グローザがこの世界に生成されてから、数日が経った。
その間、スタージェス家の地下室に眠る戦術人形たちは、まだスリープ状態のままだった。呼吸のようなものはなく、眠っているというより電源を落とされた機械のようにも見える。けれど、その姿はあまりにも人間に近く、ただのドロイドと呼ぶには違和感があった。
グローザ曰く、彼女たちはいずれ目を覚ます。
個体差はあるが、必ず起動する。
その言葉を信じ、ウィクリフたちは毎日、地下室の様子を確認していた。
そして、その日。
地下室の簡易ベッドの傍で眠る一人の少女を見下ろしていたグローザが、ふと顔を上げた。
「もうそろそろ、彼女が起きるわ」
静かな声だった。
その言葉に、ウィクリフはすぐ反応する。地下室には複数の戦術人形が眠っているため、誰のことを指しているのか分からなかった。
「彼女? どっちの方?」
「キャロリックよ。後数分で起きるみたい」
キャロリック。
その名を聞いて、ウィクリフの中に前世の記憶が浮かび上がる。
赤い機械の耳のような装備。気の強い口調。どこか素直になれない性格。それでも仲間や指揮官のことを気にかける、面倒見の良さ。
グローザ小隊の一員。
前世で画面越しに見ていた彼女が、今度は現実として目を覚ます。
そう思うと、ウィクリフの胸は自然と高鳴った。
だが、同時に少し緊張もした。
グローザの時もそうだったが、彼女たちは前世での記憶を持っている。つまり、ウィクリフが五年間姿を消していたことも、彼女たちにとっては事実として認識されている可能性が高い。
そう考えると、再会を素直に喜ぶだけでは済まないかもしれなかった。
ウィクリフはすぐに地下室を出て、父と母を呼びに行った。
戦術人形が目覚める瞬間に立ち会うのは、これがグローザに続いて二度目になる。今回はあらかじめ予告があった分、両親も多少は心の準備ができるはずだった。
しばらくして、地下室にはウィクリフとグローザ、そして父と母、R3が集まった。
父は簡易ベッドで眠るキャロリックを見て、少し声を落とす。
「……んで、キャロリックってあの赤い機械の耳をつけている子か?」
「うん、その子で合っているよ。ただ、耳のことは言わないでね? キャロリックはあれをウサ耳って勘違いされるのは嫌なんだ」
ウィクリフは念を押すように父へ告げた。
前世の記憶にある限り、キャロリックはあの装備をウサ耳扱いされることを好まない。知らずに触れると、初対面から余計な火種を作る可能性がある。
父は目を瞬かせ、それから少し真面目な顔で頷いた。
その直後だった。
簡易ベッドに横たわっていたキャロリックの指先が、わずかに動いた。
閉じられていた瞼が震え、ゆっくりと開かれる。赤い瞳が焦点を結び、最初にグローザを、次に周囲を、そして最後にウィクリフを捉えた。
数秒の沈黙。
キャロリックは、信じられないものを見るように目を見開いた。
「……指揮官?」
その声は、どこか掠れていた。
眠りから覚めたばかりだからなのか、それとも本当に驚いているからなのか。どちらにしても、その呼び方はグローザと同じだった。
ウィクリフは少しだけ気まずそうに笑う。
「えっと……キャロリック。久しぶり」
その一言を聞いた瞬間、キャロリックは勢いよく身体を起こした。
そして、まだ完全に状況を把握していないはずなのに、迷いなくウィクリフのもとへ歩み寄る。
父と母が一瞬身構えたが、グローザは止めなかった。おそらく、危険はないと判断しているのだろう。
キャロリックはウィクリフの前で足を止めると、彼を見下ろすようにして声を荒げた。
「アンタ一体何処に行ってたのよ! 5年も姿をくらましてみんな指揮官のことを心配してんのよ!」
怒っていた。
間違いなく怒っていた。
けれど、その声には怒りだけではなく、安堵と寂しさが混じっていた。
ウィクリフは思わず苦笑する。
「耳が痛いな……」
実際、反論できることは何もなかった。
