「やめろォ!」をつい口走ってしまうサスケ疾風伝 作:久し振りにオレオ食べようと思ったら高い
巨大な動物の骨の天辺は、不気味なほどに静まり返っていた。
うちはサスケは巨獣の肋骨の淵に立ちただじっと、沈みゆく夕日と、それにとって代わろうとする夜の気配を見つめていた。
吹き付ける風が彼の黒髪を激しく揺らしている。
サスケの瞳が、赤く、そして禍々しい文様へと変化する……それは万華鏡写輪眼。
空にはいつの間にか白い月が浮かんでいた。
その冷たい光が不気味にそびえ立つ白い骨の巨塔とサスケの顔を照らし出す……そして彼の脳裏にあの日の光景が鮮明に蘇った。
あの一族が滅んだ夜、振り返ったイタチの目からこぼれ落ちていた大粒の涙。
最期に自分の額を指で小突いた、あの優しすぎる微笑み。
激しい後悔と二度と戻らない兄への切なさが一気にサスケの胸へ押し寄せて息が詰まるほどの痛みを刻んでいく。
「……感傷に浸っているところを悪いな」
背後の闇から、空間が渦巻くようにして一人の男が現れた。
オレンジ色の仮面をつけた男、名をトビ。
トビは一歩、骨の足場を踏みしめてサスケに近づき、値踏みするような視線を仮面の奥から投げかける。
「いい覚悟だ。だが今のお前の眼のままで、これから何処までやっていけるか? イタチの真実はお前の万華鏡写輪眼を開花させた。しかし、その眼は使えば使うほど光を失っていくリスクがある。イタチもそうだったようにな……」
トビの重々しいその声は、どこかに残酷な誘惑を孕んでいた。
「……ここにイタチの眼がある。イタチの写輪眼をお前に移植するか? そうすればお前は決して光を失わない『永遠の万華鏡写輪眼』を手に入れることができる。兄の力をそのままお前の力にするんだ。どうする?」
最強の力を手に入れるための悪魔の囁き。
しかし、サスケは月を見つめたまま、ただ静かにそして拒絶を込めて言葉を返した。
「いいや……」
その声には迷いもなかった。
「イタチが見ていたものは、オレが見ていたものとはまるで違う。イタチが遺していったものを、オレはオレの眼で見ていたい」
兄の眼を奪い、自らの肉体に埋め込むことなど、今のサスケには到底できなかった。
たとえこの先、自分の眼が光を失うことになろうともイタチが命を懸けて遺してくれたこの眼で、すべてを見届けたかった。
「……そうか。なら……」
トビは仮面の奥で少しだけ考え込むような間を置いた。
そして何やら懐から別の怪しい培養ケースのようなものを取り出し、どこかおすすめの商品を紹介するかのような軽いトーンで言った。
「じゃあさ、柱間細胞を移植する?」
「……え?」
サスケはイタチへの切ない思いとシリアスな余韻を一瞬で吹き飛ばされ、思わずトビの方を二度見した。
「いや、これを右半身あたりにちょちょっと植え込むだけでさ。身体エネルギーが超アップするし、怪我の回復もめちゃくちゃ早くなる。なんなら木遁だって使えるようになるかもしれないぞ? デイダラ先輩にも勧めようとしたんだよねぇ」
トビは両手でケースを差し出し、ぐいぐいと勧めてくる。
あまりのゴリ押し感に、サスケは完全に身を一歩引いていた。兄への美しくも悲しい決意を語った直後に、なぜ今、初代火影の細胞を勧められなければならないのか。
サスケの片眉がピクリと跳ね上がり、あからさまに怪訝そうな、ゴミを見るかのような冷ややかな視線をトビに向けた。
「……要らない……」
「えっ、あ、そう……? 要らない? 柱間細胞だよ? 万能だよ?」
「要らないと言っている」
「……あ、うん。そっか。まぁ、お前がそう言うなら、いいんだけどさ……」
白い骨の巨塔の上に、信じられないほど気まずい沈黙が流れた。
風の音だけが虚しくヒューヒューと響き渡る。
トビは差し出したケースをゆっくりと懐にしまい、仮面の位置をちょっと直すなどして、明らかに居心地悪そうにモゾモゾとしている。
サスケは既にトビから興味を失い完全に真顔に戻って再 び月を見上げていた。
