【御礼】この度、二代目・桃白白を襲名いたす運びと相成りました!!   作:拙者

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第5話

 気付けば半年という月日が流れていた。

 

 乱気法を乗り越え、気を知り、組手を重ね、実戦を経験した。

 

 天津飯に勝てることも少しずつ増え始めていた。

 

 この日々が、ずっと続くような気さえしていた。

 

 ――そんなある朝だった。

 

 ゴォォォォ……

 

 空気が震えた。

 

 島全体を揺らすような重い風圧。

 

 木々が一斉にざわめき、鳥たちが驚いて飛び立つ。

 

 薪を割っていたシャオロンの耳がぴくりと動いた。

 

 鼻先を撫でる風。

 

 その匂いを嗅いだ瞬間、全身の毛が逆立つ。

 

「……来た」

 

 忘れるはずがない。

 

 あの日から何度も追い続けた匂い。

 

 世界一の殺し屋――桃白白だった。

 

 次の瞬間。

 

 ドンッ!!

 

 庭へ人影が降り立つ。

 

 着地しただけで地面がひび割れ、小石が跳ね上がる。

 

 白い道着。

 

 長い弁髪。

 

 腕を組み、半年ぶりに会うシャオロンを静かに見つめていた。

 

「久しいな」

 

 シャオロンは思わず姿勢を正す。

 

「お、お久しぶりです!」

 

 桃白白は返事をしない。

 

 頭の先から足先まで眺めるように視線を走らせる。

 

「……少しは見られる顔になったか」

 

 その一言だけだった。

 

 褒められたのかどうかも分からない。

 

 だが、以前のような「ガキ」と見下した視線とは少し違う。

 

 その変化だけで十分だった。

 

 建物から鶴仙人が姿を現す。

 

「来たか、弟よ」

 

「ああ」

 

「どれ、出来栄えを見に来た」

 

 桃白白はシャオロンから目を離さない。

 

「どどん波は撃てるな」

 

「……はい」

 

「形だけなら」

 

「結構」

 

 桃白白は庭の中央へ歩いていく。

 

「来い」

 

 短い命令だった。

 

 シャオロンは息を呑み、その後ろへ続く。

 

 天津飯とチャオズも道場から出てくる。

 

 二人とも、いつもの組手を見るような表情ではなかった。

 

 張り詰めた空気。

 

 天津飯は静かに鶴仙人へ尋ねる。

 

「鶴仙人様……」

 

「まさか」

 

 鶴仙人は腕を組んだ。

 

「見ておれ」

 

 それ以上は何も言わない。

 

 庭の中央。

 

 桃白白はゆっくり振り返った。

 

「指を出せ」

 

 シャオロンは言われるまま右手を前へ出す。

 

「どどん波は気を一点へ集め、解き放つ技」

 

「無駄な力は要らん」

 

「要るのは精度だけだ」

 

 そう言って、自らも人差し指を立てた。

 

 その姿を見ただけで、シャオロンの喉が鳴る。

 

 見慣れた構え。

 

 何百回も真似した構え。

 

 だが本物は違う。

 

 ただ立っているだけなのに、空気そのものが張り詰めていく。

 

「兄者」

 

 桃白白は視線を動かさないまま言った。

 

「少々庭を壊す」

 

「好きにせい」

 

 鶴仙人は小さく笑う。

 

「どうせ壊れても天津飯が直す」

 

「……鶴仙人様」

 

 天津飯が苦笑した。

 

 だが、その目は一瞬たりとも桃白白から離さない。

 

 桃白白はシャオロンを見据えた。

 

「これから私がどどん波を放つ」

 

 シャオロンはごくりと唾を飲み込む。

 

「避けるな」

 

「……はい」

 

「相殺しろ」

 

 一瞬、意味が理解できなかった。

 

「え……?」

 

「聞こえなかったか」

 

 桃白白の目が細くなる。

 

「私のどどん波を、お前のどどん波で相殺しろ」

 

 シャオロンの顔色が変わる。

 

「む、無茶です!」

 

「おいらのどどん波なんて、岩もまともに砕けないんですよ!?」

 

「だからどうした」

 

 桃白白の声は変わらない。

 

「私が加減する」

 

「それでも死ぬなら、その程度だったということだ」

 

 静まり返る庭。

 

