「They are mercenary」
ヴァントーズ第三地区。
連邦政府が誇る、世界最大級の都市圏。
ここでは高層ビルやホテルが建ち並び、道路や線路は複雑に絡み合っている
快晴。ビルの屋上。手すりにもたれる白髪の男は双眼鏡をゆっくりと取り出した。
「今六月だぜ?去年はあんな意味分からん雨が降ったのにさあ」
続けて独り言。
「あっつ...」
近年は異常気象が続いている。昨年はゲリラ豪雨まみれの湿気った一年だったが、今年は太陽が暴れている。
どちらにせよたまったもんじゃない。
眼下では昼の雑踏が流れている。
道路を挟んで奥の歩道。人々は忙しなく行き交い、その中を一人の男が足早に歩いていた。
「こんなあっついのに」
男の口元がわずかに緩む。
「サングラスにマスクなんかかけちゃってさ」
腰のベルトに付けておいた通信機を取り出し、短く呼びかける。
「賞金首いたよ」
少しの間を置いて、低い男の声が返る。
『ほんとか?』
「まじまじ、場所も想定内、やたら怪しい服装で情報通り左足を怪我していそうな歩き方....」
「人違いだったらびびっちまうね」
『早いな。流石は俺らの誇る斥候だ』
「ふっ...」
ひとりでにドヤ顔をした男__トビー・ヴァレンスは双眼鏡を首にぶら下げたまま、視線を獲物から外さない。
「たしかケツアゴなんだろ?顔は特徴的だし、結局はマスクの中次第だな....」
「ま、最悪人違いでも俺の顔見られなきゃなんとかなるさ」
『お前な』
「ちゃんと仮面は持ってきたよ?ひょっとこのやつね」
『...この際いい、どの辺りだ?』
「トラックをポイントEの...五あたりに回してくれ」
『了解。』
その時だった。
ドォンッ――!!
街の向こうで爆炎が噴き上がる。
数秒遅れて衝撃音が街を震わせ、ビルの窓ガラスが細かく鳴った。
民衆がどよめく。
トビーは音のした方をちらりと見る。
「...なんだ、また抗争か?」
『今の爆発音は?』
「遠いとこだよ。多分企業」
通信越しに小さくため息が聞こえた。
『最近多いな』
「だよなぁ……」
トビーは肩をすくめる。
企業同士の衝突か、武装組織の小競り合いか。
この街では珍しい話ではない。
民衆は武装し、自分の身は自分で守らなければならない。
トビーもその一人だった。
「なんというか間が悪すぎるな」
賞金首がこちらに気付く前に距離を詰める。それが優先だ。
肝心の賞金首は爆発のせいで既に駆け出している。
.(...さて)
トビーはビルの縁へ歩み寄ると、迷いなく踏み出した。
身体が宙へ躍る。
数階分を一気に落下し、向かいの建物の屋上へ軽やかに着地する。
衝撃を前転で流し、そのまま走る。
距離は...
「目測で大体300m以上はあるか」
「ま、いけるべ」
トビーは通信機に向かって言う。
「D、できるだけ急いでくれよ?」
『お前こそ取りこぼすなよ、トビー』
「言われなくても」
口角を上げる。
次の瞬間、トビーの姿が弾かれたように“加速“した。
一歩。
二歩。
三歩目には、屋上からその姿が消えていた。
風が心地良い。
屋上を蹴ったトビーの身体は、目にもとまらぬ速さで進んでいく。
この世界の人々はほとんどの場合「異能」を持っている。それは炎を出したり、割り箸を綺麗に割れる等様々だ。
身体機能の一部という説が一般だが、それでは説明できないものがほとんど。地球は球体だ!みたいな不確定の説である。
※地球は球体です
トビーの場合は....
異能――《加速》。
極めて単純。文字通り速度を加える。
加速可能な動きは直線運動に限るが、今この場において大した支障はない。
屋上から屋上へ駆けるトビーの速さは一瞬のうちにぐんぐん上がっていく。
文字通り『加速』なのだから、その速さは時が経つにつれ青天井に増していくのだ。
壁を蹴れば弾丸のように跳び、平地を走れば車はおろか電車や新幹線すら置き去りにする。
生身の身体が無事でいられるかは別だが、産まれ持った自分の能力だ。多少なりとも耐性はできる。炎を扱う異能なら熱に耐性ができるし、音に関する異能なら耳が良かったり、人によっては絶対音感だったり。
トビーの場合、それは加速によって生じる重力への耐性と、物理的に耐えうる少しだけ頑丈な体だった。
ただ、発動したのは2秒ほど。トビーはすぐに異能を切る。
ちらりと標的を確認。まだあそこか...
