砕けた杯、風化の残響・1
バッグに奇妙な手紙が入っていた。一体誰から届いたのだろう?
「…あれ、何か入ってる」
「えっ?なんだ?何が入ってたんだ?」
旅人がバッグから取り出したのは、見覚えのない手紙。
そっとそれを開いてみれば、見知った筆跡でこう書かれていた。
『やぁ、旅人。君の旅は順調かな?
モンドではもうすぐブリーズブリュー祭が開かれるんだけど、実は君に手伝って欲しいことがあるんだ。
どうかモンドに吹くこの西風と共に、ボクの元へ来てくれないかい?』
「これ…吟遊野郎からか?」
「みたいだね」
「ブリーズブリュー祭…もうそんな季節なのか。
それにしても、わざわざこんなものを送ってるくなんて。
あいつのことだし、きっとただのサプライズ!とかそんなものだぞ!」
「とりあえず、一度モンドまで戻ってみようか」
***
ブリーズブリュー祭。
それは、風神バルバトスの帰還と豊作を祝うモンドの伝統行事。
今年は遠征部隊の帰還も相まって、以前参加した時よりも大層賑わうことだろう。
「おっ!もう出店が出てるみたいだぞ!…ん?なんだ、あいつ?」
モンド城のそばには、前と同じように既に出店が並んでいた。
その中で一人、何だか少しだけ周囲より浮いている男性がいた。
服装からして恐らく西風教会の人間だろう。
だが、露店はなく、ここに出店しているようには見えない。
「おーい!おまえ、ちょっといいか?」
「おや、栄誉騎士様にパイモン殿、ハッピーブリーズブリュー!」
「ハッピーブリーズブリュー!
おまえ、教会のやつだよな?何も出てないけど、ここで何してるんだ?」
「はい、西風教会のエンベル・ハルトマイヤーと申します。
私はここで皆様にフェネクス様のことを広めているのですよ」
「フェネクス…?それって、昔モンドにいたっていう魔神のことか?」
パイモンは記憶を辿る。
魔神フェネクス、その魔神は元々モンドの隣にあった小さな小さな島国の長で、二千年前にモンドの属国となった時に、バルバトスの眷属となった。
そして、五百年前の大厄災で亡くなった、とも。
「えぇ、まさしくそのフェネクス様です。
実は、今年のブリーズブリュー祭はバルバトス様のご帰還ではなく、我らがフェネクス様のご帰還を祝うことになったのですよ」
「…えっ?」
「というのも…「おーい!栄誉騎士ー!」…おや、どうやら呼ばれているようですね」
見れば、橋の向こうから騎士団の者が旅人に向かって手を振っていた。
「ごめん、オイラもうちょっと話を聞きたかったけど…」
「いえいえ、お気になさらず。なにせ栄誉騎士様ですから、人気者になるのも仕方の無いこと。
では、機会があればまた」
「おう!またな!
行こうぜ、旅人!」
呼びに来た者が言うには、ジン団長が旅人のことを呼んでいるのだと。
もしかして、ウェンティの“お願い事”にも関わっていたりするのだろうか?
先程話を聞いた限りでは、今年のブリーズブリュー祭はいつもとは違うらしい。
きっと、何か大きな事件に巻き込まれるのだろう。
旅人はそんな気がしていた。
「ジン団長ー!来たぞー…って、吟遊野郎とファルカもいたのか。
ん?そこの二人は誰だ?」
入って左側、どこか見覚えのあるような青色の美青年と、全く知らない男性が二人。
先に答えたのは美青年の方だった。
「あぁ、この姿で会うのは初めてだな」
「…ん、んん?その声…ま、まさか、トワリン…!?」
「そうだ。今回はこちらの方が都合がいいからな」
「トワリンって人の姿になれたんだね…それで、そちらの貴方は?」
もう一人の見知らぬ男性は、ゆっくりと旅人に向き直る。
その時に見えた髪飾りが、どこか印象的だった。
「お初にお目にかかります、栄誉騎士殿。
私はコンラート・ハルトマイヤー、ハルトマイヤー家の現当主でございます」
「ハルトマイヤー…?あ、ブリューフェアにいたエンベルの?」
「あぁ、彼は私の弟ですね」
「確かに、あいつとおまえ、ちょっと似てるぞ…
でも、なんでおまえみたいなやつがここにいるんだ?」
「ウェンティ殿…いえ、バルバトス様より呼び出されまして。
詳しいことはジン殿から」
皆の視線がジンに集まる。
咳払いをひとつ、そして口を開いた。
「栄誉騎士、今回モンドに戻ってきてくれたこと、感謝する。
こうして君を呼び出したのは、ある作戦に参加して欲しいからなんだ」
「作戦?」
「あぁ。今年のブリーズブリュー祭はバルバトス様の帰還を祝うものではないのは、もう知っているだろうか?」
「それなら、さっきエンベルから聞いたぞ!あぁでも、なんでそんなことになったのかは聞きそびれちゃったな…」
「表向きは、バルバトス様からのメッセージによるものとしている」
ジンが取り出したのは、一枚の紙切れ。
そこにはこう書かれていた。
『もうすぐ我が友フェネクスがモンドの地へと帰る。
モンドの子らよ、どうか今年は我らと共に彼の帰還を祝ってくれないだろうか?』…と。
「先日、これが風と共に届いた…ということにしているんだ」
「これが…?でも、そのフェネクスって五百年前に死んじゃったんだろ?こんなの作っても、誰かのいたずらだと思われるんじゃ…」
「風が運んできたってだけで信じちまうのが、モンドの人間って奴だからな」
「本当にそんなんでいいのかよモンド人…」
「あはは、なんたって自由の国だからね」
先の海灯祭で鍾離が兹白を蘇らせた時のようなことをするのだろうかと思案する旅人の隣でパイモンから呆れ声が飛び出す
そんなパイモンにウェンティが笑う。
「…でも、表向きなんでしょ?
