ようこそ幼馴染達のいる教室へ   作:〇彪

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いたづらに

 B【高校三年生 四月】

 

 私はしばしば『ギフテッド』を調べる習慣がついている。彼らと出会ったことのある人間はどのくらいいるのだろうか。全人口の2%という統計があるそうだが、それならば100人に二人はギフテッドという事になる。

 

 高校に入学してから自由を手に入れた私はPCや書物から欲しい情報を手に入れた。この高校は優秀な生徒が集まるとの触れ込みで、ホワイトルームの先生や私の両親のススメもあって入学してみたが、分かったことと言えば私は『ギフテッド』には分類されないという事だ。

 

 彼らは周囲と馴染むことを考え、凡人になりすます。

 周囲との違いを一番気にしているのは、たぶん本人たちだ。

 例えばテスト前に「昨日寝ていた」と言う。

 点数が低ければ、それは事実になり、点数が高ければ、嘘になる。

 本当に寝ていたかどうかは、採点されない。

 人は結果を見てから、発言の意味を決める。

 つまりそんな遊びをするほどギフテッドにとって他者との差は退屈なものなのだろう。

 

 【OAA個人評価】

 

 氏名:椿 雪

 学籍番号:S01T004〇〇〇

 誕生日:■月■日

 

 学力    B+(75)

 身体能力  C (50)

 機転思考力 C (50)

 社会貢献性 C-(45)

 

 総合    C (54)

 

 この端末に表示されている数字は私が見よう見まねで作り上げた『椿雪』という人間を表すものだ。

 次に見るのは2年A組の天沢、B組の八神。同じホワイトルーム出身の後輩である一夏や拓也は、なりすまし方法をミスっていると思う。彼らも『ギフテッド』ではない証拠だ。一夏については本気は出していないけど、隠すつもりもないようだし、拓也については学力は隠さず、身体能力は隠す方向で動いたようだ。

 

 目的地へ向かう廊下で、天沢一夏がこちらに手を振っていた。

 

「雪せんぱぁい~!」

 

「……こんにちは」

 

 チラリと顔を見るが、実は私は大事なものはまじまじと見ないようにしている。あまりにも見過ぎてしまうと壊れてしまうかもしれないからだ。

 

「何?不要不急の接触はやめてってこの前釘を刺したばかりだと思うけど」

 

 私たち四人の出自は、公にはなっていない。つまり三年生の廊下に彼女がいて、私に話しかけること自体が違和感であると言える。

 

「いいええ、別に先輩に話があって来たわけじゃないですよ?」

 

 いつからこのニタニタした表情を身に付けたのだろう。

 以前の野外活動で会った時以来、彼女と会うのは高校二年生の時だけだったけれど、その時はまだマシだったはず。やはり五期生から開始したという社会適応授業が要因なのだろうか。

 

「…目的は分かってる。でも、答えは同じだよ」

 

「まぁ、そうなりますよね~」

 

 彼女がここ三年Cクラスを訪れた理由は一つしかないだろう。目的の人物が数日前にAクラスから移籍したばかりなのだから。

 

 今までは直接彼の寮室に張り付くような事をしていたみたいだけど、流石に何度も注意をしたからか弁えるようになってきた。

 

 私は一夏と共に廊下を歩く。

 

「で、どうなんですか?今日の清隆先輩は~?」

 

 誰もいないのか一夏は目的の人物の名前を口にした。

 私は呆れた目を彼女に向ける。

 

「…表でその名前を呼ばないでっていつも言ってるでしょう?」

 

「とは言っても結構バレてますよ?知ってますか?」

 

「それはあなた達が派手に暴れているからだよ…」

 

 一筋縄ではいかないこの学校において、天沢一夏と八神拓也の名前はここ三年生にも耳が届いていた。

 特に宝泉くんを中心に、私たち三年生の龍園くんや石崎くんたちと何度か騒ぎを起こしている。

 一つ下のそのような悪目立ちする後輩は、年上からすると扱いに困る。しかも何となくだが三年生の方が劣勢な気がしていた。武力で堂々とぶつかった場合、宝泉くんの方が強そうに見えるからだ。

 

「でもまぁ、安心してくださいよ。あたしたち二年は、雪先輩には従順ですから」

 

