悪役令嬢は破滅フラグの代わりに太古の門を開く〜私のせいで世界が恐竜時代になったので、責任をとって特別教授になります〜 作:龍座
澄み切った青空の下、クラエス公爵家の広大な庭園の片隅で、今日も規則正しい土を打つ音が響いていた。
カタ「よっこらせ〜の、どっこいせ〜」
見事な手つきでクワを振り下ろし、ふかふかの土をひっくり返していく。
額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、「カタリナ・クラエス」は小さくため息をついた。
今日は見事なまでに一人の時間が訪れていた。
義弟のキースは朝からみっちりと家庭教師のレッスンが詰まっており、部屋から出てこられない。いつもなら飄々と姿を現す婚約者のジオルドも、今日に限って王宮の用事があるのか顔を見せなかった。
お茶会仲間であるメアリ、アラン、ニコル、ソフィアも、それぞれ実家や王宮の用事で来られないという手紙が届いていた。さらに、常にカタリナの背後に控えている専属メイドのアンでさえ、公爵夫人に頼まれた急ぎの用事で屋敷の奥へと引っ込んでいる。
結果として、今この広大な庭で土まみれになっているのは、カタリナ一人だけだった。
カタ「ふぅ……。耕す場所も、もうなくなっちゃったわね」
予定していた畝作りをあっという間に終えてしまい、カタリナは完全に手持ち無沙汰になってしまった。クワを土に突き立てて周囲を見渡すが、草むしりをする必要もないほど畑は手入れが行き届いている。
暇を持て余したカタリナは、畑のそばにある大きな木陰へと移動し、木の幹に背中を預けてどっかりと座り込んだ。木漏れ日が心地よく、黄昏るにはちょうどいい場所だ。
ぼんやりと空を流れる雲を眺めていた、その時だった。
カチ……。
カタ「!?」
背中から、微かに、だがはっきりと硬質な音が響いた。
ただの幹音ではない。何らかの機構が作動するような、人工的なスイッチの音。
驚きのあまり、カタリナはビクッと肩を震わせ、直ぐ様その場から飛び退いた。
その瞬間だった。
ズズズズズ……という重低音と共に、カタリナが先ほどまで座っていた木陰の地面が突如として盛り上がった。芝生と土が割れ、そこから現れたのは、地下へと続く石造りの階段だった。
しかも、大人が数人並んで歩けそうなほど、その階段の幅は異常に大きい。
カタ「これって隠し部屋……? ってか穴広ッ!」
思わず大声を上げてしまう。
自分の家の庭に、まさかこんな巨大な地下空間が隠されていたなんて、前世の記憶をひっくり返しても、今のカタリナの記憶を探っても全く覚えがない。これまで毎日畑仕事をしていて気づかなかったのが本当に驚きだった。
誰かを呼ぼうかとも考えたが、生憎今日は誰もいない。カタリナは恐る恐る、階段の下へと続く暗闇を覗き込んだ。カビ臭さや湿った空気はなく、むしろ微かに風が通り抜けているような清浄な空気が下から流れ込んでくる。
カタリナは好奇心には勝てず、ゆっくりと階段を下りていった。
ーーー
下りきった先に広がっていたのは、驚くほど広大な地下室だった。壁面は滑らかな石材で覆われており、天井には魔石のようなものが微かに光を放っている。
そのだだっ広い空間の中央に、2つの棒状の機械がポツンと置かれていた。
金属製と思われるその機械は、ソルシエ王国で見かけるどんな魔道具とも異なり、無機質で滑らかな質感をしている。
機械のそばには、何かが刻まれた石碑がひっそりと佇んでいた。
カタ「何か書いてあるけど……」
目を凝らして石碑の表面を見るが、さすがに古すぎて劣化してしまったのか、文字のような溝は風化しており、どうやっても解読することはできなかった。
カタ「取り敢えず、あそこに置くのが正解かしら?」
部屋の左右の隅に、ちょうどその棒状の機械を差し込むためのような窪みがあるのを見つけた。
重いのかと思いきや、機械は意外にも軽く、カタリナの腕力でも容易に持ち運ぶことができる。よいしょ、と声を漏らしながら、カタリナは左右の隅の窪みへそれぞれ機械を設置した。
ガシャン、と小気味良い音を立てて機械が窪みに収まる。
その後、機械の表面にある出っ張りや溝を色々と弄っていると、不意に指先が何かのスイッチを押し込んだ。
カチ。
再び、あの硬質な音が地下室に響く。
次の瞬間、2つの棒状の機械から強烈な光が放たれ、何もない空間で交差した。空間が波打つように歪み、光の粒子が渦を巻き始める。
