【御礼】この度、二代目・桃白白を襲名いたす運びと相成りました!! 作:拙者
桃白白が去ってから、しばらくの時が流れていた。
シャオロンは、一人で修行を続けていた。
山奥の岩場。
朝から晩まで、ひたすら身体を動かす。
だが、以前とは修行のやり方が違った。
力を出さない。
気を使わない。
いや、正確には――気を極限まで抑え込んだ状態で、肉体だけを鍛える。乱気法での修行を気のコントロールで再現して肉体への負荷を上げていた。
拳を振る。
蹴る。
走る。
跳ぶ。
そして、倒れる。
息を切らしながら立ち上がる。
「……まだだ」
もう一度。
身体の内側にある力を、限界まで薄める。
それは以前のシャオロンにとって、決して得意なことではなかった。
通常通り気を発生させれば、もっと楽に動ける。
意図的に気をコントロールすればさらなる力も出せる。
だが、それでは駄目だ。
肉体を鍛え、扱える気の総量を増やさなければまともなどどん波は打てない。
桃白白の背中を追いかけていた頃には、本格的修行する余裕はなかった。
今は違う。
自分自身の力を試したかった。
「……ふっ!」
拳が岩を打ち砕く。
粉塵が舞う。
シャオロンは拳を見つめた。
以前とは明らかに違う。
筋力も、持久力も、反応速度も上がっている。
そして何より――
「身体が……軽い」
鍛えれば鍛えるほど、身体の動かし方が分かってくる。
力を入れる場所。
抜く場所。
踏み込む角度。
相手との距離。
攻撃を出すタイミング。
単純な力だけではない。
戦いそのものが、少しずつ上手くなっていた。
当面の目標は、どどん波の威力を上げること。
そして――舞空術。
さらに、その先。
桃白白から聞いた、ある技のことが頭にあった。
気功砲。
天津飯が教わっていた、危険な技。
一度使えば、命を削りかねない。
だからこそ、シャオロンは考えていた。
もっと安全な形にできないだろうか。
気功砲そのものを真似するのではない。
その原理だけを利用して、自分だけの技を作る。
そう考えたところで、一度修行を切り上げることにした。
久しぶりに、鶴仙人の元へ向かう。
*
「おお、シャオロンではないか」
出迎えたのは天津飯だった。
「久しぶりだな」
「天津飯!」
シャオロンの顔が明るくなる。
以前より、少し身体つきが変わっている。
天津飯はそれを見て、
「……鍛えたな」
と呟いた。
「分かる?」
「ああ。だが、やってみなければ分からん」
その日のうちに、二人は組み手を始めた。
結果は、以前とは明らかに違った。
シャオロンの一撃は重くなっていた。
そして速い。
しかし、それ以上に天津飯が驚いたのは――
「そこだ!」
シャオロンが攻撃を途中で止めた。
天津飯が釣られて反応し反撃の態勢へ。
シャオロンは余裕を持ってかわす。
そのまま相手の死角へ回り込んで――
「よっしゃ!」
天津飯の後頭部にはシャオロンの手刀が添えられていた。
「……なるほど」
天津飯は笑った。
「力が増しただけじゃない」
「戦い方が上手くなっている」
シャオロンも笑う。
「本当?」
「ああ。以前のお前なら、今の場面ではそのまま突っ込んでいた」
「そうだったかな」
「そうだった」
組み手を終えると、シャオロンは汗を拭きながら座り込んだ。
そこへ鶴仙人が現れた。
「ふむ……」
しばらくシャオロンを眺める。
「以前より随分まともになったのう」
「褒めてます?」
「褒めておる」
珍しく素直な言葉だった。
少しの沈黙。
やがて鶴仙人が尋ねた。
「ところで、白白はどうしておる?」
シャオロンの顔に、ほんの少しだけ陰りが差した。
「……分かりません」
「分からん?」
「はい」
それでも、声は明るかった。
「最後に会ったとき、暫く好きにしろって言われました」
「ほう」
「それから、桃白白さまは仕事に行って……そのままです」
シャオロンは笑った。