 勢いに乗った二年生からこれほど嫌な感じを受けるとは思わなかった。私たちも去年、三年生からそのように思われていたのだろうか。でも去年も去年で、一年生からの下剋上を狙われているような感覚があった。

 

「あなたが恐れているのは綾小路くんなんじゃなくって?」

 

「そりゃそうですけど、でも桜子ちゃんだって相当のお姉ちゃんっこですからね」

 

「妹があんなにヤンキーみたいになっていたなんて、知らなかったんだけど」

 

「…へぇ、そうなんですね。ヤンキー…」

 

 何かに感心したように納得する一夏。

 顔を見ると『言葉の意味を知らない』か、『あなたがそんな言葉を知っているなんて』のどちらかの顔だ。

 きっと後者だろう。

 

 渡り廊下に入ると、午後の光が眼鏡の縁に当たった。

 一夏の視線が、私の目ではなくレンズの端に寄る。

 それだけで、少しだけ不快になった。

 

「って言うか、今から何しに行くんですか?」

 

 何も聞かずについてきた彼女が私にそんな事を聞いて来た。

 少なくとも三年Cクラスで静かに過ごしている綾小路くんの邪魔をさせなかったのは今日一番のポイント稼ぎという事になるだろう。

 

「……一之瀬さんと、星之宮先生に会いに行くんだよ」

 

 そういうと一夏は目を細める。

 

「へぇ、とうとう進めるつもりなんですね?あたしと拓也だけ、また仲間外れですか?」

 

 すると後輩は襟を正し「ではボディガードはあたしが務めましょう」と言ってくる。

 

 私は少し悩んだ挙句「冷静に考えて、いらないかもしれない」と言った。

 

 呆気にとられる一夏に一つお使いを頼む。

 

「一夏」

 

「はい?」

 

「拓也を、今日は綾小路くんの近くに行かせないで」

 

 一夏の笑顔が、少しだけ消えた。

 

「それ、雪先輩のお願いですか?」

 

「違う」

 

「じゃあ?」

 

「昔の続き」

 

 一夏が珍しく黙り立ち止まる。

 私はその沈黙を置き去りにして、一之瀬帆波との待ち合わせ場所へ向かった。

 

 ◇

 

 B´【十二歳 八月】

 

 沖縄合宿では四人の生徒が自主的に席を選ぶよう指示をされた。

 小学生を受け持つつもりのない私はここに来るまでピアノの演奏でもやらされるのかとビビり倒したが、黒スーツの男に必ず守るようにと言われてその通りにした。

 男は田中と名乗った。恐らく偽名なのではないだろうか。

 一度だけ、八神くんが男を「石田さん」と呼んだ。

 男は返事をしかけて、すぐに咳払いをした。

 

 本来なら三人以上で教育をしているプログラムだそうだが、とある教授からのアドバイスが原因で今回のカリキュラムが決まったそうだ。

 田中と私の二人、更に生徒四人の計六人。ただし、田中は私の監視役だったのだろう。

 田中は、子供たちよりも私を撮っている時間の方が長かった。

 その時は、監督役だからだと思った。

 今なら、少し違う見方もできる。

 あの人は、子供たちだけを撮っていたわけではなかった。

 それを指摘することもできた。

 でも、しなかった。

 高額のアルバイトだったからだ。

 若い教育実習生を選んだのは、カリキュラムの目的が社会性を身に着けることを重視しているからだろう。

 

 ──二日目の昼。

 

 施設内の小さな研修室で地図を配った。

 午後の活動は二人一組で周辺のチェックポイントを回るというもの。

 私は五人分用意された『旅のしおり』に補足された内容を説明した。

 

「はい、では皆、『好きな相手』と組んでくださいね」

 

 小学生相手なら、優しい先生っぽくしておけばいい。

 そんな雑な偏見で、私は声を一段明るくした。

 それでも少しは母性のようなものが出たのだから、人間は単純だ。

 

 言ってから目の前の四人を見た。

 こんな子供がいるのだろうかと言う感想。

 その中でも比較的表情が豊かな八神くんが手を挙げる。

 

「僕は清隆と組みたい」

 

「八神くんは綾小路くんとなんだね、うんうん」

 

 マニュアル通りに話を進める。

 

「ええと、理由を教えてもらえるかな?」

 

