乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してだけでなく私のせいで古生物を解き放ってしまった…。〜責任をとってプレヒストリック・パークを開きます〜 作:龍座
プレヒストリック・パークの敷地内に新設された、ログハウス風の立派な管理棟。その一室に置かれた大きな長テーブルを囲むようにして、いつものメンバーが集まっていた。
カタリナを筆頭に、マリア、キース、ジオルド、アラン、ニコル、メアリ、ソフィア。そしてなぜか、王国の第一王子であるジェフリー・スティアートとイアン・スティアートまでもが、上座に近い席で優雅に紅茶を傾けている。
本日の集まりは、今後のパークの運営方針についての会議であった。
和やかな空気の中、ふいにジェフリーがティーカップをソーサーに置き、ふわりとしたいつもの笑顔をカタリナへ向けた。
ジェフ「そろそろ、一般に向けてオープンしても良いんじゃないかな?」
あまりにも唐突な提案に、カタリナは目をパチクリと瞬かせた。
カタ「オ、オープン……ですか? つまり、貴族だけではなく平民の方々にもパークを開放するということですよね。しかし、まだこのパークにはガリミムス、始祖鳥、スミロドンの3種類しかおらず……いくらなんでも、見世物としては少なすぎるのでは……」
前世の記憶にある広大な動物園やテーマパークを基準にしてしまっているカタリナは、たった3エリアしかない現状での開園に難色を示した。来園者をガッカリさせてしまうのではないかという、園長としての責任感ゆえの躊躇いである。
だが、ジェフリーはひらひらと手を振ってカタリナの懸念を否定した。
ジェフ「いやいや、何を言っているんだいカタリナ。あのスミロドンの新しい展示場や、ガリミムスたちの広大な生態展示は、目の肥えた王族の目から見ても文句のつけようがない、最高の仕上がりだったよ! たった3種類とはいえ、その一つ一つが信じられないほど見応えがある」
ジェフリーは楽しげに身を乗り出し、カタリナを真っ直ぐに見つめた。
ジェフ「それに……君のことだ。これからも、まだまだ保護する生き物を増やすつもりなんでしょ?」
その言葉に、カタリナはハッとして息を飲んだ。
ジェフリーの予想は完全に的中していたのである。スミロドン騒動の後、王家の情報網や近隣の領主たちから、「見たこともない巨大な鳥が森を走っていた」「角の生えた恐ろしいトカゲが川の水を飲んでいた」といった、未知の古代生物の目撃情報がカタリナたちの元へポツポツと寄せられ始めていたのだ。この世界には、まだまだ歴史の狭間から迷い込んでしまった生き物たちが隠れ潜んでいる。
当然、カタリナも無計画に展示場を増築しているわけではない。
少しでも多くの古代生物を保護できるよう施設の構造や配置は綿密に計算されていた。
将来的に、もし保護する動物が増えて「白亜紀」「ジュラ紀」「新生代」などと時代別にエリアを分割・整理することになった場合でも、空いてしまった展示場は無駄にしない。
外壁や堀の基本構造はそのまま活かし、内部の植生や岩場の配置だけを素早く改装して、全く別の恐竜や古代生物の展示場として再利用できるような、極めて持続可能で柔軟なパーク設計を最初から見据えているのだ。
メア「ジェフリー王子殿下の仰る通りですわ、カタリナ様!」
メアリが身を乗り出して賛同の声を上げる。
メア「カタリナ様が手掛けたこの素晴らしい施設を、これ以上隠しておく必要などありません!」
「それにね」と、ジェフリーはパチンと扇子を鳴らしてニコルの方へ視線を向けた。
ジェフ「各展示の前に設置されている、あの『説明の着いた板(解説ボード)』。あれは来園者の知的好奇心を刺激する、教育的観点からも中々良い発想だ。そして何より……出口付近や展示場にちゃっかりと設置してある『募金箱』! あれも素晴らしいね!」
ジェフリーの言葉に、ニコルが微かに頷いた。あの募金箱は、カタリナの「施設の維持費と餌代が足りないわ!」という悲鳴を聞いたニコルが、現実的な資金調達の手段として設置を提案したものだった。
イア「確かに。これだけ巨大な施設を維持し、さらに保護活動を広げていくには、莫大な資金が必要になる。モブ貴族からの寄付金(強制)があるとはいえ、それだけではいつか底を突く。だからこそ、広く一般に開園して、この事業の意義を知ってもらい、自発的な支援を募るべき。今からでも開園すべきだと俺も思う」
イアンの極めて真っ当で、かつ王家の人間らしい理にかなった説得に、カタリナはグッと拳を握りしめた。
「……確かに。これから出会うかもしれない未知の生き物たちを助けるためにも、資金とパークの知名度は絶対に必要ね。わかりました!」
カタリナは勢いよく立ち上がると、用意されていた黒板の前に立ち、チョークで大きな文字を書き殴った。
「では、本日の議題はこれに決定します! 『プレヒストリック・パーク開園にあたって必要なもの』について、皆様の意見を聞かせてください!」
カタリナの力強い宣言に、マリアやソフィアたちが「はいっ!」と嬉しそうに拍手を送る。会議室の空気は一気に「開園」という新しい目標に向かって熱を帯び始めた。
そんな中、カタリナの婚約者であるジオルドと、その双子の弟であるアランだけは、黒板の前でニコニコと笑いながらカタリナをサポートしている長兄の姿を、半ば呆れたような、据わった目でじっと見つめていた。
ジオ&アラ((……って、そもそも何で兄上達まで当たり前のように此処に居座って、会議を仕切っているんだ……?))
