乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してだけでなく私のせいで古生物を解き放ってしまった…。〜責任をとってプレヒストリック・パークを開きます〜 作:龍座
ー医療施設ー
恐竜保護施設の敷地内には、万が一の怪我や病気に備えて、最新の設備と清潔な環境を整えた専用の医療施設が設けられていた。
三匹の始祖鳥たちは、捕獲の際に暴れたことによる擦り傷や、木から落下した際の打撲がないかを入念にチェックされた。そして念には念を入れて、マリアの温かな『光の魔法』による治癒が施された。
純白の光が小さな身体を包み込むと、始祖鳥たちは威嚇の声を上げるのをやめ、うっとりとしたように目を細めて喉を「クルル……」と鳴らした。完全に体力を回復し、怪我の心配がなくなったことを見届けて、一同はようやく深い安堵の息を吐き出した。
ニコ「……そう言えば」
無事に保護された始祖鳥たちが、用意された仮設のケージの中で大人しく水を飲んでいる様子を眺めながら、ニコルがふと疑問を口にした。
ニコ「このシソチョウたちも、いずれはガリミムスと似た様な展示形式にするのだろうか?」
ガリミムスの展示場は、自然の地形を利用し、土壁や擬木で周囲を囲っただけの、非常に開放感のある広大なエリアだった。しかし、目の前にいるのは、いくら飛ぶのが下手とはいえ、木をよじ登り、滑空することができる羽を持った生き物である。
ニコルのもっともな疑問に、カタリナは「うっ」と言葉を詰まらせ、気まずそうに頬を引きつらせた。
カタ「アハハハ……流石に、始祖鳥ともなると空が開いた展示場では逃げ出してしまうから、天井まで覆われた金網のバードケージでの展示になるわね……」
野生動物を閉じ込める檻のような金網。カタリナ自身、できることなら完全な自然の中で自由にさせてあげたいという思いがあったため、少し悔しそうに肩を落とした。
アラ「やっぱりな。あんな風に木をスルスル登られて、上から飛ばれたらどうしようもねぇからな」
アランが腕を組みながら納得したように頷く。しかし、そこで黙って落ち込むカタリナではなかった。彼女は顔をバッと上げ、両手を力強く握りしめて熱弁を振るい始めた。
カタ「だからといって、展示の理念は絶対に崩さないわよ! ただの殺風景な鳥籠にするつもりはないわ。中には背の高い広葉樹を植えて、滑空するための高低差を作って、身を隠せる朽ち木やシダ植物も配置するの! 金網越しであっても、この子たちが本来生きていた自然環境に極力合わせた、ストレスのない住まいにするわ!」
前世の記憶にある、最新の動物園の『生態展示(ランドスケープ・イマージョン)』の概念。それをこのソルシエ王国でも絶対に実現してみせるという、園長としての並々ならぬ決意であった。
そして、その情熱の炎に一度火がついてしまったカタリナの思考は、もはや誰にも止められない領域へと突入していく。
カタ「……そうなると、今は白亜紀のガリミムスとジュラ紀の始祖鳥だけれど、今後もっと他の時代の生き物を保護することになったら、やっぱり『時代別』に区画を分けるべきよね。それに、始祖鳥のように小型で繊細な生き物や、夜行性の生き物のために、温度や湿度を魔石で完璧に管理できる『室内展示館』の建設も考えたほうが良いわね。それから……」
カタリナは顎に手を当て、完全に自分の世界に入り込んで独り言を呟き始めた。その目はもはや目の前の景色を見ておらず、頭の中に広がる未来の巨大恐竜パークの設計図を猛スピードで組み上げている。
ジオルドやキースたちは「また義姉さんの(カタリナの)悪い癖が始まった」とばかりに、やれやれと肩をすくめて苦笑し合っていた。
