「女体化するお前の能力は一族の恥だから出て行け!」と筋肉を愛する実家から追放された俺をヤンデレ聖女が一途に狙っている件 作:羽黒楓
学院に今いる教師は、カロミアを呼びに来たドラノールという男性教師一人だけだった。
しかも、年老いた薬の調合師で、戦闘能力は皆無。
だから、ドラノールは町に駐留している軍の小隊へ助けを呼びに走った。
そして今、聖女カロミアと俺は、馬に乗って現場へ急行していた。
カロミアの乗った馬に続いて、俺もそれを追いかけている。
一応貴族の生まれなので、幼いころから馬の扱いは教えられて育ってきているのだ。
俺の前を行くカロミアの、赤いメッシュの入った長い金髪が風になびいているのが見えた。
「エゼル君、ついてきてる? 絶対に魔族を倒すよ! 身分差婚への第一歩だからね!」
カロミアが馬に乗ったまま振り向いて俺に叫ぶ。
「わかってるよ!」
聖女であるカロミアが、魔族に襲われている生徒を助けにいくのはわかる。
でもよくよく考えれば、なぜ俺まで? と思うのが自然だろう。
もちろん、カロミアの結婚だとかなんとかの妄言に従っているわけじゃない。
熊のときもそうだったけど。
俺ってやつは、誰かのピンチの時には勝手に身体が動いてしまうんだ。
自分のためには困難に立ち向かうモチベーションがそんなに湧かないんだけど、それが人のためというなら別だ。
そんなとき、俺はいつだって身を呈してでもなんとかしてあげたいって気持ちが心の底から湧いて出てきてしまうのだった。
そのせいで前世では損ばかりしていたぜ。
実際それで死んだし、今回も損しそうだがな!
俺たちはしばらく森の中の道を疾走する。
ある場所でカロミアが叫んだ。
「いた! あそこ!」
その言葉の通り、道から少し離れたところに、巨大な人型の魔物がいた。
「足場が悪いよ! 馬では行けない! 降りて戦うよ!」
カロミアがそう叫んで馬から飛び降りた。
そして板のようなものを抱えて走り出す。
金属に水晶の板を貼り付けたもので、俺にはタブレットのように見えた。
まあこの世界にタブレットなんてあるわけもないから、なんらかの魔法アイテムなんだろう。
俺もカロミアに続いて走り出したのだが。
だけど魔物を一目見ただけで、これはやばい、と思ってしまった。
そいつは、でかかった。
ビルのようだ、とも思った。
まだ30メートルほどの距離があるのに、遠近感が狂って目の前にいるように感じてしまうほどだ。
人型と言っても、その身長は6~7メートルほどあった。
全身が毛に覆われ、まるで獣みたいだった。
とんでもなく鍛え上げられた筋肉。
うらやましい。
くそ、俺もあのくらいの筋肉があればなあ!
顔もひげ面で、眼光鋭く俺たちを睨んでいる。
そして。
俺たちを睨みつけるその目は、三つあった。
額にもう一つの目がついているのだ。
カロミアが驚いた様子で叫んだ。
「
俺もその名は聞いたことがある。
魔物の中でも知性を持つものを魔族と呼ぶが、
そもそも、巨人族はみな高い知性を持つんだが、
そしてなにより。
凶暴さと狡猾さにおいて、魔族の中でも最悪のレベルにあるやつだ。
同じ個体かは知らないが、半年ほど前、国王軍の拠点を急襲し、一体で1000人の兵士を皆殺しにしたという話は有名だ。
さらには。
今、俺たちの前にいる
それは、ポニーテールの小柄な少女だった。
ぐったりして意識を失っているようだ。
いや、死んでいるのか?