第一王子ジェフリーが居座っているだけでも頭が痛いのに、まさか次期国王候補である第二王子までが、一介の公爵令嬢が主催する私的な動物園の運営会議に同席しているなど、他人が見れば卒倒しかねない異常事態であった。
だが、二人の心の中の見事なシンクロツッコミは、開園へ向けて白熱していく会議の熱気にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった……。
カタ「さて! 資金調達も重要ですが、開園にあたって一番最初に決めなければならない最重要事項があります。それは『お客様への禁止事項』、つまりパークのルール作りです!」
カタリナは黒板に『禁止事項』と大きく書き殴り、チョークを持ったまま振り返った。
カタ「まず第一に……『古生物に外から持ってきた食べ物を与えるのは禁止』です!」
キー「確かに。彼らは僕たちの時代の生き物とは消化器官の構造が違うかもしれないしね。人間の食べる甘いお菓子や味の濃いものを与えたら、確実にお腹を壊してしまうだろうね」
キースの同意に、カタリナは深く頷く。動物園における素人の餌やりは、動物の健康を著しく害する一番の要因である。特に始祖鳥に与えているような「生きた虫」や、スミロドンのための「生肉」の管理は徹底しなければならないのだ。
カタ「次に、『飼育場への乱入禁止』! 言うまでもありませんが、彼らは危険な野生の生き物です。柵をよじ登ったりして中に入れば、命の保証はありません!」
メア「そんな恐ろしいことを考える命知らずな方がいらっしゃるとは思いませんが、万が一に備えて、絶対に明記しておくべきですわね」
メアリが真剣に頷く。
カタ「そして三つ目。これがこの国において一番警戒すべき点ですが……『魔法を使うのは禁止』です!」
マリ「あ……。そうですね。突然炎を出したり、強い光や水を出したりすれば、生き物たちを酷く怯えさせてしまいます……」
マリアが心配そうに胸元で両手を組んだ。ソルシエ王国では、貴族であれば誰もが日常的に魔法を使うことができる。しかし、魔法による突発的な光や音、環境の急激な変化は、未知の古代生物たちをパニックに陥らせ、思わぬ事故を引き起こすトリガーになりかねない。
カタ「その通りよ、マリアちゃん! それに関連して四つ目。『大きな音を出したり、棒などで古生物をつついて驚かせるのは禁止』よ! 隠れている生き物を無理やり動かそうとして、石を投げたり長い棒で突いたりするなんて、言語道断の動物虐待です!」
アラ「なるほどな。俺たちの理念はあくまで『動物を探す』ことだ。静かに観察するのが基本マナーってわけだ」
カタ「ええ! そして最後に、『他のお客の妨げになる行為は禁止』! 観察小屋の窓を一人でずっと独占したり、通路を塞いで騒いだりするのはマナー違反です。誰もが気持ちよく見学できるように配慮してもらわなければ困ります」
カタリナが黒板をコンコンと叩きながら五つの基本ルールを説明し終えると、会議室は納得の空気に包まれた。
カタ「とりあえず、開園当初のルールはこんなところかしら。もちろん、想定外のトラブルが起きる可能性は高いから、他にも問題が起きたらその都度新しい禁止事項を出していく予定よ」
イア「非常に理にかなった、過不足のない素晴らしい規則だ。不測の事態に備え、法と規律を明確に定めておくことは上に立つ者の絶対の義務。カタリナ嬢、私も魔法省と連携し、禁止事項を破った者への明確な『罰則規定』の策定に協力しよう。魔法を悪用する輩が出ないよう、厳しく取り締まる体制を整えなければ」
ジェフ「さっすがイアン! 真面目で頼りになるねぇ〜! 僕も近衛騎士団から見回り用の警備兵を何人か出向させてあげようか?」
イア「兄上のご提案に感謝します。警備の目があれば、来園者への牽制にもなりますからね」
カタ「ええっ!? 第二王子殿下に魔法省の罰則規定を作っていただき、第一王子殿下に近衛騎士を警備に!? な、なんて心強いのかしら……!! お二人とも、本当にありがとうございます!」
真顔で国家権力をフル活用して動物園のルールを補強し始める兄たちと、それを素直に大喜びで受け入れるカタリナ。
ジオ&アラ((……だから何で、兄上たちが当たり前のように運営の中枢に入り込んで仕切ってるんだ……))
もはや止める隙すら与えられない見事な連携プレーを前に、双子の王子たちは揃って深いため息をつき、静かに紅茶をすするしかなかったのである。
カタリナは手元の羊皮紙に羽ペンで次々とチェックを入れながら、パークの地図を指し示した。
