ミステリー作家志望の俺を拾った探偵事務所の所長は、15歳の最強女子高生だった   作:蘇芳ありさ

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第四話『主人公は障害を排除する過程で、意外な人物と向き合うことになる』

 

 

 

 人は嘘を吐く。

 

 見栄のため。

 

 保身のため。

 

 あるいは、大切な誰かを守るために。

 

 だから探偵は、その嘘を暴くのが仕事だと思っていた。

 

 だが現実は少し違う。

 

 人を知れば知るほど、嘘はむしろ分かりやすくなる。

 

 笑顔の裏にある諦めも。

 

 怒鳴り声の奥にある後悔も。

 

 そして――本当は助けを求めている人間ほど、最後まで「大丈夫だ」と笑ってしまうことも。

 

 江夏恭介という男も、その類だった。

 

 暴力亭主を演じることで妻を遠ざけ、自分だけが泥を被る。

 

 その間に、裏社会との決着を一人でつける。

 

 ……なるほど。

 

 男としては嫌いじゃない。

 

 だが、そんな結末を美談にしてやるほど、俺は物分かりのいい探偵じゃない。

 

 

「悪いけど、いい女の前で格好つけるのは俺の役目なんでね。あなたにはもう少しありふれた配役をお願いしたいな」

 

 

 誰に聞かせるでもなく呟いて、俺は裏口の窓から静かに屋敷へ滑り込んだ。

 

 玄関は使わない。

 

 映画じゃあるまいし、正面から名乗りを上げる探偵なんて、長生きできるはずがない。

 

 屋敷の中は静かだった。

 

 二階からかすかに話し声。

 

 人の気配は全部で五つ。

 

 拘束されている恭介さんを除けば、動いているのは四人か。

 

 ずいぶん人数を減らしたらしい。

 

 さっき表で転がした連中が、思った以上に効いていたようだ。

 

 物音を殺しながら廊下を進む。

 

 すると、一階の台所から冷蔵庫を漁る音が聞こえてきた。

 

 

「おい、この家ビールねぇのかよ」

 

「ビールはねえけど、こっちの棚に酒瓶があるぜ。残らず頂いちまおうや」

 

 

 呑気な会話だった。

 

 命を賭けた仕事の最中だというのに、人間というのは腹が減れば飯を探す。

 

 その辺はヤクザも俺も大差ないらしい。

 

 コートの内側から拳銃を抜く。

 

 

 懐かしい重みだった。

 

 ……できれば、二度と握りたくはなかったんだがな。

 

 

 照準はこめかみ。

 

 正確には、その数ミリ横。

 

 引き金を二度引く。

 

 パシュッ。

 

 パシュッ。

 

 小さな火花が散る。

 

 弾丸は男たちの耳元を掠め、壁へ吸い込まれた。

 

 

「お──?」

 

 

 効くだろう、そこは。

 

 二人は白目を剥き、その場へ崩れ落ちる。

 

 失神。

 

 予定通りだ。

 

 ……悪いね。

 

 目が覚めたらおっかない幹部の人に殴られる程度じゃ済まないだろうが、そこは勘弁してくれ。

 

 俺は誰も殺さない。

 

 千歳さんの泣き顔なんて想像するだけで気が滅入るから、これは譲れないよ──。

 

 

「さて……」

 

 

 さすがにこの距離では誤魔化せなかったか。

 

 二階から怒鳴り声が響く。

 

 

「下で何やってやがる!」

 

 

 足音。

 

 二人。

 

 階段を駆け下りてくる。

 

 速い。

 

 だが、焦る必要はない。

 

 角を曲がった瞬間。

 

 俺と目が合った。

 

 

「テメ――」

 

 

 パシュッ。

 

 パシュッ。

 

 火花が二つ。

 

 男たちは一歩も踏み出せず、そのまま階段の途中へ崩れ落ちた。

 

 これで残るは――。

 

 

「動くなッ!」

 

 

 鋭い怒声。

 

 しまった。

 

 一瞬だけ視線を階段へ向けた、その隙だった。

 

 二階の書斎。

 

 開いた扉の奥。

 

 拘束された恭介さんの首筋へ拳銃を押し当てた男が、憎々しげに俺を睨んでいた。

 

 

「銃を捨てろ」

 

 

