寒い。
大雪の中、バスの暖房は止まり、割れた窓の隙間から冷気が絶え間なく入り込んでくる。
こんなの誰だって耐えられるはずが無い。
(なんだけどなー。なんで、高月くんはそんな中でゲームできるんだか)
中学からの同級生の変人は、まるで高校の昼休みと変わらないようにゲームをしていた。
さっきまでは、隣の席の藤原くんとバカな話をしていたようだが、今は静かだ。
たぶん、みんなもうしゃべる元気もないのだろう。
風の音と、高月くんのゲームボタンをカチカチ操作する音だけが聞こえる。
(最後に何か言ってやろうかしら)
おい、このゲームバカ。
ちょっと、こっち見なさいよ。本当は、寒いんでしょ、少し震えてるわよ?
(なんで、ケンカ売ってる風なんだろ。これじゃ、駄目でしょ)
そのゲーム楽しい?
私、RPGは苦手なんだよねー。
また、一緒にゲームやりたかったな。
(高月くん家は、両親共働きで夜遅くまで一人だからゲームし放題で羨ましかったっけ)
高月くん。
ねぇ。
こっち向いてよ。
もう一回、声聞かせて……
考えたセリフはどれも言えず。
(あ、駄目だ……)
私の意識は闇に沈んだ。
◇
目覚めたのは、暗闇の中だった。
真っ暗。
何も見えない。でも、意識がある。
(え、何これ怖い)
手が動かない。
足も動かない。
(私、生きてるの? 死んでるの?)
あ、身体が動いた。
(でも、なんか変な感じ)
寝返りを打ったくらいの気持ちだったのだが、まるで身体が1周半ひねった様な気がした。
自分の身体が
(気のせいだろうけど、とにかくここから出なきゃ)
出なきゃって? どこへ?
私はバスに乗ってて、遭難して。だから、ここは病院のはずで。
いや、違う。
ここは、そんな場所じゃない。
とにかく、出なきゃ!
ぐちゃりと。
良く分らない衝動が、私は身体を動かし何かを突き破って、外に飛び出した。
(やっぱり、暗い。何も見えないなぁ)
先ほどのような完全な暗闇ではなく、ぽつぽつ光が見えるがここがどこかは判別がつかない。
ぼんやりとした頭で、這・い・な・が・ら・前へ進む。
「おや、姉妹の中で一番早いのはおまえかい、わが子」
そんな声が真上から聞こえた。
上を見上げる。
ハリウッド女優みたいな、金髪碧眼の巨大な美女がいた。美人だけど、ちょっと性格きつそうな、そんな印象の女性だ。
そして、知らない顔だ。
「可愛いわが子。その顔を見せておくれ」
いやいやいや。
私のお母さんは、私に似て小柄で地味な人ですよ?
間違っても、こんな町ですれ違ったら10人中10人が振り向きそうな派手な美人ではありませんよ。 身体だって、ぼん、きゅっ、ぼ……、ってあれ?
この人、肌が白すぎない?
この人、服着てない?
この人、下半身が変じゃない?
なんかこう、鱗みたいというか、足が無いというか……。
「おや、おまえの
私は、長女で下には4人兄弟がいる。全部、弟だ。
昔は、よく一緒に遊んだけど大きくなると男同士で固まっちゃうんだよなー。
最近は、お姉ちゃんは疎遠になってしまって少し寂しかった。
(なにより、弟がゲームを一緒にやってくれなくなったのよね)
昔は、何でもおねーちゃんと一緒! って感じだったのに。そんな愚痴を、高月くんには言ってたっけ?
ただ、振り向いたら弟たちが居るって意味じゃないよなー。
そんなことを考えながら、振り向いた。
――そこには、たくさんのキョウダイが居た。
それは、四肢が無く。
地面を這い。
ぬらりとした体表と、細い縦長の目を持ち。
チロチロと舌を出す
蛇だ。
それが、あたり一面。
蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。蛇。
見渡す限り、蛇に囲まれていた。
「ひっ」
私は、その光景を脳が受け付けず、意識が遠のくのを感じた。
ただ、意識を失いながらも。
うっすらと理解した。
私は――蛇になったのだ。
蛇の怪物に。
ああ、神様。
これはあんまりじゃありませんか?