彼自身にとっても、この五年間は転生してからの人生そのものだった。だが、彼女たちからすれば、指揮官が突然消え、五年もの間どこにもいなかったということになる。
心配するなという方が無理な話だった。
キャロリックは腕を組み、視線を少し逸らす。
その頬には、怒りとは別の感情が滲んでいるように見えた。
「もう二度とアタシ達から消えないでちょうだい。ただでさえ他のみんなが心配してたんだから……」
最後の方は、少しだけ声が小さくなった。
素直に再会を喜ぶのではなく、文句を言って、怒って、心配していたことを遠回しに伝える。
その不器用さに、ウィクリフは前世で知っていたキャロリックと同じだと思った。
変わっていない。
画面越しに見ていた時と同じように、彼女は素直ではない。
けれど、その言葉の奥にある優しさもまた、変わっていなかった。
ウィクリフは笑みを消し、真剣な表情で頭を下げた。
「ごめんとしか言いようがない。……本当にすまない」
五歳の少年が頭を下げる姿は、傍から見れば少し奇妙だったかもしれない。
だが、キャロリックは茶化さなかった。
ただ、困ったように眉を寄せ、しばらく黙ってウィクリフを見つめていた。
やがて彼女は、小さく息を吐く。
怒りきれない。
責めきれない。
それでも言わずにはいられなかった。
そんな感情が、その表情には滲んでいた。
グローザは少し離れた場所で、静かに二人を見守っている。父と母は、戦術人形たちにとってウィクリフがどれほど大事な存在なのかを、改めて理解したようだった。
R3だけが、どこか不思議そうに電子音を鳴らす。
こうして、グローザに続いてキャロリックもまた、このスターウォーズ世界で目を覚ました。
文句を言いながらも、再会を喜んでいる。
その素直ではない姿に、ウィクリフは内心で少しだけ安堵していた。
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キャロリックが目を覚ましたことで、地下室の空気は少しだけ変わっていた。
グローザ一人だけだった時とは違い、今はもう一人、ウィクリフを指揮官と呼ぶ戦術人形が起動している。キャロリックはまだ完全に状況を飲み込めていない様子だったが、それでもグローザから最低限の説明を受け、ここが自分たちの知る世界ではないことを理解し始めていた。
スタージェス家の地下室。
ナブー。
スターウォーズ世界。
そして、目の前にいる五歳の少年が、自分たちの知る指揮官であるということ。
どれも簡単に受け入れられる話ではないはずだが、キャロリックは文句を言いながらも、ウィクリフの傍から離れようとはしなかった。
そんな中、簡易ベッドの一つで眠っていた別の戦術人形に変化があった。
横たわっていた白髪の少女の指先が、わずかに動く。
それに気づいた父が、思わず声を上げた。
「おっと、今度は白髪のねーちゃんが起きたぞ」
母もまた、その少女へ視線を向ける。
白い髪。静かな顔立ち。どこか人形めいた雰囲気を持つ少女。眠っている時から独特の空気を纏っていたが、目覚めようとしている今、その印象はさらに強くなっていた。
母は確認するように、グローザへ問いかけた。
「ねぇグローザ。あの子は確か、ネメシス……だったっけ?」
「ええ、その認識で合っているわ」
グローザは落ち着いた様子で頷いた。
ネメシス。
その名を聞いて、ウィクリフは少しだけ身構えた。
前世の記憶にある彼女は、かなり独特な話し方をする。詩的というか、暗喩的というか、普通の会話とは少し違う言葉選びをするタイプだった。
グローザやキャロリックのように、すぐ両親へ意味が伝わるとは思えない。
ウィクリフは隣に立つキャロリックへ視線を向けた。
「ネメシスか……。キャロリック、翻訳の方をお願い。たぶん父さんと母さんにはわからないと思う」
キャロリックは一瞬、露骨に面倒そうな顔をした。
「あのね……私じゃなくてプロトコル・ドロイドって奴に翻訳させたらいいじゃない」
