自称ヨーロッパの父 with よわよわ坂柳   作:ミツヒコ

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よわよわとは






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孤独な少女へ、彼方からの贈り物を

 

 坂柳有栖は疑問符を浮かべていた。

 それはシャルルに関することではない。確かに色々と聞きたいことはあるし、知りたいことは山ほどある。だが、少しだけ別のことに思考が向いていた。

 

 それは入学式が終わった後のこと。時間が余っていた有栖は、学校探検をしたがっていた愛らしい少年と共に他クラスを覗いたのである。そこで目にした光景が、彼女の頭に幾つかの疑問を生み出した。

 クラスのメンバーというのは、進学やスポーツに特化しているような場合を除き、教員にとってやり易いように分けられるのが定石だ。ピアノが弾ける人間を入れるだとか、仲の悪い生徒達を同じクラスに入れないだとか、そういう分け方をされるのだという話を聞いたことがあった。

 

 Aクラスは見るからに優等生の集まり。有栖の所属しているBクラスも、Aクラスとは少しばかり系統が違うものの、基本的には問題のなさそうな生徒が集まっている。そこまでなら、成績優秀で品行方正な生徒が集められた噂通りの名門校だと納得できただろう。疑問を抱くことなどなかったはずだ。

 しかし、Cクラスからは明らかに雰囲気が違った。人は見かけによらない。そんな言葉もあるとはいえ、判断材料とするには一番手っ取り早いモノであるのは間違いない。全員が全員というわけではないが、ガラの悪い不良のような面々がズラリと並ぶCクラス。

 Cクラスと比べると荒々しい雰囲気こそ薄いものの、態度や振る舞いが既に良くないDクラス。両クラス共に、お世辞にも学力が高いとは思えなかった。入学試験をストレートに突破できる人間も半分いるかいないか。それより大幅に下でも不思議ではないというのが、有栖の見立てだ。

 仮にCとDがスポーツ特待生のようなクラスだとしても、問題行動を起こしそうな面子を大勢囲い込むのは、学校を運営する上でリスクが大き過ぎる。揉み消すにしても限度はあるし、公表されれば評判はダダ下がりだ。

 

 入学試験というのは大した意味がなく、何らかの基準で選ばれた人間が入学している。その中でも成績か能力に応じて、上から順に割り振っている。身体能力と学力を数値化した合計点。或いはそれらに加えて、集団行動を行う上で必要な協調性や人間性といった面も考慮したクラス分け。更に加えるとすれば、問題行動の有無ぐらいだろうか。

 何れにせよ、そのようなシステムによって不良は分散されることなく集まってしまい、優秀な生徒もAとBに集まってしまっている。まるで偏差値が三十近く離れている学校を一つにしてしまったような、歪な学年が生まれてしまった原因。

 有栖の天才的な頭脳が入学から数時間で導き出したこの解答は、実際のところ間違っていなかった。性格の悪い教師がどうにか部分点を削ろうとしても、九割は取れる精度だ。

 

 そうやって色々と考えたが、彼女はその隠されたシステムに文句などない。色々と騙されていそうなことも、自分が最優秀と評価されていないことも。前者に関しては少しばかり父親に言いたいこともあるが、後者は仕方ない部分がある。先天性の病の影響であるとはいえ、杖がなければ歩き回れない人間だ。総合的に評価されれば、大きくマイナスされてしまうのは当然の話。

 納得した上で、感謝していた。今の彼女にとっての最優先事項は一つだけ。春風のような少年の近くにいることである。

 

 隣の席に座っている彼の顔を見つめ、頬を緩ませた。真面目に先生の話を聞きながら、時々眉間に皺を寄せてウンウンと唸っているシャルル。出会い頭のカッコ良い王子様のような振る舞いと、現在の学生らしい姿のギャップで悶えそうになるのを堪えていた。

 

「はぁ……」

 

 段々と赤みが増していく顔から、熱を抜く為に息を吐く。あまりにも甘美な毒だ。思考も感情も塗り潰されているのに、抵抗しようという意思すら湧いてこない。それでも危ないと思えない。現状を受け入れてしまっている自分に対し、何とも思わない。