カタ「ルールが決まったら、次はお客様のための設備です。まずは今の所は、簡易的な休憩所と、飲食できる場所が必要ですね。ゆくゆくは立派なレストランみたいに大きくするつもりですが、最初は手軽に休めるベンチと、軽食を出せる屋台のようなものをいくつか配置します。広い園内を歩き回れば、絶対にお腹が空きますから!」
力強く宣言するカタリナに、仲間たちは「カタリナ(様)らしい」と微笑ましい視線を向けた。
カタ「食事のメニューにもこだわりますよ。歩きながらでも食べやすいように、あらかじめ水に浸水させてモチモチの生地のような食感に仕上げたパスタ料理や、普通の塩水ではなく麦茶で茹でて香ばしさと深いコクを引き出した枝豆など、手軽だけど美味しくて工夫を凝らしたメニューを出すつもりです」
キー「へえ、それはすごく美味しそうだ。義姉さんは相変わらず、食べ物のことになると本当に発想が豊かだね」
キースが感心したように頷くと、カタリナはえっへんと胸を張った。
カタ「後、トイレもちゃんと完備してそれから……」
カタリナはふと真剣な表情に戻り、紙から顔を上げて会議室のメンバーをぐるりと見回した。
カタ「可能ならば将来的に、古生物の事が分かる建物も作りたいですね」
そのカタリナの新しい案に、会議室にいた全員が一斉に首を傾げた。
アラ「古生物のことが分かる建物? 生き物なら、外の展示場に行けば本物がいるじゃないか。わざわざ建物を作る意味があるのか?」
アランの素朴な疑問に、ジオルドやニコルたちも同調するように頷く。王族や貴族の感覚からすれば、珍しい生き物は「生きた姿を直接見て楽しむ」のが当たり前であり、わざわざそれについて学ぶための専用施設を同じ敷地内に作るという発想がなかったのだ。
首を傾げる彼等に、カタリナは立ち上がり、黒板の前に立って熱を込めて説明を始めた。
カタ「もちろん、本物の生きている姿を見てもらうのが一番です! でも、皆様もご存知の通り、私たちのパークの理念は『動物を探す』こと。彼らは自然に近い環境で隠れていることも多いから、お客様が必ずしも全身をじっくり観察できるとは限りませんし、時には茂みの奥で寝ていて見えない日もあるでしょう」
カタリナはチョークを手に取り、黒板に大きな建物のスケッチを描き始めた。
カタ「だからこそ、彼らの身体の作りや生態を詳しく学べる『博物館』のような施設が必要なのです! 例えば、見えなかった時のために巨大な骨格標本や模型を展示したり、彼らが野生でどんなものを食べているのかという食事の解説パネルを置きます。ガリミムスが生きていた『白亜紀』や、始祖鳥の『ジュラ紀』、スミロドンの『氷河期』といった、気の遠くなるような昔の時代の気候や環境についての歴史も学べるようにするんです」
イア「なるほど……。ただ生きた姿を見る娯楽で終わらせるのではなく、彼らの背景にある歴史や生物学的な知識を深めるための、学術的な教育施設ということか」
カタ「その通りです、イアン様! あのスミロドンのお茶会の事件だって、貴族の方々が彼らの『折れやすい牙』という生態を知らなかった……無知が招いた悲劇です。生き物のことを正しく知ることは、命への敬意と保護に繋がります。お客様たちに『ただの珍しい見世物』として消費させるのではなく、『守るべき尊い命』だと理解してもらうための教育の場が、このパークには絶対に必要なんです!」
カタリナの熱のこもった真摯な説明に、部屋の空気がスッと引き締まった。
ただの動物園ではなく、知識を啓蒙し、動物愛護の精神を育むための教育機関。それは、ソルシエ王国はおろか周辺諸国のどこにも存在しない、極めて高尚で画期的な理念であった。
ジオ「……恐れ入りました。カタリナ、あなたは本当に、僕の想像を遥かに超えていく人ですね」
ジオルドが感嘆の吐息を漏らし、愛情に満ちた視線を婚約者へ送る。その隣では、イアンが手帳に猛烈な勢いでペンを走らせていた。
イア「素晴らしい構想だ。単なる娯楽施設ではなく、王国の学問の発展にも大きく寄与する。魔法省だけでなく、王立学園の古生物学や生物学の教授たちにも協力を要請し、学術的な資料や文献を集めるべきだな。私の方から学園に働きかけておこう」
ジェフ「いいねぇ! 教育施設としての側面を持たせれば、見栄っ張りな貴族たちもこぞって『子供の教育のため』と称して足を運ぶようになる。パークの品格も上がるし、募金箱に入る支援金もさらに集まりやすくなるというわけだ。流石はカタリナ、目の付け所が完璧だよ!」
マリ「カタリナ様の命を思いやるお優しいお心が、こうして形になっていくのですね。私、感動いたしました……!」
マリアも両手を胸の前で組み、キラキラとした尊敬の眼差しをカタリナに向けている。メアリとソフィアも「我らがカタリナ様ですわ!」と誇らしげに頷き合っていた。
カタ「えへへ、それほどでもありませんよ!
