死にかけ弱小没落帝国を蘇らせる、たった一つの冴えたやり方 作:リバプールおじさん
そんなベンジャミンとアルメチカの馴れ初めから10日が経った。族長とベンジャミンとの会談の日である。
「さて、ようやく本題に入れるわけだが......準備はしてあるか?」
「ばっちり!」
ポンと膝を打ち、ベンジャミンは答えた。彼の服は、粗末な旅衣から宮廷の行事の際着用する礼服に変わっていた。
体をすっぽりと覆い隠す、貝紫色に金の刺繍が施されたウールのマント。それを右肩で留めるためのブローチは、鳥をあしらった銀の透かし彫りだ。
「まぁ見事な......」
「礼儀は見える形で示さなくちゃ」
そんなことを言いながら、ベンジャミンはきっちりと必要な書類にインク、ペン、印などをポシェットにしまい込む。そして最後に、握り太の大槍を担いだ。
「いつでも行けます」
「その槍、必要なのか?」
「門番の人にでも渡しておきます」
綿布と油紙で包んだ穂先をクルリと回し、彼は一歩外に踏み出した。
既にクリーム色の太陽は南天からやや西に吊り下がり、影が少し伸び始めている。族長の多忙と体調を考慮して、バンダールが会談時間に設定したのはこの日の午後からであった。
「行こうか」
自分に言い聞かせるようにベンジャミンは小さな声でつぶやき、それから一歩を踏み出した。
「あっどうもバンダール様」
「そちらの子は?」
族長のテントの前にいる警護兵は2人だった。バンダールへ気さくに話しかけてくるところを見るに、あまり肩書きなどは気にしない性分らしい。
「ラグリット帝国からの使者殿だ、丁重に扱ってくれよ」
「なるほど失礼」
「ついでにもう一度失礼しますけど、その槍はお預かりします。帰る時になったら返しますんで、俺たちのどっちかに言ってください」
屈託のない笑顔を浮かべた警護兵は、左手をベンジャミンに突き出した。
「重いから両手の方がいいですよ」
「まさか!」
笑いながら、ベンジャミンが差し出した槍を掴んだ警備兵。しかし。
「うおぉっ!?」
「ほら言わんこっちゃない!」
体勢を崩し、腕ごと持っていかれそうになった警備兵が慌てる様子を見てベンジャミンは苦笑した。
「ちゃんと持っててくれよ、大事なものだから」
族長のテントは巨大だ。入り口から反対側まで、たっぷり15メートルほどはあるだろうか。バンダールのテントがせいぜい4メートルほどしかなかったことを考えると、破格の広さだ。
普通のテントであれば、入り口から見て左右に1つずつ置かれているはずのベッドもなく、ストーブすら置かれていない。
あるのは先祖を祀るために幾重もの複雑な模様が彫られた柱が中央に1本。その柱の手前に御座が2つ敷かれているだけ。
(おぉ、簡素でいいな)
嫌味ではなく、ベンジャミンは心の底からそう思った。
彼の実家のように、煌びやかで高価な装飾品を見せつけ圧倒するより、空間を贅沢に使って余裕を匂わせる演出の方が、彼の美意識には合っているようだ。
(やばい、このマント超恥ずかしくなってきた)
今更ながら、自分がひどく場違いなダサいやつなのでは無いかと不安になってきたベンジャミンだったが、もう遅い。
「古き盟約に誓い、弟たるオルドリスの王が兄たるラグリットの使いにご挨拶申し上げる。......帝都と比べればなにも無いところでしょうが、どうぞごゆるりと」
武勇こそが唯一絶対の理であると信じるオルドリスの民が、その智慧のみを理由に彼を王の座に押し上げた。
英霊たちの軌跡が刻み込まれた、大黒柱の向こう側。
少年王マルビハン・シウスは、 その白い肌をろうそくの灯に怪しく照らされ微笑んだ。