「……じゃ、じゃあ、ボクは行きますんで……」
トビはこれ以上ないほどバツが悪そうな引きつった声を残し、いつもよりワンテンポ遅い、どこか元気のない空間の渦の中に吸い込まれて消え去った。
再び、静寂が訪れる。
サスケは一旦全力で辺りを見回した。
その後冷や汗を拭い、深呼吸をして再び月を見上げた。
気を取り直して、もう一度兄へのシリアスな感情を高めようと目を閉じる。
「……イタチ……。オレは、お前の――」
「今ならもう一個ついてくる!!」
「だからやめろォ!!」
サスケが目を開けた瞬間、彼の顔面からわずか5センチの至近距離の空間がグニャリと歪み、そこからトビの仮面がぬっと飛び出してきた。
完全な無警戒から文字通り目の前に空間転移されたサスケは、あまりの恐怖と驚きについ「やめろォ!」を無意識的に発声してしまい、スタイリッシュさの欠片もない派手なポーズで後ろに跳び退いた。
巨獣の肋骨から足を踏み外しそうになり、両腕をグルグルと回して必死にバランスを取る。
「 お前、どこから現れて、何を言っているんだ!?さっきから!!」
「だから柱間細胞だよ! 今ならなんと、もう一個ついてくるんだ! 2パックセット! お得! 右半身だけじゃなくて左半身にも植え込める!」
トビはまたしても空間を歪ませ、今度はサスケの背後の骨の隙間から上半身だけをニョキッと生やして、両手に二つの培養ケースを掲げて迫ってきた。実質、ジャパネットのようなノリである。
「近寄るなァ!! やめろォ!!抱き合わせ販売みたいにするな!!」
「そんなこと言わずにさぁ! 片方お前が使って、もう片方は水月にでもあげればいいじゃん! ほら、ヤマト隊長みたいになれるって!」
「誰だそれは!! 要らないと言っているだろうが!!やめろォ!」
サスケは千鳥を発動する余裕すら奪われ、ただただ迫り来る仮面の不審者に対して、両手を前に出して全力で拒絶のポーズを取るしかなかった。
ヤマトについて、サスケは大蛇丸のアジトで会っているのだが、彼にとってはどうにも影が薄かったようだ。
「……ちぇー、お買い得なのに。じゃあいいよーだ」
トビはあからさまにつまらなそうな声を出す。そしてサスケが次の拒絶を叩きつけようと息を吸い込んだ、まさにその刹那だった。
「――ならば、話は終わりだ」
「……っ!?」
空間の歪みに吸い込まれかけていたトビの声が、突如として地を這うような、恐ろしく低く冷酷な響きへと変貌した。あまりの落差に、サスケは喉を引き攣る感覚を覚える。
「イタチの眼も柱間細胞も拒むか。それがお前の選択なら、オレから言うことはもうない。うちはの復讐者として、その眼がどこまで保つか見せてもらうぞ……サスケ」
仮面の奥から放たれる圧倒的な威圧感。
それは紛れもなく、世界を震撼させる犯罪組織「暁」の黒幕としての、本物の闇のトップのオーラだった。
トビはそのまま冷徹に空間の渦へと消えていき、気配は完全に途絶えた。
残されたサスケは、ガタガタと震える膝を押さえながら、強烈な困惑に襲われていた。
(……な、なんだあいつは……?急に声変わりしやがって……)
つい一秒前まで「2パックセット!お得!」と、まるで安いチラシのノリで迫ってきた男が、一瞬で「うちはの復讐者として……」と重厚な悪のボスに切り替わったのだ。情緒がどうにかなっているとしか思えない。
サスケの脳内は完全にパニックだった。
あまりの切り替わりの早さに、内心で激しく困惑し、ツッコむべきなのかすら分からなくなっている。
「……イタチ……」
もう一度、仕切り直して心の中で兄の名前を呼んでみたものの、脳裏には「お得な2パックセット」の残像と、直後の「暁のボスの声」が交互に再生され、もはや元のシリアスな気持ちに戻ることなど不可能だった。
サスケの万華鏡写輪眼は今、ただただ身近に潜む仮面の男の「二重人格的な恐怖」に対する何とも言えない虚無と困惑の光を静かに宿していた。