「お前の能力は一族の恥だから出て行け!」と筋肉を愛する実家から追放された俺が前世で助けたヤンデレ聖女につきまとわれている件。なお、俺はキラキラフリフリ衣装の近接格闘聖拳少女に変身して戦う。 作:羽黒楓
「すげーなお前。あの魔物の巣には、国も手を焼いていたんだぞ。一般の軍じゃ手が出せなくて、勇者を呼ぼうかという話があったっていうのに……。まさか、お前があの巣を壊滅させるとはな」
寮の自室。
ベルーガが俺にそう話しかける。
俺はというと、上半身裸になって、町で買ってきた手ごろな鉄くずの塊を両手に持ち、サイドレイズをしていた。
これは、肩の筋肉、特に三角筋中部を鍛えるトレーニングだ。
重いのでやるのもいいが、軽めの重量で回数とセット数を重ねるのが俺の好みだった。
「おい、エゼル。聞いているのか?」
「クッ、20、21、22……」
「お前、筋トレが好きすぎだろ」
「23、24、……くぅ~限界!」
「で、さっきの話だけど」
「いやあ、やったのはカロミア先生だよ。俺なんかにそんな力があるわけないだろ」
「何を言ってんだよ、そのカロミア先生があちこちでお前の武勇伝を語ってるんだぜ。投げた石が10カルも飛んで魔物を倒したとか、カロミア先生を襲う
石が10キロメートルも飛ぶわけないだろ。
「ちょっと話が大きくなってる気がするぞ」
「先生、エゼルがいなかったらあの巣を破壊することはできなかった、次の勇者はエゼルに違いない、ってめちゃくちゃ吹聴してまわってるぞ」
「マジでか! あいつめ……。噂に一人歩きされるとマジで迷惑なんだよな。なにが勇者だよ、聖女より貴重な存在じゃないか」
そうなのである。
国から勇者として認められた人物は、この世に3人しかいない。
以前はもっといたが、魔将軍との戦いで何人かが命を落としてしまった。
そのたびに国葬が行われたほどだ。
勇者とは、勢力を拡大しようとする魔族や魔物と闘うこの国の、まさに英雄であり、希望なのである。
が、俺には関係ないことだ。
そんなことより、もっと大きな大胸筋がほしい……。
俺はベルーガを見て、いいことを思いついた。
「なあ、ベルーガ。ちょっと俺の上に乗ってくれないか?」
「はあ?」
「普通の腕立てじゃ負荷が足りないんだよ。ここにはバーベルもプレートもないし。だからさ、腕立て伏せやる俺の上に乗ってくれ」
「しょうがないなあ……」
四つん這いになった俺の上にベルーガが跨った瞬間。
部屋のドアが開いた。
そこにいたのは、カロミアだった。
「おい! ここは男子寮だぞ! 女人禁制! 教師でもダメだろ!」
俺が四つん這いのまま叫ぶと、カロミアも叫んだ。
「キャア~~~~~! エゼル君が……男とSMごっこしてる! 人間椅子になってる! 駄目ぇぇぇぇぇ! まさか……ベルーガ君が私のライバル!?」
パッと俺から降りてベルーガが弁明し始める。
「いやこれは筋トレの手伝いで」
「エゼル君が……男と……。しかも下がエゼル君……。そっか、Mだったんだ……」
くそ、この女、なんか勘違いしてるぞ!