この世界には翻訳や通訳を得意とするプロトコル・ドロイドが存在する。
キャロリックの言い分はもっともだった。未知の言語や文化的表現を扱うなら、普通はプロトコル・ドロイドの出番である。
だが、ウィクリフは首を横に振った。
「プロトコル・ドロイドがネメシスのミステリー口調を理解するのにプログラム的に何ヶ月かかると思う?」
「……そういう事ね」
キャロリックは納得したように、諦め混じりの息を吐いた。
確かに、ネメシスの言葉は単なる外国語ではない。言葉自体は分かっても、そこに込められた意味を解釈するには、彼女の癖を知っている必要がある。
プロトコル・ドロイドが真面目に解析しようとすれば、比喩表現の深読みを延々と続けることになるかもしれない。
そうしている間に、ネメシスの瞼がゆっくりと開いた。
淡い瞳が周囲を映す。
最初にグローザを見て、次にキャロリックを見て、そして最後にウィクリフを見た。
その瞬間、ネメシスの表情に、かすかな変化が生まれた。
「……指揮官……久遠の軌道を巡り……再び、星は交わる……」
静かな声だった。
途切れ途切れでありながら、どこか詩のような響きを持つ言葉。
父と母は、予想通り何を言っているのか分からないという顔をした。R3も不思議そうに電子音を鳴らしている。
だが、ウィクリフには何となく伝わった。
長い時間を経て、再び会えた。
そう言っているのだろう。
ウィクリフは穏やかに声をかけた。
「ネメシス。久しぶりだね」
ネメシスはゆっくりと身体を起こした。
その動きは静かで、どこか儚げだった。けれど、彼女の視線は確かにウィクリフを捉えている。
「……貴方の影が……視界より失われた時……皆の瞳に……静かな雨が降った……」
その言葉に、ウィクリフの胸が小さく痛んだ。
詩的な言い回しでも、意味は分かる。
自分がいなくなった時、皆が泣いていた。
グローザも、キャロリックも、そしてまだ眠っている他の戦術人形たちも。
前世の自分にとって、ゲームを終えることは単なる日常の一部だった。だが、彼女たちの記憶の中では、指揮官が突然姿を消したという出来事になっている。
それを思うと、軽い言葉では済ませられなかった。
「その点は本当にすまなかった。今後はみんなの前から消えないよ。一緒だ」
ウィクリフは真剣にそう告げた。
五歳の身体で言うには、少し不釣り合いな誓いだったかもしれない。だが、ネメシスはその言葉を静かに受け止めた。
彼女は目を伏せ、また独特の調子で呟く。
「……今度は……鏡像の群れと共に……同じ軌道を歩む……」
その場にいた父と母は、完全に置いていかれていた。
母は困ったように夫へ視線を向ける。
「えっと……アナタ、ネメシスがなんて言っているか分かる?」
「ワリィ、俺にも分からん……」
父は素直に白旗を上げた。
専門分野が機械である彼にとっても、ネメシスの言葉は理解の外にあったらしい。アストロメク・ドロイドの電子音の方がまだ分かりやすい、と言いたげな顔である。
そこで、キャロリックが肩をすくめた。
「……要するにネメシスは指揮官に会えなくなったと知った時にみんな泣いてたし、今度はみんな一緒と言ってるの」
実に簡潔な翻訳だった。
ネメシスの詩的な言葉が、一気に分かりやすく現実的な意味へと変換される。
父と母は、ようやく納得したように頷いた。
R3だけは、まだ少し分からなさそうに電子音を鳴らす。
「♪ ~?」
ネメシスはそんなR3へ視線を向け、ほんのわずかに首を傾けた。
その様子を見て、ウィクリフは苦笑する。
グローザに続き、キャロリック、そしてネメシス。
少しずつ、眠っていた戦術人形たちが目を覚ましていく。
そのたびに、スタージェス家の地下室は賑やかになっていった。
だが同時に、ウィクリフは覚悟し始めていた。
みんなが泣いていた。
その言葉は、思っていた以上に重かった。
彼女たちにとって、自分はただのゲームプレイヤーではなかったのだ。