(……前世で行った博物館の受け売りなんだけど、皆が賛成してくれてよかったわ!)」
内心でホッと胸を撫で下ろしながら、カタリナはニコニコと笑う。
休憩所や飲食スペース、そして将来的な教育施設としての博物館。カタリナの口から次々と飛び出す画期的なアイデアによって、会議室は希望と興奮に包まれていた。一先ずはこれで開園に向けた大枠の方向性が決まったと、誰もが明るい顔で頷き合っていた。
しかし、その和やかな空気を、静かで、かつ極めて現実的な声が引き裂いた。
ニコ「だが……古生物達はどうするんだ? 僕たちだけでは限界がある」
「「!?」」
ニコルの口から発せられたその鋭い指摘に、カタリナをはじめとする全員がハッとして息を呑んだ。
確かにニコルの言う通りだ。
スミロドンの件で明らかになったように、今この瞬間にソルシエ王国のどこかの森や荒野で、時代を超えて迷い込んだ未知の古生物たちが我が物顔で歩き回っている可能性が高い。
これまでは偶然カタリナの周囲で発見されたり、ジェフリーの権力で事後処理的に保護したりしてきたが、もし今後、王国中のあちこちで同時に巨大な恐竜や獰猛な古代獣が出現したらどうなるのか。
彼らは優秀な魔力持ちとはいえ、基本的には将来、学園に通う学生であり、貴族の子息令嬢だ。学業や公務の合間を縫って、少人数で広大な王国中を駆け回り、危険な古生物を相手に無傷で捕獲し、このパークまで安全に輸送するなど、どう考えても物理的に不可能である。
放置すれば、パニックを起こした領民に殺されてしまうか、あるいはあのモブ貴族のように「手柄」や「見世物」として密猟する者が必ず現れる。
カタ「そ、そうよね……。私たちだけで森を探索して、巨大な恐竜を捕まえるなんて……いくら魔法があっても手が足りないわ。どうしよう……っ」
冷や汗を流し、頭を抱えるカタリナ。せっかく受け入れ態勢を整えても、肝心の「保護する手段」がなければ絵に描いた餅だ。
暗雲が立ち込めかけたその時。長テーブルの上座に座っていた二人の王子が、同時にふっと口元に笑みを浮かべた。
イア「その点については、私と兄上で既に現実的な解決策を用意してある」
ジェフ「そうそう。可愛い弟たちと君がせっかく作った素晴らしい施設を、人員不足なんかで頓挫させるわけにはいかないからねぇ」
頼もしい二人の声に、全員の視線がバッと集中する。
生真面目な第二王子イアンは、手元の分厚い手帳をパラリと捲り、理路整然とした口調で説明を始めた。
イア「まず大前提として、これら未知の古代生物の保護は、もはやクラエス公爵家個人の事業の範疇を超えている。国家の治安に関わる重大な案件だ。故に、私から父上と魔法省に強く働きかけ、これらの生物を『王家直轄の特別保護指定生物』として正式に法整備するよう動いている」
ニコ「……特別保護指定生物、ですか」
イア「ああ。これにより、貴族や平民が個人的な娯楽や利益のために古代生物を捕獲・殺傷することを国法で固く禁じる。その上で、魔法省の優秀な魔術師と、近衛騎士団の中から腕利きの者たちを選抜し、古代生物の『捜索・捕獲・輸送』を専門とする【特務保護部隊】を正式に設立するつもりだ」
イアンの提案は、まさに国家権力をフルに活用した圧倒的な解決策だった。
個人で無理なら、国を動かして専門の組織を作ってしまえばいい。次期国王候補として国政に深く関わるイアンだからこそ実行できる、極めて現実的で盤石なシステムである。
カタ「国が専門の部隊を作ってくれるんですか!? そ、それなら私たちがいなくても、王国中の生き物たちを安全に保護できます……!」
カタリナが目を輝かせると、今度は第一王子ジェフリーがパチンと扇子を鳴らし、面白そうに目を細めた。
ジェフ「でもね、いくら優秀な部隊を作っても、広い王国の中から隠れている生き物を『見つける』のは至難の業だ。そこで僕からの提案だよ。平民から貴族まで、全国民に向けて【情報提供の報奨金制度】を布告するのさ」
アラ「報奨金制度……? 見つけたら金が出るのか?」
アランの問いに、ジェフリーは楽しそうに頷いた。
ジェフ「その通り。ただし『捕まえたら』ではなく『見つけて、無事に国へ報告したら』だ。自分で無理に捕まえようとして怪我をしたり、生き物を傷つけたりしたら報奨金は没収。安全な場所から観察し、速やかに領主や特務部隊に正確な居場所を伝えた者にのみ、王家からたっぷりと金一封を出す。これなら、力のない農民の子供でも喜んで『未知の生き物探し』に協力してくれるだろう?」
ジェフリーの案は、人間の「欲」と「安全」を天秤にかけ、最も効率よく情報を集めるための見事な人心掌握術だった。
民衆に「恐ろしい化け物」として討伐対象にさせるのではなく、「見つければ大金持ちになれる動く宝箱」として認識させる。そうすることで、王国中の民の目が、そのまま古代生物を保護するための巨大な「監視網」へと変わるのだ。
イア「兄上の情報網と私の法整備、そして設立される特務保護部隊。保護された生物は、王家が責任を持ってこの『プレヒストリック・パーク』へと輸送し、生態に詳しいカタリナ嬢に飼育と管理の全権を委ねる。……これで、人員不足と捕獲の限界という問題はすべて解決するはずだ」