こうして、私の異世界生活は土と草と這い回るキョウダイたちと共に始まった。
◇剣咲刀華の視点◇
「ここでいいの?」
「うーん、ふじやんにはそう言われたんだけどね」
マッカレンの東門を出た先の草原。
私たちは藤原さんに言われ、そこで彼を待っていた。
発端はマコトくんだった。
最近は元気がなく、考え込むことが増えた彼が、ある朝起きてきたときこう言ったのだ。
「ちょっと、女神様に会ってた」
どうやら彼は夢の中で助言を受けたらしい。
目標ができた彼は雰囲気も改善し、ちょっと元気が出てきたみたいだった。
その目標とは、『大迷宮ラビュリントス』。
なんでも、そこに行けば良い出会いがあるだろうと言われたらしい。
私たちはすぐにギルドに出張届けを出し、出発する準備を始めた。
そこに待ったをかけたのが藤原さんだ。
マコトくんが彼に、大迷宮へ行くことを伝えたところ「それなら、移動手段は任せてくだされ!」と力強く言われたらしい。
そうして私たちは正午の待ち合わせ時間に合わせてここで待機していた。
だが一向に誰も来ない。
「出発の日付を間違えて伝えたんじゃない?」とルーシーさん。
「約束の時間まで、あと5分くらいあるよ」とマコトくん。
「でもさぁ。普通、馬車とか用意してくれるならとっくに来てないと変よ?」
「だよなぁ」
なにか手違いがあったのかもしれない。私たちがそう思い始めていた時、
突然、辺りが暗くなった。何か大きなものが突然、頭上に現われたのだ。
「ええええええっ!」ルーシーさんが大声を上げる。
「……すげ」といつも冷静なマコトくんも驚愕を露わにしている。
かく言う私もこの光景にはとても驚いていた。何あれ。
それは巨大な船だった。大きな帆が風にあおられて、いっぱいに膨らんでいる。
白い船体が、太陽の光を浴びて神々しい。
それがぷかぷかと浮いている。
「飛空船!?」
「なぁ、ルーシー。こっちの世界じゃ、船って飛ぶんだな」
「飛ばないわよ。飛空船なんて、王族くらいしか持ってないわ……」
ルーシーさんは呆然と見上げている。
王族しか持ってないようなものを、藤原さんは所持してるのか。すごいな。
「やっホー!」
船から誰かが飛び降りてくる。怪我をするんじゃないかと思ったが、人影は華麗に着地を決めた。
「ニナさん!」
「高月様、ルーシー様、剣咲様。お迎えにあがりましタ」
「ふじやんは、どこに?」
「船内におりますよ、ああっ! ちょっと、危ないですヨ!」
なんと、藤原さんも飛び降りて来た。
一瞬危ないと思ったが、彼は傘のようなものでゆっくりと下降してくる。
どうやらマジックアイテムがあったようだ。
「壮観だね、この船は」
マコトくんが藤原さんに感想を言う。
「ふっふっふっ、そうでしょう、そうでしょう。驚かそうと思って秘密にしておりましたからな。皆様は乗客第一号ですぞ!」
「すごーい! これで大迷宮まで行けるのね」
「すごいですね。こんなものまで持っているなんて.....」
本当にすごい。彼の資産って一体どれだけあるのだろう。
「なんか、悪いね。ここまでしてもらうなんて」
「何を言っているのですかな! この船の動力は、タッキー殿のお知り合いの巨神から譲っていただいた魔石ですぞ! あれなくしてこの飛空船は完成しなかったですぞ!」
「そっか、あれを使ってるのか」
マコトくんが得心が言ったように呟く。
ここ最近、彼が忙しそうにしてると思ったのはこれを作ってたからだろう。
そんな感じでわいわい話していると、街からもわらわらと人が集まってきた。
まあ、近いし目立つからね。
その時、集まってきた人の中から、高そうな馬車から降りてくる、上品そうな女性が近づいてきた。
彼女は藤原さんに近づき、挨拶をする。
「藤原様、この度は飛空船の完成おめでとうございます」
「おお! クリスティアナ様のご助力のおかげで完成させることができましたぞ。今後は、この船でさらにマッカレンを発展させることをお約束しますぞ」
「頼もしいですね。それから、私のことはクリスとお呼びくださいませ」
「いえいえ、拙者のような一商人には恐れ多いですぞ」
「何を言っているのですか。私たちの仲じゃありませんか」
どうやら、この飛空船を作る時に出資してもらったパトロンの人らしい。藤原さんは彼女に頭を下げている。
「ねぇ、ルーシー。ふじやんと話している人ってだれ?」
「え? まこと知らないの」
ルーシーさんは、マコトくんにまじかコイツ、みたいな顔する。
マコトくん.......少しは情報収集しようよ.......
まあ、今回は私も彼女のことは知らない。何となく身分が高そうな人ってのは、わかるけど。
「マッカレン領主の次女ですヨ。クリスティアナ・マッカレン。ご主人様を狙ってる、狡い女ですヨ」
ニナさんが不機嫌そうに言う。へぇ、領主の娘なんだ。
彼女を紹介した時、ニナさんはわかりやすく不機嫌になった。どうやら嫉妬しているらしい。
「ふじやんさんってやっぱり、人脈が広いのね!」
ルーシーさんは、のん気に感心している。
「ご主人様、そろそろ出発では?」
彼女を藤原さんに近づけさせたくないニナさんが彼を急かす。
「おお、そうでしたな。 それではクリス様、お話の続きは戻った時に」
「はい、お土産話を期待してますね」
領主の娘の人は、藤原さんの手を握ってにっこりと微笑んでいる。
「ご主人様~、行きますヨ」
それをニナさんが、腕をひっぱっていった。
「ニナさん、道中、藤原様をよろしくお願いしますね」
ここで彼女が、微笑んだままニナさんへ話しかける。
「ええ、もちろん。
ニナさんは、にっこりとクリスさんへ微笑み返す。
「「ふふふふ」」
す、すごい。これが女の戦いというやつか。私も女だけど。
こちらから藤原さんの顔は見えない。
どんな顔してるんだろうか?彼、モテるんだな。
「じゃあ、2人とも行くか」
「うん、楽しみ!」
「行きましょう」
痴話喧嘩には巻き込まれたくない。そんな私たちはそこから離れる。
私たちは、空飛ぶ船に乗り込んだ。
目指すは、この大陸最大級のダンジョン、『大迷宮ラビュリントス』。
新たな冒険の予感を私たちは感じていた。
ふじやんってモテますよね。
しかもお金持ちで、商人だから戦闘の危険には晒されることがほぼない。もしかして異世界人の中で彼が、一番勝ち組なのかも。
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