「女体化するお前の能力は一族の恥だから出て行け!」と筋肉を愛する実家から追放された俺をヤンデレ聖女が一途に狙っている件 作:羽黒楓
「ぬうおおおおん‼」
俺は叫んだ。
大胸筋と上腕三頭筋、そして三角筋前部。
脳と筋肉を結ぶ神経回路を全開にする。
ここは神聖アルムディア王国の一地方。
中級貴族、ガルディオス家のトレーニングルームである。
俺はそこでベンチプレスに挑戦していた。
前世では40歳を越してから筋トレを始めた。
めちゃくちゃドはまりしていたのだが、やはり年齢的なこともあって伸び悩んで、結局ベンチプレスのマックスは95キロが限界だった。
その上、交通事故でケガをして入院中、病院の中に入り込んできた熊に襲われて死ぬという、なかなかのレアな死に方をしてしまった。
この世界に転生してきて新しい人生を手に入れた俺は、17歳にして前世のマックス記録を超える、ベンチプレス100キロに挑戦していたのだ。
いや、この世界の単位で言うと100カル、と言うのが正しいけど。
あと少し!
あと少しで上がるんだ!
押せ! 押せ!
「ぐうおおおおおお!!」
トレーニングルームに響き渡る俺の咆哮。
そしてついに、100カルの重りをつけたバーベルが上がり切った。
「ふおおおおおっ! やった! やったぜっ!」
バーベルをラックに戻すと、俺はベンチから飛び上がるように立ち上がり、ガッツポーズをとった。
「いよっしゃあああ! やったぜぇ!」
ついに、ベンチプレス100キロを達成した!
俺の心は幸福感と充実感に満ち溢れる。
流れ落ちる汗が心地よい。
最高な気分だぜ!
壁に設置してある鏡の前に立ち、上裸になっている自分の姿を見た。
そこそこのマッチョである。
いや、それでもまだまだだけど、17歳という年齢を考えれば、この先大きな伸びしろがあるだろう。
「ふ、ふふふふ……」
鏡に向かってポーズをとる。
もちろん、プロボディビルダーのような身体にはまだ程遠い。
それなりの大胸筋、それなりの上腕二頭筋と三頭筋。
しかしまあ、ベンチプレスのマックス更新に成功したことで、俺の顔はにやついていた。
その時だった。
「エゼル! エゼル、いるか!?」
野太い声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにいたのは俺の父親、ガルディオス家当主、グランディオン・ドルベガ・ガルディオスだった。
タンクトップに短パン。
相変わらず貴族とは思えない恰好だ。
俺の四倍はあろうかというぶっとい腕、盛り上がった化け物じみた大胸筋、張り出した肩の三角筋。
下半身だってもちろんムキムキだ。
まるで山のようなでかい体格をしている。
「父さん! やったぜ! ベンチプレス100カル上がったんだ!」
それを聞いて、父さんは悲しそうな顔をして俺を見た。
「情けない。俺がお前の年齢のときはベンチプレスなど、350カル挙げられたぞ」
「そりゃ父さんのギフトは『
この世界の人類は、魔法と呼ばれる不思議な力を使いこなせる。
さらに、貴族の血筋ともなると、産まれてきたときに『ギフト』と呼ばれる特殊能力を神々から授かるのだ。
父さんの『ギフト』は『
その名の通りの能力で、超人的な筋力と筋量が手に入るのだ。
父さんはその岩のような三角筋、つまり肩の筋肉をいからせながら、大声で俺を叱りつけた。
「何を言っている! ガルディオス家の男子は皆、『
そこまで言って父さんは、片手で自分の目を覆ってうつむいた。
「エゼル、お前は本当に情けない……ふがいない……エゼル、なぜお前があんなしょうもないギフトを授かったのだ……うう……」
男泣きに涙を流す父さん。
しょうもないってなんだよ!