カタ「ジェフリー王子殿下……イアン王子殿下……っ!!」
カタリナは感動のあまり、両手をギュッと握りしめて二人の王子を見つめた。
自分たちの小さな手だけでは救えなかった命が、王国の頂点に立つ彼らの知恵と権力によって、国全体を巻き込んだ壮大な保護プロジェクトへと昇華されたのだ。
マリ「素晴らしいです……! これで、もうあの日傷ついたスミロドンのような悲劇は繰り返されませんね!」
マリアも嬉し涙を浮かべながら微笑み、キースやメアリたちも安堵の息を吐き出した。
ジオ「……全く。兄上たちには敵いませんね」
ジオルドが苦笑しながら降参するように肩をすくめると、アランも「ああ、スケールが違いすぎるぜ」と頭を掻いた。
パークの運営ルールから国家規模の保護網の構築まで。会議室で交わされたこの決定は、やがてソルシエ王国全土を巻き込む、古代生物と人間が共生するための新たな歴史の第一歩となるのであった。
特務保護部隊の設立や報奨金制度など、国を巻き込んだ大規模な計画が決まっていく中、カタリナはパーク運営におけるもう一つの極めて現実的な問題——「肉食生物の餌の確保」についても、見事な解決策を打ち出していた。
スミロドンのような大型の肉食獣を複数頭飼育するためには、毎日膨大な量の生肉が必要となる。これをすべて市場で購入していては、いくら資金があっても足りない。
だから案として、近隣の農村で畑を荒らして農民たちを苦しませている猪や鹿等の害獣を、パークが適正な価格で購入、あるいは寄付として引き受けるというシステムが提案された。
害獣が減って助かり、猟師の方々は余った肉をお金に換えられる(当然、その人達が食べる分の支障も出さないようにだが)。そして私たちは安く大量の肉が手に入る。
ただ寄付を募るだけではない。肉を提供してくれた猟師や村の名前は、「パーク公式サポーター」として、立派な木の看板に刻まれ、展示場の前に堂々と掲示されることになった。
農民たちからすれば、厄介な害獣を処分できる上に収入にもなる。さらに寄付してくれた農民には、対価としてパークの「支援者一覧」の看板に名誉ある者として名前が刻まれる。
この「自分の名前が王族も関わる施設の看板に載る」という名誉は平民にとって、王族や上位貴族が関わる国家事業の施設に自分の名前が「協力者」として残るこの上ないステータスとなる。
この巧妙な対価によって、餌用の肉は安定してパークへと供給される目処が立ったのである。
一先ずはこれで、一般に向けて「プレヒストリック・パーク」を開園してみることに決定したのだった。
ーーー
会議が無事に終わり、皆がそれぞれ開園に向けた準備のために解散しようとしていた時。
ジオ「カタリナ、ちょっと良いかい?」
カタ「? はい、何でしょう?」
帰り際、ふいにジオルドに呼び止められたカタリナは、不思議に思いながら彼についていく。
案内されたのは、管理棟の奥にある小さな応接室だった。扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
カタ「え……?」
部屋の中には、すでにアラン、キース、ニコル、そしてメアリとソフィアが真剣な顔つきで席についていた。カタリナのいつもの仲間たちだ。
しかし、ただ一人。いつもカタリナの隣でニコニコと微笑んでくれている、金髪碧眼の愛らしい少女の姿だけが、そこには無かった。
カタ「ど、どうしたの皆? マリアちゃんはどうしたの? 一足先に帰っちゃったのかしら……」
カタリナが戸惑いながら尋ねると、扉を閉めたジオルドが重苦しい溜息をつき、静かに首を振った。
ジオ「彼女には、今日はもう戻るように僕から伝えたんだ。カタリナ、落ち着いて聞いてほしい」
促されて席についたカタリナに対し、ジオルドは酷く言いにくそうに、しかしハッキリと事実を告げた。
ジオ「カタリナ……。マリア嬢が、町や周囲の平民たちから『さらに』避けられるようになってしまっているんだ」
カタ「え!? マリアちゃんが更に避けられてる!?」
その言葉に、カタリナはサァッと血の気を引かせ、青ざめた。
マリア・キャンベル。
彼女は平民でありながら、この世界において非常に稀有で尊い「光の魔力」を授かって生まれてきた。
しかし、その特別な力は彼女の人生に暗い影を落とした。平民から魔力持ちが生まれることは極めて稀であり、周囲からは「貴族との不義の子ではないか」というあらぬ誤解や偏見の目を向けられることになったのだ。
仲が良かった両親は、その残酷な噂によって引き裂かれてしまった。父親は妻の潔白を頑なに信じていたのだが、行く先々で嫌でも耳に入ってくる心無い噂話に精神的な限界を迎えてしまい、ついには家を出て行ってしまったのである。
マリアは、幼少期の平穏な生活を取り戻そうと、そして母を悲しませまいと必死に努めて「いい子」であり続けてきた。しかし、何をしても周囲からは「特別な子だから」「貴族の血が入っているから」としか思われず、同級生たちからも遠巻きに敬遠され、深い孤独の中にいたのだ。
そんな彼女を孤独から救い出したのはカタリナたちだった。しかし、それが裏目に出てしまった。
カタ(私のせいだ……っ!)
