影山茂夫、呪術高専に入学する   作:stein0630

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第4話「普通ではない選択」

 

 帰りの電車では、誰もほとんど喋らなかった。

 

 車両の端に、影山茂夫と父が並んで座っている。その向かいに霊幻新隆が座り、腕を組んで目を閉じていた。

 

 眠ってはいない。

 

 口元が固い。

 

 五条悟へ怒っているときの顔だった。

 

 モブの肩の上では、エクボが小さくなって浮かんでいる。

 

『ひどい学校だったな』

 

「うん」

 

『うん、じゃねえよ。入った途端に結界に潰されて、案内中に化け物が乱入して、教師はどっか行く。俺様が親なら、その場で校舎を燃やしてるぞ』

 

「燃やしたら犯罪だよ」

 

『たとえだ』

 

 父がこちらを見た。

 

「茂夫、誰かと話しているのか」

 

「エクボです」

 

「そうか」

 

 父はそれ以上尋ねなかった。

 

 見えないものが息子の周囲にいる生活にも、影山家はある程度慣れている。

 

 電車が大きく揺れた。

 

 モブは座席の端に手をつく。身体が流れそうになるより先に、父が腕を伸ばした。

 

「大丈夫か」

 

「うん」

 

 虎杖なら、揺れたことにも気づかず立っていられるだろう。

 

 伏黒も、釘崎も。

 

 そう考えてから、モブは自分が三人と比べていることに気づいた。

 

「茂夫」

 

 父が言った。

 

「今日の学校へ行きたいと思ったか」

 

 霊幻の目が開いた。

 

 答えを急かしてはいない。

 

 ただ聞いている。

 

 モブは窓の外を見た。

 

 電車は地上へ出ていた。夕日が建物の隙間に細く差し込み、窓ガラスの上を滑っていく。

 

「分からない」

 

「まだか」

 

 霊幻が言った。

 

「すみません」

 

「謝るな。今日中に決める話じゃない」

 

 霊幻は腕を解いた。

 

「むしろ、あれを見てすぐ入学しますと言ったら、俺はお前の頭を心配する」

 

『あの白髪は、その場で入学届を出しかねねえ顔してたぞ』

 

「五条先生は、悪い人ではないと思います」

 

 モブが言うと、霊幻の眉が上がった。

 

「お前、判断が早くないか」

 

「でも、信用できるかは分かりません」

 

「それなら正常だ」

 

「間違えたことを認めていました」

 

「認めれば失敗が消えるわけじゃない」

 

「はい」

 

 霊幻の声には、まだ硬さが残っている。

 

 モブは続けた。

 

「でも、間違えたときに認めない人もいます」

 

「誰のことだ」

 

『お前だろ』

 

 霊幻はエクボを見られないはずなのに、なぜかモブの肩付近を睨んだ。

 

「俺は認めるべきときは認める」

 

『シャッターの修理代は?』

 

「エクボが、シャッターのことを言っています」

 

「伝えなくていい」

 

 父が小さく笑った。

 

 緊張が少しだけ緩む。

 

 しかし、次の言葉を口にするとき、父の表情は真剣だった。

 

「お父さんは、反対だ」

 

 モブは父を見る。

 

「今日のようなことが、入学後も起きるんだろう。もっと危険なこともある。茂夫が強いのは知っている。でも、強いから怪我をしないわけではない」

 

「うん」

 

「ただ」

 

 父は膝の上で手を組んだ。

 

「反対だから、行ってはいけないとは言わない」

 

 霊幻が父を見る。

 

「いいんですか」

 

「よくはありません」

 

 父は苦く笑った。

 

「親としては、普通の高校に行ってほしい。安全な場所で勉強して、友達を作って、将来のことを考えてほしい」

 

「僕も、そうしたいと思ってる」

 

「そうか」

 

「でも、あの人たちも同じ年なのに、戦っていました」

 

「だから自分も、とは考えるな」

 

 霊幻の声が割り込む。

 

「他人が危険なことをしているから、自分もやる。それは責任感じゃない。同調圧力だ」

 

「分かっています」

 

「本当に分かってるか?」

 

 モブはすぐに答えなかった。

 

 分かっているつもりだった。

 

 だが、伏黒と釘崎を窓から引き寄せたとき、自分がそこにいてよかったと思った。

 

 虎杖が呪霊へ向かっていく背中を見たとき、放っておけないと思った。

 