指揮官。
大事な人。
そして、共に歩むべき存在。
それを理解した時、ウィクリフは自分がこれから背負うものの大きさを、別の意味で思い知らされるのだった。
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それから数日をかけて、スリープ状態だった戦術人形たちは順番に目を覚ましていった。
グローザ、キャロリック、ネメシスに続き、コルフェン、ヴェプリー、クルカイ、レナ、リヴァ、そして他の小隊の面々も起動していく。
最初こそスタージェス家の地下室は混乱の連続だった。
目を覚ますたびに状況説明が必要になり、ここが自分たちの知る世界ではないこと、ウィクリフが転生してこの世界に生まれ変わったこと、そして自分たちがファブリケーターによって生成されたことを説明しなければならなかった。
驚く者。すぐに状況を飲み込む者。何かを警戒する者。指揮官と再会できたことを素直に喜ぶ者。
反応はそれぞれだったが、共通していたのは、彼女たちがウィクリフを指揮官として認識していることだった。
そして全員が目を覚ました後、スタージェス家では改めて話し合いが行われることになった。
場所は一階の作業場。
さすがに全員が居間に入りきることはできず、広めの作業場に椅子や箱を持ち込んで即席の会議場にした。父と母、ウィクリフ、グローザたち戦術人形、そしてR3が集まっている光景は、普通の家庭の話し合いとは程遠いものだった。
父──ジェフは腕を組み、真剣な表情で口を開いた。
「……さて、問題は今後の彼女たちのことだな」
その言葉に、場の空気が少し引き締まる。
これまで数日は、起動した戦術人形たちの状況確認と最低限の説明だけで手一杯だった。だが、全員が目を覚ました以上、次に考えなければならないのは彼女たちの扱いである。
グローザが静かに頷いた。
「ええ。ジェフさんの考えてる通り私たちはこの世界で言うドロイド。この世界のことはまだ知らない子供とも言えるわ」
戦術人形たちは、戦闘や任務に関して高い知識と能力を持っている。
だが、この世界──スターウォーズ世界については何も知らない。ナブー、銀河共和国、ドロイド、ジェダイ、シス、ハイパースペース航行、通商連合。そういった基礎知識から学ばなければならない状態だった。
見た目は人間に近く、会話もできる。
だが、この世界の社会制度上は、限りなくドロイドに近い扱いを受ける可能性が高い。
ジェフは難しい顔で頷いた。
「そうなんだよな。まだ他の問題が沢山あるんだよな……」
住む場所。
身分。
外部への説明。
食事や整備。
そして、彼女たちの存在が外に漏れた場合の危険。
考えるべきことは山ほどあった。
その時、母──アンナが少し考えるように指を顎へ当てた後、柔らかな声で提案した。
「……それなんだけど、私たちがいる家のお隣さんは数年前に土地と家を売って別の星に行っちゃったんだよね? そこで、お隣さんの土地をこっちが購入してその家を再利用する形で私たちと一緒に暮らさない?」
それは、あまりにも自然に出てきた提案だった。
隣家は数年前から空き家になっている。土地と建物は手放されており、現在は管理だけされている状態だ。もしスタージェス家が購入できれば、戦術人形たちの住居として使える。
同じ敷地ではないが、すぐ隣。
必要な時はすぐに行き来できる距離だ。
ウィクリフは母らしい提案だと思った。
アンナは最初こそ混乱していたが、すでに彼女たちを単なる危険物や厄介事として見ていない。行き場のない子たちとして、受け入れようとしている。
だが、その提案に対して、すぐに異を唱えた者がいた。
「……それはありがたいけど、私は反対よ」
静かながらも、はっきりとした声。
発言したのはクルカイだった。
ウィクリフは思わず彼女を見る。
「クルカイ?」
クルカイは表情を崩さず、アンナへ向き直った。
