BanG Dream! 〜もし恋人がいたら〜   作:あきと。

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花園たえ(3)

 

 猫カフェを後にした僕たちは、駅までの道をゆっくり歩いていた。

 

 目の前に広がる夕暮れ。

 オレンジ色に染まった街並みを眺めながら歩くこの時間は、不思議と落ち着く。

 

「夕方ですね」

 

「うん。あっという間」

 

 もちろん僕の右手には、たえさんの左手が繋がったままだった。

 

 もう今日だけで何度目だろう。

 

 最初ほど驚かなくはなった。

 ……それでも、慣れたわけではない。

 

「今日は楽しかったですね」

 

「うん」

 

「猫たちも可愛かったですし」

 

「かわいかった」

 

 たえさんは満足そうに頷く。

 

「でも」

 

「はい?」

 

「君も楽しそうだった」

 

「え?」

 

「よく笑ってた」

 

「それは……たえさんが楽しそうだったので」

 

「そっか」

 

 それだけ言うと、たえさんは嬉しそうに微笑んだ。

 

 その笑顔を見るたびに思う。

 この人は、自分がどれだけ人を幸せな気持ちにしているのか、きっと知らない。

 

 

 

 電車へ乗り込むと休日の夕方ということもあり、車内はそこそこ混んでいた。

 

「たえさん、あそこ座れそうですよ」

 

 だが、運よく二人並んで座ることができる。

 

「座れてよかったね」

 

「そうですね。運が良かったです」

 

 電車が静かに走り出す。

 

 今日の出来事を思い返しながら窓の外を眺めていると、隣から小さな声が聞こえた。

 

「うー」

 

「たえさん?」

 

「……眠い」

 

「ははっ、今日はたくさん歩きましたからね」

 

「うん」

 

 短く返事をしたあと。

 たえさんはこくり、と小さく頭を揺らした。

 

「寝ててもいいですよ。着いたら起こしますから」

 

「…………」

 

「……たえさん?」

 

 返事はない。

 

 次の瞬間。

 

 こてん。

 

 肩に柔らかな重みが乗った。

 

「……っ」

 

 思わず息を呑む。

 たえさんが僕の肩にもたれかかっていた。

 

「すぅ……、すぅ」

 

 規則正しい寝息が聞こえる。

 僕が言い切る前に本当に眠ってしまったらしい。

 

 周りから見れば、ごく普通の恋人同士なのだろう。

 けれど、当の本人はきっと、そんなこと何も考えていない。

 

「……困りましたね」

 

 そう呟きながらも、肩を動かす気にはなれなかった。

 

 起こしたくない。

 それに安心しきった寝顔が、あまりにも無防備すぎる。

 

「僕の肩、眠りやすいのかな……」

 

 瞬間、電車が大きく揺れる。

 

 たえさんの身体が傾きそうになり、慌てて支える。

 

「ん……」

 

 薄く目を開けた。

 

「あっ、起きちゃいました?」

 

「……ん、半分」

 

「半分ですか」

 

「うん」

 

 まだ少し眠そうな声。

 

「まだ寝れそうなら、もう少し寝てていいですよ」

 

「うん。大丈夫」

 

 しかし、たえさんは僕の肩から離れようとはしなかった。

 

「肩、痛くないですか?」

 

「全然平気」

 

「でも……」

 

「隣がいい」

 

「え?」

 

 聞き返す。

 

「君の隣」

 

 たえさんは眠たそうな目のまま、小さく笑った。

 

「安心するから。好き」

 

 また、その言葉だ。

 

 今日だけで何度、心臓を撃ち抜かれたか分からない。

 

「……それは光栄です」

 

「うん」

 

 たえさんは満足そうに頷く。

 そして、少しだけ身体を寄せ直した。

 

 肩が触れ、腕が触れる。

 その距離は近い。けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

 

 目的の駅へ着き、二人で改札を出る。

 空はすっかり夕焼け色だった。

 

「今日はありがとうございました」

 

「うん」

 

「僕もすごく楽しかったです」

 

「私もだよ」

 

 短い返事。

 だけど、その一言だけで十分だった。

 

 帰り道。

 

 たえさんは突然立ち止まる。

 

「どうしました?」

 

「あれ」

 

 指差した先には、小さなペットショップ。

 ショーケースの中では、うさぎがぴょんと跳ねていた。

 

「かわいい」

 

「そうですね」

 

 目を輝かせるたえさん。

 しばらく見つめたあとで、僕の方を見る。

 

「今度」

 

「はい」

 

「うちの子たちにも会ってほしい」

 

 その言葉に、一瞬息が止まる。

 さっきの猫カフェでの事を思い出した。

 

「本当に、いいんですか?」

 

「うん」

 

 迷いのない返事。

 

「お母さんも会ってみたいって言ってた」

 

「そ、そうなんですね」

 

 それを聞くと、ハードルが一気に上がる。

 

「オッちゃんたちも、きっと喜ぶ」

 

「……ありがとうございます」

 

 嬉しかった。

 

 恋人として、少しだけ、たえさんの日常へ踏み込める気がしたから。

 

 歩き出そうとした、その時。

 たえさんはまた自然に僕の手を握る。

 

「帰ろう」

 

「はい」

 

 少し歩いてから。

 たえさんがぽつりと呟いた。

 

「やっぱり」

 

「はい?」

 

「君といると安心する。胸が暖かい」

 

 照れもなく、気負いもない。

 思ったことを、そのまま口にしただけ。

 

 それが花園たえだった。

 

 そして、そんな何気ない一言が、誰よりも嬉しい。

 

 僕は繋いだ手をそっと握り返す。

 

「僕もですよ。たえさん」

 

 夕日に照らされながら歩く帰り道。

 

 今日もまた天然な彼女に振り回されてしまった。

 

 ……でも。

 そんなこれからの毎日も、きっと悪くない。

 

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