 それが責任感なのか、罪悪感なのか、仲間意識なのかは、まだ分からない。

 

「分かっていないかもしれません」

 

 モブは言った。

 

「だから、考えます」

 

「そうしろ」

 

 霊幻は再び目を閉じた。

 

「ただし、一人で考えるな」

 

     ◇

 

 高専では、破損した結界の調査が続いていた。

 

 西側の山林には、夜蛾正道、五条悟、伊地知潔高の三人が立っている。

 

 結界の基点となっていた石柱は、中央から細い亀裂が走っていた。

 

 表面には黒い染みが残っている。

 

「影山茂夫の力が原因ではない?」

 

 伊地知が尋ねた。

 

「原因の一つではある」

 

 五条は石柱へ指を触れず、数センチ手前で止めた。

 

「彼の力を解析しようとして、結界の演算が処理しきれなかった。それで一時的な空白が生まれた」

 

「なら、やはり彼が――」

 

「でも、空白ができただけなら、外の呪霊を自動的に招き入れることはない」

 

 夜蛾が黒い染みを見る。

 

「誘導されたか」

 

「うん」

 

 五条はしゃがみ込んだ。

 

 落ち葉の下から、小さな紙片をつまみ上げる。

 

 人の指ほどの大きさ。

 

 紙には、薄く呪力が残っていた。

 

「これが、結界の綻びを待ってた」

 

「呪符ですか」

 

「低級呪霊を引き寄せるだけの単純なもの。普段なら結界に弾かれて終わり。でも今日は、影山君が作った穴を利用された」

 

「仕掛けた者は、彼が来ることを知っていた?」

 

 夜蛾の問いに、五条は首を振った。

 

「そこまでは断定できない。もっと前から仕掛けられていて、たまたま今日動いた可能性もある」

 

「可能性は」

 

「低い」

 

 五条は紙片を裏返した。

 

 裏面には、指でなぞったような跡がある。

 

 文字でも術式でもない。

 

 人の顔に似た、歪んだ模様だった。

 

「結界に異常が起きた瞬間に反応するよう作られてる。誰かが高専の守り方を調べてる」

 

 伊地知の顔が青くなる。

 

「上層部への報告は」

 

「必要だな」

 

 夜蛾が答える。

 

 五条は立ち上がった。

 

「影山君のことは伏せよう」

 

「できません」

 

 伊地知が即答する。

 

「侵入事件の発端に未登録の異能者が関与しています。報告書から除外すれば、後で問題に――」

 

「書けば、もっと問題になる」

 

 五条の声は軽くなかった。

 

「呪力を使わず、結界に干渉できる十五歳。上がそれを知ったら、本人の意思を待つと思う?」

 

 伊地知は黙った。

 

 夜蛾は五条を見た。

 

「隠し続けることはできん」

 

「分かってる。入学するなら、いずれ知られる」

 

「入学しなければ」

 

「なおさら守りづらい」

 

 五条は、石柱に残る亀裂を見た。

 

「普通に暮らしていても、今日みたいな呪霊は彼を見つける。あの力は呪力じゃない。だから呪霊から見えないと思ってた。でも違った」

 

「どう違う」

 

「最初は見えない。触れた瞬間、餌だと理解する」

 

 虎杖たちと戦った呪霊は、モブの障壁へ接触した後、明確に彼を狙った。

 

 偶然ではない。

 

 呪霊にとって未知の力は、恐怖の対象ではなかった。

 

 取り込めるかもしれない資源として認識された。

 

「影山君が力を使うほど、呪霊側にも学習される可能性がある」

 

 伊地知が言う。

 

「では、能力を使わせない方が」

 

「使わなければ安全とは限らない。今日の呪霊は、一度触れて覚えた」

 

 五条の口元へ、うっすらと笑みが戻る。

 

 楽しいからではない。

 

 考えるときの癖だった。

 

「彼を守るだけなら、高専の内側に置くのが一番簡単。でも、それを理由に入学させるのは脅しだ」

 

「珍しいな」

 

 夜蛾が言う。

 

「何が?」

 

「お前が本人の都合を考えている」

 

「いつも考えてるよ」

 

「いつも自分の結論と一致しているだけだ」

 

 五条は答えなかった。

 

 遠くの訓練場から、釘崎の声が聞こえる。

 

「ちょっと虎杖! そっち持ちなさいよ!」

 

「持ってるって!」

 