「別にあなた達の好意を無碍にする訳じゃないの。私たちはただでさえこの世界にとって異物とも言える存在。ここに留まるのはあまり得策じゃないわ」
その言葉には、十分な理があった。
戦術人形たちはこの世界に存在しない技術体系で作られた存在だ。外見こそ人間に近いが、正体を調べられれば異常はすぐに分かるだろう。
もし共和国や企業、あるいは犯罪組織に知られれば、利用しようとする者が現れるかもしれない。
スタージェス家の隣にまとまって住むということは、ウィクリフや両親を危険に巻き込む可能性もある。
クルカイはそれを危惧しているのだ。
だが、すぐに別の声が上がった。
「えー? クルカイは頭固いよ~。指揮官のご両親がせっかく私たちを家族として迎え入れてくれるんだよ? だったら私たちで指揮官とそのご両親を私たちで守ればいいじゃん!」
レナだった。
明るい調子の声に、場の空気が少しだけ緩む。
彼女は難しいことを軽く見ているようにも聞こえるが、その言葉の芯にはまっすぐな思いがあった。
受け入れてくれるなら、守ればいい。
危険があるなら、自分たちがその危険から守ればいい。
それはとても単純で、だからこそ彼女らしい考え方だった。
クルカイは眉を寄せる。
「レナ、それとこれは話が……」
だが、そこへさらに別の声が重なった。
「いいじゃないの? クルカイも言い分は分からないでもないし。でも、私は私でレナに賛成ね」
リヴァが楽しげにそう言った。
その口調は軽い。だが、完全に茶化しているわけではない。むしろ、クルカイの危惧を理解した上で、それでもアンナの提案に乗ると言っているようだった。
クルカイは鋭い視線を向ける。
「リヴァ……アナタね……!」
リヴァは気にした様子もなく、さらに言葉を続けた。
「それに、クルカイもクルカイで指揮官と一緒に居たいでしょ? だって一番に誓約リングをもらった人形だし」
「なっ!? ちょ……リヴァ!」
その瞬間、場の空気が別の意味で固まった。
ジェフとアンナの視線が、ゆっくりとウィクリフへ向く。
「「えっ……」」
両親の声が重なった。
誓約リング。
以前グローザの口から聞いた時点で、二人はかなり動揺していた。だが、どうやらそれがグローザだけではなく、他の戦術人形にも関係しているらしい。
しかも今のリヴァの言い方では、クルカイが一番最初に誓約リングをもらったということになる。
五歳の息子。
前世の記憶。
ゲームの戦術人形。
誓約リング。
両親にとっては、理解していいのか、追及していいのか、そもそも親としてどう反応すべきなのか分からない情報が増えていくばかりだった。
ウィクリフは顔を引きつらせた。
「あーっ……これは地獄を見そう」
自分で蒔いた種と言えなくもない。
前世ではゲーム内のシステムとして扱っていたものだ。だが、こうして本人たちが目の前にいて、両親も同席している状況で話題にされると、途端に逃げ場がなくなる。
隣でR3が、どこか他人事のように電子音を鳴らした。
「♪ ~」
その音が、妙に呑気に聞こえて、ウィクリフはますます肩を落とした。
とはいえ、話を誓約リングの方向へ逸らしたままにするわけにもいかない。
ウィクリフは軽く咳払いをして、全員の視線を集めた。
そして、クルカイへ向き直る。
彼女の言っていることは正しい。
戦術人形たちはこの世界にとって異物だ。スタージェス家に留まることで、危険を呼び込む可能性はある。だからこそ、クルカイは距離を取るべきだと考えている。
だが、ウィクリフには別の考えもあった。
この世界には、やがて大きな戦乱が訪れる。
ナブーに生まれた以上、無関係ではいられない可能性が高い。そして、もし自分が前世の知識を活かして何かを変えようとするなら、一人では限界がある。
何より、彼女たちをどこかへ放り出すことなどできなかった。
ウィクリフは幼い身体で、しかし真剣な声で告げた。
ここにいてほしい。