慣性でしばらくは突っ込んでいくので足にのみ『加速』を適応。
世界で一番早い男、ウサイン・ボルトもよくやる「流し」だ。加速は失われて体は徐々に減速していく
トビーは屋上の縁を踏み切る。
そのまま垂直のビル壁へ。
靴底が外壁を叩く。
タッタッタッッ
慣性を殺しつつ壁面を駆け下り、窓枠や室外機を足場に次々と飛び移る。
最後は電柱ほどの高さから身をひねり、路地裏へ滑り込むように着地した。スパイダーな男よろしくヒーロー着地だ。
片手をつき、膝を軽く曲げ、衝撃を受け流す。
「....膝痛え」
余談だが、アレだと体に悪いらしい
「……いた」
路地の出口。
賞金首は爆発の騒ぎに乗じ、人混みへ逃げ込もうとしている。
大通りでは悲鳴が飛び交い、人々が爆発とは逆方向へ一斉に流れ始めていた。
煙を見上げる者。
スマートフォンを構える者。
逃げ惑う者。
街は一瞬で混乱に包まれていく。
「……うわ」
トビーは気怠げな表情をする。
視界を人波が遮る。
だが、その姿を見失うことはない。
大通りと向こうに見える獲物だけを見据え、呼吸を整える。
「逃がすかよ」
地面を蹴った。
人混みの隙間を縫うように、トビーは一直線に大通りへと突撃した。
路地から影が飛び出す。歩道と車道を一瞬で通りすぎれば人混みなんて関係ない。
加速で歩道を突破し、車道にさしかかる直前に、右斜め前、二時の方向から車。トビーは飛び上がる。
丁度足下に来た車を足場に更なる大ジャンプ。
前方へ飛んでいき、車道をひとっ飛び、いやふたっ飛びで超えた。
「軽自動車で助かったッッ...と」
向こう側に着地。
「...やべ!」
人混みに紛れたか、逃げ出したか。
男の姿は見えなくなっていた。
___路地裏
「はぁ....はぁ....」
「...ふーっ」
男は息を荒げているが、落ち着いたようだ。
「あの屋上のヤツ...確実に俺に目を付けてたな」
帽子とサングラスを取ると、獣人特有の耳が飛び出す。オオカミ...?
「反射でバレバレだぜ....」
「マジでか」
後ずさり。目を声の方向に向ける。
そこにいたのは...腕を組んで壁にもたれているひょっとこの仮面。
表通りの後光で少し眩しい。
「わざわざここに来るんならお前で間違い無さそうだな」
「ぐ...」
後ずさり。しかしひょっとこの男も一歩。
「おいおい、この距離で逃げられると思ってんのか?」
声が少し笑っている。
(...多少なりとも、油断が見える)
獣人は腰に手をかける。
勘付くトビー。
携帯していたナイフを投げようとするも間に合わず、
「若いな!!」
煙が溢れる。スモークグレネードだ。
咳き込むトビー。
「くっそ!」
異能で前方へ加速
(この俺がこんなガキに捕まってたまるかよォ~!!)
獣人が駆け出したその時
ガシッッ
十字路に出た途端、力強く腕を捕まれる
「ん」
思わず目線を向けようもするも
ドゴォ!!
その前に地面に叩きつけられた。
獣人を掴んだガッチガチのアーマー。全身を鎧のような防護スーツで覆ったゴッツい大男はため息をついた。
右を見ながら
「危なかったな、ト」
声をかけようとした瞬間、目の前を猛烈な速度で横切る物体が見えた
(...ひょっとこ?)
衝突音。
「....」
頭から足先までアーマーで包んだこの男。名はDという。表情は見えないが、どこかあきれた様子が伝わってくる。
獣人を縄で結びながらも話す。
「ま、話はあとだ。捕まえられた訳だしな。トラックに積んで帰るぞ、トビー」
ゴミ箱に頭から突っ込んだトビーは返す
「ありがと、D。ついでに取ってくれない?」
「自分で抜け出せるだろ」
「けっ。」
ゴミ箱からよじでる。
「あー汚な...」
路地裏には荒らされたゴミ箱とアスファルトの亀裂だけが残った。
歩道。
縄で縛った獣人をトビーとDは軽トラックの荷台に積み込む。
「ついでにマスクも外しとくか」
「確かに顔はまじまじと見てなかったな」
額が腫れ上がっている。
獣人のマスクを外すD。
トビーは覗き込む。
「この傷とケツアゴ....間違いないね」
黙るD
「....難儀なもんだ」
「何が?」
「コイツがどう思ってるか知らんが。これじゃ外出するのも一苦労だろう」
マスクをそっと付けてやった。
軽い人物・設定紹介
『トビー・ヴァレンス』
個人運営の傭兵組織所属。
異能『加速』による圧倒的な速さが強み。チーム内ではよく追跡、潜入任務などを担当する。
いつも閃光弾と数本のナイフ、短剣を二つ持ち合わせているが、今回は使う機会が無かった。
『D』
全身をアーマーで包んだ男。大柄で2mはある...がアーマーでかさ増ししている部分もあるので実際の身長は分からず。
寝ているときも、運転中も、食事中もアーマーを外さない。素顔を見た者は比喩でも何でも無く本当にいないという。
食事の際は口周りのアーマーがずれ、稀に口が見える。
『ケイ・ラウンド』
捕まえられた狼の獣人。
ケツアゴ。
賞金首であり、逃げている身だが、半分誤解である。
もう半分は妥当。
経緯は単純。彼は傷とケツアゴを隠すために顔を隠して外出する。狼の獣人であり、反社的な怖い雰囲気があるのでよく誤解されている。
実際、スリや盗みなどの軽犯罪をばれずに積み重ねていた悪人ではある。
ただ、いつものように盗みをした後、事情聴取を受ける。スリとは関係なく格好が怪しいために事情聴取をされたのだが、本人視点だとスリがばれたようにしか思えない。
逃亡。当然、追われるが、獣人の身体能力でなんとか逃げ切る。
その際顔を見られる。それ自体問題ではあるが、もっと大きな問題があった。
それはケツアゴの付いた彼は現在追われている極悪人(ケツアゴが特徴的)の顔にそっくりだったこと。
逃げているうちに、知らない事件の犯人として扱われていた。
ケツアゴによって彼は賞金首になってしまったのだ。