【御礼】この度、二代目・桃白白を襲名いたす運びと相成りました!!   作:拙者

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第4話

 その日から三日間。

 

 シャオロンは天津飯たちと同じ食事を与えられ、雑用も免除された。

 

 その三日間、シャオロンはほとんど動かなかった。

 

 ただ座る。

 

 目を閉じる。

 

 乱される身体の感覚だけを探り続ける。

 

(どこだ……)

 

(何が、おいらを邪魔してる)

 

 何度も意識が途切れる。

 

 それでも考え続けた。

 

 一日目。

 

 乱される感覚だけが、ほんの少し分かるようになった。

 

 二日目。

 

 その乱れに逆らわず、少しだけ身体へ力を伝えられるようになった。

 

 三日目。

 

 人の姿でも、壁へ手をつけば立てるようになった。

 

 猫の姿なら、ゆっくり歩くこともできた。

 

 四日目。

 

 約束通り、雑用が始まる。

 

 井戸から水を汲む。

 

 掃除をする。

 

 洗濯をする。

 

 薪を割る。

 

 そして山へ入り、自分の食料を探す。

 

 まだ獣を狩る余裕はない。

 

 だから猫の姿になって歩き回り、木の実や果物を集めた。

 

 乱気法のせいで思うように身体は動かない。

 

 転ぶ。

 

 落ちる。

 

 水桶をひっくり返す。

 

 それでも、昨日より少しだけ上手く動ける。

 

(無駄だ……)

 

(この動き、無駄が多い)

 

 身体が思うように動かないからこそ、小さな無駄がよく分かった。

 

 腕の振り。

 

 重心。

 

 足運び。

 

 力の入れ方。

 

 ほんの少し違うだけで、驚くほど身体が軽くなる。

 

 夜になると、シャオロンは一人で道場へ向かった。

 

 誰もいない。

 

 昼間見た天津飯の型を思い出す。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 拳。

 

 蹴り。

 

 何度も繰り返す。

 

 天津飯ほど速くはない。

 

 綺麗でもない。

 

 それでも昨日の自分より、確実に近付いていた。

 

 そんな毎日が続いた。

 

 一週間。

 

 二週間。

 

 一か月。

 

 夜明け前の修練場。

 

 シャオロンは、ゆっくりと拳を構えた。

 

 すう、と息を吸う。

 

 踏み込む。

 

 拳を突き出す。

 

 止まることなく、次の一歩。

 

 身体は驚くほど自然に動いていた。

 

 乱気法は今もなお続いている。

 

 足は重い。

 

 腕も思うようには振れない。

 

 それでも最初の頃のように転ぶことはなくなっていた。

 

 必要な力だけを使い、必要な分だけ身体を動かす。

 

 そうしなければ、乱された気に身体を振り回されるからだ。

 

 今ではそれが当たり前になっていた。

 

 少し離れた場所では、天津飯が静かにその様子を見ている。

 

 何も言わない。

 

 ただ見ているだけだった。

 

 シャオロンは気付いていない。

 

 天津飯の型は、この一か月で少しずつ変化していた。

 

 わずかに踏み込みを変え。

 

 腰の切り方を変え。

 

 拳の軌道を変える。

 

 そして翌日の夜には、シャオロンもまた同じように修正している。

 

 教えた覚えはない。

 

 それでも盗んでいく。

 

 天津飯は小さく口元を緩めた。

 

 その日の修行が終わる頃。

 

 鶴仙人がゆっくりと立ち上がった。

 

「どら猫」

 

 シャオロンはすぐに振り返る。

 

「はい!」

 

「ここへ来い」

 

 恐る恐る近寄る。

 

 鶴仙人は杖へ両手を乗せたまま、静かに頷いた。

 

「一か月」

 

「思っていたより早かったの」

 

 シャオロンは首を傾げる。

 

「何が……ですか?」

 

「身体じゃ。」

 

「乱気法の中で動けるようになった」

 

「それだけではない」

 

「無意識に、自分の気へ意識を向けられるようになっておる」

 

 シャオロンは自分の胸へ手を当てた。

 

 確かに。

 

 以前とは何かが違う。

 

 目には見えない。

 

 だが身体の奥底に、温かな流れのようなものを感じる。

 

「……これが」

 

「気……」

 

 鶴仙人は静かに笑った。

 

「ようやく入口へ立っただけじゃ」

 

「勘違いするでないぞ」

 

「これから先の方が、何倍も苦しい」

 

 そう言うと、鶴仙人は静かに目を閉じた。

 

 次の瞬間だった。

 

