決戦! 昭和ゴジラで最も人気が高い作品はどっちだ! 作:昭太郎
◇◇◇ ゴジラ映画の比率 ◇◇◇
■夜。蛍光灯を取り換えて明るくした僕の部屋。
僕は今、部屋の中を歩き回りながら、時折座っては、コタツの上のパソコンを操作している。ずっと座ったままだと眠くなるため、立って歩きながら考え事をするのが僕の癖だ。
僕はこれまで、昭和三十七年『キングコング対ゴジラ』の観客動員数1,255万人という「圧倒的大多数の数字」ばかりを気にしていた。
社長と「駆け引き」をしたあの日は軽く考えていたのだが、その後、その巨大な数字に対して、僕は無意識のうちに恐怖を抱くようになっていたのだと思う。
恐怖のあまり、とにかく「この観客動員数を何とかできないか」――そればかりを考えていたのだ。
しかし、調べていくうちにその恐怖は消えつつある。
後輩・田中の最後の一言がきっかけで、ある考えが浮かんだからだ。
僕は、日本映画全体の観客動員数に対して、ゴジラ映画の観客動員数がどのような割合を占めているのかを、「ゴジラ映画の比率」として年単位で調査することにした。
対象の範囲は、昭和二十九年『ゴジラ』から、昭和五十五年のリバイバル上映最終『モスラ対ゴジラ』まで。
初回公開の年はその年の「ゴジラ映画の比率」とし、リバイバル上映の年はその年の「比率」としてまとめるようにした。
そうして調べ上げ、まとめたのが以下のリストだ。
左から二列目が、映連(日本映画製作者連盟)が公開している長期統計データをもとにした、その年の日本映画全体の延べ総動員数である。
そして最後列の数値が、僕の導き出した「ゴジラ映画の比率」だ。
昭29年 _90140万人 第01作 _961万人『ゴジラ』 昭29年秋 1.066%
昭30年 _86893万人 第02作 _834万人『ゴジラの逆襲』 昭30年春 0.960%
昭31年 _98913万人
昭32年 109888万人
昭33年 112745万人
昭34年 108806万人
昭35年 101436万人
昭36年 _86343万人
昭37年 _66128万人 第03作 1120万人『キンゴジ』 昭37年夏 1.694%
昭38年 _51112万人
昭39年 _43155万人 第04作 _351万人『モスゴジ』 昭39年春 0.813%
昭39年 _43155万人 第05作 _432万人『地球最大の決戦』昭39年冬 1.001%
昭40年 _37268万人 第06作 _378万人『怪獣大戦争』 昭40年冬 1.014%
昭41年 _34581万人 第07作 _345万人『南海の大決闘』 昭41年冬 0.998%
昭42年 _33501万人 第08作 _248万人『ゴジラの息子』 昭42年冬 0.740%
昭43年 _31340万人 第09作 _129万人『怪獣総進撃』 昭43年夏 0.412%
昭44年 _28410万人 第10作 _148万人『オール怪獣』 昭44年冬 0.521%
昭45年 _25479万人 第03作 67.5万人『キンゴジ』 昭45年春 0.265%
昭45年 _25479万人 第04作 __73万人『モスゴジ』 昭45年冬 0.287%
昭46年 _21675万人 第06作 _135万人『怪獣大戦争』 昭46年春 0.623%
昭46年 _21675万人 第11作 _174万人『ゴジ対ヘドラ』 昭46年夏 0.803%
昭46年 _21675万人 第05作 _109万人『地球最大の決戦』昭46年冬 0.503%
昭47年 _18739万人 第12作 _178万人『ゴジ対ガイガン』昭47年春 0.950%
昭47年 _18739万人 第07作 __76万人『南海の大決闘』 昭47年夏 0.406%
昭47年 _18739万人 第09作 _129万人『怪獣総進撃』 昭47年冬 0.688%
昭48年 _18532万人 第13作 __98万人『ゴジ対メガロ』 昭48年春 0.529%
昭48年 _18532万人 第08作 __61万人『ゴジラの息子』 昭48年夏 0.329%
昭49年 _18574万人 第14作 _133万人『ゴジ対メカゴジ』昭49年春 0.716%
昭50年 _17402万人 第15作 __97万人『メカゴジ逆襲』 昭50年春 0.557%
昭51年 _17102万人
昭52年 _16517万人 第03作 67.5万人『キンゴジ』 昭52年春 0.409%
昭53年 _16604万人
昭54年 _16509万人
昭55年 _16442万人 第04作 _298万人『モスゴジ』 昭55年春 1.812%
この結果を分析する。
まず目を引くのは、日本映画全体の延べ総動員数が、昭33年の11億2,745万人をピークに、その後は一度も持ち直すことなく、昭55年の1億6,442万人まで凄まじい勢いで斜陽化している事実だ。