 静かな声だった。

 

 だが、その指は迷いなく引き金に掛かっている。

 

 

「一秒でも迷えば、この社長の頭を吹き飛ばす」

 

 

 ……なるほど。

 

 ようやく親玉のお出ましか。

 

 俺はゆっくりと息を吐いた。

 

 さて。

 

 ここからが、本番だ。

 

 もっとも……。

 

 俺の出る幕はもう終わりらしいんだがな、と拳銃を床に落としてやる。

 

 

「……聞き分けのいい野郎だ。長生きできるぜ、お前」

 

 

 俺が武器を捨てて両手を挙げたことで、その男は随分と余裕を取り戻したようだ。

 

 

「しかし驚いたぜ。まさかお前が来やがるとは……茶店の醜態は擬態か?」

 

「いや、自慢じゃないが俺はケンカがからきしなんでね。アレは普通に実力相応だよ」

 

「……食えねえ野郎だ」

 

 

 そう。千歳さんにビビって撤退したヤクザの幹部。

 

 妙に理知的で、こんな時でも降参した俺をあげつらうそぶりもみせないことから、個人的にかなり好きな部類だ。

 

 

 しかし、すまない。

 

 あんたはもう、詰んでるんだよ……。

 

 

「だが安心しろ。俺もあの化け物に恨まれるのはごめんなんでね。殺しゃしねえよ」

 

「そうか。俺もアンタは個人的に嫌いじゃないから、最後に大サービスだ。今度から敵が一人だけと決めつけるのは辞めとくんだな」

 

 

 俺がそう口にした瞬間、目の前の男から見て背後の窓が爆散した。

 

 

「なっ──!?」

 

 

 恭介さんの首締め上げたまま、慌てて振り返った男の顔面に巨大な弾頭が直撃する。

 

 ゴム弾頭を装填した対人制圧用ロケットは爆発こそしなかったが、その強烈な一撃は男を昏倒させるのに十分だった。

 

 

 ああ、可哀想に。

 

 俺の人生で初めて(まみ)えたニヒルな悪役だったのに……。

 

 

「なんでいるんですか」

 

 

 いや、今は俺自身の疑問を解消しよう。

 

 

「澪さん」

 

「所長に神崎さんのフォローを頼まれましたので」

 

「いや、質問の答えになってませんって! 俺は澪さんがロケットランチャーを担いで現れるもんだから、心臓が止まりそうなぐらいビックリしたんてすよ? もう少しきちんと説明してくださいって……」

 

「なるほど。つまり神崎さんの動揺を敵に悟られて、私が狙われる可能性があったと……しかしその時は貴方が射殺すれば結果オーライなのでは?」

 

「だからそういうことを言ってるんじゃないんです! あと俺は誰も殺してませんからね!?」

 

「冗談です。でも神崎さんだってご自身の過去を私に打ち明けていなかったのですから、そこはお互い様なのでは……?」

 

 

 うっ、相変わらず弁が立つな……。

 

 

「仕方ない。隠し事がどうとか言ったら、最後には存在自体が謎そのものな千歳さんが立ちはだかってしまう。君の魅力的な過去を聞き出すのはベッドを共にするときまで待つよ、澪ちゃん」

 

「つまり永久に不問ということですね。ありがとうございます」

 

「いやいや。長い人生なにがあるか分からないんだから、そう決めつけるもんじゃないと思うぜ」

 

 

 ……なんて軽口を叩いていたら、足元から抗議するようなうめき声が聞こえてきた。

 

 ああ、いかんいかん。忘れていたわけじゃないが、そろそろ仕事に戻ろう。

 

 

「俺は探偵として最後の仕事に取り掛かるが、澪さんはどうする? 援護は必要かな?」

 

「お気持ちだけありがたく。敵の身柄もこちらで回収しますので心配なさらず。……ご武運を」

 

「うん。とりあえず君が吹き飛ばしたベランダの修理代を減額してもらえるよう、なんとか交渉してみるよ」

 

「助かります。追加でボーナスも出たら神崎さんとのデートも検討しますので」

 

 

 その軽口を最後に、俺たちはそれぞれの仕事に取り掛かる。

 

 入念に施された恭介さんの拘束を解き、俺はこの事件の真実と向き合うのだった。

 

 

 

 

 

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