まあ上半身裸で四つん這いになっている男の上に男が座っていたら、そりゃ誤解される可能性もあるよなあ。
俺からも弁明しておくか。
「あのな! これは腕立て伏せの負荷が足りなくてさ」
「あの、私、頑張れば合わせられると思う! ムチとかロウソクとか買っておいた方がいい?」
「話を聞けえええええ!」
★
☆
★
その頃。
勇者マインは、緊張していた。
神聖アルムディア王国の王都にして聖都、ミハレリタ。
その王城の一室で、マインが謁見していたのは、この国の女王にして大司祭の地位に君臨している人物だった。
国家元首であり宗教指導者、エルシェリア・フィオレーテ・ルミエラーナ・アルムディアである。
この国の最高権力者を前にしているのだから、勇者といえど緊張するのも無理はなかった。
エルシェリアは豪奢な椅子に座っていた。
短く艶のある黒髪の上に、平素使っている簡易な王冠が乗っている。
儀式の際には国宝となっているとんでもなく豪華な王冠を身に着けるのだが、もちろん動きにくいから、普段は軽いものにしているのだ。
なにしろ、エルシェリアはまだ15歳の少女なのである。
生来虚弱体質で、日常生活ではあまり身体に負担をかけないように気を付けている、とマインも聞いたことがあった。
そのマインはエルシェリアの前でひざまずいている。
人払いをしていて、この場所には二人しかいない。
女王エルシェリアは、じっとマインの顔を見つめてきていた。
マインは頭を下げていたが、沈黙に耐えられずちらりと女王の顔を窺う。
作り物のように整った顔、大きくて慈愛に満ちた瞳。
まだ15歳とは思えぬほどの風格。
ああ、いつ見てもお美しい、とマインは思った。
女王陛下が女王でなければ、いくらでも男が言い寄ってくるだろう。
「勇者マイン。顔を上げてもよいですよ」
「はい、ありがとうございます。あの、陛下、内密のお話とは?」
「マイン。あなたは、いつ見ても素敵ね」
唐突に褒められて、マインは頬を染めた。
「いえ、私は勇者です。見た目など……」
「勇者としての活躍にも、とても感謝しているのですよ。あなたのような
「いえ、そんな」
「あなたほどの人なら、いくらでも高貴な身分の男性が言い寄ってくるでしょうに」
さきほど女王陛下に思ったことをそのまま言われて、マインはドギマギしてしまう。
「いいえ。私には勇者としての使命があります。男にうつつを抜かすヒマはありません。それに、貴族の男性は、ちょっと……私の好みからは外れますから」
「そうなのですか? では、どんな人が好みなのです?」
女王陛下とこんな話をしていいのだろうか、と少し躊躇する。
20歳のマインと15歳のエルシェリア。
身分の問題がない別の世界があったならば、そんな恋バナをする機会もあったかもしれないが、現実はそうではないのだ。
実は、女王にしてみれば、こういう世俗的な話ができる年の近い友人など聖女カロミア以外にはいなかったので、カロミアが遠く離れた地にいる今、寂しさを紛らわすための会話相手を探している部分もあった。
もちろん、マインはそんなことだとは知らない。
少し考えた後、マインは正直に答えた。
恥ずかしくてほっぺたが熱く感じる。
「私は……貴族の方のように中性的な男性よりも……もっとこう、毎日筋肉を鍛えているような男性が……好みです」
国家の最高権力者相手に、自分はいったい何を言っているのだろう、とマインは困ってしまう。
かといって聞いてきたのはその最高権力者なのだから、答えなければ失礼とも考えられるよね、と思った。
「ふふふ。幾多の戦場を駆け抜けてきた勇者にも、人間味が感じられる部分があって私は嬉しいですよ。……ところで、本題ですが。聖女カロミアはご存じですね?」
「もちろんです。ともに魔族討伐したことがある戦友でもあります。陛下とは王立学院でご学友だったとか」
「あの子は面白い子ですよね。堅苦しいところがなくて、友人として仲良くしてくれました。そのカロミアですが、今はリョーウの町に派遣しています。その地でも、どうやら魔族や魔物を退治しているようです」
「彼女ならそのくらいやれるでしょう」
「彼女とともに戦っている人物がいるようです。どうやら、精霊様のようなものを召喚して戦う召喚士だとか。勇者候補の一人として名簿に載せています。その者がどれほどの力を持っているのか。さらには、魔族が聖女カロミアを狙って軍を動かしているようです。ですから、勇者マイン。あなたにはカロミアの護衛と、先ほど話した人物の調査をお願いしたいのです」
「ご命令とあればもちろん従います」
「ところで……あなたのギフトの秘密、何人が知っていますか?」
「陛下と私の家族、それに戦友の中でも数人は知っております。カロミアは知っているはずです」
「それは国家の絶対極秘事項です。周辺の者にばれないよう、細心の注意を払いなさい。あなたがあなただとバレないように。特に、魔族どもには絶対に知られてはなりません」
「それはつまり……」
「はい。あなたのギフトは男性に変身して戦う能力。しかし、女性の姿のままでは戦えないと聞いています」
「その通りです。私は今のままでは低級なゴブリンにも勝てないでしょう。変身したならば魔王でも打ち倒して見せます」
「心強いことです。でも、あなたはずっと男性の姿のままでいることはできない……」
「はい、半日程度しか持ちません」
「だから、普段のあなたが襲われるリスクを究極までゼロにしたい。あの勇者マインの正体が、あなただとは決して知られてはいけません。その旨、カロミアにも暗号の手紙でよく言い聞かせておきます。いいですね。決して、誰にも、あなたが勇者マインであるとは明かしてはいけません。国家と私への忠誠にかけて、約束してくれますね?」
「約束など! 私は陛下のご命令であればその通りに実行するまでです」
こうして、勇者マインは、エゼルとカロミアの住むリョーウの町へ派遣されることになった。