【御礼】この度、二代目・桃白白を襲名いたす運びと相成りました!! 作:拙者
――鶴仙人が最初に目をつけたのは、シャオロンの「脚」だった。
だが、その話に入る前に。
シャオロンと鶴仙人の間には、もう一つ片付けておくべき話があった。
翌朝、天津飯とチャオズがいなくなった鶴仙人自宅兼道場にて、共に朝食を取りながら話す。
気功砲。
「つまり……」
鶴仙人は腕を組んだ。
「お前は、どどん波より強い気功砲を危険を取り除いて習得したいと」
「だいたいそんな感じです」
「ふむ」
シャオロンは自信ありげに頷いた。
「だって、どどん波じゃ倒せない相手がいるなら、もっと強い技が必要でしょう?」
「そこまでは分かる」
「だったら――」
「じゃがな」
鶴仙人が遮った。
「そもそも、お前がどどん波を一人前の威力で撃てるようになったとしても、それで倒せぬ相手に気功砲を当てられるのか?」
「……」
「どどん波より溜めが必要で、隙も大きい」
「それは……」
「そんな技を、どどん波で倒せぬほどの達人相手に撃つ?」
シャオロンは黙った。
「しかも、だ」
鶴仙人の声が低くなる。
「気功砲は命の危険があるから小出しに威力を抑えて打つものと言ったが、どどん波で倒せぬ達人に対して抑制できるか?」
「……」
「お前ならどうする?」
シャオロンは少し考えた。
「……最大威力に近づけます」
「そうじゃろうな」
鶴仙人は鼻で笑った。
「そして、足りなくなる」
「……」
シャオロンは口を閉じた。
「お前は絶対に、ぎりぎりまで威力を引き上げる」
「……」
「結果、気が足りずに死ぬ」
ぐうの音も出なかった。
「それが目に見えておる」
鶴仙人は続ける。
「そんな技を、さらに難しく発展させる?」
シャオロンは食い下がる。
「死の危険を取り除く方向の発展です」
「今のお前には不可能じゃ」
シャオロンはしばらく考えていた。
だが、やがて顔を上げた。
「……でも」
「なんじゃ」
「圧縮だけに特化して訓練すれば?」
鶴仙人が眉を上げる。
シャオロンは自分の指を見つめながら話す。
「とにかく気の圧縮だけを集中して修行します」
「それができたら、あとは範囲と時間を決めるだけ」
「死ぬまで放出できてしまうということは、気を無理やり引き出してしまうってことでしょう?……つまり発動さえしてしまえば圧縮意外のコントロールは要らないってことなんじゃ」
鶴仙人は黙っている。
「それなら……習得できる可能性はあるんじゃないですか?」
「……」
「やってみなくちゃ、分からない」
シャオロンはそう言った。
鶴仙人はしばらくシャオロンを見つめていた。
そして――
「そうじゃな」
「え?」
「やってみなくちゃ分からん」
立ち上がる。
「ならば、やってみろ」
「今ですか?」
「今じゃ」
「いや、今は無理ですよ!」
シャオロンは慌てた。
「修行前ですから!」
「何を言っておる」
鶴仙人は構えた。
「やってみなくちゃ分からないんじゃろ?」
「いや、それは技の話で――」
「ほれ」
指先が光る。
「どどん波」
「うわっ!」
シャオロンが横へ飛ぶ。
地面が弾けた。
「ちょ、ちょっと!」
「どうした?」
「今のは卑怯でしょう!」
「戦いに卑怯も何もあるか」
鶴仙人の姿が消える。
「こっちじゃ」
「え?」
シャオロンが振り向いた。
その瞬間――
鶴仙人の足が低く伸びた。
「――っ!」
避ける。
間に合わない。
パキャッ!