だが、数分ほどブツブツと呟き続けていたカタリナは、ふと我に返り、皆が呆れたような(あるいは生温かい)視線で自分を見つめていることに気がついた。
カタ「っ!? !? ご、ゴメンなさい! 私ったら、また急に一人でブツブツと……気持ち悪かったでしょ!?」
前世からの筋金入りのオタク気質が露呈してしまったことに気づき、カタリナは顔を真っ赤にして両手で口を覆った。特に、今日初めて会話をしたばかりの『ゲームの主人公』であるマリアに対して、とんでもなく変な令嬢だと思われてしまったのではないかと、冷や汗がどっと噴き出す。
嫌われたかもしれない。破滅フラグが立ってしまったかもしれない。
カタリナがおずおずとマリアの顔色を窺うと……。
マリアは、軽蔑するどころか、その澄み切った碧い瞳をキラキラと輝かせ、胸の前で両手をギュッと組んでいた。
マリ「いえ……。誰かの為に、ここまで一生懸命に考えられるなんて。カタリナ様は、本当に優しい方なんですね」
マリアの口から紡がれたのは、心の底からの純粋な称賛の言葉だった。
村では「気味が悪い」「関わると不幸になる」と、いつも遠ざけられてきた自分。しかし目の前にいる公爵令嬢は、得体の知れない古代の生き物たちのために、泥だらけになって駆け回り、彼らが少しでも幸せに暮らせるようにと、周囲の目も気にせずに真剣に思い悩んでいる。
その姿は、マリアにとって「気持ち悪い」どころか、この世の誰よりも気高く、美しく、そして温かく見えたのだ。
ふわりと花が咲くように、マリアが優しく微笑んだ。
そのあまりにも可憐で聖母のような微笑みに、カタリナはドキンと心臓を跳ねさせ、今度は別の意味で顔を真っ赤にして硬直してしまった。
カタ(さ、さすがはヒロイン……っ! 破壊力が凄まじすぎるわ!)
カタリナが内心で悶絶している背後で、ジオルドやメアリたちは「またカタリナが無自覚に誰かをオトしてしまった」という事実を察知し、今後のライバル増加を予感して密かにこめかみを押さえるのであった。
ーーー
医療施設での始祖鳥の治療も無事に終わり、一同の間にホッと穏やかな空気が流れていた時のことだった。
壁に背を預けていたアランが、ふと思い出したように口を開いた。
アラ「そう言えば、この園の名前はどうするんだ? 施設は立派にできあがってるが、看板に掲げる名前がないと格好がつかねぇだろ」
その言葉に、カタリナは雷に打たれたようにピタリと動きを止めた。
カタ「そっか……。エンリッチメントのことや餌の調達ばかりに気を取られて……肝心の名前、全く決めてなかったな……」
前世の動物園の知識をフル活用して施設作りに没頭するあまり、最も基本的な「名称」という概念がすっぽりと抜け落ちていたのである。カタリナが呆然と呟くと、それを絶好の機会と見たジオルドが、いつもの眩しいほどの王子スマイルを浮かべて一歩前へ出た。
ジオ「それでしたら、僕に素晴らしい案がありますよ。この園の設立には僕も微力ながら協力していますし、何より僕たちは愛し合う婚約者同士。ですから……『ジオカタ古生物園』というのはいかがでしょう?」
ジオルドがさらりと、しかし強烈な牽制を交えながら提案した。
だが、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、キースがジオルドとカタリナの間に割って入った。
キー「ちょっと待ってください、ジオルド王子! 義姉さんの名前を冠するならば、血の繋がりを超えた家族の絆を示すべきです! したがってここは『キーカタ古生物園』にするべきです!」
ジオ「おや、義理の弟であるキース義弟殿には、少し荷が重い名前ではないですか?」
キー「そんなことはありません。僕こそが、いつも義姉さんを一番近くで支えているのですから!」
バチバチと火花を散らし始める王子と義弟。
