悪役令嬢は破滅フラグの代わりに太古の門を開く〜私のせいで世界が恐竜時代になったので、責任をとって特別教授になります〜   作:龍座

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帰れなくなってしまった…

大声を出してしまった直後、カタリナは血の気が引くのを感じた。

 

「中生代」という悲鳴に反応したのか、平和に葉を食んでいたサウロロフスの群れが一斉に咀嚼をやめ、巨大な頭をこちらへ向けたのだ。

 

カタリナは慌てて両手で口を強くふさぎ、巨大なシダ植物の陰に身を縮めて息を潜めた。

 

心臓が早鐘のように鳴り響き、冷や汗が背中を伝う。相手は草食恐竜とはいえ、あの巨体で踏み潰されればひとたまりもない。

 

永遠にも思える数分の沈黙が流れた。

 

やがて、群れは小さな人間など警戒するに値しないと判断したのか、何事もなかったかのように各々の食事や移動を再開した。

 

カタ(た…助かった……)

 

口を押さえていた手を離し、カタリナから深い安堵の息が漏れる。へたり込んだ足から力が抜けきっていた。

 

カタ(でも、何で……!?)

 

現実離れした状況に混乱する頭で、カタリナはふと前世の記憶の一片を思い出した。

 

カタ(そう言えばあっちゃんから聞いたことがある…。『FORTUNE・LOVER』にはクリア後のDLCの一つにサバイバル編があって、それが太古の時代にタイムスリップする設定だと。でも、乙女ゲー厶の世界観を完全に壊してしまうから、結局はボツになって無しになったって……。あっちゃんも私も、ネットのただの都市伝説だって笑ってたけど、まさか本当だったとは……引くわ……)

 

乙女ゲームのヒロインや悪役令嬢が、ドレス姿のまま恐竜から逃げ惑う姿など誰が見たいというのか。開発陣の正気を疑うような裏設定が、今まさに現実としてカタリナに牙を剥いていた。

 

カタ(と、兎に角、此処にいたんじゃ破滅フラグどころか本当に死ぬ!急いで帰らないと……)

 

断罪イベントによる国外追放どころの話ではない。ここで恐竜の餌食になれば、物理的に人生がゲームオーバーだ。カタリナは這いつくばるようにして立ち上がり、クワを握り直して、慎重に元来たゲートへと向かおうとした。

その時だった。

 

突如、群れの中にいた一体のサウロロフスが、空気を震わせるような甲高い、トランペットに似た奇妙な鳴き声を響かせた。

 

カタ「!?なに!?なに!?」

 

予想外の轟音に、カタリナはビクッと身をすくめた。

 

鳴き声は一度だけではなく、呼応するように他のサウロロフスたちも次々と似たような声を上げ始める。パニックになりかける頭で、カタリナは前世で読んだ恐竜図鑑のページを必死に思い出した。

 

サウロロフス――白亜紀後期に生息していた、ハドロサウルス科の大型草食恐竜。その最大の特徴は、カモのような平たいクチバシと、頭頂部から後頭部に向かって長く突き出た骨のトサカ(突起)である。彼らはこのトサカの根元にある鼻腔を風船のように膨らませて共鳴させることで、遠くまで響く巨大な音を出すことができたとされている。

 

そして、その音が使われる最も重要なシチュエーションは、仲間同士のコミュニケーション、とりわけ『外敵の接近を知らせる時』だった。

 

ズズン……ズズン……!

 

地鳴りのような足音が響き始めた。サウロロフスたちのそれとは違う。もっと重く、地を確実に踏みしめるような、圧倒的な捕食者の足音だ。

 

カタリナは青ざめた。あの奇妙な鳴き声は、やはりサウロロフスの警告だったのだ。

 

直後、鼓膜を劈くような獣の咆哮と共に、巨大な何かがなぎ倒される凄まじい轟音が響き渡った。バキバキと太い樹木がへし折れ、地響きを立てて重い肉塊が地面に叩きつけられる。

 

カタリナは震える手でシダの葉を掻き分け、恐る恐る音のした方向を覗き込んだ。

 

そこには、無残にも地に倒れ伏したサウロロフスの巨体と、その傍らで血の匂いを嗅ぎつけるように首を垂れる、圧倒的な暴力の化身――鋭い牙を剥き出しにした巨大な肉食恐竜の姿があった。

 

目の前で繰り広げられる、あまりにも生々しい弱肉強食の光景に、カタリナの顔からはさあっと血の気が引き、土気色に青褪めた。

 

手足は自分の意志とは無関係にガクブルと激しく震え、喉は干上がったようにひきつり、悲鳴はおろか、わずかな言葉すら発することができない。

 

カタ(ティラノサウルス……いや、サウロロフスがいるから生息域が違う……多分だけど「タルボサウルス」…!)

