「やめろォ!」をつい口走ってしまうサスケ疾風伝   作:久し振りにオレオ食べようと思ったら高い

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犠牲の犠牲

 

 ロウソクの灯火が微かに揺れる、薄暗いアジトの奥。

 うちはイタチとの死闘を終え、全てを出し尽くし意識を失っていたサスケはベッドの上で目を覚ます。

 全身を包む包帯……そして激痛。しかしそれ以上に胸にぽっかりと空いた喪失感が彼を支配していた。

 

 カツン、と闇の奥で足音が響く。

 

「目が覚めたか、サスケ」

 

 現れたのは渦巻の仮面を被った男…トビ。

 彼は静かにベッドの傍らへ歩み寄ると、感情の読めない声で語り始めた。

 

 「お前はイタチの何を知っている? いや、何も知らなかったのだ。これからお前にうちはイタチの真実を話す」

 

 サスケは息を呑み、男を睨みつけた。

 イタチの真実。知りたくもあり恐ろしくもある言葉。

 トビは深く重々しく息を吐き出し、その続きを紡ぐ。

 

 「イタチは……犠牲になったのだ」

 

 沈黙が流れる。サスケは次の言葉を待った。

 だがトビは微動だにせずただサスケを見下ろしている。

 

 「……犠牲になったのだ」

 

 二度目が響いた。サスケは眉をひそめる。

 

 「……古くから続く、木ノ葉の因習。その犠牲になったのだ」

 

 「……」

 

 「そう、イタチは犠牲になったのだ。すべては、犠牲になったのだ……」

 

 トビの声はどこまでも平坦でしかし妙なノリが生まれつつあった。

 おごそかな雰囲気を演出したいのか、それとも単に言葉に詰まっているのか、仮面の奥の表情は見えない。

 

 「イタチは犠牲になったのだ…犠牲の犠牲にな。」

 

 「おい」

 

 サスケが低く冷たい声を絞り出した。

 

 「さっきから何なんだお前は。真実を話すと言ったはずだ。同じ言葉を繰り返すな……手負いと思ってナメているなら次は無い。」

 

 だが、トビは全く動じなかった。

 取り繕う素振りすら見せずまるでそれが正規の台本であるかのように更にテンポを上げて言葉を重ねる。

 

 「イタチは犠牲になったのだ。木ノ葉の平和のために犠牲になったのだ……!」

 

 「やめろ」

 

 「お前のために犠牲になったのだ!すべては犠牲になったのだ!サスケの犠牲になったのだ!」

 

 「やめろォ!」

 

 サスケの怒号が部屋に響き渡った。

 彼は先程は強がっていたものの、満身創痍の体から無理に声を絞り出したため激しく咳き込む。

 しかしトビは話を止めない。それどころか両手を軽く広げてリズムを取り始める始末だった。

 

 「犠牲になったのだ……。そう、犠牲になったのだ……。イタチの苦悩、それもすべては犠牲になったのだ……」

 

 「やめろォ! もういい、その言葉を使うな!」

 

 「うちはの誇りも犠牲になったのだ。犠牲の犠牲になったのだ、サスケェ……」

 

 「やめろォォ!!」

 

 あまりにもシュールな光景だった。

 命を懸けた戦いの直後、推定で世界における今最も一番シリアスな局面にいるはずの自分がなぜ仮面の男に「犠牲になったのだ」と連呼され続けなければならないのか。

 サスケの脳裏に激しい混乱と言いようのない疲労感が押し寄せる。

 だが、トビはサスケの制止など一顧だにせず、ついに本題へと話をスライドさせ始めた。もちろん、あのフレーズを挟みながら。

 

 「……木ノ葉の上層部は、うちはの一族にクーデターの兆候ありと断定した。犠牲になったのだ。そこでイタチに二重スパイを命じた。犠牲になったのだ。イタチは同胞を殺す苦渋の決断を下したのだ。つまり犠牲になったのだ……!」

 

 「……っ!」

 

 サスケの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 あまりのシュールさに頭がどうにかなりそうだったが、トビの口から語られる断片的な事実……イタチがスパイだったこと、苦渋の決断をしたということ……その内容自体の重さが、サスケの胸を容赦なく抉ったからだ。

 