 チャオズは思わず天津飯の袖を掴んだ。

 

「天津飯……」

 

 天津飯は何も答えない。

 

 ただ拳を強く握る。

 

 シャオロンは震える手を見つめた。

 

 半年。

 

 走り続けた日々。

 

 乱気法。

 

 天津飯との組手。

 

 盗賊との実戦。

 

 チャオズとの舞空術。

 

 すべては、この日のためだったのか。

 

 桃白白が静かに言う。

 

「最後に一つだけ教えてやる」

 

 その声には、一切の感情がなかった。

 

「避けても構わん」

 

 シャオロンは思わず顔を上げる。

 

 だが、その次の言葉で全身が凍りついた。

 

「その瞬間、お前を殺す」

 

 逃げ道はない。

 

 真正面から受け止めるしかない。

 

 桃白白はゆっくりと人差し指を持ち上げた。

 

 指先へ、光が静かに集まり始める。

 

 最初は小さな火種ほどだった。

 

 それが一瞬ごとに濃くなり、鋭くなり、空気を震わせる。

 

 ビリビリと肌が痺れる。

 

 息苦しい。

 

 まだ放ってもいない。

 

 それなのに、シャオロンの本能は悲鳴を上げていた。

 

(違う)

 

(今まで見てきたどどん波とは……全然違う)

 

 桃白白は、ほんのわずかに口角を上げた。

 

「安心しろ」

 

「十分手加減してやる」

 

 その笑みが、何より恐ろしかった。

 

 人差し指が、静かにシャオロンへ向けられる。

 

 天津飯もチャオズも、息を呑む。

 

 鶴仙人だけが腕を組み、黙って見守っていた。

 

「始めるぞ」

 

 天津飯は思わず眉をひそめる。

 

(本気か……)

 

 チャオズも不安そうにシャオロンを見つめる。

 

 だが、シャオロンは頷いた。

 

「分かりました」

 

 逃げ道はない。

 

 最初から分かっていたことだ。

 

 この半年は、この一瞬のためにあった。

 

 桃白白の指先には凝縮された気。

 

 それは桃白白にとっては加減し威力を抑えたものだった。

 

 だが、普通の武道家なら、一瞬で身体を貫かれる威力は十分にある。

 

 シャオロンも震える指を前へ向けた。

 

(焦るな……)

 

(乱気法で覚えたことを思い出せ)

 

(力任せじゃ駄目だ)

 

(静かに……)

 

 呼吸を整える。

 

 胸の奥。

 

 身体中を巡る温かな流れ。

 

 それを少しずつ指先へ集めていく。

 

 ゆっくり。

 

 丁寧に。

 

 天津飯が小さく呟いた。

 

「間に合え……」

 

 チャオズは両手を胸の前で握り締める。

 

「シャオロン……」

 

 桃白白が口元だけで笑った。

 

「来るぞ」

 

 次の瞬間。

 

「──どどん波」

 

 細く鋭い光が放たれた。

 

 空気を焼きながら一直線に迫る。

 

「ど……どどん波ぁっ!!」

 

 シャオロンも叫んだ。

 

 指先から放たれたのは、まだ幼い一本の光。

 

 細い。

 

 弱い。

 

 頼りない。

 

 それでも確かに、どどん波だった。

 

 二つの光が正面から激突する。

 

 バチィィィッ!!

 

 激しい火花が散る。

 

 ほんの一瞬。

 

 シャオロンのどどん波が桃白白の一撃均衡したように見えた。

 

 しかし。

 

 力の差は歴然だった。

 

 シャオロンのどどん波は砕け散る。

 

 だが、その一瞬で桃白白の光はわずかに勢いを失っていた。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 赤い閃光がシャオロンの胸を直撃する。

 

 身体が大きく吹き飛び、道場の壁を突き破る。

 

 何本もの木をへし折りながら森の中へ転がっていった。

 

 静寂。

 

 誰も動かなかった。

 

 やがて土煙が晴れる。

 

 倒れたシャオロンの身体は、ぴくりとも動かない。

 

 チャオズが思わず駆け出そうとした。

 

「シャオロン!」

 

「待て」

 

 天津飯が肩を掴む。

 

 桃白白はゆっくりと森へ歩いていく。

 