「でも、少しは認めてくれたのかもしれません。仕事の段取りをかなり任せてくださいましたし、おいらの計画で手間を掛けずに仕事を終えた時には報酬もくれました」
鶴仙人は黙った。
――おそらく違う。
おそらく桃白白は、殺してしまわぬよう距離を置いたのだ。
仕事の手伝いをさせる中で、主導権を握られたようで嫌気が差したのだろう。
だが、殺すには惜しい。
弟の性格を考えれば、その程度のことだろう。
鶴仙人は内心で苦笑する。
(器の小さい弟じゃ)
それでも、シャオロンには言わなかった。
「それで?」
「はい?」
「何か用があって来たのではないのか」
「ああ!」
シャオロンが顔を上げる。
「お願いがあります」
「なんじゃ」
「気功砲を見せてください」
鶴仙人の眉が動いた。
「……なんじゃと?」
「気功砲です」
「調子に乗るなどら猫め」
「え?」
「お前にはまだ早い。あれは危険な技じゃ」
シャオロンは少し考えた。
「だからこそ、知りたいんです」
「ほう?」
「どどん波と、気功砲って、同じ気を使ってるんですよね?」
「そうじゃ」
「でも、全然違う」
シャオロンは指を一本立てた。
「どどん波は、当たると爆発する」
「うむ」
「でも気功砲は、爆発しない」
「……」
「地面に撃ったら、吹き飛ばすんじゃなくて、消し潰すみたいになる」
鶴仙人は黙って聞いている。
「それに、どどん波は何発も撃てるのに、気功砲は一発撃つだけで、ものすごく疲れるし、死の危険もある」
「うむ」
「だったら……威力を調節すればいいと思ったんです」
「アホタレ。そんなことを誰でも考える。まずはいっぱしにどどん波を打てるようになれ」
シャオロンは少し身を乗り出した。
「そこです。おいらどどん波まだ威力が弱いです。全力を出したって桃白白様の威力の半分にも満たないです。でも2回打てます」
「……続けろ」
「でも気功砲は、死ぬまで放出し続けることもできる。この違いが分かれば色々な運用ができると思いました」
「……」
「もっと安全で、使いやすい技にできるんじゃないですか?」
鶴仙人はしばらく黙っていた。
やがて、
「いいだろう」
と言った。
「基本理論ぐらいは教えてやろう」
シャオロンの目が輝いた。
「本当ですか!」
「ただし、使うな。今のお前にはまだ扱えん」
「勿論です」
「では、まずどどん波からじゃ」
鶴仙人は指先を前へ向けた。
「どどん波は、身体全体で高めた気を、指先に作った出口から細く流す」
「流す」
「そうじゃ。だから威力次第で連発もできる」
「なるほど……」
「一方、亀仙流のかめはめ波は違う」
鶴仙人は続けた。
「体内では危険なほどの気を、体外で圧縮し、それを一気に解き放つ」
「だから威力が高いし、実力以上の力を発揮することもできる」
「そうじゃ。だが、連射には向かん」
シャオロンは黙って考えた。
「そして気そのものには、爆発的な性質がある」
「爆発的?」
「気は放出されたあと、安定を失えば崩れる。その崩壊が爆発となる」
鶴仙人は地面に落ちていた紙切れを拾った。
「紙切れなら、気はほとんど抵抗を受けずに貫通する」
紙を指先で貫く。
「しかし岩なら?」
地面を見る。
「気がぶつかった場所で安定を失い、爆発する」
「だからどどん波は爆ぜる……」
「そういうことじゃ」
「じゃあ気功砲は?」
鶴仙人は少し間を置いた。
「気を圧縮したまま、対象へ叩きつける」
「圧縮したまま?」
「うむ。圧縮度合いの下限は決まっておるが、まずそこに達するコントロールには厳しい修行と卓越したセンスが必要じゃ。その上で、作用する範囲と放出時間をあらかじめ決めて放つ。そして放出している間、その圧縮度合いは維持される」
シャオロンは目を細める。
「だから岩に当たっても、途中で爆発しない」
「そうじゃ。岩や地面程度なら抉り続け、深い穴を作る。エネルギーが消費されていっても安定は失わない。最終的には霧散する。はるか彼方でな」
「……なるほど」
「じゃが、そのぶん消費する気の量が桁違いじゃ」