本当の理由は何?」
「フェネクスを見つけることだ」
「見つける…?どういうこと?」
「実は、フェネクスは亡くなっていなかった可能性があるんだ」
「………えぇっ!?」
「それは我が話そう」
もうとっくにただ事じゃないと悟った旅人が尋ねれば、今度はトワリンが輪に入る。
「五百年前、彼は我の目の前で、モンドの民に化けたアビスの魔物によって貫かれた。
『我らモンドの民はずっとこの時を待っていた、忌々しい魔神フェネクスを倒し、そして封じるその時を』…あの時、奴らはそう言っていた」
「アビスの、魔物…」
「魔龍ドゥリンとの戦いで疲弊し、毒に苦しんでいた我は正常な判断力を失っていた。奴らもそれが狙いだったのだろう。
あの時、確かに我はモンドの民に深い失望を感じていた」
いかにもアビスの魔物が取りそうな手段だ。
その上、教団によってトワリンはモンドとバルバトスに激しい怒りを抱かされた。
本当に、アビスというものはどうしてこうも。
「そして、奴らはフェネクスをどこかへと連れ去った。
殺すつもりだったのならばわざわざそんなことをする理由などないのだから、奴らの言っていた通り、どこかに封印したのだろう」
「それに、もし本当に殺したのなら、今もモンドのどこかにその跡が残ってるはずだよ」
「確かに、そうかもしれないな…
で、でも、今年のブリーズブリュー祭はそいつの帰還を祝うんだろ?ってことは、もうとっくに封印は解けてるんじゃないのか?」
「いや、まだ解かれてはいない」
「解かれてないのかよ!」
「だから、これから封印を探して、フェネクスを起こしにいくんだよ」
「えぇえ…?」
すっかり訳が分からず混乱しているパイモンの隣で、旅人はなんとなく話が読めたようだった。
「つまり、ブリーズブリュー祭を利用してモンド中の人たちにフェネクスのことを想ってもらうことで、フェネクスを見つけようとしてるってこと?」
「おぉ、ご名答。流石は栄誉騎士殿ですね」
「ど、どういうことだ?」
「ファルカさんの時を思い出してみて」
「ファルカの…?」
ふよふよとファルカの周りを飛び回り、ファルカに関する記憶を引っ張り出す。
そうして辿り着いたのは、あの北風守護のこと。ナド・クライで起きたこと。
「そっか、ファルカを地脈から引っ張り出したみたいに、封印の向こうにいるフェネクスを引っ張り出そうとしてるのか!?」
「まぁ、そんなところだね。
正確には、封印に綻びを生じさせようとしてる、ってところかな。
フェネクスも確かに神で、民からは信仰を集めてた。
例え今のモンドの民が抱くそれが信仰でなくても、きっと彼に届くはずだよ。
その時、封印に揺らぎが出来る可能性がある…あとはそれを見つけて解くんだ」
「…なるほどね。やりたいことは分かった。
でも、どうして今年なの?」
「それは、俺がモンドにいなかったからだな」
「ファルカさんが?」
旅人の問いにファルカが頷く。
どうやらこの場にファルカがいるのは、単に大団長だからという訳では無いようだ。
「いくらバルバトスの眷属になってたとはいえ、相手は魔神だ。それも、数千年は生きてたとされる上古の魔神。
そんなやつが、アビスの連中によって封印されてたとなりゃ…とっくに自我を失ってて、封印を解いた瞬間に暴れ出す可能性がある。
最悪の場合、モンドはスメールの砂漠みたいになるな」
「なんだって!?」
「…風化の魔神フェネクス。その力は文字通り。
かの方が暴走しようものなら、被害はモンドだけに留まらないかもしれません」
「だから、戦力は多いに越したことはないってことで、作戦はずっとお預けだった訳だ」
魔神の恐ろしさというものは旅人だってよく知っている。
それがアビスのせいで暴走だなんて、正直考えたくない。