 シャオロンの身体を締め付けていた重苦しさが、音もなく消えた。

 

「……え?」

 

 思わず一歩踏み出す。

 

 その瞬間。

 

「うわっ!」

 

 身体が思った以上に前へ飛び出した。

 

 慌てて着地しようとする。

 

 だが勢いを殺し切れず、そのまま地面を転がった。

 

 天津飯が目を細める。

 

「乱気法が……」

 

「解除された」

 

 シャオロンはゆっくり立ち上がる。

 

 軽い。

 

 あまりにも軽い。

 

 腕を振る。

 

 風が鳴る。

 

 跳ぶ。

 

 今まで届かなかった木の枝へ、一息で飛び乗っていた。

 

「すごい……!」

 

「身体が勝手に動く!」

 

 チャオズが嬉しそうに拍手した。

 

「シャオロン、速くなった!」

 

 鶴仙人は鼻で笑う。

 

「違う」

 

「元に戻っただけじゃ」

 

「乱された状態で一か月生き抜いた結果、本来のお前が底上げされた。」

 

「ここからが本当の修行じゃ」

 

 シャオロンは真剣な表情で頷いた。

 

「はい!」

 

「では試してみい。」

 

 鶴仙人は一本の枯れ枝を地面へ突き立てた。

 

「指先へ気を集めるのじゃ」

 

「どどん波を撃とうなどと思わんでよい」

 

「まずは集める」

 

「それだけでよい」

 

 シャオロンは人差し指を立てる。

 

 目を閉じる。

 

 身体の奥を流れる温かな感覚。

 

 それを少しずつ、少しずつ指先へ集めていく。

 

 最初は散ってしまう。

 

 何度やっても集まらない。

 

 汗が額を伝う。

 

 呼吸を整える。

 

 焦らない。

 

 乱気法の一か月で覚えたことは一つ。

 

 力任せでは、気は応えてくれない。

 

 静かに。

 

 丁寧に。

 

 意識を重ねる。

 

 その時だった。

 

 指先へ小さな光が灯る。

 

 米粒ほどの淡い輝き。

 

 ほんの一瞬だった。

 

 それでも確かに、そこへ気が集まっていた。

 

「……できた」

 

 シャオロンは目を見開く。

 

「できた!」

 

 チャオズが飛び跳ねる。

 

「やったね!」

 

 鶴仙人は静かに頷いた。

 

「うむ」

 

「まだどどん波には程遠い」

 

「じゃが、お前はようやく武の入口へ立った」

 

「今日からは身体だけではない」

 

「気も鍛えろ」

 

 そう言って鶴仙人は天津飯へ視線を向けた。

 

「天津飯」

 

「はい」

 

「今日から組手にも付き合ってやれ」

 

 天津飯は静かに頷き、シャオロンの前へ歩み出た。

 

「手加減はしない」

 

 シャオロンは笑う。

 

「望むところだ」

 

 鶴仙流での修行は、この日を境に新たな段階へと進み始めた。

 

 

 それから最初の組手が始まった。

 

 天津飯は静かに前へ出る。

 

 シャオロンも一歩踏み出し、拳を構えた。

 

「よろしく頼む」

 

「……よろしく」

 

 次の瞬間だった。

 

 シャオロンが地を蹴る。一気に間合いを詰め、拳を放つ。

 

 天津飯は紙一重でかわした。

 

(速い)

 

 そう思ったのも束の間、シャオロンの蹴りが横から飛んでくる。

 

 天津飯は受け止める。

 

 速い、が組み立てが荒い。身体が流れている。

 

「隙だ」

 

 天津飯の拳が鳩尾へめり込む。

 

「ぐっ!」

 

 息が止まる。

 

 体勢を崩したところへ足払い。

 

 シャオロンは地面へ叩きつけられた。

 

 それでもすぐに跳ね起きる。

 

 もう一度飛び込む。

 

 今度は左右へ細かく動きながら距離を詰めた。

 

 だが天津飯は慌てない。

 

 最小限の動きだけで攻撃をかわし、必要な時だけ拳を打つ。

 

 数分後。

 

 勝負は決していた。

 

「参った……」

 

 息を切らしたシャオロンがその場へ座り込む。

 

 天津飯は手を差し伸べた。

 

「速さは十分だ」

 

「でも動きが真っ直ぐすぎる」

 

「当てることばかりに気を取られて十分に体重が乗っていない」

 

「次の動きを相手を見てから考えている」

 

「それじゃ遅い」

 

「考える前に体が動くようになれ」

 

 シャオロンはその手を掴んで立ち上がる。

 

「分かった」

 