もちろん危険はある。秘密にしなければならないことも多い。けれど、この家なら少なくとも彼女たちを道具として扱わない。家族として迎えようとしてくれる。
そして、もし危険が来るなら、その時は一緒に考え、一緒に対処する。
その言葉を聞いたクルカイは、しばらく黙っていた。
レナは期待に満ちた目で彼女を見ている。リヴァは面白そうに口元を緩め、グローザは静かに見守っていた。
やがて、クルカイは小さく息を吐く。
完全に納得したわけではない。
だが、ウィクリフの言葉を無視するつもりもない。
そういう表情だった。
こうして、戦術人形たちはスタージェス家の隣家を拠点にしながら、しばらくこの家と共に過ごすことになった。
スターウォーズ世界のナブーで、ドロイド整備を生業とする一家と、前世のゲームから現れた戦術人形たちが暮らす。
それはどう考えても普通ではない。
だが、少なくともその日から、スタージェス家の日常は以前よりずっと賑やかになった。
因みに誓約リングの件は少なくとも7人。
クルカイ、リヴァ、レナ、ミシュティ、フローレンス、グローザ、ローレライに送ったことを両親に隠さずに伝えたら母からは大切にするようにと。父からは彼女たちを裏切る真似は絶対にしないようにと注意を受けるのだった。
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数ヶ月後。
スタージェス家の隣にあった空き家は、以前とはまるで違う姿になっていた。
長い間、人の気配がなかった建物は掃除され、傷んだ外壁は補修され、古くなっていた設備も交換された。庭先には簡素ながらもテーブルと椅子が置かれ、陽の光を浴びながら飲み物や軽食を楽しめるようになっている。
看板には、柔らかな文字で店名が掲げられていた。
カフェテラス・スタージェス。
ドロイド整備を本業とするスタージェス家が、戦術人形たちと共に始めた新しい店だった。
「いらっしゃいませ」
店内で、戦術人形の一人が客へ穏やかに声をかける。
ナブーの街並みに馴染むよう整えられた店内には、香ばしい飲み物の匂いと焼き立てのパンの香りが広がっていた。最初は物珍しさから覗きに来る客が多かったが、今では常連も少しずつ増えている。
カウンター席に座った客が、メニューを見ながら注文した。
「カフェオレ一つ。それと、BLT一つ」
「かしこまりました」
注文を受けた戦術人形は、慣れた手つきで伝票を取り、奥の調理スペースへ向かう。
人間に近い外見を持つ彼女たちは、外から見れば少し珍しい従業員に見える程度だった。ナブーにはさまざまな種族やドロイドがいる。全員が完全に人間にしか見えるわけではなく、服装や仕草、店内の説明によって「高度な人型ドロイド」と受け取られることも多かった。
もちろん、正体を明かしているわけではない。
戦術人形という存在を、外部へ説明するつもりはなかった。
店の奥にある小さな休憩スペースで、ウィクリフは父と並んで店内の様子を眺めていた。
父は満足そうに頷く。
「カフェ経営は上手く軌道に乗ったようだな」
「まさか隣の空き家をリフォームしてカフェテラスを経営すること思いつくなんてね」
母も、店内の様子を見ながら笑った。
最初は共同生活のための住居として購入した隣家だった。
だが、戦術人形たちが増えれば生活費もかかる。衣服や食事、整備用の部品、住居の維持費。スタージェス家の本業であるメカニック仕事だけでは、今後のための余裕を作るのが難しい。
そこでウィクリフが提案したのが、カフェテラスだった。
前世の記憶の中に、戦術人形たちがカフェを営んでいた光景があった。
スプリングフィールドとマキアート。
彼女たちが運営していたカフェ・ズッケラ。
それを思い出した時、ウィクリフはこの世界でも似たような形で生活基盤を作れるのではないかと考えたのだ。
「スプリングフィールドやマキアートがカフェ・ズッケラを営んでいた事を思い出したからね。カフェなら稼ぐこともできるし、ある程度の拠点にはなる」