 

 初っ端で転倒したのを周りに見られ、その後にお姫様抱っこされているのを目撃された。それは正直なところ、アピールには丁度良いとすら思っている。十二シャルルの側には既に女子がいる。それを周りに示すだけでも、十二分に価値のある時間だった。

 一つだけいただけなかったのは、保健室で保健医……担任である星之宮にニヤニヤされたことだろう。何を知った気になっているのか。彼と自分の間に結ばれている縁をこれっぽっちも理解していないというのに。

 

 そうやってボーッと眺めていた横顔が、唐突に動いた。

 

「なぁ、坂柳」

 

 約九十度。有栖の方に向いてピタッと止まり、その青い瞳が彼女の顔を捉える。

 

「ふぇっ!?」

 

 良い声。良い顔。それも坂柳有栖という一個人に対して、他に類を見ないレベルの特攻が刺さっている。瞬時に赤面した上、喉からは抑える間もなく変な声が飛び出してきた。

 当然、周りの視線は二人の方に集まる。有栖の惚けた頭では適当な言い訳を捻り出すこともできず、とりあえず謝罪の言葉を口に出そうとした矢先、シャルルが自身の喉のあたりをペチペチと叩いた。

 

「あ、あ゛〜。え゛ん゛!喉の調子が変みたいだ。気にしないでくれ」

 

 わざとらしい発声と、これまたわざとらしい咳払い。それで納得している人間もあまりいなさそうだったが、わざわざ指摘してくる人間もいなかった。保健室に到着した時と同様、星之宮がほんの少し笑みを浮かべるだけ。

 有栖は顔を俯かせ、プルプルと震えた。恥ずかしい姿を見られてしまったことに加え、妙な声に関しても庇われてしまったのだ。そこらの男子生徒相手であれば、貸し借りの話に持ち込んで手駒にしようと考えただろう。しかしながら、彼女はシャルルとの間に上下関係は求めていない。ペコペコと頭を下げ、媚びへつらう彼の姿も決して悪くはないのだが、どうにも有栖の解釈とは一致しなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 どうにか、いつものような笑顔を作って感謝の言葉を絞り出した。

 

「いや、俺が悪かった。突然はびっくりするよな」

「はい、シャルル君はもう少し自覚を持った方が良いです」

「自覚?」

 

 お顔が良い自覚を持ってください。等々、面と向かって言えるはずがない。キョトンとしているのも愛らしく、写真にでも収めておきたいぐらいだったが、一応はホームルームの真っ最中。内緒話も本来は良くないのだ。端末を握る手をもう片方の手で抑えつつ、有栖は強引に話を元に戻した。

 

「それで、どうかしましたか?」

「十万ポイントって、多分最初だけだよな」

「はい?」

 

 彼女も疑問には思っていた。一円を一ポイントで換算するのであれば、あまりにも現実的ではない。

 十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人。高校卒業後に一位指名された天才高校生が、鳴かず飛ばずで引退というのもよくある話。どれだけ優秀な生徒が集められているにしても、まだどう転ぶか分からない十五の学生。有栖の考えるクラス分けが確実ならば、AとBはともかくとして、CとDへの投資はあまりにも大博打だ。

 

「どうしてそう思ったんですか?」

「星之宮先生が言い切ってなかったってのもあるけど、それ以前におかしいだろ。いくら国立で名門だっていっても、十代の学生一人の小遣いに年間で百万以上出すとは思えない」

 

 小遣いだけで月十万。寮の光熱費などを考慮に入れると、学校全体でどれだけの紙幣が吹き飛ぶのか分からない。そこまでの価値がある生徒自体はいるかもしれないが、全員が全員そうではない。

 優秀な頭脳が思考を加速させていく一方で、シャルルはあまり深く考えていないらしい。そもそも、大して興味もないのだろう。視線を教卓の方へ完全に戻して、指先でシャーペンをくるりくるりと回している。

 

「まぁ、最初は色々と買うから多めに渡してくれたのかもしれないな。初回ログインボーナスって感じでさ。騙し討ちってのはカッコ悪いけど、甘い話に騙されないってのも必要なスキルだもんな」

