決戦! 昭和ゴジラで最も人気が高い作品はどっちだ! 作:昭太郎
◇◇◇ 給料の駆け引き ◇◇◇
■夜。薄暗い僕の部屋。
僕は今、昭和ゴジラの中で最も人気が高い作品について考えている。万年床に寝そべりながら。
なぜ、そんなことを考えているのか。――その必要性に迫られたからである。
公式に決まった作品は無いようだ。
ネット上には、大規模なファン投票アンケートのような形でランキング化しているサイトが存在するが、平成以降のゴジラ作品が含まれるし、昭和ゴジラ限定だとしても、これ一択とばかりに、神格化された昭和二十九年の『ゴジラ』が最高だ、となっている。
すると、最も人気が高い作品は、昭和二十九年の『ゴジラ』で決定なのか?
いや、そうではないと思う。
これは単に、近年の数多くのゴジラファンの中で、その投票アンケートに参加した一部のファンだけが決めた結果に過ぎない。
果たして、昭和ゴジラの中で、『本質的に』最も人気が高い作品はどれなのだろうか……。
*
僕は佐藤、中小企業に勤める「おっさん」である。そして、「昭和ゴジラファン」である。
昭和ゴジラとは、昭和二十九年の『ゴジラ』から、昭和五十年の『メカゴジラの逆襲』まで、ゴジラが登場する計十五本の上映作品のことを指す。
昭和五十九年の『ゴジラ』は含まない。一応、元号が「昭和」の時代に作られた作品ではあるが、物語上、これは平成ゴジラに含まれる。
――この昭和ゴジラについて、最も人気が高い作品はどれかという点で、うちの会社の社長と僕との間で、主張の違いから、「駆け引き」することになった。
中小企業である。
なのに、偽好況ともいえるこの不況の時代に、会社ともあろう組織が、なぜこんなくだらないことをしているのか! と突っ込まれるかもしれない。……だが、うちの会社はちょっと変わっている。
社長と僕は同い年だ。ともに、昭和ゴジラの世代だ。
子供の頃に、ゴジラ映画が大好きになった。だが、その後、大人になって仕事が忙しくなるにつれて、ゴジラへの興味は薄れ、平成ゴジラ以降のことは、ほとんど何も知らない。
今日の会社の昼休み、社長と一緒に昼食をとっていた時、昔話をしているうちに、昭和ゴジラ十五作品の中で、どの作品が最も人気が高いかという話題になった。それがきっかけだった。
――『昭和ゴジラの中で最も人気が高い作品』
社長曰く――。
それは、昭和二十九年の『ゴジラ』だ、とのことだった。AIを使える息子の意見らしい。記念すべき第一作であり、核への恐怖を描いた重厚なドラマとして、国内外で最高傑作と評されているとのことだった。
息子の意見かよ! と突っ込みたくなる。
彼は、平成ゴジラ以降の世代だ。昭和ゴジラのことはあまり知らないようだが、昭和であろうと平成以降であろうと、全ゴジラ作品の中では、AIが弾き出した昭和二十九年の『ゴジラ』が最高だと思っているらしい。
社長自身も同じ意見なのか、と僕は社長に聞いた。すると、社長は一旦、押し黙った。
そして、真顔で本命の作品を口にした。社長自身が考える最も人気が高い作品である。
それは、昭和三十七年の『キングコング対ゴジラ』とのことだった。これが社長の主張である。
歴代最高の観客動員数1,255万人。日米の二大モンスターの対決を描いた歴史的大ヒット作。
観客動員数という数字をみれば、その人気度は明らかだ、との主張だった。
違う――。
それに対して、僕は、反論した。
僕は、昭和三十九年の『モスラ対ゴジラ』が最も人気が高い作品だと反発した。感動や面白さといった点で、これが最高だと主張した。
ここで、二人の意見が割れた。主張がぶつかった。
この瞬間から、少なくとも僕の頭の中では、脳内映画「会社島の決戦! 社長vs僕」が封切られることになったのである。
*
口論になったのか? ……いや、口論にはならない。
一般には、主張がぶつかった場合、口論に発展することが多いが、ここで社長が、「駆け引き」を持ち出してきたからである。
社長の言葉、「じゃあ、駆け引きをしよう」で、全てが始まった。
この駆け引きは、以下である。
『モスラ対ゴジラ』の人気度が、『キングコング対ゴジラ』の人気度を上回った場合は僕の勝ち。その逆なら社長の勝ち、となる。
僕が勝ったら、給料は二倍になる、負けたら現状のまま、ということだ。
勝負は二週間後。二週間後に、社長と僕が密室の会議室で議論し、社長が納得できる根拠を僕が提示し、論破できれば僕の勝ちになる。
「賭け」ではない。賭けなら僕にペナルティが発生する。
リスクが非対称なので、これは「駆け引き」である。