しかし、名付けの権利を巡る争いは、男性陣だけには留まらなかった。
メア「お二方とも、カタリナ様のお名前を自分と並べて独占しようなどと、浅ましいにも程がありますわ! ここは当然、私とカタリナ様の友情の証である『メアカタ花園・恐竜添え』一択ですわ!!」
ソフィ「わ、わたくしも負けませんわ! カタリナ様のお名前とわたくしの名前を並べたいです! 『ソフィカタの奇跡の古生物』なんていかがでしょうか!もしくはお兄様とカタリナ様の名前を合わせた…!」
「カタリナの隣は僕だ!」「いいえ私ですわ!」と、次々に自分の名前とカタリナの名前を合体させた、あまりにも個性的(かつ重い感情が込められた)な園の名称案が飛び交い、医療施設は一瞬にして騒然とした言い争いの場と化してしまった。
その凄まじい熱量とカオスな光景を前に、一部の面々は完全に蚊帳の外に置かれていた。
マリ「あ、あわわわ……っ」
ニコ「…………(僕なら『ニコカタ……』)」
アラ「また始まったぜ……。あいつら、本当にカタリナが絡むと見境がなくなるな……」
アン「はぁ……。お嬢様も、本当に罪作りなお方です……」
初めて見る彼らの愛憎入り乱れるカタリナ争奪戦に、マリアはおろおろと視線を彷徨わせて呆然とし、ニコルは無言のまま密かに自分の案を脳内で練り、アランは深くため息をつき、アンはもはや日常茶飯事とばかりに悟りを開いたような遠い目をしていた。
だが、当のカタリナ本人の脳内は、彼らの愛情表現とは全く別のベクトルで大パニックを起こしていた。
カタ(ひええええええっ!! なんで私の名前が大前提になってるのよ!? 私の名前を冠した園なんか作って、もし恐竜が脱走でもして誰かに怪我をさせたら、全責任が『悪役令嬢カタリナ・クラエス』にのしかかってくるじゃないの! 最悪の場合、そのまま断罪イベント発生で国外追放ルート直行よ!!)
生存戦略を第一に掲げるカタリナにとって、自分の名前がデカデカと看板に刻まれるなど、目立つ破滅フラグ以外の何物でもなかった。
カタ「ダメダメダメ!! 私の名前を使うのは無し! 絶対にダメよ!!」
カタリナは両腕を顔の前でクロスさせ、必死の形相で全員の案を全否定した。
突然の大声に、ジオルドやメアリたちはビクッと肩を震わせ、「そんな……」「カタリナ様のお名前がないなんて……」とあからさまにシュンと肩を落としてしまった。
水を打ったように静まり返る室内。
カタリナは少し申し訳なく思いつつも、破滅フラグを回避しつつ、この施設にふさわしい名前はないものかと必死に頭を捻った。
窓の外には、ガリミムスたちが暮らす鬱蒼とした太古の森の再現エリアが広がっている。前世の記憶――歴史が始まるよりも遥か昔、人類がまだ影も形もなかった時代を生きた、偉大なる巨大生物たちの姿。
ふと、カタリナの口から、ある一つの言葉がポツリとこぼれ落ちた。
カタ「……『プレヒストリック・パーク』……」
その静かな呟きは、言い争いをやめていた一同の耳に、はっきりと届いた。
ジオ「プレヒストリック……?」
マリ「パーク……ですか?」
聞き慣れない響きに、マリアやジオルドたちが不思議そうに首を傾げる。
カタリナはハッとして振り返り、照れくさそうに頬を掻きながら言葉の意味を補足した。
カタ「あ、えっとね。プレヒストリックっていうのは『有史以前の』とか『先史時代の』っていう意味を持たせた言葉のつもりなの。歴史が始まるよりもずっと昔を生きていたあの子たちを保護して、誰もが安心して見学できるパークにする……っていう願いを込めて、どうかしら?」
前世の記憶の英語をファンタジー世界向けにそれらしく意訳して説明したカタリナだったが、その言葉を聞いた瞬間、面々の顔色がパッと明るく輝いた。