 すると彼は間髪入れずに答えた。

 

「一番目的に対して無駄がないからです。目標はチェックポイントを回る事、でしょう?」

 

 目標は伝えてるがカリキュラムの目的までは教えていない。

 綾小路くんは一日目の身体測定、二日目午前の学力測定でもパーフェクトをたたき出した男の子だ。

 どんな教え方をすればこの年で高校レベルの問いを答えられるのか。

 英才教育と聞いて、私は金持ちの習い事くらいに思っていた。

 違った。

 あの子たちは、十二歳の顔をした別の何かだった。

 

 天沢ちゃんが口角を上げた。

 

「じゃああたしは雪ちゃんとだね」

 

 と、隣にいる女の子に目を向ける。

 

「そう?ちなみに、理由はなにかな?」

 

「消去法かな」

 

 なるほど。

 誰もが分かりやすく、納得のいく答え。

 しかし、と私は『旅のしおり』の下部に赤文字で書かれた内容を確認した。

 

「…消去法、だけだと不十分かも。他に理由を教えてもらえる?」

 

 通常、十一歳という年でここまでの答えを求めるなんて酷かと思われた。しかし天沢ちゃんはすぐに回答する。

 

「えっとぉ、順位を競う競技じゃないからかな。それならまだ組んだことのない、清隆か雪と組みたい。拓也ばかりと一緒だったから。で、清隆は拓也に取られちゃったから、雪を選んだの」

 

 流石だ。と思う。

 論理的に何を選択し、どう伝えるかを既に学んでいる。

 それに比べて一つ年上の二人。

 彼らはまだ何を考えているのか分からない。

 身体測定、学力測定では頭一つ抜き出ていた綾小路くんと椿ちゃん。だが、自己主張は天沢ちゃんや八神くんと比べて少ないのかもしれない。

 

「分かった。じゃあ、椿ちゃんは?どうする?」

 

 椿ちゃんは少し考えてから答えた。

 私はその時、引っ込み思案な子なのだと思った。

 

「私は地図が読める人なら誰でも良いです」

 

 と、そう答える。

 

「うん、そうだね、地図が読めないと課題がクリア出来ないもんね」と言い、「誰でも良いってことかな?」と聞く。

 

「誰でもいいわけではありません。地図が読める人なら、条件は満たします」

 

 その答えを聞いて私は分かったふりをして頷いた。

 

 こういう場面でも優秀者は特別な見方をされるのかもしれない。

 そう考えるのが、一番楽だった。

 

 私は子供らの後ろでカメラを構える黒スーツからOKを貰うと綾小路くんに聞いた。

 

「綾小路くんはどうかな?」

 

 すると彼は少し考える素振りをした。

 

「誰かを選ばなければならないのなら、一夏を選ぶ」

 

 黒スーツを見ると、彼は少し驚いていた。

 顔を振っている。

 思うに、何も聞くなという事かもしれない。

 

 カリキュラムの目的を私は聞いているが、運営主体の目的や目標とは違うのだろう。

 綾小路くんについては、ここまで全くと言っていいほど直接的な指示を受けなかった。

 

 だが私は聞いてしまった。

 それをするのが公平だと思ったからだ。

 

「そう。八神くんが既にキミを指名しているのに、なんで一夏ちゃんなのかな?」

 

「……分からない。だが、誰かと物事を進める上で重要なのは、反対意見だと思っているからだ」

 

 大人の私でも理解するのに数秒は要した。

 

 私は顔を振る黒スーツを前に、彼に興味が出てしまう。

 

「反対意見を言いそうなのが、天沢ちゃんだと思っているってこと?その根拠は何?」

 

「今のやり取りを聞いたからだ。ボクの考えていることと違う意見を言った。ボクなら消去法で選ばない。簡単な選択肢ほど疑わなければならない」

 

 続きはなかった。

 なぜ簡単な選択肢ほど疑うのか。

 それは彼を形成する哲学なのだろうという事は分かる。

 

 私は男に目配せし、少しすまないと思う。

 

「そう、それなら…どうしよっか…?」

 

 と、四人を見回すことが精いっぱいだった。

 

 天沢ちゃんが隣にいる綾小路くんの方にそっと距離を詰めた。

 椿ちゃんの持っていた地図の端だけが少し折れていた。

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