僕が負けても「現状のまま(ペナルティなし)」なので、リスクを背負ってはいない。
なぜ、二週間後なのか。二人だから、単純に「二」だそうだ。給料二倍もこの「二」に由来する。
「二」だからといって「僅か二パーセントアップ」や「二日後」にはしない。そこが、何事にも理不尽を要求しない、社長の尊敬できる部分でもある。
僕としては、二週間後までに、勝つための論理を完成させる必要がある。手間がかかるが、安月給の僕にとっては、いいチャンスだ。
……いや、しかし、確かに社長は尊敬できる相手ではあるが、元々僕の今の給料が低過ぎる。平社員とはいえ、僕の年齢ならば、駆け引きとは関係なく、世間的な水準――今の給料の二倍になっているのが普通だろう! というのが僕の本音なのだが。
給料の『駆け引き』
うちの会社にそのようなものが存在することは知っている。
社長と、仕事上で何かを主張する社員が、議論で対決することである。社員が勝てば給料アップとなる。但し、社員がいつでも自由に社長に挑めるわけではない。
これまで、社長と、社員の誰が対決してきたのか。……それは分からない。
僕の場合は今回が初めてだ。しかし、それが、仕事以外のことだったとは……。
個人的な趣味の分野にまで、「駆け引き」の場を広げてくるとは、さすがの社長も気がふれたのだろうか……。
『キングコング対ゴジラ』の観客動員数は、1,255万人。
『モスラ対ゴジラ』の観客動員数は、722万人。
この数字を覆すことはできない。数字を比較すれば、社長が完全に有利、僕が不利なのは明らかだ。
だが、この数字は物語の内容を根拠としたものではない。僕は、感動や面白さといった点で作品を評価したい。
そこにこだわる僕が、犬のように咬みついて主張してきたものだから、社長としては、カチンときて、ついうっかり、個人的な趣味の分野にまで「駆け引き」を持ち出してしまったのだろう。
うちの会社は中小企業ではあるが、堅実な会社だ。その理由は、常に社員のモチベーションを上げようとする社長のやり方にある。そのやり方が「駆け引き」なのである。
議論は、時に、口論となって延々と時間を蝕む。だが、それを避けて社長が鶴の一声で結論を出せば、社員のモチベーションは下がるだけだ。
そこで社長は、議論に発展しそうになったら、秘密裏に「駆け引き」を持ち出す。
後日、主張した社員との一対一の正式な対決の場を設け、そこで結論を出すというやり方である。
もしも社員が正しいのならば、会社の利益になるかもしれないと考え、社員の能力を最大限に引き出すために、その対決の場を一度だけ提供するのである。
結論がどちらに転んでも、お互い、後腐れが無くなるので、良いやり方だと思う。
しかし、さすがは社長。これまでのその勝率は九割以上のようだ。社長自身がそう言っていた。
給料の「駆け引き」で勝つことを目指す社員たちのモチベーションと、人件費高騰を防ぐこのやり方、両者を天秤にかけたこの戦略は、今の時代の会社経営には絶妙と言える。
「駆け引き」をするかしないかは、必ず社長が決める。社員が決めるものではない。社長は、自分が勝てると見込める場合でないと、これを持ち出さない。そのため社長は無敵に近い。
この、給料の「駆け引き」においては、社長は無敵のキングギドラ級である。
キングギドラである社長に挑もうとしている僕は、果たして、何とか勝てそうなゴジラなのだろうか、それとも、絶対に勝てそうにないミニラなのだろうか……。
■翌日、会社の執務室。
僕が出勤すると、すぐさま社長が歩み寄ってきた。僕の到着を待ち構えていたのだろうか……。
挨拶の後――。
「佐藤くん。昨日のことだが……」
「はい?」
社長が昨日の件を小声で切り出してきた。
「止めにしないか? 仕事のことならともかく、個人的な趣味の分野で『駆け引き』を使うのは良くないと、後で考え直したんだ」
「……」
僕は絶句した。
「どうだろう。僕も忙しくてね」
「……でも、言い出したのは、社長ですよね」
「ああ。それで、お詫びと言っては何だが、無条件で今後の給料を二割アップということで手を打たないか?」
「……」
二割――。またしても「二」を使うのか。
この条件を呑めば、僕の給料は二割増しになる。しかし、「駆け引き」に勝てば二倍。つまり、僕の給料は倍増する。そういう約束だ。
さあ、どうする……。この条件を呑んで、確実な二割アップで終わらせるべきか。それとも、あくまで「駆け引き」で対決し、一か八かの給料倍増を狙うべきか……。
――もちろん、決戦(対決)だ!