なにしろ、遠目に見ても全身傷だらけだ。
腕も骨折しているのか、変なところで曲がってプラーンとしている。
「これは……手遅れだったか」
思わずそう呟いた。
俺の隣でカロミアが目を凝らす。
「……あの子、生きてるよ。まだ、死んでない。心臓の鼓動も聞こえる」
この距離でそんなことがわかるのか。
さすが聖女だな。
「おい、あいつを倒せるのか?」
俺が尋ねると、カロミアは険しい表情を見せた。
「私の聖術であれば爆殺できると思うよ」
爆殺って。
普通、聖女の口からは出てこない言葉だよな。
だがそんなことを言っていられる状況じゃない。
「じゃあ早速やってくれ!」
「できないよ」
「どういうことだよ!?」
カロミアは小声で答えた。
「………………私の聖術、威力は世界一だと思うけど……。爆破の範囲が大きいんだよ。最小の威力に抑えても、半径5メラトは灰になる……あの子も巻き込んじゃうよ」
メラトはこの国の単位で、だいたい1メートル=1メラトだ。
半径5メートルを灰にしてしまうほどの爆発聖術ってことか?
それを聞いて、俺はやっと状況の真のヤバさを理解した。
それどころか、なんと人間の言葉を発した。
胸に響いてくるような、くぐもった重低音の声だった。
「こんな場所になぜお前らのような力を持った者がいる?」
魔族の三つの目は、俺と聖女カロミアを交互に見ている。
「さすがだね。向こうも私があいつを殺せる力をもっていることに気がついている。でも同時に人質の価値にも気づいているよ……」
「我を殺せるか、人間どもよ。だが、その時はこいつも死ぬ。わかるな?」
巨大な手に握った少女を俺たちに見せつける
「その子を離しなさい」
カロミアがタブレットみたいなアイテムをタップすると、その水晶板が光を放つ。
さらに画面をタップしてカロミアは短い詠唱を唱えた。
「デル・クラハ・ヒューラタブ。セット。近接爆破聖術。さあ、今すぐにその子をこちらによこしなさい。でないとあなたは爆散するよ?」
「離さぬ。このまま、我は帰還する。その後この娘は返してやる」
「嘘だよ。あなたたちの一族は繁殖に人間の生き血を必要とする。だから狩りに来たんだよね、人間を」
「そんなことはない。帰還したら返す」
「いいえ。信じないよ。その子を返さなければ私はあなたを殺す。返せば無事に帰してあげる。さあ、どっちを選ぶ?」
「お前こそ嘘を言っている。我がこの娘を解放すれば、お前は我を殺そうとするだろう」
「ゲハッ!」
少女が突然激しくせき込んだ。
口から大量の血を吐き出している。
「ひどいことを……!」
思わず俺が呟くと、カロミアは静かに言う。
「大丈夫だよ。私は聖女。上級治癒聖術も使えるよ。生きてさえいれば回復させてあげられる。生きてさえいればね」
俺たちと
数秒ののち、
「見たところ、お前は人間の聖職者ではないか。知っておるぞ。聖職者は決して同族の人間を殺さない……。お前はこの人間がわが手にある限り、我を攻撃できないのだろう? 我は行く。追うな」
そう言って、
やばい、このままじゃ連れ去られるだけだ。
そしたら、あの少女に待っているのは確実な死だけ――。
俺は、
「待て! 連れて行くなら、俺を連れて行け! 俺が人質になる。その子は置いて行け!」
「エゼル君、なにを言っているの!?」
カロミアが驚いた声を出す。
「いいんだ。俺が人質になる。……あいつは俺を連れて逃げようとするだろう。そのとき、……俺ごと焼き払ってくれ」
「そんなことできるわけないよ! 聖女としてそんなことは決してできない……ってかエゼル君を焼き払うくらいなら私は世界を焼き払うよ」
「怖いこと言わないでくれよ、ほかに方法がない……俺の戦闘力じゃとてもあいつに太刀打ちできないだろうしな。おい! そこの巨人! その子を離せ! 俺が人質になるからな!」
「断る。お前のような危険なガキは必要ない」
なんだよ、俺のどこが危険だってんだよ!