カタリナはガタッと立ち上がりそうになるほど動揺した。
ただでさえ「不義の子」と疑われ孤立していた平民の少女が、突然、公爵令嬢であるカタリナをはじめ、王国の王子たちや高位貴族の子息令嬢たちと親しげに肩を並べるようになったのだ。
周囲の平民たちからすれば、それは「やはりあの娘は貴族の隠し子だったのだ」「下手に近づいて、高貴な方々の機嫌を損ねたらどうなるかわからない」という、さらなる恐怖と嫉妬、そして身分差による激しい壁を生み出してしまったのである。
カタリナたちがマリアと仲良くなる度に、マリアと同じ平民が一層、彼女とその母親を気味悪がり、避けるようになってしまっていた。
カタ「どうしよう……私が、私が何も考えずにマリアちゃんを振り回してしまったから! 彼女のお母様まで、さらに肩身の狭い思いを……っ!」
両手で顔を覆い、激しい自責の念に駆られて震えるカタリナ。そんな彼女の両肩を、キースが優しく、しかし力強く支えた。
キー「義姉さんは何も悪くないよ。義姉さんがマリアさんを救い出したのは事実だ。それに、身分を気にせずに彼女に接することができたのは、義姉さんだからこそだ」
メア「キースの言う通りですわ、カタリナ様! カタリナ様がご自分を責める必要など、どこにもありません!」
キースとメアリが必死にカタリナを慰め、ソフィアも痛ましそうにカタリナの手を握りしめた。ニコルも静かに頷き、アランも「お前が悪いわけじゃねぇよ」と呟く。
ジオ「カタリナ、顔を上げて。絶望するにはまだ早いよ」
皆の励ましの中、ジオルドがスッと一枚の羊皮紙をテーブルの上に広げた。そこには、見慣れた第一王子と第二王子の見事なサインが記されていた。
ジオ「おそらく、僕達と一緒にいる事が原因だろうと気づいた時、すぐにイアン兄上とジェフリー兄上に相談したんだ。今はマリアの件で此処には居ないけれど、兄上たちが極めて現実的な『解決策』を出してくれたよ」
カタ「ジェフリー王子殿下と、イアン王子殿下が……解決策を?」
涙目で顔を上げたカタリナに、ジオルドは力強く頷いて説明を始めた。
ジオ「マリア嬢とそのお母様が平民たちから避けられるのは、彼女たちの立場が『宙に浮いているから』だ。貴族の庇護を受けているのか、それともただ遊ばれているのか分からないから、平民たちは気味悪がって距離を置く。……なら、国として『正式な立場』を与えてしまえばいい」
ジオルドが指し示した羊皮紙には、魔法省の正式な認可印が押されていた。
ジオ「まずイアン兄上が、マリア嬢をこのプレヒストリック・パークにおける魔法省直属の『特別魔法顧問・治癒担当』として正式に任命する手はずを整えてくれた。スミロドンの治療実績もある。これで彼女はただの平民ではなく、王家と国が認めた『誇り高き役人』となる」
アラ「なるほどな。国境警備や王宮魔術師と同じだ。国から正式に役職と給金が支払われる者を、根も葉もない噂で迫害すれば、それは国への反逆と同義になるってわけだ」
アランが感心したように腕を組むと、ジオルドはさらに言葉を続けた。
ジオ「そしてジェフリー兄上の案だ。マリア嬢のお母様を、このパークの『食材調達管理責任者』として正式に雇用する。先ほど決まった
カタ「マリアちゃんのお母様を、パークで……!」
ジオ「お母様が王家直轄事業の責任ある立場に就き、農民たちに『害獣の買取金』を支払う立場になれば、周囲の態度は一変するはずだよ。彼女たち親子は『気味の悪い噂のある平民』から、『王国の重要な事業を任され、自分たちに利益をもたらしてくれる立派な方々』へと劇的に変わるんだ」
イアンによる法的な地位の確立と、ジェフリーによる経済的な自立と周囲の印象操作。
二人の優秀な兄たちが導き出した答えは、単なる同情ではなく、マリアと母親が自分たちの力で堂々と胸を張って生きていける、極めて現実的で完璧な土台作りであった。
ジオ「お母様はすでにこの話を快諾してくださっている。来週には、王都からこのパークの近くに引っ越してくる手はずになっているよ。もう、周囲の偏見に晒される心配はない」
カタ「あ、ああ……っ」
あまりにも見事な解決策と、気づかないうちにそこまで手配してくれていた王子たちの優しさに、カタリナの目から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちた。
カタ「よかった……本当によかった……っ! ジオルド王子殿下、ジェフリー王子殿下、イアン王子殿下にも……心から感謝します!」
ジオ「君が泣くことはないよ、カタリナ。僕たちは、君の大切なものを守りたいだけなんだから」
ジオルドは優しく微笑み、カタリナの頬を伝う涙をハンカチでそっと拭った。
平民と貴族。身分という厚い壁によって引き起こされた幼き日のヒロインの悲劇はカタリナを愛する者たちの手によって、開園を迎えるパークの希望とともに、今度こそ完全に拭い去られようとしていたのである。
ーーー
あれから数週間の月日が流れた。
王家直轄の事業として本格的に動き出したことでマリアとその母親の生活拠点も無事にパークの近くへと移され、古生物たちの体調管理も魔法省の役人や腕利きの獣医たちの協力によって万全の体制が整えられた。
食事の調達ルートや、生き物たちがストレスなく暮らすための環境など、必要なものもすべて揃い……いよいよプレヒストリック・パークの開園!