アラ「プレヒストリック・パーク……。いいじゃねぇか! なんかこう、未知の冒険が始まるみたいで、すごくワクワクする響きだ!」
キー「ええ、とても素晴らしいと思います。特定の個人の名前を主張するより、ずっとこの場所にふさわしい、壮大で神秘的な名前です」
キースがアランに同意し、チラリとジオルドたちに視線を送る。
ソフィ「歴史が始まる前の公園……。ロマンチックで、とっても素敵ですわ、カタリナ様!」
メア「ええ! カタリナ様の深い慈愛と知性が込められた、本当に素晴らしいお名前ですわ!」
ニコ「……賛成だ。とても、いい名前だと思う」
ジオ「ふふっ。皆さんがそう言うのなら、僕も異論はありませんよ。カタリナが名付けたという事実こそが、最も尊いのですから」
個人の名前を冠するという我欲を捨て、施設そのものの意義を美しく表現したその名前に、全員が文句なしの大絶賛を送った。マリアも胸の前で両手を組み、「素敵なお名前ですね」と満面の笑みで頷いている。
カタ「ほ、ほんと!? よかったぁ……!」
カタリナは心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。
これで目立つ破滅フラグも回避でき、しかも全員が納得する完璧な名前をつけることができたのだ。
こうして、後の世に多大な影響を与えることになる、世界初の古代生物保護施設の名前が正式に決定した。
誰の名前でもない、歴史以前の命を繋ぐ場所。
その名は――『プレヒストリック・パーク』!
ーーー
無事に名付けを終えたカタリナたちは、手際よく次の行動へと移った。
夕暮れ時が近づく中、興奮冷めやらぬガリミムスたちを刺激しないよう、再び新鮮な野菜を使って穏やかに誘導し、安全な夜間管理用のバックヤードへと戻した。彼らは「クルル……」と静かな鳴き声を交わし合いながら、太い脚でしっかりと土を踏みしめて寝床へと収まっていった。
一方、新しく保護された三匹の始祖鳥たちは、医療施設内に用意された頑丈な仮設ケージへと移された。現世の鳥とは明らかに異なる、長い骨の通った尾羽をパタパタと揺らしながら、最新の光魔法で完治したばかりの黒白の美しい羽毛を器用に嘴で毛づくろいしている。彼らがケージの中の水を美味しそうに飲む姿を見届け、カタリナは「プレヒストリック・パーク」の記念すべき第一歩に、胸を大きく膨らませていた。
恐竜の誘導に始祖鳥の捕獲劇と、あまりにも中身の濃い、色々あった一日をそれぞれの胸に抱きながら、カタリナたちは心地よい疲労感とともにクラエス家の本邸への帰路についた。
夕焼け空が王都を茜色に染める中、笑い合いながらエントランスの前に辿り着いた一行。しかし、彼らの姿は、お世辞にも高貴な貴族のものとは言えなかった。
特にカタリナとアラン、キースの三人は、始祖鳥との立体的な追いかけっこのせいで、高級な衣服のあちこちに泥がこびりつき、髪には植物の葉や小枝が刺さったまま。魔法でサポートしたメアリやソフィア、そしてマリアも、足元が泥で少し汚れてしまっていた。
そんなボロボロの一行が玄関の扉を開けようとした、その時だった。
カチャリ、と内側から扉が開き、そこに一人の女性が姿を現した。
クラエス公爵夫人ミリディアナ・クラエス。
病み上がりであるはずの娘が朝から泥だらけの畑へ向かい、そのまま戻ってこないことを心配して待ち構えていたのだろう。しかし、目の前に現れた娘たちの姿を見た瞬間、ミリディアナの表情がピキリと凍りついた。
ミリ「……カタリナ?」
ミリディアナは、一見すると大変優雅で美しい笑顔を浮かべていた。しかし、その奥にある瞳は、全くと言っていいほど笑っていなかった。背後から立ち上る、凍てつくような無言のプレッシャーに、カタリナの背筋に冷たい戦慄が走る。
カタ「お……お母様……!」