鶴仙人は指を立てた。
「圧縮の度合い」
次に、
「範囲」
そして、
「放出する時間」
「この三つで消費量が決まる」
シャオロンは呟いた。
「圧縮度、範囲、時間……」
「そうじゃ、一度決めればその通りに実行される」
「だから――気が足りなければ」
「死ぬ」
即答だった。
「常に小出しにする。それがコツじゃ。だが、加減を間違えれば自分の命を削る」
「……」
シャオロンは腕を組んだ。
「それって、気のコントロールをしなくても勝手にやってくれるということですか」
「そう簡単ではない。まず気の圧縮は自身の体内で行わねばならん」
考える。
数秒。
十秒。
やがて、その目が変わった。
「範囲を狭くすればいい」
「何?」
「どどん波みたいに、指一本分」
鶴仙人が黙る。
「それで、放出時間も極端に短くする」
シャオロンは指先を見つめる。
「十センチもいらない」
「……」
「理想は、ほんの一瞬」
シャオロンの頭の中で、何かが形になっていく。
「それなら、そこらの拳銃よりずっと強い気弾を撃てるんじゃないかな」
鶴仙人は坦々と答える。
「どどん波でよかろう」
「なら放出しなければ――圧縮した気を拳に宿したら?」
鶴仙人はため息をつく。
「その程度の考えならやめておけ。気で強化した拳で十分じゃ」
「いや、おいらもまだわからないけど何かできそうな気がする」
シャオロンは自分の拳を握った。
「圧縮した気を鋭く飛ばす……拳じゃなくて爪なら……」
「それができれば――」
その先を口にする前に、シャオロンは黙った。
まだ形になっていない。
だが、その発想だけは頭から離れなかった。
「それができれば――気のコントロールにおいては白白やこの鶴仙人をも大きく越えておろう」
ギロリと鋭い目がシャオロンを見ていた。
「有効な戦術とは思えんがの」
しばらくして――
遠くから声が聞こえた。
「シャオロン!」
「ん?」
チャオズだった。
買い出しから戻ってきたらしい。
「おかえり、チャオズ」
「ただいま!」
チャオズは笑顔で駆け寄ってくる。
「天津飯と話してたんだけどね――」
そこからしばらく、穏やかな時間が流れた。
二人はこれからここを出る。
実戦を積みながら修行する旅に出るのだという。
前回の天下一武道会で亀仙流の活躍があった。
次の大会に出るためにも、もっと実戦経験を積みたいらしい。
「シャオロンも一緒に行く?」
チャオズが尋ねた。
「ううん」
シャオロンは申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、チャオズ。いつ桃白白さまに呼ばれるか分からないから」
「そうなの?」
「うん。だから月に二度くらいはアジトに帰ってるんだ」
桃白白からは「好きにしろ」と言われた。
それでもシャオロンは、完全に自由になったつもりではいなかった。
いつ呼ばれるか分からない。
いつまで続くのかも分からない。
それが今の自分だった。
そのとき、鶴仙人が口を開いた。
「ところで、白白とはどうやって連絡を取っておる?」
「それが……」
シャオロンは困ったように笑った。
「しばらく好きにしろと言われて、そのまま去りました」
「連絡先は?」
「何も」
「何も?」
「だから、こまめにアジトへ帰るようにしています」
鶴仙人は少し考えた。
「ならば」
一度、シャオロンを見る。
「二週間ほど、ここに留まるがいい」
「え?」
「少し手ほどきをしてやろう」
「いいんですか?」
「気功砲の話しの続きと……お前の骨格で、少し気になることがあってな」
シャオロンは首を傾げた。
「骨格?」
「それに、天津飯もチャオズも出ていくところじゃ」
鶴仙人は鼻を鳴らす。
「暇つぶしぐらいにはちょうどよかろう」
「ありがとうございます!」
シャオロンは頭を下げた。
こうして、二週間の修行が始まることになった。
――そして。
鶴仙人が最初に目をつけたのは、シャオロンの「脚」だった。