 その日から天津飯は、暇を見つけては組手の相手をしてくれるようになった。

 

 ◇

 

 数日後。

 

「仕事じゃ」

 

 鶴仙人が三人を呼び集めた。

 

「北の山に盗賊が住み着いた」

 

「皆殺しにしてこい」

 

 それだけだった。

 

 三人は山へ向かう。

 

 道中、天津飯が地図を確認しながら言う。

 

「まず見つける」

 

「見つからなければ戦いにならん」

 

 シャオロンは鼻をひくつかせた。

 

「煙の匂いがする」

 

「人間が十人……いや十二人」

 

「酒も飲んでる」

 

 天津飯が小さく笑う。

 

「頼りになるな」

 

 夜。

 

 シャオロンは黒猫へ変化すると、音もなく岩場を駆け上がった。

 

 二本の尻尾が揺れる。

 

 焚き火を囲む盗賊たち。

 

 武器の置き場所。

 

 見張りの位置。

 

 逃げ道。

 

 すべて確認して戻る。

 

「裏に二人」

 

「正面に四人」

 

「洞窟の中に六人」

 

 天津飯は頷いた。

 

「十分だ」

 

「行くぞ」

 

 その夜、盗賊団は壊滅した。

 

 天津飯の拳が岩を砕き、チャオズの超能力が敵の動きを止め、シャオロンは暗闇から飛び込み、一人また一人と倒していく。

 

 戦いは十分とかからなかった。

 

 戦いが終わると、鶴仙人の言葉どおり盗賊たちの金品を回収する。

 

 袋いっぱいの金貨。

 

 宝石。

 

 武器。

 

 シャオロンは少し複雑な顔をした。

 

「全員殺す必要はあったのか?」

 

 天津飯は当然のように答える。

 

「こんな田舎では警察も刑務所もない」

 

「生かしたとてまた繰り返す」

 

「だから殺して根を断つ」

 

「それが依頼内容だ」

 

「それに俺たちが学んでいるのは殺しの技術だ」

 

「鶴仙流を修めるなら殺しに疑問を持たないことだ」

 

 シャオロンは黙って俯く。

 

 スリで捕まっても殴られるだけで済ませてもらっていた。

 

 一歩間違えば、自分もここで斬り捨てられる側だったのかもしれない。

 

 それこそ桃白白という最悪の虎の尾を踏みながら、気まぐれで生かされている。

 

 そう思うと、背筋が冷たくなった。

 

 ◇

 

 それからの日々は、あっという間だった。

 

 朝は掃除と洗濯。

 

 山へ入り、自分の食料を集める。

 

 昼は基礎鍛錬。

 

 午後は天津飯との組手。

 

 仕事が入れば盗賊討伐や護衛へ向かう。

 

 夜は一人で反復練習し、天津飯の動きを思い出しながら何百回、何千回と拳を振る。

 

 やがて指先へ気を集められる時間が少しずつ長くなった。

 

 どどん波はまだ小さい。

 

 岩を砕くこともできない。

 

 それでも確かに放てるようになっていた。

 

 太陽拳も形だけは覚えた。

 

 ある晩。

 

 修行を終えたチャオズが小さく手招きする。

 

「シャオロン」

 

「こっち」

 

「どうした?」

 

 チャオズは周りを見回してから小声で言った。

 

「飛ぶ練習」

 

「鶴仙人には内緒」

 

「舞空術か!?いいのか?」

 

「うん」

 

「気を足じゃなくて体全部で」

 

 最初は身体が軽くなる程度。

 

 それを何度も繰り返す。

 

 踵を浮かせては下ろす。

 

 何十回も繰り返すうちに疲れ果て寝る。

 

 そんな毎日を積み重ねるうちに、天津飯との組手にも変化が現れる。

 

 以前は一方的に叩き伏せられていた。

 

 今では十回戦えば一回。

 

 勝てる日が出てきた。

 

 天津飯も隠さず笑う。

 

「強くなったな」

 

「まだ負けねぇぞ」

 

「そのうち追い越してやる」

 

 シャオロンも笑って答えた。

 

 気付けば半年という月日は過ぎていた。

 

 このまま楽しく修行を続けられればと思っていたある日の朝。

 

 島全体へ、見覚えのある気配が降り立つ。

 

 空を裂くような風音。

 

 シャオロンは薪を割る手を止めた。

 

 耳がぴくりと動く。

 

 鼻が、その匂いを捉える。

 

「ついに……来た」

 

 忘れるはずがない。

 

 世界一の殺し屋。

 

 桃白白が、シャオロンを迎えに来た。

 

 

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