「傾いてる!」

 

 壊れた机を運ばされているらしい。

 

「弁償は学校持ちですよね」

 

 伊地知が恐る恐る聞く。

 

「当たり前だろう」

 

 夜蛾が答える。

 

 五条は何も言わなかった。

 

「悟」

 

「何?」

 

「影山君を入学させたい理由は何だ」

 

「強いから」

 

「それだけではないだろう」

 

 五条は少し黙った。

 

「……呪術師向きじゃないから」

 

 伊地知が顔を上げた。

 

「矛盾していませんか」

 

「呪術界に向いてる人間だけ集めた結果が、今の呪術界だからね」

 

 強い者が正しい。

 

 役に立つ者に価値がある。

 

 死を恐れず、命令に従い、呪いを祓う。

 

 そうした価値観へ適応できる者ほど、優秀な術師と呼ばれる。

 

 影山茂夫は、そこから外れている。

 

 力がありながら、力を自分の価値だと思っていない。

 

 戦えるのに、戦わない方法を先に探す。

 

 命令よりも、自分が傷つける相手のことを考える。

 

「向いてないままでいてほしいんだよ」

 

 五条は言った。

 

「ここに染まらず、ここで育ってほしい」

 

「都合がよすぎる」

 

 夜蛾が言う。

 

「うん」

 

 五条は否定しなかった。

 

     ◇

 

 その夜、影山家では家族会議が行われた。

 

 母は高専の資料を最初から最後まで読み、三度ため息をついた。

 

「寮生活なのね」

 

「原則は」

 

 父が答える。

 

「週末の帰宅は認められているようだ」

 

「原則って何。任務が入ったら帰れないってことでしょう」

 

「たぶん」

 

「嫌よ」

 

 母は資料を閉じた。

 

「茂夫が寮に入るだけでも心配なのに、夜中に呼び出されることもあるなんて」

 

 律は黙って資料を読んでいる。

 

 モブは食卓の端に座っていた。

 

 霊幻は呼ばれていない。

 

 これは家族で話すことだと、父が言ったからだ。

 

「兄さん」

 

 律が顔を上げる。

 

「戦ってないって言ったけど、力は使ったんだろ」

 

「うん」

 

「どのくらい?」

 

「虎杖君を止めて、伏黒君と釘崎さんを運んで、障壁を作った」

 

「それは戦ってるんじゃないの」

 

「呪霊は攻撃してない」

 

「言葉の問題だよ」

 

 律は資料を置いた。

 

「結局、兄さんが行った日に事件が起きて、兄さんも巻き込まれた」

 

「うん」

 

「それでも行きたい?」

 

「まだ決めてない」

 

「いつまで考えるの」

 

「律」

 

 父が止める。

 

「期限は必要だよ」

 

 律は父へ向き直る。

 

「普通の高校の入学手続きもある。いつまでも迷ってたら、どっちも選べなくなる」

 

「それはそうね」

 

 母が言った。

 

「茂夫。明日までに決められる?」

 

 モブの胸が詰まる。

 

 明日。

 

 それまでに、自分の人生を決める。

 

 普通の高校。

 

 呪術高専。

 

 安全と危険。

 

 日常と呪い。

 

 どちらかが正しく、どちらかが間違っているわけではない。

 

 だから余計に難しかった。

 

「一週間ください」

 

 モブは言った。

 

 母が眉を寄せる。

 

「一週間?」

 

「その間に、今度行く高校も見たいです」

 

「説明会はもう終わってるけど」

 

「外からでもいいです」

 

「何を見るの?」

 

「分かりません」

 

 モブは正直に答えた。

 

「でも、高専だけ見て決めたくありません」

 

 律がモブを見た。

 

「比較したいってこと?」

 

「うん」

 

「危険かどうかを?」

 

「それだけじゃない」

 

 モブは膝の上で手を握った。

 

「普通の高校へ行ったときの自分と、高専へ行ったときの自分を考えたい」

 

「そんなの、分かるの?」

 

「分からないと思う」

 

「じゃあ」

 

「分からなくても、考えることはできる」

 

 律は口を閉じた。

 

 モブは続けた。

 

「僕は、超能力じゃないところで成長したいです。それは変わってません」

 

 肉体改造部へ入った理由。

 

 身体を鍛えたかった。

 

 超能力を使わず、自分の足で走れるようになりたかった。

 