――と、いきたいところだったが、流石にいきなり本稼働させるのは早すぎるし危険だ。接客や警備の連携の確認も必要だということで、今回はあくまで試験的な「見学会(プレオープン)」が催されることになった。
パークの入り口に新設された広大なエントランス広場には、実に多様な身分の人々が集まっていた。
クラエス家の面々やカタリナの学園の友人たち、マリア、そしてジェフリーやイアンといった王族たちの姿はもちろんある。しかし、今日この場に集められたメインの客層は、大きく二つのグループに分かれていた。
一つは、煌びやかなドレスや礼服に身を包んだ「貴族」たち。
彼らの大半は古生物そのものよりも、「第一王子と第二王子が深く関わっており、王国全土を巻き込む巨大事業」という点に目をつけ、何とかクラエス家や王族との繋がりを持とうと下心丸出しでやって来た者たちだ。中にはスミロドンのお茶会で恥をかいたあのモブ貴族の姿もあり、彼は「私がこのパークの筆頭パトロンなのだ!」と周囲に見栄を張っていた。
そしてもう一つは、貴族たちの放つ威圧感に隅の方で小さくなっている「平民」たちである。
彼らは、ジェフリーの考案した「身分に関わらず誰でも安全に楽しめる施設である」という事実を国中に広めてもらうための、いわば口コミのインフルエンサーとして、近隣の町や村から態々招待された人々だった。
そんな異様な熱気と、身分差による緊張感が入り交じる広場の前。
立派に設えられた木造の演壇の裏側では、本日の主役であるはずの少女が、ガクガクと膝を震わせながら壁の影に隠れていた。
カタ「ねえ、本当に私が演説しなきゃ駄目?」ヒソヒソ
悲痛な声で仲間たちに囁くカタリナ。
なんと彼女は、このプレヒストリック・パークの「初代園長」として、集まった大群衆を前にウェルカムスピーチをする事になってしまったのだ。
公爵令嬢としてのお茶会の挨拶程度なら何度かこなしてきたが、王族や上位貴族、さらには平民までが入り混じるかつてない規模の式典の主役など、前世の一般庶民としての記憶を持つカタリナにとっては胃に穴が空きそうな大役である。今すぐにでも土魔法のボコを作り出して、その裏に隠れてしまいたかった。
涙目で助けを求めるカタリナを見て、第三王子ジオルドが完璧な笑みを浮かべ、甘い声で囁いた。
ジオ「ふふっ。そんなに心配でしたら、私も一緒に壇上に上がりますよ? カタリナの隣で、僕がしっかりと手を握って支えてあげますから」
それはもう、甘やかし度百パーセントの魅力的な提案だった。しかし、その王子様の提案を、横からスッと割り込んできた人影が見事に遮った。
キー「いえいえ、ジオルド様にそこまでしてもらうには及びませんよ。仮にもクラエス家の事業のお披露目なのですから。ここは義弟である僕がやりますよ」
キースは完璧な貴公子の笑みを顔に貼り付けながらも、背中に「これ以上義姉さんに近づくな」という明確な牽制のオーラを放ち、ジオルドとカタリナの間に立ち塞がった。
ジオ「……キース義弟殿は心配性ですね。僕は婚約者としてカタリナを助けたいと言っているだけなのですが?」
キー「……義姉さんは僕の大切な家族ですから。婚約者様の手を煩わせるわけにはいきません」
笑顔のまま、至近距離でバチバチと火花を散らすジオルドとキース。周囲の温度が数度下がったような気すらする、一触即発の腹の探り合いである。
しかし、その様子をすぐ後ろで見ていたカタリナの脳内フィルターを通すと、その光景は全く別のものに変換されていた。
カタ(ふふっ。ジオルド王子もキースも、あんなに近い距離で見つめ合って……やっぱり仲いいな……)
二人の間に流れる殺伐とした牽制の空気を、「男同士の熱い友情」と見事に勘違いし、カタリナは一人でほっこりとしていた。前世で乙女ゲームをプレイしていた頃のオタクの血が騒いだのか、あるいは頼もしいイケメン二人が自分のために(?)張り合ってくれているやり取りを見たからか。
不思議なことに、二人のおかげでさっきまでの胃が痛くなるような緊張は、綺麗さっぱり和らいでいた。
カタ(大丈夫! 私にはこんなに心強い弟と、頼りになる友人たちがいてくれるんだから。それに、傷ついたスミロドンたちのような悲劇を二度と繰り返さないために、私がこの施設の意義をしっかり伝えなくちゃ!)
