死にかけ弱小没落帝国を蘇らせる、たった一つの冴えたやり方   作:リバプールおじさん

2 / 4
第2話 緑の水先案内人

 

 そんな旅立ちから2週間。ベンジャミンと老牝馬は山道の中にいた。

 

「ほらこっちだよ。次休めそうなところあったら休もう。全く、なんで俺の方が労ってるんだか......」

 

 道はつい最近踏み固められたらしく、薙ぎ倒された雑草から匂い立つ、鼻を刺すような青臭さ。踏み跡は幅広く、行商の一団でも通ったかに見えた。

 

 ぶるぶると啜り泣くように息を切らす、四足歩行の相棒を励ましつつ坂道を登り終えると、両側に迫るように広がっていた森が一気に開けた。

 

「おっ」

 

 目の前に広がる絶景に、ベンジャミンは思わず感嘆の声をあげた。

 

 見渡す限りに広がる草原は、時折吹く涼やかな東風に波打ってビロウドのように煌めき揺れる。空は洗い流されたかのように抜けて青く、頭上では鳶が大きく弧を描いていた。

 

「ここがグランパナン高原......であってるよな、さすがに」

 

 ベンジャミンの呟きは正しい。彼はいま、自らの国を離れ、オイドリス人の領域テリトリーに足を踏み入れたのだった。

 

 その時、ぶふぅと老馬が鳴いた。

 

「分かったよ」

 

 苦笑しながらベンジャミンが背中に負った荷物を下ろしたのを合図に、馬の方も待ってましたと言わんばかりに草の上へ座り込んだ。

 

「書類書類っと」

 

 腰紐を解き、木筒に書かれた宛先を確認。

 達筆な文字で『シウス族長・サイモン殿宛』と書かれている。

 

「サイモンさん、サイモンさん......この人を探せばいいんだな......ふぁあ」

 

 荷を降ろして緊張の糸が切れたからか、それとも澄んだ空気があまりにも心地よいからか。大の字になって寝転がると眠たくなった。

 

 はるか上空を悠然と舞う鳶を目で追っているうちに、彼は夢すら見ないほど深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

「──う......起きて、くれませんか......?」

「わああああああっ!!!」

「ひゃああっ!?」

 

 耳元で突然聞こえた知らない声。飛び上がったベンジャミンの悲鳴と、誰かの悲鳴が交わった。

 

「びっ、びくっ、びっくりした......」

「ごめん」

 

 知らない声の主に謝りつつ、冷たい汗にぐっしょり濡れた首元を手首で拭いて落ち着いたベンジャミンは異変に気が付いた。

 

 草原ではない。彼の体はいつの間かベッドの上に転がされていて、抜けるような青空の代わりに、あまり高くない天井が見えた。真ん中に立つ柱から放射状の木枠が伸び、その上から分厚い一枚の布が被さっているようだ。

 

「......ゲル?」

 

 彼の疑問は、独りごとに終わった。さきほどの悲鳴の主は、怯えたように柱の反対側に隠れてしまって出て来ようともしない。

 

 ベッドから上体を起こし、さてどうしようかとベンジャミンが途方に暮れた時です。ギィと木が軋む音がして、ゲルの扉が開いた。

 

「ん?おぉ起きたか!どこの生まれだかは全く知らんが、あんなところで寝ている奴は初めて見るぞ。あの辺りはオオカミなんかがよく出るんでな、悪いが勝手に運ばせてもらったよ」

 

 入って来たのは、かなり長身の男だった。赤銅色に焼けた肌と深い皺が刻まれた指先は40代ほどに見えるが、声のハリや毛量の多い黒髪からは若々しい印象を受けた。

 

「おっと言うなよ、どこの生まれか当ててやるからな......ラグリットだろ!?」

「正解!」

「よっし!そうだろうと思ったぜ」

「お、おじさん......!」

 

 ぐっとガッツポーズを作り喜ぶ男へ、柱の陰に隠れていたものが縋り付くような口調で窘めた。

 

「おっと悪い悪い。久しぶりの来客で緊張しててね......シウス族で族長補佐をしている者だ、バンダールと言う。あそこに隠れてるのが姪のアルメチカだ。ほら、あいさつくらいは自分でしなさい」

「あ、アルメチカ......です」

 

 シウス族!それも族長補佐!彼らの自己紹介を聞き、ベンジャミンの胸は俄かに高鳴った。この広い高原の中で初めて会った人間が、手紙を届けるべき相手であるシウス族の族長、そのすぐ近くの人間だった。こんな偶然があるだろうか!