 「やめろォ!!頼むから普通に話せッ!!」

 

 サスケはボロボロと涙を流しながら、渋々、本当に渋々、男の話に耳を傾け続けた。

 悔しいが、彼としてはここで耳を塞げばイタチの真実を永遠に失ってしまう事になるからだ。

 

 「イタチはお前を殺せなかった。犠牲になったのだ。お前を生き残らせるため、一人で悪を背負った。犠牲の犠牲になったのだ……」

 

 「くそ……やめろォ……」

 「イタチ……ッ!」

 

 悲しみと、怒りと、目の前の男に対する強烈なツッコミどころが感情の決壊を招き、サスケはベッドに顔を伏せて嗚咽した。

 

 「すべてを知った上で、なお、イタチはお前にとっての悪で在り続けようとした。」

 「そう……本当の意味で奴は『犠牲になった』のだ。」

 

 トビは最後にそう締めくくると、サスケにとっては未だ得体のしれぬ仮面の下でふうと息を漏らし、その場を去って行った。

 薄暗い部屋には、ただサスケの激しい涙の音と、あまりにも不条理な静寂だけが残されていた。

 

ーーーーー

 

 トビからうちは一族の真実、そして兄・イタチの生涯について聞かされたサスケ。波音が響くアジトの海岸では寄せては返す波の音がただ響いていた。

 彼はは岩場に立ち尽くし、一点を見つめる。

 視線の先にあるのは自分の手のひら、かつて千鳥を宿し兄を殺すために研ぎ澄ましてきたその手は、今や行き場を失って震えていた。

 

 『イタチは犠牲になったのだ…犠牲の犠牲にな。』

 

 頭の中で、トビの仮面の奥から響く声が何度も反芻される。

 復讐だけが生きる糧だった。

 兄を殺し、一族の無念を晴らす事だけがサスケの存在理由だった。

 しかし、その前提の全てが覆った。

 うちは一族のクーデターを阻止し、里の戦争を未然に防ぐ為、そして何よりも……弟であるサスケの命を救う為に敢えて悪名を背負い地獄を歩んだのだ。

 

 「あいつは一族を……父さんも母さんも殺した……」

 

 口から漏れた呟きは、掠れて消えた。否定したかった。

 

 だがサスケの脳裏に蘇るのは、今思えば死の間際にイタチが見せた、あの歪んだ慈愛の微笑みだった。額を小突く指の感触が、今になって熱い痛みのようになって蘇ってくる。

 そして『あの日』確かにイタチは泣いていた。

 サスケの記憶の底に眠っていた、夜の闇に消える兄の涙。

 全ての点と線が繋がり、真実という名の怪物がサスケの心を容赦なく噛み砕いていく。

 

 サスケの目からまたも一筋の涙が溢れ落ちた。

 

 『世界で一番憎かった男が、世界で一番自分を愛してくれていたかもしれなかった。』

 その事実がサスケを底なしの絶望へと突き落とした。

 

 夜が明ける頃、サスケの涙は枯れ果て、代わりに胸の奥底から湧き上がってきたのは冷たく……そして狂おしいほどの「怒り」だった。

 

 イタチは死んだ。もう二度と戻らない。

 

 では、兄をそこまでの苦しみに追い込んだのは、誰だ。

 

 木ノ葉隠れの里の上層部。そしてうちは一族を追い詰め、天秤の片方にサスケの命を載せてイタチに引き金を引かせた木ノ葉隠れの里のシステムそのもの。

 

 「イタチは、木ノ葉の平和のためにすべてを捧げたと言ったな」

 

 背後に気配を感じて振り返るといつの間にかトビが、そしてサスケの呼びかけに応じた「蛇」のメンバー……水月、香燐、重吾が静かに控えていた。

 

 「そうだ。犠牲になったのだ……」

 

 トビは仮面の奥から冷徹に応じる。

 

 「イタチは里を愛していた。己を犠牲にしてまでな。だがお前がその遺志を継ぎ、木ノ葉へ戻るという選択肢もある。」

 

 「戻るだと……?」

 

 サスケの口から、低く、地を這うような声が漏れた。

 その瞳が、ゆっくりと見開かれる。

三つの巴が激しく回転し、やがて新たな幾何学模様へと姿を変えた。イタチの死、そして真実を知った絶望が生み出した、新たな眼――万華鏡写輪眼。

 