……いや、確かに自分でもしょうもないと思わなくもないけどさ。
「い、いや父さん……」
「エゼルよ。お前は……お前は……我がガルディオス家にふさわしくない……。お前を当主の跡継ぎにすることは……できない……」
「そ、そんな!」
この国は一般的に長子相続で、長男である俺が跡取りのはずだ。
俺だってそのつもりで筋トレだけじゃなく、勉強も頑張ってきたのに……!
「父さんの言う通りだよ、兄さん」
トレーニングルームにもう一人の人物が入ってきた。
俺の2歳年下の弟、デリンダルだった。
デリンダルも、父さんほどではないにせよ、全身ムキムキの筋肉の鎧に包まれている。
「兄さん、ベンチプレスがやっと100カルいったんだって? ははは、一般人じゃないか。年下の僕はもう300カルは挙がるよ」
「だけどお前よりも俺の方がよっぽど一生懸命トレーニングをやっているじゃないか!」
「ははは。でも100カルだろ? 兄さん、才能ないんだよ。いいかい、男というものは、筋肉がすべてなんだ。特に我がガルディオス家ではね。なのに、兄さんの授かったギフトは……なんだっけ、『
「ばか、デリンダル、黙れ!」
「ははは、兄さん、怒ってもそんな貧相な身体じゃ全然怖くないよ。兄さんのギフトって結局のところ……」
言うな。
言わないでくれ!
頼む!
「女の子になる能力じゃないか! あーはっはっはっはっげふっ、ごほんごほん」
こいつ、言いやがった! しかも笑いすぎてムセてやがる!
くそが!
デリンダルの言う通りだった。
俺のギフト、『
それは、一日に一回だけ女の子に変身できる、という、大変くだらない能力であった。
筋肉がすべて、筋肉が男の価値、筋肉こそが一家を統べる力。
そう信じられているガルディオス家にとって、呪いとも言える宣告だった。
実際、12歳の誕生日、俺に対してギフト判別をした神官がそれを告げた時、俺の母親はショックで倒れてしまった。
っていうか俺が一番ショックだったよ!
せっかく転生できたんだから、幼少期から鍛えて男らしい男になりたかったのに!
それが女の子に変身できる能力ってなんだよ!?
俺に女装癖はないっての!
女性になりたい願望もゼロ!
格闘ゲームのストリートバトラーシリーズに出てくる男キャラみたいな、テストステロンにあふれたファイターに憧れていたのに!
以前、戯れに女の子に変身したときがあったが、自分のあまりにも華奢な体つきに本気で泣いてしまったほどだ。
しかも、それでベンチプレスをしてみたら、あっさりとマックス更新してしまった。
男の体の時より身体能力があがっているらしかった。
全然嬉しくない!
筋肉。
筋肉こそが生きる目標。
そう思っていたのに。
せめて、せめて格闘ゲームの女キャラくらいムキムキな筋肉があれば、と思ったのに、手足がニチアサのマジカルガールくらいほっそい。
情けない……。
こんなの、恥ずかしくて誰にも見せられない。
それ以来、二度と変身していない。
神様さー! こんな転生のさせ方、あるかよ!?
俺は女の子を守れるたくましい男になりたかったの!
女の子になりたかったわけじゃないの!
そんな俺の悲しみを知ってか知らずか、弟のデリンダルは心底おかしそうに笑っている。
「ははは! ひひひ! ひゃーはっはっはっ! 兄さん、さすがにそのギフトで我がガルディオス家の当主にはなれないよ。それに引き換え、僕のギフトは父さんと同じ『
父さんも、唇をへの字に曲げて、
「仕方がないだろう。エゼル、すまんが我が家の家督はデリンダルに継がせる」
「じゃあ俺はどうなるんだよ!」
デリンダルはさらに笑い続けながら言う。
「ふふふ。僕の下男として雇ってあげようか? それとも……下女、かな? あーはっはっはっ!」
くそが!