 倒れたシャオロンの前で立ち止まり、足先で軽く身体を転がした。

 

 焼け焦げた胸。

 

 浅い呼吸。

 

 それでも、心臓は動いていた。

 

 桃白白は小さく鼻を鳴らす。

 

「ふむ」

 

「しぶとく生き残ったか」

 

 その一言だけだった。

 

 褒めもしない。

 

 労いもしない。

 

 ただ、生存を確認しただけ。

 

 桃白白は振り返り、兄へ視線を向ける。

 

「兄者」

 

「どうだった」

 

 鶴仙人は静かに笑う。

 

「予想以上じゃ」

 

「半年で形だけとはいえ、どどん波を撃てるようになるとはの」

 

「見どころは十分ある」

 

 そう言ってから、小さくため息をついた。

 

「……じゃが、お前の下では無駄に死にかねん」

 

「どうじゃ」

 

「正式にわしの弟子へしてやろうか」

 

 天津飯とチャオズが驚いて顔を見合わせる。

 

 鶴仙人が、自ら弟子に誘う。

 

 それは滅多にないことだった。

 

 しかし桃白白は即座に首を横へ振る。

 

「断る」

 

「私の道具だ」

 

「兄者といえど、譲る気はない」

 

 鶴仙人は肩をすくめる。

 

「相変わらずじゃな」

 

「強く育てる気もないくせに」

 

「道具として使い潰すつもりか」

 

「使い潰れるなら、それまでだ」

 

 桃白白は何の感情もなく言い切った。

 

「生き残るなら、それも実力」

 

「死ぬなら、その程度だったということだ」

 

 鶴仙人は苦笑した。

 

「まったく……」

 

「昔から変わらんのう」

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

 やがて鶴仙人は天津飯へ目を向けた。

 

「天津飯」

 

「はい」

 

「少し相手をしてみい」

 

 天津飯は静かに前へ出る。

 

 桃白白も頷いた。

 

「よかろう」

 

 道場へ戻った二人は、短く拳を交えた。

 

 目にも止まらぬ攻防。

 

 数合で決着はついた。

 

 天津飯は地面へ膝をつく。

 

 肩で息をしながら、それでも真っ直ぐ桃白白を見上げた。

 

 桃白白は小さく笑う。

 

「悪くない」

 

「まだまだ甘いが、腕は確実に上げている」

 

 天津飯は頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「シャオロンのおかげです」

 

「組手の相手には困りませんでした」

 

 その言葉に、桃白白は一瞬だけ気絶したシャオロンへ目を向けた。

 

「そうか」

 

 それだけだった。

 

 鶴仙人は満足そうに頷く。

 

「天津飯」

 

「立派な鶴仙流の殺し屋となれ」

 

「はい!」

 

 力強い返事が道場へ響いた。

 

 桃白白はそれ以上何も言わない。

 

 森へ歩き、意識のないシャオロンの首根っこを片手で掴み上げた。

 

 まるで荷物でも持つような軽さだった。

 

 チャオズが思わず一歩踏み出す。

 

「あっ……!」

 

 だが、その足は止まる。

 

 呼び止める理由が見つからなかった。

 

 シャオロンは眠ったまま。

 

 最後まで目を覚ますことはなかった。

 

 天津飯は静かに拳を握る。

 

(……また会おう)

 

(次は、もっと強くなって)

 

 鶴仙人は弟の背中へ向けて声を掛ける。

 

「白白よ」

 

 桃白白は振り返らない。

 

「そのどら猫、また連れてこい」

 

 少しだけ間を置いて、短い返事だけが返ってきた。

 

「生きていればな」

 

 次の瞬間。

 

 桃白白は大木を引き抜くと、空高く投げ放つ。

 

 そして自らも跳躍し、その幹へ飛び乗る。

 

 一直線。

 

 雲を裂きながら、西の空へ消えていく。

 

 その姿が見えなくなるまで、天津飯とチャオズは黙って見送っていた。

 

 別れの言葉はなかった。

 

 礼も言えなかった。

 

 ただ、半年を共に過ごした仲間は、眠ったまま島を去っていった。

 

 こうして、シャオロンの鶴仙流での日々は幕を閉じる。

 

 そしてここから、本当の意味で――世界一の殺し屋・桃白白の道具として歩み始める。

 

 

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