「封印が見つかった時、そこへ向かうのは我とバルバトス、ファルカ、それからお前だ、旅人」
「もし本当にフェネクスが正気を失ってたら、君たちの事はボクが全力で守るよ。その隙に、彼を大人しくさせてほしい。
殺してしまったら、それこそ冗談じゃない被害が出るかもしれないからね」
「皆様、どうか無事に生きておられることを祈ります…なにせ、フェネクス様には指で突いただけで敵を塵にしたという伝説が残っていますから」
「こ、怖すぎるだろ!」
こんなところで旅を終わらせる訳にはいかない。
どうか正気を失っていませんようにと、旅人は祈った。
「とりあえず、作戦についてはこんなところだな。
何か、他に聞いておきたいことはあるか?」
「他にこの話を知っている人は?」
「知ってるのはここにいる者だけだ。他の奴らには言うなよ?」
「だって、パイモン」
「なんで名指しなんだよ!」
「ははっ、パイモンはおしゃべりさんだからな。
決行はブリーズデイ当日だ。栄誉騎士、お前も当日はここに来てくれ」
「分かった」
***
「なんか、大変なことになっちゃったな…」
「そうだね…」
「とりあえず、今オイラたちに出来ることはブリーズデイまで待つことだよな…
そういや、結局そのフェネクスがどんな魔神なのか知らないよな」
「エンベルのところまで戻って、話を聞きに行く?」
「うーん…どうせなら、本当にフェネクスのことを知ってるやつから聞きたいぞ!
あっでも、吟遊野郎はナシだぞ!どうせあいつのことだから、もったいぶって教えてくれないか、ハッキリ言わずに話を終わらせそうだ」
「あはは…じゃあ、どうするの?」
「そりゃあもちろん───」
「………それで、我の所まで来たと。
ふ、バルバトスは随分と信用が無いようだな」
「ふん!日頃の行いってやつだぞ!」
風龍廃墟まで足を運べば、案外すぐに龍の友人は旅人たちに顔を見せてくれた。
ぷりぷりウェンティへの不満を漏らすパイモンに苦笑する。
「フェネクスがどんな奴だったか…そうだな…
あれは、変に矛盾を抱えた奴だったな」
「矛盾?」
フェネクスは高純度の風元素生命体だ。どこで誕生したかは本人も覚えていないようだったがな。
あれはこの地がモンドとなるよりも遥か昔に、ここより北方にあった島に民と共に根を下ろしたと聞いている。
それ以前のことは我も知らん。気になるならハルトマイヤーの者にでも聞けばいい。フェネクスがそう名乗る前からの民の子孫だからな。
バルバトスから聞いた話だが、初めて友としてその手を交わした時、これでもかと言うほどに喜んでいたらしい。自分には友人と呼べるような存在はほとんどいなかったからと言っていたそうだが。
生活のほとんどは民とともにあり、威厳の欠片も無い姿を見せたこともあったな。
だが、あいつは変に一線を引いていたように思う。
それでありながら孤独を恐れていたとも思う。
誰かと深い関わりになるのを恐れていながら、誰かの存在が近くに無ければ落ち着かん奴だった。
あれは、誰かを友人と呼ぶことに躊躇いを感じていたようだった。
彼がハッキリと友だと言ったのは、我が知る限りバルバトスだけだ。
「ふーん…なんか、変なやつだな」
「教えてくれてありがとう、トワリン」
「ありがとなートワリン!
よし、それじゃあ次はそのハルトマイヤーのやつのところにでも行こうぜ!エンベルじゃなくて、コンラートのところな!
…あれ?ちょっと待て、そういえばコンラートって今どこにいるんだ…?」
「………ドーンマンポートの郊外に屋敷がある」
「お、おぉ!ドーンマンポートだな!それじゃあ行ってくるぜ!」
***
「おや、栄誉騎士殿にパイモン殿」
「コンラート!ハッピーブリーズブリュー!」
「はい、ハッピーブリーズブリュー、パイモン殿」
「オイラたち、フェネクスのことについて聞きに来たんだ!