 好きな人に、自分自身を見てもらいたかった。

 

 高専へ行けば、その願いを諦めることになるのか。

 

 それとも、別の形で続けられるのか。

 

「高専に行ったら、超能力ばかり使うことになるかもしれない」

 

 モブは言った。

 

「普通の高校なら、使わない生活ができるかもしれない。でも、使わないだけで、自分が成長したことになるのかも分かりません」

 

 母は黙って聞いている。

 

「力を使わないのが正しいんじゃなくて、使うかどうかを自分で決められるようになりたいです」

 

「高専なら、それができると思うの?」

 

「まだ思ってません」

 

 母の表情が、少し困ったように緩んだ。

 

「本当に、まだ決まってないのね」

 

「はい」

 

「じゃあ一週間」

 

 父が言った。

 

「その間、霊幻さんとも話しなさい。高専にも追加で聞きたいことをまとめよう」

 

「お父さん」

 

 母が見る。

 

「反対なのは変わってないよ」

 

「僕も反対だ」

 

「じゃあ、どうして」

 

「反対していることと、茂夫に考えさせないことは別だ」

 

 父はモブへ向き直る。

 

「一週間後、自分で決めなさい。ただし、決めた理由を私たちに説明すること」

 

「はい」

 

「力があるから、だけでは認めない」

 

「はい」

 

「友達を助けたいから、だけでも駄目だ」

 

「……はい」

 

 虎杖たちは、まだ友達と呼べるほどの関係ではない。

 

 それでも、父がなぜその言葉を使ったのか、モブには何となく分かった。

 

「兄さん」

 

 律が言う。

 

「僕も、聞きたいことを考える」

 

「律も?」

 

「反対するなら、ちゃんと調べてから反対する」

 

 霊幻と同じことを言っている。

 

 モブがそう思った瞬間、律は嫌そうな顔をした。

 

「今、霊幻さんと同じだと思った?」

 

「少し」

 

「取り消して」

 

「でも」

 

「取り消して」

 

「分かった」

 

     ◇

 

 翌日の放課後。

 

 モブは、入学予定だった高校の前に立っていた。

 

 まだ春休みで、生徒の姿は少ない。

 

 校庭では運動部が練習をしている。

 

 野球部の掛け声。

 

 吹奏楽部の音階。

 

 体育館から響く靴音。

 

 どれも、呪いとは無関係に聞こえた。

 

 門の外には霊幻がいる。

 

「中に入らなくていいのか」

 

「今日は見ているだけでいいです」

 

「見て分かることなんて少ないぞ」

 

「はい」

 

「学校案内を頼めば、入れてくれるかもしれない」

 

「今日はいいです」

 

 モブはフェンス越しに校庭を見る。

 

 グラウンドの端を、陸上部員が走っている。

 

 速い。

 

 息を切らしている。

 

 それでも止まらない。

 

 肉体改造部の皆を思い出す。

 

 モブが遅れても、誰も置いていかなかった。

 

 倒れれば担ぎ、戻ればまた一緒に走った。

 

 ここへ入学すれば、新しい部活へ入ることもできる。

 

 普通の友達を作ることもできるかもしれない。

 

 呪霊のことを知らないまま笑う人たちの中で、生活できる。

 

「師匠」

 

「なんだ」

 

「普通って、何ですか」

 

「急に難しいことを聞くな」

 

 霊幻は自動販売機で買った缶コーヒーを開けた。

 

「多数派って意味なら、周りと同じことだろうな」

 

「周りと同じなら、普通ですか」

 

「そんなわけない。周りが全員おかしい場合もある」

 

「じゃあ、普通じゃなくてもいいんですか」

 

「いいかどうかを他人に聞くな」

 

 霊幻は一口飲んだ。

 

「お前が普通の高校へ行きたいなら行けばいい。危険な場所を避けたから弱い、なんてことはない」

 

「はい」

 

「逆に、高専へ行けば特別になれると思うならやめろ。お前はすでに十分面倒な力を持ってる。これ以上、肩書きまで特別にする必要はない」

 

「特別になりたいとは思ってません」

 

「なら、何をしたいか考えろ」

 

 校庭から、ボールがフェンスへ転がってきた。

 

 野球部員の少年が走ってくる。

 

 モブの前で止まり、頭を下げた。

 

「すみません。それ取ってもらえますか」

 

「はい」

 

 モブは足元のボールを拾った。

 