戦術人形たちがただ保護されるだけの存在ではなく、自分たちで働き、地域に馴染み、生活を築いていく。
それは彼女たちにとっても悪い話ではなかった。
戦闘のために作られた存在であっても、戦うことだけが生き方ではない。
客に飲み物を出し、料理を作り、店を切り盛りする。
そんな日常を過ごせるなら、それもまた悪くないはずだった。
その時、店の入口のベルが鳴った。
買い物袋を両手に抱えたサブリナが、明るい声を上げながら入ってくる。
「指揮官、食材を買ってきたよ♪」
「ありがとうサブリナ。他のみんなは?」
ウィクリフが受け取った袋の中には、新鮮な野菜や果物、パン用の材料などが入っていた。ナブーの市場で仕入れてきたものらしい。
サブリナは袋をカウンターへ置きながら、楽しそうに答える。
「ナブーを観光しているところ。指揮官もどう?」
戦術人形たちは、この世界へ来てから少しずつナブーの生活に慣れていった。
市場を歩き、街並みを見て、湖や緑豊かな自然を眺める。自分たちのいた世界とは違う景色に、興味を持つ者も多かった。
だが、ウィクリフは苦笑して首を横に振る。
「いやっまた今度にするよ。まだこっちは色々とやることがあるから」
店の経営。ドロイド整備の仕事。戦術人形たちの生活環境の調整。ナブーの社会や技術体系について学ぶこと。
やるべきことは多い。
そして何より、ウィクリフには前世の記憶がある。
この世界の未来を知っているからこそ、ただ平穏な日々を楽しんでいるだけではいられなかった。
それでも、その日々はしばらく続いた。
カフェテラスには客が訪れ、戦術人形たちは店の仕事を覚え、ジェフとアンナは本業のメカニック仕事を続ける。
ウィクリフもまた、店と作業場を行き来しながら、少しずつ成長していった。
時は流れて──32BBY。
ウィクリフが十歳を迎えた頃。
店内に置かれたホロネット端末から、いつもとは違う緊張した声が流れた。
『……この様に、現在ナブーは通商連合のドロイドステーションによる封鎖が行われています。アミダラ女王陛下は民衆に自宅待機を促しております。市民の皆様は、外出を控えるようお願いいたします』
店内の空気が、一瞬で変わった。
客たちはホロネット端末へ視線を向け、ざわめき始める。通商連合。封鎖。ドロイドステーション。自宅待機。
ナブーに住む者なら、その言葉がただ事ではないことを理解していた。
ウィクリフは端末の映像を見つめたまま、ゆっくりと息を吐いた。
「ナブーの封鎖か。……とうとう原作が始まった」
前世で知っていた物語。
通商連合によるナブー封鎖。
アミダラ女王。
ジェダイの派遣。
そして、銀河の歴史を大きく変えることになる出来事。
それが今、自分の暮らす惑星で始まった。
隣にいたR3が、不思議そうに電子音を鳴らす。
「♪ 〜?」
ウィクリフは我に返り、R3の頭部を軽く撫でた。
「……何でもないよR3。ただ、面倒な世の中になったなと思っただけさ」
そう答えながらも、彼の内心は落ち着かなかった。
ナブー封鎖は、ただの経済問題では終わらない。
この後、通商連合のバトル・ドロイド軍がナブーへ侵攻する。
街や村が危険に晒される。
そして、ナブーに住む自分たちも無関係ではいられない。
カフェテラス。
スタージェス家。
グローザたち。
守るべきものが、今の自分には増えていた。
ウィクリフはホロネット端末から目を離し、店の奥にいる戦術人形たちへ視線を向ける。
彼女たちはまだ、ニュースの詳細を知らない。
だが、知らせなければならない。
自分が知る未来。
通商連合の侵攻。
そして、これからナブーに迫る戦いのことを。
(後でグローザ達にバトル・ドロイド軍の侵攻のことを知らせないと……)
十歳になったウィクリフは、静かに拳を握った。
平穏な日常は、終わりを告げようとしていた。
スターウォーズの物語が、ついに動き始めたのである。