カタリナは両手でパンッ!と自分の頬を叩き、気合を入れた。
覚悟を決めた彼女の碧い瞳には、もう逃げ腰な色はない。プレヒストリック・パーク園長としての、そして古代の命を守る者としての強い意志が宿っていた。
大きく深呼吸を一つ。
カタリナは、マリアやメアリたちに「行ってきます!」と力強く頷き返すと、ドレスの裾を優雅に翻し、木造の演壇へと続く階段を上り始めた。
ざわめいていた広場が、クラエス公爵令嬢の登場に水を打ったように静まり返る。
探るような視線を向ける貴族たちも、不安そうに身を縮めていた平民たちも、全員の視線がただ一人、壇上の中央に立ったカタリナへと注がれた。
太陽の光を浴びて演壇に立つカタリナは、背筋をピンと伸ばし、王国の未来を担う公爵令嬢としての完璧で威風堂々たる姿勢を保っていた。
静まり返った広場に、風がサァッと吹き抜ける。
演壇の中央に立ったカタリナは、貴族たちの値踏みするような視線も、平民たちの萎縮した空気も真っ向から受け止め、よく通る凛とした声で語りかけ始めた。
カタ「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。遠くにいる方は私の声は聞こえないでしょう。近くにいる方は私は小さく見えるでしょう。ですが、私はこれを見過ごせませんでした!」
その出だしは、いわゆる貴族の優雅で形式張った挨拶とは全く異なるものだった。
着飾った言葉ではなく、心からの叫びのような力強い第一声に、貴族たちも平民たちもハッとして彼女の顔を見つめる。
カタリナは、真っ直ぐに前を見据えたまま言葉を紡いだ。
カタ「今、私たちの住むこのソルシエ王国のあちこちで、時代を超えて迷い込んだ『古生物』たちが次々と発見されています。彼らは決して、私たちの生活を脅かす恐ろしい化け物ではありません。見知らぬ世界に突然放り出され、怯え、戸惑っているだけの……私たちと同じ、血の通った尊い命なのです」
カタリナの脳裏には、密猟者に追われて傷ついていたスミロドンの親子の姿や、環境の違いに苦しんでいた生き物たちの姿が浮かんでいた。
カタ「彼らを珍しい見世物として檻に閉じ込めたり、娯楽のために狩猟したりすることは、断じて許されません。命を傷つける行為は、無知と傲慢から生まれます。だからこそ、私たちは彼らを正しく『保護』し、彼らが安心して生きられる環境を作らなければならないと考えました。
それが、このプレヒストリック・パークです!」
熱を帯びたカタリナの言葉に、聴衆は完全に引き込まれていた。
カタ「このパークの理念は『動物を探し、正しく学び、共に生きる』こと。ここでは、動物たちは檻の中ではなく、できる限り自然に近い環境で暮らしています。ですから、時には茂みに隠れて姿が見えない日もあるでしょう。ですが、それこそが彼らの『本当の生きる姿』なのです!」
さらに、カタリナは集まった平民たちの方へも視線を向け、力強く宣言した。
カタ「そして、命の前に身分は関係ありません! 貴族であれ平民であれ、このパークを訪れるすべての人に、彼らの生態を学ぶ権利があります。この場所は、誰もが平等に命の神秘に触れ、敬意を抱くための『教育と共生の場』なのです!」
公爵令嬢としての気品を保ちながらも、どこか泥臭く、不器用なほどに真っ直ぐな言葉。
それは、計算高い大人の演説にはない「子供らしさ」や「純粋さ」を残しながらも、絶対に命を守り抜くという強固な「信念」に満ちた、立派な演説であった。
その堂々たる姿を、最前列の来賓席から見守っていたクラエス公爵夫妻は、言葉を失っていた。
木登りや畑仕事ばかりして周囲をヒヤヒヤさせていたあのお転婆娘が、今は王族や大勢の領民を前に、これほどまでに立派な理念を掲げて堂々と演説をしているのだ。
ルイジ「……子というのは、成長が早いものだな」
父親であるルイジが、感慨深げに目を細めて呟く。
その隣で、いつもはカタリナの奇行に頭を抱え、厳しい小言を繰り返していた母のミリディアナも、今日ばかりは扇子で口元を隠し、潤んだ瞳で娘の晴れ姿を見つめていた。
ミリ「そうね……。本当に……立派になったわ」
両親が見守る中、カタリナは演壇の上で小さく息を吸い込み、最後の締めくくりの言葉を紡いだ。
カタ「プレヒストリック・パークはまだ小さく、まだ未熟です。設備も完全とは言えませんし、これからたくさんの課題にぶつかると思います。ですが……時が進むにつれ成長していき、大きくなります。それまで皆様の温かい目で、このパークの行く末をみてくれたら幸いです」
カタリナが深く、優雅なカーテシー(淑女の礼)を披露すると、広場は一瞬の静寂に包まれた。
そして次の瞬間――割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
初めは王族との繋がり目当てだった貴族たちも、彼女の熱意に当てられて惜しみない拍手を送り、身分違いを恐れていた平民たちは「私たちも入っていいんだ!」と目を輝かせて歓喜の声を上げている。
舞台袖に控えていたジオルドやキース、マリアたちも、誇らしげな笑顔で力強く拍手をしてカタリナを迎える準備をしていた。
その万雷の拍手が鳴り響く中。
カタリナの背後にある、巨大な丸太で組まれたパークの正門の前に、数人の職員たちが立った。彼らが重厚な木のカンヌキを外し、合図とともに両側から力一杯に門を押し開く。
ギギギギギギ……ッ!!
重たい音を立てて、プレヒストリック・パークの巨大な門が、ついにその口を大きく開いた。
門の向こう側に広がっていたのは、見慣れたソルシエ王国の森ではない。シダ植物が生い茂り、見たこともないような巨大な木々がそびえ立つ、息を呑むような「古代の風景」だった。
カタリナ・クラエスとその仲間たちが作り上げた、太古の命と現代の人々を繋ぐ夢の動物園。
その記念すべき歴史の第一歩が、今ここに力強く踏み出されたのである。