弟のデリンダルは、俺と違ってきちんと『
だから、とんでもなく人を見下す性格に育っているのだ。兄である俺のこともずっと馬鹿にしてきた。
くそ、悔しい!
「まあ、そういうわけにはいかんだろう」
父さんが涙をぬぐいながらそう言った。
「だがエゼル、お前をこれ以上我が家に置いておくことはできない。リョーウの町にある、神聖学院に空きがあるそうだ。お前はそこに行ってもらうことになる。攻撃魔法でも習って、なんとか軍にでも潜り込んでくれ」
「リョーウ!? あんな辺境の町に!? しかもあそこ、魔族の領土にすごく近い町じゃないか!」
「ほかに空きのある全寮制の学校がなかったのだ。それとも、今すぐに軍隊に入隊するか? しかし、お前は徒手格闘はまあまあだが、武器を持った戦闘となるとてんで駄目ではないか。魔法の勉強もしていないだろう。その上筋肉もたいしたことないときている」
そう言われて俺は唇を噛んで下を向いた。
父さんは続ける。
「前線に送られたらすぐに戦死するかもしれん。しかしまさか貴族の息子に商売などさせるわけにもいかん。息子にそんなことをさせたら家の名にも傷がつく。我がガルディオス家の息子ならば、軍人になるのが当然だ。一族は皆そう思っているのだ。だがお前はまだ若い。軍隊に入るために学院で戦闘と魔法の訓練をする――それなら名目もたつ。俺もつらいのだ、わかってくれエゼル」
「そ、そんな……」
デリンダルはニヤニヤと俺を馬鹿にするような笑顔で、
「兄さん、我がガルディオス家は僕に任せてくれよ。立派に家を繁栄させるからさ。魔族との戦争に駆り出されても、なるべく死なないでくれ――いや、死んだら我が家の名誉になるから、それもいいな」
「お前、兄に向かってなにを言ってるんだ!」
「だけど、当主跡継ぎは僕だ。兄さんはもう、僕の命令に従うしかないのさ」
「く……!!」
俺はこぶしを握り締めてうつむくことしかできなかった。
「兄さん、戦死するならなるべく華々しく散ってくれよ」
デリンダルはそう言いながら、さっき俺がやっとのことでベンチプレスに成功した100キロのバーベルを握ると、軽々とアームカールを始めていた。
それから一か月もたたぬうちに俺は家から放逐され、魔族の領土にほど近い辺境の町、リョーウの神聖学院に入学することとなった。
★
エゼルが父親から学院への入学を命令された、同じ頃。
王都にして聖都、ミハレリタ。
深夜。
そびえたつ高い塔。
王都を象徴する、神聖ルミエルタワーと呼ばれている豪奢な塔である。
高さは10階建てに相当する。
その上に一人の少女が立っていた。
高い場所ではあるが、吹く風もない、静かな夜だった。
空には雲ひとつなく、輝く二つの月の光が少女の姿を照らしている。
少女は、青と白を基調とした清楚な法衣を身にまとっていた。
彼女の瞳は、月よりも深くきらめいている。
女王に「この世でもっとも端麗で神聖なる少女」とまで言わせたその美貌。
その優美な姿はまるで一流画家の描いた絵画のようで、もし誰かが見たら、心の底から魅了されたことだろう。
彼女は手に一枚の板を持っていた。
金属板に平たい水晶を張り付けた板である。
それは、聖女である彼女自身がつくりあげた、神聖アイテムであった。
少女は板に月の光を当てて呪文を詠唱する。
「――敬愛する女神ルミエル様。我に神の奇跡を与えたまえ。デグ・バルア・トラーレ・クリアーレ。顕現せよ。……我が想い人の場所を示せ……!」
すると、板が発光し水晶板に地図が浮き出る。
そして、地図上のある一点に赤い点が示された。
「……! 見つけた……! やっと、見つけた……! ガルディオス家……? ふふ、貴族の子息かな? それとも使用人? どっちでもいいよ。今行くよ。私が行くよ。ムラキさん……!」