俺たちと
女の子の出血がひどい。
早く、早くなんとかしなければ。
そのとき、カロミアが言った。
「いいえ。エゼルくんならあいつを倒せるかもしれない」
「どういうことだ?」
「エゼル君。さっき、あの
「なんのことだよ?」
「さっき、あいつは『こんな場所になぜお前らのような力を持った者がいる?』と聞いた。たった今も、『危険なガキ』って言っていた。あいつが警戒しているのは、私だけじゃない。エゼルくんの力にも気づいているんだよ」
「はあ?」
「私にもわかるよ。一目見たときから気づいてた。エゼル君、あなた……戦闘に向いた『ギフト』を持っているね?」
「…………」
くそ、あれか。
あれは、やりたくない。
しかも、多少身体能力は上がるのだろうが、それでもこの
「どんなギフト?」
「あまり、言いたくない……」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ! 近距離で戦える? 遠距離? それだけでも教えて!」
「多分、近距離だ……」
「なら、勝てる。人質も救出できるよ!」
何を言ってるんだこいつは?
「どういうことだよ」
「それはね、私は聖女なんだから、治癒聖術だって超上級だよ。エゼルくんは近距離で戦って。私はその間、ずっと治癒聖術とバフ聖術をあなたとあの子にかけ続けるよ。私はこの国でトップクラスの神聖力を持っている。この戦闘くらいじゃ尽きないよ。エゼル君は戦いながら隙を見てあの子を助けて離れて。そしたら私があいつを爆殺できる」
カロミアが俺の耳元で作戦を囁いた。
なるほど。
それなら、なんとかできるかもしれない。
でも、やりたくないなあ。
あの姿にはなりたくない。
とは言ってももちろん、やるしかない。
あの少女を助けるためにはそれしかないのだ。
その間にも、
人質を握ったまま、逃亡を図ろうとしているのだ。
もう時間がない!
くそ、やるしかない!
やるぞ!
俺は右手を頭上高く掲げ、叫んだ。
「女神の力を我に与えよ! ミラクル・ゴッデス・トランスフォーム!」
その瞬間、まばゆい光が俺の全身を包んだ。
重力が消えたように感じる。
実際、俺の身体は宙に浮いていた。
全身の細胞が発光し、そして入れ替わっていく。
長年鍛えた大胸筋、愛しの三頭筋、麗しの二頭筋、苦痛をともに乗り越えてきた大腿四頭筋、いつでも俺を裏切らなかったハムストリングス。
あれだけ頑張って鍛えたのに、全部縮んでいく。
くそ、泣けるぜ!
性別まで入れ替わる。
腕は細くなり。足も細くなる。ウエストなんか、もとの俺の体の太ももくらいの大きさしかない。
髪の毛は明るいピンク色に変色してぐんぐん伸びていく。
その上俺の身体をピンク色と水色のドレスが包み込み、さらに白いフリルとレースがそれを彩る。
胸に飾られているのは虹色に輝く宝石。
その間わずか一秒。
俺は、少女に変身していた。
くそがっ!
くそくそくそ!
なんで男の中の男を目指す俺が、こんな姿にならなきゃいけないんだ!
「……なんだ、貴様のその能力は……? 初めて見るぞ……?」
うるせえ、あんまり見るんじゃない!
こんな筋肉もなにもない
「貴様、こいつがどうなってもいいのか!」
「キャーッ! 素敵ぃ! エゼル君かーわいい!!」
カロミアも叫んだ。
あほかっ!
そんなこと言ってる場合か、命が懸かってるんだぞ!
あと男に対してかわいいは悪口だからな!
くそ、パニエが太ももに密着していて気になるぜ!
なんつー格好になってるんだ俺は!
と、その時、
判断が早いなこいつ。
だが。
変身した俺の動きの方がもっと早い。
目にも止まらぬスピードであっという間に距離を詰めてきて、俺にパンチを繰り出してくる。
「ハアアア!」
俺はひらりとジャンプしてそれを避けると、トン、と
そして、