脛を蹴り抜かれた。
嫌な音と共にシャオロンの身体が横へ吹き飛ぶ。
慌てて立ち上がろうとして転ぶ。
違和感のある両足を見て、シャオロンの顔から血の気が引いた。
「……!!」
視覚情報に遅れてやってくる激しい痛み。
「あぅ……うぎゃあああああああ!!」
地面に転がる。
「い、痛い! 痛い痛い痛い!」
両脚を抱えて悶絶する。
「足っ! 足が折れた!」
鶴仙人は何事もなかったかのように立っていた。
「うむ」
「うむじゃないですよ!」
「今日はここまでじゃ」
「いやいやいや!」
シャオロンは涙目になりながら叫ぶ。
「病院! 治療! せめて添え木!」
「寝ておれ」
「治療は!?」
「そのうち治る」
「そのうちって……!」
鶴仙人はそのまま部屋を出ていった。
「…………」
シャオロンは呆然と天井を見上げた。
しばらくして、ぽつりと呟く。
「……そうだった」
鶴仙人は割と優しいと勘違いしていた。
しかし鶴仙人はあの最悪最強の桃白白の兄だった。
「そうだった、恐ろしい人だった……」
シャオロンは這いずってベッドへ向かった。
*
翌日。
「では、昨日の話の続きじゃ」
「……はい」
ベッドの上。
シャオロンは両脚を動かせないまま、鶴仙人の話を聞いていた。
「気功砲というものは――」
シャオロンは真剣に耳を傾ける。
足は痛い。
治療もしてもらっていない。
しかし、気功砲の話そのものは面白かった。
気の圧縮。
放出。
安定。
威力。
そして、消費。
「……なるほど」
シャオロンは考え込む。
「じゃあ、やっぱり――」
「お前は話を聞くとすぐ自分で試そうとするから、今は考えるだけにしておけ」
「……はい」
珍しく素直に返事をした。
それから数日。
シャオロンはベッドから動けないまま、鶴仙人の講義を受け続けた。
気について考える。
技について考える。
自分ならどうするか。
どどん波と気功砲の違い。
圧縮とは何なのか。
なぜ同じ気なのに性質が変わるのか。
そして時々――
足の痛みに顔をしかめる。
「……鶴仙人様」
「なんじゃ」
「そろそろ治療してもらえませんか?」
「必要ない」
「でも痛いです」
「そうか」
「…………」
シャオロンは何も言えなくなった。
怖い。
とにかく怖い。
文句を言えば、また何をされるか分からない。
だから黙っていた。
*
数日後。
「シャオロン」
「はい?」
「立て」
「…………は?」
シャオロンはベッドの上で固まった。
「立てと言った」
「いやいやいや」
思わず声が大きくなる。
「立てるわけないでしょ!」
「そうか」
「両足折れてるんですよ!?」
「ほう」
「ほうじゃないですよ!」
鶴仙人が指先を向けた。
「では――」
シャオロンの顔が引きつる。
「何を――」
「どどん波」
「うわああああああ!」
ベッドから転げ落ちる。
ズドンッ!
床が弾ける。
「ちょっと!」
シャオロンは狭い室内を這って逃げる。
「鶴仙人様! 本当に危ない!」
「立て!」
「だから立てないって!」
「どどん波!」
「うわっ!」
シャオロンは反射的に身体を起こした。
片足で跳ねる。
避ける。
もう一発。
「ひぃっ!」
両手両足をついて身体低くし、全身を使って逃げ回る。
逃げる。
また飛ぶ。
また避ける。
そして――
「……あれ?」
シャオロンが止まった。
四つん這いだが動けている。
むしろ調子がいい。
いや。
大きな違和感がある。
だが――
「……痛くない」
シャオロンは自分の脚を見た。
何度も見る。
「なんで……?」
鶴仙人は腕を組んでいた。
「立てたじゃろ?」
「いや……」
シャオロンは混乱している。
「だって俺、足を折られて……」
「折ってなどおらん」
「…………いや今もおかしな方向に曲がっています」
「それは骨折ではない」
「え?」
鶴仙人はシャオロンの脚を指差した。
「お前の足首じゃ」
「……足首?」
「正確には、その周囲の関節と腱じゃな」
鶴仙人はゆっくり説明を始めた。
「お前のような猫獣人は、猫のような四足歩行から二足歩行へ移行する過程で、身体の構造を変えていった」
「その際、つま先が長く発達した」
「そして、地面に接する部分も変わった」
拇趾球。
小趾球。
本来の猫科の足の使い方。
それらが二足歩行に適応する中で、人間とは違う形に発達していった。
「お前の場合、その変化が極端だった」
「二本足で歩くには問題がなかった」
「だから、お前自身も異常だとは思わなかった」
シャオロンは黙って聞いている。
「じゃが、その代償として――」
鶴仙人が足首を指で叩く。
「本来なら動くべき関節が、伸びた状態で固着しておる」
「…………」
「お前はずっと、それを使わずに生きてきた」
シャオロンは自分の足首を見る。
「じゃあ……あのときの音は?」
「関節が動いた音じゃ」
「痛かったですよ?」
「当然じゃ」
鶴仙人は平然と言う。
「何年も使っていなかった場所を、急に動かしたんじゃからな」
「…………」
「だが、それで終わりではない」
鶴仙人はシャオロンを見る。
「今のお前は、ようやく入口に立っただけじゃ」
シャオロンは立ったまま、自分の脚を見つめていた。
そして、ふと思い出す。
乱気法。
あのとき。
気が乱れ、身体が思うように動かなかった。
なのに――
猫になった瞬間、嘘のように安定した。
「……あ」
「どうした?」
「あのとき……」
シャオロンは呟く。
「猫になったとき、すごく動きやすかった」
鶴仙人は静かに頷いた。
「そうじゃろうな」
「それって……」
「お前は猫になったから安定したんじゃない」
鶴仙人は言った。
「猫本来の身体に近づいたから、安定したんじゃ」
シャオロンは目を見開いた。
自分がずっと当たり前だと思っていた身体。
自分が「完成した身体」だと思っていた身体。
その中に――
まだ使っていない力が眠っていた。
「……じゃあ」
シャオロンは足を動かしてみる。
今までならできなかった角度。
少しだけ。
足首が動いた。
「俺の脚って……」
鶴仙人は笑った。
「まだまだ、こんなものではないぞ。腱も、筋繊維も鍛えねばならん」
シャオロンは、自分の脚を見つめた。