 

 コソコソと話している二人(とはいえ、二人とも声は通り易い)の方へ、教師の視線が突き刺さっていた。それは彼らが喋っていることに対する注意の意味合いもあったのかもしれないが、有栖にはそう思えなかった。

 怪訝。不可解。不気味なモノを前にした時に表出する、恐怖に近しい感情。それと同時に表れるのは、期待や渇望。単なる優秀な生徒に対する視線ではない。

 間違いなく、クラス分けとは別の部分で隠しているモノがある。それはポイントに関連する何か。切れ者の少女が勘付くには十分な情報だった。

 

「説明はこれぐらいかな。何か質問はある?」

 

 手を挙げても良い。それで反応を見るだけでも価値はある。ただ、流石の有栖も推測の部分が多過ぎる話を出す自信はない。あやふやな部分を突かれれば、相手のペースに持ち込まれてしまう。全員が初対面の場において、議論を仕掛けて負けたというイメージがつくのは避けたいところだった。

 ベストな動きとしては、推論を情報で補強した上で、何かしらのメリットを生み出せそうな交渉の場を設けること。もし有栖の考えが学校の隠したい要素であるならば、それをネタに強請ることもできなくはないだろう。シャルルには見せられない類の笑みを浮かべながら、有栖は行儀良く座っているだけだった。

 

「じゃあ、今日はこれで終わりね。解さ」

「待ってくれ、星之宮先生」

 

 誰よりも先に、自身が紡いでいた言葉よりも先に出て行こうとする担任を良い声で止め、シャルルがスッと立ち上がった。クラス全員視認こそできていたものの、その後の動きはあまりにも素早い。パルクールのような動きでカッコ良くクラスメイトや机を飛び越えると、教卓の前で鮮やかな着地を決めた。所謂、スーパーヒーロー着地というやつである。一部生徒は驚嘆の声と共に拍手を送った。

 

「アンタを含めた皆でやりたいことがあるんだ。先生の時間ってのも、このポイントで買えるのかい?」

「……買えるけど、何に使うかにもよるかな」

 

 緩い雰囲気がピタリと止まり、声色が僅かに変わった。彼の動きに視界と思考の大半が支配されている有栖であっても、見逃さないぐらい明確に。

 クラスメイトも数名、シャルルの言葉にハッとさせられていた。買えるのは物だけではない。それに気づいて考え込む生徒もいれば、感心するだけで終わる生徒もいる。ただ、本人にそこまでの考えはなかったのか、或いは割とどうでも良い話なのか、そこまで含んでいる様子はない。

 

「先生もクラスの一員として、参加する義務があるアレだ」

「レクリエーションでもするの?」

「伝言ゲームとかするのも良いかもな。仲を深めるにはピッタリだ。でも違う」

 

 チッチッとわざとらしく指を振り、少年は不敵な笑みを浮かべた。

 

「学校初日といえば、自己紹介だろ!」

 

 右手を突き上げる姿は妙に様になっている。特撮作品であれば、後ろで色とりどりの爆発が起こっていてもおかしくはない。

 陽気なクラスメイト達は口々に賛成意見を口に出し、あまり乗り気ではなさそうな生徒も面と向かって拒否はしない。有無を言わさず従えたというよりも「コイツが言ったなら、やるのは当然だろう」という雰囲気ができてしまっていた。まだ知り合ってもいないような相手が、そういう判断を下していた。

 

「それぐらいなら、今回は初回無料ってことで良いよ〜。ただ、私はさっき自己紹介しちゃったしなぁ」

「生徒の趣味嗜好を把握した方が、アンタも色々とやり易いだろ?座ってるだけで良いさ」

 

 ささ、どーぞ。そう言って、シャルルは自分の椅子を差し出した。必然的に隣の席は有栖となる。よろしくね〜などと人懐っこい笑みを見せてくる担任に対し、少女の目は湿度を高めていく。

 星之宮が特別扱いされているようで気に食わない。言葉で言い表すなら、その程度の嫉妬心である。若干の苛立ちはあるものの、それで喧嘩を始めるような狭量な人間でもない。有栖はどうにか隣人に笑みを返し、愛しの王子様へと目を向けた。

