猫カフェの扉を開けると、優しいコーヒーの香りと、のんびりした空気が二人を迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
店員さんに案内され、奥のソファ席へ座る。
店内では思い思いに猫たちが過ごしていた。
窓際で昼寝をする猫。
キャットタワーの上で伸びをする猫。
お客さんの膝の上で丸くなる猫。
「……」
隣を見る。
たえさんの目が、きらきらと輝いていた。
「どの子もかわいい」
「そうですね」
その一言に、全部詰まっていた。
「ふふっ。本当に好きなんですね」
「うん」
短く返事をすると、近くにいた白猫がたえさんの足元へ近寄ってきた。
「こんにちは」
しゃがみ込んで優しく撫でる。
「にゃー」
猫も安心したように目を細め、喉を鳴らしていた。
「もう懐かれてますね」
「うん。友達になれた」
「そんなに早くですか?」
「うん」
本当にそう思っているらしい。
思わず笑ってしまう。
すると今度は茶トラが膝の上へ飛び乗ってきた。
「あ……」
「人気者ですね」
「猫、あったかい」
嬉しそうに猫を抱き上げるたえさん。
その笑顔は、さっき駅で会った時よりも柔らかかった。
猫が好きなんだな、と改めて思う。
しばらくすると店員さんが猫用のおやつを持ってきてくれた。
初来店のサービスなのだそうだ。
袋を開けた瞬間。
「うわっ!」
店中の猫たちが一斉に集まってくる。
「すごいですね……」
「君も人気者になった」
「僕じゃなくて、おやつが人気なんですよ」
「そうか」
納得したように頷く。
おやつ頼みというのも我ながら少しだけ残念だけど。
「たえさんもあげてみますか?」
「うん」
おやつをあげながら、たえさんはぽつりと呟く。
「猫は正直だから好き」
「正直?」
「好きなものにまっすぐ」
「……たえさんもそうですよね」
「そう?」
「はい」
思ったことをそのまま口にする。
それが花園たえという人だ。
「そうかも」
本人はあまり自覚がないらしい。
一通り猫たちと戯れて遊んだあと、二人でソファへ腰を下ろした。
たえさんの膝には、さっきの白猫が丸くなって眠っている。
完全に気を許していた。
「寝ちゃいましたね」
「うん。可愛い」
優しく撫でる。
その表情はどこまでも穏やかだった。
すると。
視線を感じた。
「……?」
顔を上げる。
たえさんがこちらを見ていた。
「えっ」
じーっと。
「どうかしましたか?」
本当にじーっと。
「た、たえさん?」
「なに?」
「見てますよね」
「うん。見てる」
即答だった。
「どうしてですか?」
「なんとなく」
またその答えだった。
「恥ずかしいんですが……」
「そう?」
「はい」
「でも見たい」
理由になっていない。
けれど、たえさんはどこか真剣だった。
猫を撫でながら、それでも僕から目を離さない。
「その……。もしかして、顔に何か付いてます?」
「ううん、付いてないよ」
「じゃあどうして……」
「君が笑うと、安心する」
「え?」
予想もしなかった答えだった。
「安心、ですか?」
「うん」
たえさんは小さく頷く。
「笑ってる君、好き」
「…………」
思考が止まる。
本人は何でもないことのように言った。
言ったあとで、また猫を撫で始める。
まるで今日の天気を話すくらい自然だった。
「た、たえさん……」
「なに?」
「そういうこと、急に言わないでくださいよ……」
嬉しいのと同時に、心臓がきゅんとしてしまう。
「だめ?」
少しだけ首を傾げる。
その仕草まで反則だった。
「だめじゃ……ありませんけど」
「なら、よかった」
安心したように微笑む。
その瞬間だった。
「顔赤い」
「……誰のせいだと思ってるんですか」
「私?」
「はい。そうですよ」
「何かした?」
「それはもう、かなりしました」
「覚えてない」
やっぱりだった。
天然とは、本当に恐ろしい。
◇
気付けば、あっという間に時間は過ぎていた。
「そろそろ時間ですね」
「うん。残念」
たえさんは膝の上で眠る猫を優しく抱き上げる。
「またね」
猫は名残惜しそうに鳴いた。
「また来よう」
その言葉に、僕は思わず笑う。
「はい。また来ましょうね」
「今度はうさぎも」
「うさぎカフェですね」
「うん」
満足そうに頷くたえさん。
「たえさんの家にもいるんですよね。うさぎ」
「うん。オッちゃん、くーちゃん、みーちゃん。みんな可愛い。二十羽いる」
「にじゅ……!? 多いですね」
「うん。ぜひ遊びに来てほしい」
「えっ……。たえさんのお家にですか?」
「うん」
「そ、そうですね。そのうちに……」
正直、心臓が持つのかは不明だが。
「ありがとうございました」
そして店を出た瞬間。
また当たり前のように僕の手を握った。
もう驚かない。
……少しだけ、慣れてきた気がする。
もっとも。心臓だけは、まだ全然慣れてくれそうになかった。