フェネクスがそう名乗る前からの民の子孫だって、トワリンから聞いたんだけど…」
「あぁ、なるほど…でしたら、どうぞこちらへ」
コンラートに連れられ、旅人たちは書庫へと辿り着いた。
奥の方に目を向ければ、随分と古いものが沢山あるようだ。
「恐らく、フェネクス様がこの地へとやって来るより前のことを知りたいのでしょう?
とりあえずこちらをどうぞ」
「ありがとう…これは?」
「これは、我が一族に伝わる最も古い記録です。
時代と共に書き直されてきた物ですが、内容に変わりはありません」
「よし!早速中を見てみようぜ!」
………神々の戦いによって我らは居場所を失い、あの果てしない砂漠を彷徨い続けていた。
ある時野営地を魔獣によって襲撃され、我らはついに終わりを迎えるかと思われた。
しかし、風と砂塵の主が現れ、我らを魔獣より救ってくださった。
そのお姿はまさしく救世主のようであった。
形のない塵の翼は風によって絶えず形を変え、その身は陽の光を浴びて輝いていた。
かの方は我らのようなハッキリとした自我(あるいは個としての意識)を持っていないようだった。
しかし、我らの感謝の言葉を理解していたようで、その後も主は我らを守り続けてくださった。
ある時、主とよく似た風貌の魔神が現れ、我らを襲った。
魔神はこう言った。
「“我”すら持たぬ獣がそのように人間を守るとは、守護者にでもなったつもりか?」
「貴様のような存在に民など重かろう、全て我が引き受けてやろうぞ」
主はその言葉に応えなかった。
代わりに、これまでそうしてきたようにその魔神を塵へと変えようとした。
その魔神は魔神としての力は弱かったのか、主は優勢でい続けた。
そして、最期に魔神はこうも言った。
「その暴風で守れると思うな。その塵で妨げられると思うな。
そのような様では、いずれ貴様は全てを失うことになるだろう。
たかが元素生命体の分際で、望むことを許されると思うな!」
魔神は斃れ、風が砂塵を巻き上げた。
砂漠に吹き荒れる恐ろしいはずの風が、まるでオアシスのように我らを包み込んだ。
そうして、風と砂塵の主は魔神となり、自らをフェネクスと名乗るようになった。
我らはこの時より、風と砂塵の神フェネクスの民である。
「なんだこの魔神!嫌なやつだな!」
「…これが、魔神フェネクスの始まり」
「えぇ。それからフェネクス様は民を引き連れテイワットの各地を渡り歩き、モンドの北にあった島に自らの国、ヴェルンを築かれたのです。
その後、七国が成立した時にモンドの一部となり………
五百年前に海の底へと消えました」
「………」
「…なんか、ごめん………」
「いいえ、お気になさらず。
あれは、まさしく理不尽だったと伝わっています。
残された民を守るため、モンドへ被害を拡大させないため、そうするしか無かっただけなのですから」
五百年前に各国が受けた被害や、失ったものを旅人は多く知っている。
今もなお続く爪痕を、旅人は知っている。
フェネクスの民は、ヴェルンは、どれほどアビスに奪われ、傷付けられたのだろうか。
「…あぁ、そうだ。これを貴方に渡そうと思っていたんでした」
「それは…髪飾り?」
ふと何かを思い出したコンラートが髪飾りを外す。
モンドでよく見られる意匠ではないそれは、なんとなくスメールの物のように見えた。
「これは遥か昔にスメールより流れ着いた移民とフェネクス様が共に作ったとされるもので、代々我が一族に受け継がれ続けています。
なんでも、当時のハルトマイヤーの当主がその座に就いた時の祝いの品だとか…」
「えぇっ!?めちゃくちゃ大事なものじゃないか!」
「どうしてこれを?」
「フェネクス様を見つけるのに、何か役に立つかと思いまして。
「…分かった、受け取るよ」
「ありがとうございます」
受け取ったそれを大事にバッグにしまう。
どうかこれが、いい方向へと連れていってくれることを願って。
***
「そろそろ日が暮れますね…こんな時間ですし、今夜はこのまま泊まっていかれては?」
「いいのか?」
「もちろん、構いませんよ。何でしたら、このままここにある物を自由に見てくださって構いません。
何が役に立つか、分かりませんからね」
「色々とありがとう、コンラート」
「旅人ー!オイラ、これとこれと、あとあの本も気になるぞ!」
「はいはい、落ち着いてパイモン」