 

「なら、五十音順で〜と言いたいところだけど、ここは」

「当然、最初に言い出した俺だな!」

 

 先生の言葉を平然と遮ったものの、それは空気が読めないだとか、変に目立ちたがっているというのは少し違う。ごくごく自然な形で、彼女から場の空気を完全に引き継いでいた。彼女が場を掌握していたのは、学校の中では常に上位になる教員という立場にあるから。たったそれだけのこと。

 しかし、シャルルは違う。容姿が良いという要素はあるものの、今はまだ単なる新入生の一人でしかない。威圧感のある風貌でもなければ、歩くだけで色香を漂わせることもないのだ。単なる好青年が怒声や圧力を用いることなく、平然と空間を支配してしまっている。

 

 人は生まれながらにして、そのポテンシャルが決まっている。そう考えている有栖だからこそ、十二シャルルに備わっている才能を即座に理解できた。それは頭脳や身体能力とは別の才覚。誰もが欲しがるモノではないとしても、誰かが持っていなければならないモノ。彼が保有しているのは、類い稀なるリーダーシップ。カリスマと呼ぶべきかもしれない。

 

 暴力や謀略を用いた恐怖によって、強制的に他者を隷属させるのではない。遅れている者を掬い上げ、仲良しこよしで手を繋いで並んでゴールするのを目指す異常な優しさでもない。圧倒的な実力の差を見せつけ、従属の道を選ばせるわけでもない。

 

 支配者や独裁者、悪平等。そういったモノとは明確に異なる存在。率先して皆の前を走り、その背中で率いる者。

 自分の走っている道は間違っていないのだと信じ、折れず、悩まない。そうやって前を走っている人間がいるならば、それに追従する人間は生まれる。彼はきっと正しいのだ。そう思わされてしまうから。最初は正しくない道でも、何人も通れば正道へと変わっていく。正しくしてしまう強さがあるのだ。そう考える者が一人、また一人と増えていき、勝手に輪が広がっていく。

 シャルルマーニュと名乗っていた少年が持ち合わせているのは、間違いなくヨーロッパの父に類するだけのカリスマだ。伝説同様に十二勇士を率いるに足る存在なのかはまだ判別が付かないが、現状でも十分に異常なレベルだと言えるだろう。

 

 一般的な高校生程度であっても、思春期真っ只中の反骨精神旺盛な年頃だ。比較的温和な生徒が集められているからといって、こうも簡単に場を掌握してしまうのは異質極まりない。

 それを可能にしてしまうのは、生まれながらに独特の存在感を振り撒いているから。その整った容姿を抜きにして、他人の視線を集める魅力があるのだ。それは他者が容易に模倣できるモノではない。彼にしかない、彼だけのモノ。数値では決して測れないながらも、誰もが理解できてしまう才能。少しだけ隣にいられた有栖だからこそ、周りよりも少しだけ早く噛み締められる。

 

 十二シャルルは紛れもない天才なのだ。

 

 それが途轍もなく嬉しくて、有栖は顔を綻ばせた。天才である自分と同等かそれ以上の存在。そして、決して作られることがない類の天賦の才。自分と同類であり、自分の考えを補強してくれる少年が目の前に現れたのだから。

 改めて、思う。この出会いが運命でないのであれば、一体何が運命と呼ばれるのか。決して偶然の産物ではない。自分達は引かれ合ったのだ。そして、自分は惹かれたのだ。

 

 私はこの人に会う為にこの時代に生まれた。

 私はこの人を支える為にこの頭脳を与えられた。

 私ならこの人を玉座へと導ける。

 

「俺の名前は十二シャルル。好きなモノはカッコ良いこと。逆に嫌いなモノはカッコ悪いこと。気軽にシャルルって呼んでくれ!」

 

 爽やかな風が吹き抜ける教室の一角で、何処までも純粋で歪な愛執が生まれた。






・聖騎士帝
英霊シャルルマーニュが保有している称号スキル。その一部には絶大なカリスマも含まれているが、このシャルルは十全に発揮できていない。
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