昭和33年当時の日本の人口は約9,201万人。この年の総動員数11億超という数字は、国民一人あたりが「毎月一回、年間十二回」必ず映画館に足を運んでいた計算になる。それがテレビの台頭によって、昭和55年にはほぼ十分の一にまで激減してしまったことを冷酷に物語っている。
テレビの黎明期は昭和28年。当時は受像機が非常に高価だったため、人々は街頭テレビに群がっていた。そのため、その後しばらくは、まだ映画が娯楽の王座に君臨していた。
しかし、昭和34年の皇太子ご成婚パレードを機に、テレビは一般家庭へ急速に普及し始める。映画からテレビへの主役交代劇は、まさにこの瞬間から始まったのだ。
*
さて、ここから「ゴジラ映画の比率」について本格的な考察に入る。そして対決である。
『キンゴジ』と『モスゴジ』のデータを、東宝公式サイトの数値をもとに、上映された時代ごとに切り分けて比較してみる。
まずは王座『キングコング対ゴジラ』。
昭37年の初公開時の動員数は1,120万人。その後のリバイバル上映(昭45年、昭52年)の計二回を合算した累計動員数は1,255万人。つまり、リバイバル上映による上積みは二回合計で135万人となる。
リバイバル単独の動員数は非公表のため、ここでは仮に半分ずつ分け合い、一回目67.5万人、二回目67.5万人として計算を進める。
対するは挑戦者『モスラ対ゴジラ』。
昭39年の初公開時の動員数は351万人。その後のリバイバル上映(昭45年、昭55年)の計二回を合算した累計動員数は722万人。つまり、リバイバル上映による上積みは二回合計で371万人となる。
こちらのリバイバルの内訳は判明しており、一回目が73万人、二回目は298万人である。
これらを「ゴジラ映画の比率」に換算し、真っ向から決戦(対決)させる。
ルールはシンプルだ。両者のシェア比率を足し合わせ、合計を100ポイントとしたときに、どちらがどれだけ多くを獲得できるかで勝敗を決する。
――決戦その1、初公開対決(昭37年と昭39年)
『キンゴジ』(昭37夏)が1.694%、対して『モスゴジ』(昭39春)は0.813%。
二年の開きはあるが、映画人口激減の影響は一旦脇に置き、同条件として戦わせる。
結果は、68ポイント対32ポイント。
二倍以上の大差をつけ、まずは『キンゴジ』が貫禄の勝利を収める。
――決戦その2、リバイバル一回目対決(昭45年)
『キンゴジ』(昭45春)が0.265%、対して『モスゴジ』(昭45冬)は0.287%。
同じ昭和45年、真っ向勝負の舞台だ。
結果は、48ポイント対52ポイント。
わずか4ポイントの僅差だが、ここで『モスゴジ』が執念の初白星をあげる。
――決戦その3、リバイバル二回目対決(昭52年と昭55年)
『キンゴジ』(昭52春)が0.409%、対して『モスゴジ』(昭55春)は1.812%。
三年の差があるものの、映画人口が低迷期で安定しているため、同じ時代の戦いとして成立する。
結果は、18ポイント対82ポイント。
四倍以上のスコア差をつける、凄まじい大圧勝。最後にして最大の『モスゴジ』の大逆転劇だ。
……これなら勝てる!
社長が絶対視する「1,255万人」という数字の根拠を、これ以上ないほど明確に暴いてやった。
脳内を覆っていた深い霧が、ようやく綺麗に晴れたような心地だ。
*
ちなみに。
『キンゴジ』のリバイバル二回の動員数を、ただの均等割りではなく、同時代の他作品の動員数実績を考慮した「より現実的な数値」に置き換えた場合はどうなるだろう。
一回目を100万人、二回目を35万人として、よりリアルな数値で再び弾き出してみる。
すると、決戦その2(昭45年)では、『キンゴジ』の比率は0.392%に延び、結果は、58ポイント対42ポイント。約1.38倍の差をつけ、これは『キンゴジ』が勝利をもぎ取ることになる。
だが、その代償はあまりにも大きい。
割を食った決戦その3(昭52年と昭55年)では、『キンゴジ』の比率は0.212%まで急落し、結果は、10ポイント対90ポイントになる。
なんと『モスゴジ』が、驚異の「九倍」という圧倒的な大差で『キンゴジ』の首をはねるのだ。
決戦その1の二倍差の敗北など、この九倍差の超絶大逆転の前には、もはや誤差にすら等しい。
決戦その3における『キンゴジ』の再上映は、前年に公開され大ヒットを記録したハリウッド映画『キングコング』のブームに、東宝が便乗する形で急遽企画されたものだ。
だが、蓋を開けてみれば動員数35万人。往年の大ヒット作の威光を借りたにしては、どう好意的に見ても大成功とは言い難い、寂しい数字である。
東宝が『キンゴジ』のリバイバル単独の動員数を非公表にしているのは、もしかすると、この時の「ブーム便乗の不発」という苦い記録を隠すためではないか……。
――いや、根拠のない邪推はここまでにしておこう。