 超能力は使わない。

 

 腕を振り、フェンス越しに投げる。

 

 ボールは少年のかなり手前で落ちた。

 

 地面を二度跳ねて、ようやく届く。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 少年は少し困った顔で受け取り、走って戻っていった。

 

 霊幻は何も言わない。

 

 モブは自分の右腕を見た。

 

「遠くまで投げられませんでした」

 

「見れば分かる」

 

「超能力なら、もっと正確に投げられます」

 

「使う必要があったか?」

 

「ありません」

 

「なら、それでいい」

 

 遠くまで投げられなくても、ボールは相手へ届いた。

 

 格好はよくなかった。

 

 完璧でもない。

 

 それでも、必要なことはできた。

 

 高専の廊下で作った壁も同じだった。

 

 呪霊を一人で祓わなくても、三人が戦うための時間を作れた。

 

 自分の力が、すべてを解決する必要はない。

 

「師匠」

 

「今度は何だ」

 

「僕、高専に行こうと思います」

 

 霊幻の缶コーヒーが止まった。

 

「今決めるのか」

 

「はい」

 

「普通の高校を見て、五分で?」

 

「昨日から考えていました」

 

「一週間使えと言われただろ」

 

「決めた後でも、考えることはできます」

 

「そういう問題じゃない」

 

 霊幻は頭をかいた。

 

 怒鳴らなかった。

 

 すぐに否定もしなかった。

 

「理由は」

 

「力があるからではありません」

 

「続けろ」

 

「高専なら、僕の知らない力の使い方を学べると思います。攻撃する方法ではなく、他の人と動く方法です」

 

「それは普通の高校でも学べる」

 

「はい」

 

「じゃあ理由になってない」

 

「呪霊について知りたいです」

 

「知ってどうする」

 

「力を使わない方がいいときと、使わなければいけないときを、自分で判断できるようになりたいです」

 

 霊幻は黙った。

 

「それから」

 

 モブは校庭を見る。

 

「虎杖君たちが戦っているから行くわけではありません。でも、あの人たちと一緒なら、一人で全部やらない練習ができると思いました」

 

「練習で死ぬ可能性がある」

 

「怖いです」

 

「本当に分かってるのか」

 

「分かっていないことがあるのも分かっています」

 

 霊幻の眉間にしわが寄る。

 

「うまいことを言ったつもりか」

 

「違います」

 

「俺は反対だぞ」

 

「はい」

 

「危険だし、教師は信用ならないし、組織はもっと信用ならない」

 

「はい」

 

「週末は相談所へ来い」

 

「はい」

 

「給料は今までどおりだ」

 

「はい」

 

「寮に変な教材を売りつける人間が来たら、絶対契約するな」

 

「はい」

 

「あと五条に、何でも一人で報告するな。重要なことは俺と家族にも話せ」

 

「はい」

 

 霊幻は缶コーヒーを一気に飲んだ。

 

「お前、もう入学する前提で返事してるだろ」

 

「反対ですか」

 

「反対だと言ってる」

 

「じゃあ」

 

「反対したまま、準備する」

 

 霊幻は空き缶をゴミ箱へ投げた。

 

 缶は縁に当たり、地面へ落ちた。

 

 モブが拾う。

 

「外れました」

 

「見れば分かる」

 

 霊幻はモブから缶を受け取り、今度は近くまで歩いてゴミ箱へ入れた。

 

「大人が反対したからって、子供が正しいとは限らない。子供が自分で決めたからって、大人が責任を放棄していいわけでもない」

 

 ゴミ箱の蓋が閉じる。

 

「お前が行くなら、俺は向こうを監視する」

 

「師匠も入学するんですか」

 

「するわけないだろ」

 

「教師になるんですか」

 

「ならない」

 

「では、どうやって」

 

「これから考える」

 

 霊幻は歩き出した。

 

「まずご両親を説得する。それから学校側へ条件を出す。任務の事前説明、単独行動の禁止、定期報告、相談窓口――」

 

「相談窓口は師匠ですか」

 

「当然だ」

 

 モブは霊幻の後を追った。

 

「相談料はかかりますか」

 

「生徒割引で半額にしてやる」

 

「お金を取るんですね」

 

「仕事だからな」

 

 霊幻の背中は、まだ怒っているように見えた。

 

 それでも歩く速さは、モブが遅れない程度だった。

 

 影山茂夫――決意、三十一パーセント。

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