装置から視線を外さないまま頷いた。

 

「その様だな。……まさか家の家宝がこんな事態を引き起こすなんて誰が予想できるかって話だな」

 

 その声には、疲労と困惑が滲んでいた。

 

 無理もない。

 

 長年、地下室に置かれていた家宝同然の装置。

 

 父にとっては、機械を学ぶきっかけになった思い出深い存在でもあった。それが実は先祖の封印したファブリケーターであり、さらには前世のゲームに存在していた戦術人形たちを生成してしまったのだ。

 

 普通なら、現実感を失ってもおかしくない。

 

 母――アンナは、そんな夫の横顔を心配そうに見つめた。

 

「アナタ……」

 

 その声に、父は一度だけ目を閉じ、それから小さく笑った。

 

「大丈夫さアンナ。もう切り替えている」

 

 そう言った父の表情には、まだ驚きも不安も残っていた。

 

 だが、それ以上に家族を守る者としての覚悟があった。起きてしまったことは変えられない。ならば、これからどうするかを考えるしかない。

 

 ウィクリフは、その横顔を見て胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

 

 自分が転生者であること。

 

 前世の記憶を持っていること。

 

 この世界が前世で知っていたスターウォーズの世界であること。

 

 そして、グローザたちが前世のゲームに登場する戦術人形であること。

 

 どれも、本来なら簡単に受け入れられる話ではない。

 

 それでも、父と母はウィクリフを拒絶しなかった。恐れや戸惑いはあっても、彼を息子として見てくれている。

 

 それだけで、ウィクリフは少しだけ救われた気がした。

 

 父はファブリケーターから離れ、今度はグローザへ視線を向けた。

 

「グローザ。彼女たちは今どうしているんだ?」

 

 彼女たち。

 

 それが誰を指しているのか、ここにいる全員が理解していた。

 

 ファブリケーターが最後に生成した、グローザ以外の戦術人形たち。地下室の奥に並べられた簡易ベッドや保護ケースの中には、まだ目を覚ましていない彼女たちが静かに眠っている。

 

 まるで、人形というよりも人間が眠っているかのように。

 

 グローザは彼女たちの方へ視線を向け、落ち着いた声で答えた。

 

「彼女たちはまだスリープ状態よ。たぶん個体差があるかもしれないけど、必ず起きるわ」

 

「そうか……」

 

 父は短く呟いた。

 

 安心したのか、それとも新たな心配が増えたのか。おそらく、その両方だろう。

 

 今は眠っている。

 

 だが、いずれ目を覚ます。

 

 そうなれば、スタージェス家は一気に大所帯になる。しかも、ただの居候ではない。ウィクリフの前世の記憶と結びついた、異世界由来の戦術人形たちだ。

 

 彼女たちをどう説明するのか。

 

 どこに住まわせるのか。

 

 ナブーの法や共和国の制度上、どのような扱いになるのか。

 

 考えるべきことは山ほどあった。

 

 父は乾いた笑みを浮かべ、壊れたファブリケーターを見やる。

 

「ご先祖様はファブリケータ―という劇薬を残したと思いきや、それ以上の劇薬があるなんてな……」

 

 その表現に、ウィクリフは否定できなかった。

 

 ファブリケーターそのものも危険な技術だった。

 

 だが、今この家に残された戦術人形たちは、それとはまた別の意味で危うい存在だ。

 

 人間に限りなく近い知性と感情を持ち、戦闘を前提に設計された人形たち。スターウォーズ世界に存在しない技術体系で作られ、ウィクリフを指揮官として認識している。

 

 彼女たちがいれば、将来迫るかもしれない戦乱に対抗する力になるかもしれない。

 

 だが同時に、その存在を知られれば、狙われる可能性も高い。

 

 共和国。通商連合。犯罪組織。シス。どこに情報が漏れても、厄介なことになるのは目に見えていた。

 

 それでも、グローザは静かに言った。

 

「でも、そのおかげで私たちはまた会えた」

 

 その言葉に、ウィクリフは顔を上げた。

 

 グローザは、穏やかな目でこちらを見ていた。

 

 前世では画面越しにしか会えなかった存在。

 

 ゲームの中で任務を共にし、育成し、誓約リングを贈った戦術人形。

 

 それが今、自分の目の前に立っている。

 

 ありえない出来事だ。

 

 危険な出来事だ。

 

 だが、それでも彼女の言葉には、不思議と胸に響くものがあった。

 

「……それもそうだな」

 

 ウィクリフは小さく頷いた。

 

 すべてを前向きに受け入れられるほど、状況は簡単ではない。むしろ問題はこれから山ほど出てくるだろう。

 

 けれど、グローザと再会できた。

 

 それだけは、確かに悪いことではなかった。

 

「♪~」

 

 隣でR3が、どこか和らいだ電子音を鳴らした。

 

 その音に、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

 

 地下室には、壊れたファブリケーターと、眠り続ける戦術人形たち。そして、彼女たちを前に立ち尽くすスタージェス家の面々がいた。

 

 先祖が残した装置は、役目を終えて沈黙した。

 

 だが、その装置が生み出したものは、これからウィクリフの人生を大きく変えていくことになる。

 

 スターウォーズ世界に転生した少年。

 

 その傍に現れた、前世の記憶と絆を持つ戦術人形たち。

 

 それが銀河の歴史にどのような影響を与えるのか。

 

 まだ、誰にも分からなかった。

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