難産でした。
乙女(男)心は難しい
教室を出る頃には、さっきまでの少しだけ気まずい空気も、いつもの帰り道を歩いているうちに自然と消えていた。
今日の数学の問題が難しかったとか、部活が忙しくて大変だとか、最近始まったゲームのイベントの話だとか、他愛もない話をしながら歩いていると、悠人はもう普段通りの様子になっていた。
私もそれに合わせるように、いつも通りの調子で話す。
……少なくとも表面上は。
内心ではさっきの教室で悠人が見せた反応について考えてばかりだった。
肩に腕を回した瞬間の少しだけ慌てたような声。
あの反応は、たぶん嫌だったわけじゃない。
昔から一緒にいる悠人のことだから、そのくらいは分かる。ただ、不意を突かれて驚いただけだと思う。
それに、前世の記憶がある私は、その理由も身をもって知っている。男の子は思春期になると、急に女の子との距離を意識し始めるのだ。
だから、あんな反応をされても不思議じゃない。
私だって何も考えず昔と同じように接していたわけではなく、昔と比べれば、肩を組んだり、ふざけ合ったりすることは自然と減っている。
それでも、距離そのものを変えようと思ったことはなくて、今日はつい昔の癖が出てしまっただけ。
それでも、あんなふうに慌てた反応をされたということは、少なくとも私はもう「昔からの幼なじみ」だけではなく、一人の女の子として意識されているのだろう。
そう思うと、嬉しいという気持ちを隠すのが少しだけ大変で、少しでも気を抜けば、頬が緩んでしまいそうになる。
でも、そこで期待しすぎるほど私は楽観的じゃない。
その「意識」が恋愛対象としてなのか、それとも思春期の男の子なら誰にでも抱くようなものなのかは、まだ分からないのだから。
もしも勘違いだったら、
それでこの関係が壊れてしまったら、
そう思えば、結局いつも通り歩くしかなかった。
「そういえばさ」
隣で悠人が、また何か話し始める。
私が「うん」と返すと、それだけで悠人は楽しそうに話を続ける。
やっぱり私はこの時間が好きだ。
毎日一緒に登下校して、学校でも一緒に過ごして、取り留めのない会話が愛おしくて。いつの間にか、そんな毎日が私の日常になっている。
離れ離れなんて……嫌だ。
本当は、一緒に勉強しようなんて言った理由も、悠人の小テストの点数を見て心配になったからではない。
もちろん、もう少し頑張ればいいのに、とは思ったけれど、小テストは小テストだし、そもそも進級に困るような成績でもない。
本当の理由は来年も一緒に過ごしたいから。
高校には、前年度の成績で決まる選抜クラスというものが1クラスだけできる。つまり、そこへ入れれば確実に来年も同じ教室で過ごせるのだ。
私は前世の貯金があるから問題ないけれど、悠人は去年みたいな成績のままだと厳しいだろう。
もちろん私のわがままの為だけに無理をしてほしいわけじゃない。無理してでも毎日何時間も机に向かえなんて思わない。
ただ、中学一年の頃、理由は知らないけれど悠人がすごく勉強していた時期があった。
自然と、あの頃みたいになってくれたなら、来年も今みたいに同じクラスで過ごせるかもしれない。
一度そう考えてしまえば、何もしないまま次の学年を迎えるなんてできなかった。
それに、前世ではその当たり前が突然終わったからこそ、今みたいな毎日が少しでも長く続いてほしいと思うのは、仕方ないじゃないか。
「着いたぞ」
悠人が立ち止まり、自分の家の門を開ける。
「あ、うん」
考え事をしているうちに、もう着いてしまっていたらしい。
「ほら、勉強するんだろ?」
「うん、ビシバシいく」
そう返しながら、何度も入った玄関で靴を脱ぐ。
別に、勉強を教えるのは建前じゃない。
けど、本当に叶えたいことは別にあるのだ。