 トビは仮面の下でその答えとサスケの万華鏡写輪眼開眼が当然であるかのように微笑む。

 

 「イタチの命と引き換えに、のうのうと平和を貪っている奴らがいる。何も知らず、あいつの犠牲の上で笑っている木ノ葉の奴らがいる……」

 

 サスケの脳裏に、イタチの血に染まった背中が浮かぶ。

 

 兄が愛した里。

 兄が守りたかった平和。

 そんなものは関係なかった。

 今のサスケにとって、兄の命の重さに比べれば里の平和など塵に等しかった。

 イタチを地獄に落とした世界を、そのままにしておけるはずがなかった。

 

 サスケは海を見つめ、静かに告げた。

 

 「オレたちは『蛇』を脱する」

 

 もう大蛇丸の残滓を追うだけの脱皮の時期は終わった。

 これからは、高みにてふんぞり返る獲物を更に上空から見据え、容赦なく仕留める猛禽とならねばならない。

 

 「これよりオレたちの小隊は名を『鷹』と改め、行動する」

 

 サスケの言葉に、迷いはなかった。

 迷いは全て過去に捨ててきた。

 

 背後に佇むトビもまた、仮面の奥の写輪眼を細め、一言も発さずにじっとサスケの決断を待っている。

誰も喋らない。

 

 ただ、波の音だけが不気味に響く。

 

 それは、まるで世界がサスケの次の一言を待つような静けさ。

 サスケは水平線へと視線を向け、万華鏡写輪眼を限界まで見開いた。

 

 「『鷹』の目的はただ一つ……」

 

 息を吸い込み、最大の覚悟を込めて、その言葉を世界に叩きつけようとした。

 

 

 

 「木の葉をつ」

 

 「キーーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 鼓膜を突き破るような凶暴でけたたましい割れ鐘のような鳴き声が響き渡ってしまった。

 

 見上げれば、空を優雅に旋回する一羽の野生の鷹。

 

 そのあまりにもタイミングの悪すぎる、そしてあまりにも大音量の咆哮はサスケが人生最大級のシリアスな決意を込めて放とうとした「木ノ葉を潰す」という台詞の全てを完全に、そして無慈悲に掻き消してしまった。

 

 動揺するサスケ。しかし鷹は空気を読まない。

 

 「キーーーーッ!! キーーーーッ!!」

 

 「やめろォ! おい、やめろォ!!」

 

 サスケはそれまでのクールでありながら、復讐者としての鬼の形相を完全にかなぐり捨て激昂し迫真の表情で叫んだ。

 

 「空気を読め! やめろォ! 鳴くのをやめろォ!!」

 

 声を荒らげ、何度も何度も「やめろォ!」と連呼しながら今は流石に疲弊している為、なにより鷹相手に天照を使う訳にもいかない為、必死に火遁の発動や手裏剣またはクナイを投げつけるが、鷹は脅威の俊敏性で回避して最後には両腕を振って空の鷹を追い払おうとするサスケ。

 

 しかし。

 

 そのサスケの慌てふためく大騒ぎの最中、背後の空間は恐ろしいほどの静寂に包まれていた。

 トビは微動だにせずただ突っ立っていた。仮面の奥の視線は一切の動揺を見せず、ただ淡々とサスケの背中を見つめている。

 水月も、香燐も、重吾も、誰一人としてツッコミを入れず眉一つ動かさない。

 彼らはまるで見えない壁にでも阻まれたかのように表情を一切変えず、ただ一言も発さずにサスケをじっと見つめ続けていた。

 

 「おい、お前らも何とか言って威嚇しろォ! おい! 止めろあの鳥を!」

 「 重吾、お前動物と話せるだろ! 何とかしろォ!」

 

 サスケが必死に振り返って呼び掛けるが重吾は石像のように静かに佇んでいる。香燐も冷徹な無表情のまま、水月に至っては視線すら動かさない。

 

 誰も、何も言わない。

 

 ただ、サスケの「やめろォ!」という絶叫と、野生の鷹の「キーーーーッ!」という鳴き声だけが海岸に響き渡っていた。

 

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