ミリディアナの視線が、カタリナの泥だらけのドレス、アランたちの汚れた上着、そして何より、昨日カタリナの命を救ってくれた大切な客人であるはずのマリアの、少し汚れてしまった服へと移動していく。
奇跡的な回復を遂げた翌日に、公爵令嬢としてあるまじき泥まみれの醜態。そればかりか、大切な恩人や他家の王子たちまでをも巻き込んでボロボロにしているその状況を察し、ミリディアナの額に青筋が浮かび上がった。
ミリ「カタリナ……。あなたという子は、病気が治ったばかりだというのに、またそうやって泥だらけになって……。そのうえ、大切な恩人であるマリア様や、ジオルド王子殿下たちまで何かボロボロではありませんか! 平民の身であるマリア様にまでこのようなお気遣いをさせるなど、公爵令嬢として、主催者として、絶対に許されません! ……カタリナはお説教です!!」
ゴゴゴゴ、と効果音が聞こえてきそうな大迫力の雷が、クラエス家の玄関前に落ちた。
カタ「待って待って! 違うの、これにはとっても深くて壮大な理由があるのよお母様! 始祖鳥が、歴史の狭間から迷い込んだ始祖鳥を保護するために……ひゃああっ! ゴメンナサイお母様ーー!!」
カタリナの必死の弁明など聞く耳持たず、ミリディアナはカタリナの襟首をガシッと掴むと、問答無用で屋敷の奥へとズルズルと引きずり始めた。お説教部屋への直行ルートである。
キースやジオルドたちは、もはや見慣れすぎたその光景に「ああ、やっぱりこうなったか」とばかりに肩をすくめ、アランは笑いを噛み殺している。
しかし、母の強大な力によって廊下の奥へと引きずられていきながらも、カタリナは必死にマリアの方へと顔を向けた。そして、涙目になりながらも、ひまわりが咲いたような満面の、裏表のない笑顔で大きく手を振った。
カタ「マリアちゃん! 今日は本当に楽しかったわ! また絶対に、一緒に遊ぼうねーー!!」
その声は、お説教部屋の重厚な扉が閉まる音とともに遠ざかっていった。
初めて見る貴族の家庭内での激しい(?)一幕に、マリアはすっかり圧倒され、「あ、あわわわ……」と両手を口元に当ててオロオロと心配そうにその場に立ち尽くしていた。
マリ「あの、カタリナ様……大丈夫でしょうか。私のせいで、お母様に怒られてしまって……」
マリアが本気で胸を痛めていると、その隣でキースがやれやれと苦笑いを浮かべながら、優しく声をかけた。
キー「あはは、気にしないでいいよ、マリアさん。……何時もの事だからね。義姉さんはああ見えてすごく頑丈だし、明日にはまた笑って畑を耕しているよ」
ジオ「ええ。カタリナにとっては、あれが日常のようなものですから。マリア嬢、あなたが責任を感じる必要はどこにもありませんよ」
ジオルドもいつもの完璧な微笑みでマリアをなだめる。メアリやソフィアも「本当にカタリナ様は元気ですわね」とクスクスと笑い合っていた。
仲間たちのその温かく親しげな様子を見て、マリアの緊張はすっかり解け、胸の奥がじんわりと温かいもので満たされていくのを感じていた。
村での孤独な日々。自分の魔法を気味が悪いと罵られた過去。
けれど、この場所にそんな暗い影はどこにもなかった。
泥まみれになりながら、自分を「友達」と呼んで手を引いてくれたカタリナ。そして、そんな彼女を中心に、身分を超えて笑い合える素晴らしい仲間たち。
引きずられていったカタリナの騒がしい声の余韻を聴きながら、マリアはそっと自分の胸に手を当てた。
カタ(カタリナ様……。はい、また絶対に、一緒に遊びましょうね)
夕暮れに染まるクラエス公爵邸。
ハプニングだらけだったこの一日は、マリア・キャンベルにとって、生涯決して色褪せることのない、かけがえのない、そして最も大切な「宝物」のような思い出になったのであった。