ラノベ転生 ―底辺社畜、昔好きだったラノベの世界に転生するも転生先は暗黒系鬱ラノベの世界だった件。せっかくなので鬱フラグをへし折って殺されるはずだった女の子たちを助けます― 作:哀原正十
結果から言うと朝宮ハルカは死んだ。
回復魔法という都合のいいものがこの世界にない訳じゃない。ただ、その回復魔法の使い手が到着するまで朝宮ハルカが持たなかったというそれだけの話だ。ただそれだけの話。
それだけに救いは鏖殺されていた。僕はこの世界に来てから最大のショックにゲロを吐きそうな思いを堪えながら学園への帰路を辿った。
光津キョウに話しかけることは出来なかった。出来ようはずがなかった。朝宮ハルカが死んだのは僕のせいなのだから。合わせる顔なんてあるはずがなかった。
学園に到着する。全体としては死傷者は少なく、生徒たちも凱旋ムードに包まれていた。だが、僕はそんな明るい気分にはなれなかった。
自分のせいで物語のヒロインが死んだ。
その事実をどのように受け止めればいいのか、まだ答えが出ていなかった。
戦闘後の1週間の休息期間のある日の出来事。
「アキラ、最近元気ないわよ」
それはある日の朝。自室での出来事だった。
キサラちゃんに元気がないと言われて、僕は自分が自分の想像以上に落ち込んでいることに気が付いた。
「そんなに、元気なさそうに見える?」
「見えるわ。何か酷く後悔している感じ」
鋭くこちらの不調に勘づくキサラちゃん。余程自分が不甲斐ない体たらくを晒していたのだろう。僕はため息をついて、一つキサラちゃんに尋ねてみた。
「ねぇ、キサラちゃん」
「なに、アキラ」
「君の目から見て僕は以前と変わったように見えるかい」
それは何気ない質問。ふと気になっただけ。転生前と後で闇蔵アキラはどう変わったのか。それを客観的に最も正確に判断できるであろう人物に尋ねてみたくなっただけ。
果たしてキサラちゃんは明確に答えを返してくれた。
「ええ、随分と変わったわ」
「へぇ、それはどんな風に」
「以前よりずっと柔らかく、そして優しくなったわ」
「――」
予想外の返答に黙り込む僕にキサラちゃんは続ける。
「以前のアキラはね、何というか物腰が柔らかいようでいて鋭い刃物を背に隠しているような、そんな危うい怖さがあったわ。私のただの気のせいかもしれないけどね。そう感じていたの」
「それは」
おそらく正解だ。以前の闇蔵アキラはキサラちゃんのことなどたまたま同室になったやや有望な女生徒くらいにしか思っていなかったはずだ。そして、己の野望以外興味などなかったはずだ。さぞや冷たい感情をキサラちゃんに、いや、他の生徒に対して抱いていたことだろう。
隠しているのが鋭い刃物どころではないことだけが違いか。またしても絶句し黙り込む僕にキサラちゃんは謝る。
「失礼なこといってごめんなさい。でも、それが正直な感想で、印象よ。その印象が変わったのは」
キサラちゃんは僕の胸に手を当てる。そして柔らかく微笑んだ。
「あなたが私の命を助けてくれた日。その日の朝からよ」
そう言った。
「……そうなんだ」
「ええ。気が動転してるのか変な事ばかり言って、本当に頭がおかしくなったのかと思ったけど、不思議と怖さがなくなったの。そしてその変化の確信を得たのが」
「命を助けたあの出来事、って訳か」
「ええ」
キサラちゃんはゆっくり頷いて、その金色の髪を揺らした。
「正直ね、以前のあなたならあの瞬間私を助けなかったと思うの。何となくそんな気がする。何らかの意図があって力を隠していたんでしょ? 力を晒してまで私を助けるメリットとデメリットを天秤にかけて結局助けない。そんな選択肢を選んだ気がするわ」
「キサラちゃん鋭すぎ」
「え?」
「あ、いや」
あんまり鋭いのでつい本音が零れ出てしまった。あれこれと誤魔化す僕にキサラちゃんはため息をつき、
「……そういうユニークな所も前にはなかった所ね」
「そ、そうかな」
「そうよ。でね、私を助けたその日から私にはあなたが変わったように見えた。それもいい方に、ね。それが私の正直な印象」
「そっか……」
……自分でも実感が持てない内に闇蔵アキラという人間は随分変わっていたらしい。そのことを教えてくれたキサラちゃんに僕は素直に礼を言う。
「ありがとう。キサラちゃん。何だか自分のことがよく分かった気がするよ」
「そう? それなら良かったわ。少しは恩が返せたかしら」
「うん。恩だなんて思わなくていいけどね。前も言ったけど好きでやったことだし」
「っ!」
何故か慌てるキサラちゃん。その姿を不思議に思いながら、心中で冷たい言葉を付け足す。
(結局そのせいでハルカちゃんは死んじゃったしね)
「ほ、他に私に聞きたいことはないの。今なら何でも答えて上げるわよ」
「ないよ。ありがとキサラちゃん」
「あ、そう……」
残念そうな表情をするキサラちゃん。余程恩を返したいらしい。そんなのいいのに。思いながら、僕は思考する。
(……キサラちゃんを助けたのはやっぱりいいことだと思う。でも、そのせいでハルカちゃんは死んだ……一体、何が正解で、何が間違いなんだろう。分からない。まだ答えは出ないな……)
「もう気は済んだ?」
「うん。少しは気が楽になった」
「少し、か。……悩み、晴れるといいわね」
「そうだね。ただ、晴れるにはもうちょっと時間がかかりそうだ。もうしばらく悩んでみるよ」
「そう。また聞きたいことがあればいつでも言ってね。何でも答えるわ」
「うん。ありがとう。キサラちゃん」
キサラちゃんは笑顔で答えた。ドキリとする程魅力的な笑顔。僕は視線を逸らして、何も見なかったことにした。
(……まだ答えは出ない。少し散歩してくるか)
「ごめん。少し散歩してくる」
「うん。いってらっしゃい。いい気晴らしになるといいわね」
僕は散歩に出かける。行先は決まっていない。