 

 しめしめ、どうやら意外と神も俺を見捨ててはないと見える。ほくそ笑む内心をひた隠し、ベンジャミンはベッドから立ち上がると深々と一礼した。

 

「ベンジャミンと言います!運んでいただきありがとうございます!」

「良い元気だが、礼ならアルに言いな。運ぼうと言ってくれたのはこいつだぜ」

「ありがとう!」

「べ、別に。そんな、言われることでも......ないから」

 

 恥ずかしがってさらに縮こまってしまったアルメチカは、ショートヘアーと淡い金髪。顔の下半分から肩までをすっぽりと覆ってしまう大きなマフラーが目を引いた。

 

「運ぶのには苦労したぜ?あんまり良いガタイしてるんでな、重くて重くて......持ってた槍と馬は外に置いてあるから、あとで確かめておくといい」

「ありがとうバンダールさん」

「さん付けはやめてくれ。ところでベンジャミン。お前、なにが目的でこんなところまで来たんだ?まさか昼寝のためじゃないだろう?」

「えーっと......族長に会いたいんです。俺、こんなだけどラグリット帝国からの遣いで」

 

 その言葉を聞いたバンダールとアルメチカの顔が、突然曇った。バンダールに至っては「うぅ~ん......」など身をよじりながら唸っている。

 

(しまった......突然過ぎたか?)

 

 己の軽挙に、心の中で歯噛みしたベンジャミン。ことを急ぎすぎて警戒されれば逆効果だ。なにせタイムリミットは2か月しかない。追い出されれば一巻の終わりだ。

 

 しかし、どうやらそうではないようだ。バンダールは申し訳なさげに眉根を寄せ、絞り出すように声を出した。

 

「族長に会わせることは出来るんだが......ベンジャミン、悪いがお前の持っていた木筒の宛先が見えたよ。サイモン宛だったな」

「......はい」

「中身は見てないから安心してくれ。お前が帝国からの使者だというのも信じよう。だが、サイモンは......」

 

 バンダールが居住まいを正すと、突然アルメチカが「ごめん」と一言だけ言い残して外へと出て行ってしまった。だが、そんな姪を追いかけるでもなく、バンダールは扉が閉まったのを見届けると、再びベンジャミンに向き直り口を開いた。

 

「死んだ」

「え?」

「2年前だ。サイモンは──俺の兄貴は死んだ」

「兄貴?じゃあ、あの子の」

「そうだ。俺にとっては兄貴で、アルメチカにとっては親父さ。あの子は母ちゃんもいないからな、ずいぶん懐いてたよ......まったくバカなやつさ!崖から滑って、子供残して死んじまうなんて......」

 

 目尻に光るものを浮かべて、バンダールは吐き捨てた。きつく握りしめられた拳は白く染まり、噛み締めた奥歯は割れんばかりに軋む。

 

「......知らなかった、ごめんなさい」

「いいんだ。こんな田舎だ、知ってるわけもない。もう族長はサイモンじゃなくなってるのさ」

「誰に代わったんです?」

「俺の甥っ子、そんでもってアルメチカの弟」

「なるほど」

 

 ベンジャミンは深く頷いた。ゲルの中央に据えられたストーブから、赤々とした光が漏れている。その時になってようやく、もう夜が近いということに気が付いた。

 

「明日、俺は族長の下で仕事なんだ。ただ予定も詰まってて、そのうえ族長自身の体調も最近あまり良くなくてな......出来る限り早く入れてもらうよう話してみるが、おそらく10日はかかるぞ」

「聞いてくれるだけありがたいです。お願いできますか?」

「任せとけ。その代わり、ちょっと頼みたいことがあるんだ」

「俺でいいなら、何でもやりますよ」

 

 その言葉が聞きたかった、と言わんばかりにバンダールは白い歯をのぞかせニヤリと笑った。

 

「お前、アルメチカの話相手になってくんねーか?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。