休日の午後。
僕は少しだけ緊張しながら、牛込家のインターホンを押した。
今日は、幼馴染で恋人のりみちゃんの家でお家デート。
二人で料理をする約束をしていた。
自分が得意な料理で役に立てれるなら本望だ。
しかも、ご両親が外出していて、家にはりみさんだけだという。
恋人の家に遊びに行くのは初めてではない。
それでも、この状況なら緊張してしまうのは仕方ないと思う。
ピンポーン。
しばらくして玄関の扉が開いた。
「い、いらっしゃいませ……!」
エプロン姿のりみさんが、小さく笑って迎えてくれる。
淡いピンク色のエプロンに、ふわりとまとめた髪。
普段の制服姿とはまた違う雰囲気で、思わず見惚れてしまった。
「あの……? 彼氏くん?」
「あっ、ご、ごめん!」
慌てて頭を下げる。
「エプロン姿が、とても似合ってたから……つい見惚れちゃって」
「えっ……」
りみちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。
「そ、そんな……急に言われると恥ずかしいよ……」
「でも、本当だよ。似合ってるし可愛い」
「うぅ……ありがとう……」
照れながら視線を逸らすりみちゃん。
その姿が可愛らしくて、こちらまで顔が熱くなる。
「えっと……立ち話もなんだから、中へどうぞ」
「お邪魔しまーす」
玄関へ上がると、甘い香りが漂ってきた。
「いい匂いがする」
「パン生地を少しだけ発酵させておいたの」
「なるほど。さすがりみちゃん」
リビングを通り抜け、そのままキッチンへ。
テーブルの上には、計量された材料が綺麗に並んでいた。
強力粉。バター。牛乳。イースト。
そして、メインのチョコレート。
どうやら、今日のメニューは決まっているようだ。
「今日はチョココロネを作りたいなと思って……」
そう、りみちゃんとパンといえばチョココロネ一択なのだ。
「そっか!楽しみだなー」
「本当?」
「うん! りみちゃんと一緒に料理できるなんて、贅沢すぎるよ!」
「も、もう……。彼氏くん」
また照れてしまう。
褒めるたびにこんな反応をされるものだから、つい言いたくなってしまう。
「わ、私も……」
「?」
「一緒に作るの、楽しみにしてたんだ……」
消え入りそうな声。
けれど、その一言だけで十分だった。
「彼氏くん。いつも私のために手作りのお菓子をプレゼントしてくれるから。今日は私のありがとうの気持ちを沢山込めて作るね」
「その気持ちすごく嬉しいよ。僕も頑張る!」
そう返すと、りみちゃんは少しだけ安心したように微笑んだ。
「じゃあ、始めよっか」
「はい!」
二人並んで手を洗う。
蛇口から流れる水の音だけが、静かなキッチンに響いていた。
「彼氏くん。手大きいね」
「そうかな? 普通だと思うけど。りみちゃんの手はちっちゃくて可愛い」
身長は僕とさほど変わらないのに。
どうして彼女はこんなにも守りたくなる可愛さを備えているのだろう。
「こ、これでも子供の時よりは大きくなってるんだよ……」
「あははっ」
ふと隣を見ると、りみちゃんも同じタイミングでこちらを見た。
「あっ……」
目が合う。
二人同時に視線を逸らしてしまう。
「えへへ……」
「あ、あはは……」
思わず笑い合う。
出会ってからは十三年。恋人になってからは一年。
手を繋いだり、デートしたり恋人としてのスキンシップには慣れてきた時期だ。
それでも、こうして目が合うだけで照れてしまう。それは、子供の頃から好きだったりみちゃんと結ばれたから。
けれど、そんな距離感が、なんだか心地よかった。
「まずは生地をこねようか」
「うん」
りみちゃんが粉をボウルへ入れていく。
僕も隣で材料を計量しながら手伝う。
「彼氏くん。料理、本当に上手だよね。」
「僕は趣味みたいなものだから。親が共働きで作る機会が多かっただけだよ」
「前にもチョコクッキー作ってくれたもんね」
「りみちゃんが喜んでくれるから」
「……っ」
また真っ赤になる。
「そ、そういうこと、さらっと言うんだから……」
「え?」
「な、なんでもない!」
りみちゃんは慌てて生地をこね始めた。
その横顔は、とても幸せそうだ。
彼女のコロコロ変わる表情はずっと見ていられる。
――そんな穏やかな時間は。
「おやおや~?」
突然聞こえた、明るい女性の声によって破られる。
「青春してるねぇ、りみ」
「お、お姉ちゃん!?」
キッチンの入り口には、腕を組みながらにやにや笑うゆりさんが立っていた。
「邪魔しちゃった?」
「ち、違うよ!」
「違わないでしょ?」
くすくす笑いながら、こちらへ視線を向ける。
「彼氏くん、こんにちは」
「ゆり姉ちゃん。こんにちは、お邪魔しています」
「うんうん。相変わらずしっかりとした未来の弟くんだね〜」
「お姉ちゃん!!」
ゆりさんは感心したように頷く。
そして、りみちゃんの方を見て。
「ふふっ。りみ、耳まで真っ赤よ」
「~~っ!」
「まだ何もしてないのに?」
「お、お姉ちゃん!」
恥ずかしそうに抗議するりみちゃん。
そんな二人のやり取りを見ていると、自然と笑みがこぼれる。
今日はきっと、甘くて賑やかな一日になりそうだった。