そして、何と見たことのない巨大な『ゲート』が、地下室の中央にぽっかりと現れたのだ。
門の向こう側には、このソルシエ王国とも、前世の日本とも違う、全く未知の景色が微かに揺らめいて見えている。
見たことのないものにカタリナは驚愕するが…。やはり興味が勝ったのか彼女は一人、クワを構え、ゲートの中へと入っていった……。
ーーー
ゲートを抜けた瞬間、カタリナは驚愕のあまり両目を見開いた。
先ほどまで冷たい石造りの地下室にいたはずなのに一歩足を踏み出した途端…。
目の前には鬱蒼と生い茂る巨大な森が広がっていたのだ。
肌にまとわりつくようなむせ返るほどの湿気と、青臭い植物の生命力に満ちた匂いが鼻腔を突く。
空を覆い隠すほど高くそびえる木々は、見慣れたソルシエ王国の植物とは明らかに異なり、シダ植物やソテツをそのまま規格外に巨大化させたような奇妙な形をしていた。
カタ「まさか隠しルート…?いや、あっちゃんの情報にはこんなのは……」
呆然としながらも、カタリナの脳内は乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』の知識を猛烈な勢いで検索していた。しかし、親友であったあっちゃんこと「佐々木敦子」から叩き込まれた膨大な攻略情報のどこを探しても、「実家の地下室から謎の熱帯雨林にワープする」などという突飛なイベントは存在しない。
そもそも貴族たちの恋愛を描く乙女ゲームの背景として、この野性味あふれる大自然はあまりにも場違いだった。
クワの柄を両手でぎゅっと握り直し、カタリナは恐る恐る名も知らぬ巨大なシダの葉を掻き分けて前へと進んでいく。
ズシン……ズシン……。
その時、遠くから規則的な地鳴りのような重低音が響いてきた。最初は遠くの雷鳴かと思ったが、徐々にその音は近づき、カタリナの足元の地面そのものを細かく揺らし始める。
茂みを抜けた先で、カタリナの視界に信じられない光景が飛び込んできた。
木々の間を悠然と歩く、見上げるほど巨大な生き物。しかも一匹ではない。何頭もの巨大な影が連なり、群れを成して移動しているのだ。太い丸太のような四肢、長く力強い尻尾、そして馬や象など比べ物にならないほどの圧倒的な質量。
突然の未知なる存在との遭遇に、カタリナは膝からごっそりと力が抜け、たまらずドスンと尻餅をついて腰を抜かしてしまった。
カタ(これってまさか……恐竜!?!?)
声を出せば見つかって食べられるかもしれないという本能的な恐怖から、カタリナは両手で口を覆い、心の中で絶叫した。
しかし、対する巨大な恐竜たちは足元で震えている小さな人間の少女など全く気にも留めていない様子だった。
まるでそこにある石ころでも通り過ぎるかのように何事もなくカタリナの前を横切り、太い首を伸ばして高い木の葉っぱをむしゃむしゃと咀嚼し始める。
そののんびりとした平和的な様子を見るに、どうやら肉食の猛獣ではないらしい。
恐怖が少しずつ薄れ、持ち前の好奇心と観察力が顔を出すと、カタリナはその恐竜の特徴的な頭部に気がついた。頭の後ろに向かって、一本の角のような突起が長く伸びているのだ。
その独特のシルエットを見た瞬間、前世の記憶がふいにフラッシュバックする。
カタ「あれって確か……「サウロロフス」……よね?」
前世の「野猿」と呼ばれていた時代、ゲームや漫画だけでなく、ふとしたきっかけで兄の部屋にあった分厚い恐竜図鑑を勝手に持ち出して読み耽っていた時期があった。
あの特徴的な後頭部のトサカは、間違いなく図鑑のページに描かれていた草食恐竜の特徴と一致している。カタリナは、前世で兄の恐竜図鑑を読んでおいて本当に良かったと心の底から安堵した。あの時はただの鮮やかな絵だったものが、今、生身の質量と息遣いを持って目の前で生きているのだ。
そこまで思考が進んだところで、記憶のパズルがカチリと音を立ててはまる。
見たこともない巨大な植物。見渡す限りの手付かずの大自然。そして、目の前を闊歩する本物のサウロロフスの群れ。
カタ(ちょっと待って……と言う事は此処は……)
ここはソルシエ王国の辺境などではない。ましてや乙女ゲームの隠しルートでもない。
カタリナはクワを取り落とし、両手で頭を抱え込み、天を仰いで力の限り叫んだ。
カタ「中生代〜〜!!??」
破滅フラグを回避するために農業に勤しんでいたはずの悪役令嬢の悲鳴が、誰も知らない太古の森に空しく響き渡ったのであった。