 

限界まで恐怖に支配されながらも、かつて図鑑を読み漁った野猿時代の記憶が、恐るべき冷静さで目の前の脅威を分析していた。

 

カタリナの予想通り。あれはティラノサウルスではなく、タルボサウルスだ。

 

タルボサウルス――白亜紀後期のアジア(主に現在のモンゴル・ゴビ砂漠のネメグト層など)に生息していた大型の獣脚類である。

北米大陸の覇者であるティラノサウルス・レックスとは極めて近縁な種であり、体長も10メートルから12メートルに達する生態系の頂点捕食者だ。

 

一見するとティラノサウルスと瓜二つだが、最新の古生物学に基づく両者の明確な違いは「頭骨の形状」と「骨格のバランス」にある。

 

ティラノサウルスの頭骨を上から見ると後頭部から鼻先にかけて幅が広い「U字型」をしており、両目が前を向いているため強力な立体視(距離感の把握)が可能だった。

 

対するタルボサウルスの頭骨は、幅が狭くスマートな「V字型」をしている。そのためティラノサウルスほど立体視には優れていなかったが、代わりに嗅覚が極めて発達していたと考えられている。また、下顎の骨が獲物の骨を砕くために強固にロックされる構造になっており、噛みちぎる際にかかる圧力の逃がし方が異なっていた。

 

さらに、ただでさえ短いティラノサウルスの前肢(腕)よりも、タルボサウルスの腕は体に対してさらに小さく、ティラノサウルス科の中でも最も腕が短いという特徴を持つ。

 

そして何より、カタリナが先ほど目撃したハドロサウルス科の「サウロロフス(アジアに生息していた種)」は、まさしくこのタルボサウルスと同じ時代・同じ地域の地層から化石が発見されている。サウロロフスがいる環境に君臨する巨大なティラノサウルス類の正体は、必然的にタルボサウルスとなるのだ。

 

目の前の巨大な捕食者は、映画の怪獣のように無駄に吠え猛るような真似はしなかった。分厚いウロコに覆われた皮膚には、まばらに羽毛の名残のような棘状の毛が生えており、自然界の過酷さを物語る無数の古傷が刻まれている。タルボサウルスはただ淡々と、しかし圧倒的な暴力をもって、倒れたサウロロフスの肉に強靭な顎を沈め、静かに、そして生々しい音を立てて食事を始めていた。

 

カタ(か…可哀想だけど…今のうちに……)

 

自然の摂理に介入することなど、小さな子供であるカタリナにできるはずがない。今はとにかく、自分の命を最優先にするしかなかった。

 

幸い、タルボサウルスの意識は足元の獲物に完全に集中している。血の匂いと肉を咀嚼する音に紛れれば、気づかれずに逃げられるかもしれない。

 

カタリナは極限の緊張状態の中、足音を殺し、じりじりと後ずさりしながら、元のゲートの方向へと歩を進めようとした。

 

だが、その時だった。

 

「――グルルルルル……」

 

カタリナの背後、ほんの十数メートル先の茂みの奥から、空気を直接震わせるような恐ろしい重低音が響いた。

 

それは哺乳類のライオンやトラが発する「ガアアッ!」という派手な咆哮ではない。ワニや大型の鳥類が発するそれに近い、口を閉じたまま喉の奥と胸の空洞を共鳴させて鳴らす、地響きのような威嚇音(クローズドマウス・ボーカリゼーション)。人間の耳で聞くというより、内臓と骨を直接揺さぶられるような、本能的な死の恐怖を煽る低周波だった。

 

カタリナは凍りついたように動きを止め、ギギギ……と錆びた機械のように首を後ろへ向けた。

 

カタ「も、もう一頭いたのね」

 

巨大なシダ植物を掻き分けてぬっと顔を出したのは、もう一頭のタルボサウルスだった。

 

一頭目が狩りを行った個体だとすれば、こちらはそのおこぼれを狙って集まってきた別の個体か、あるいはつがいか。どちらにせよ、獲物にありつけていないこの二頭目の目は、確実に動く小動物――すなわちカタリナを捉えていた。

 

カタリナの顔は完全に引きつり、限界を超えた恐怖で口元がヒクヒクと痙攣するように上がり、引き攣ったような歪な笑みを作ってしまう。

 

「シュゴォォッ……!!」

 

二頭目のタルボサウルスが、鼻腔から熱い息を吐き出し、喉の奥から威嚇の音をさらに大きく響かせた。

腹の底を這いずり回るようなその不気味な声は間違いなくこちらを『容易に捕食できる手頃な獲物』として認識した合図だった。

 

カタ「ヒィヤアアァァ!!!!」

 

張り詰めていた糸がプツンと切れ、カタリナの口から鼓膜をんつんざくような、文字通りの悲鳴が弾け飛んだ。

 

クワを放り投げ、カタリナは泥だらけの靴で地面を蹴りつけ、ゲートの光が微かに見える方向へ向かって、一目散に逃げ出した。

 

ー『FORTUNE・LOVER』sideー

 

カタリナが太古の森で絶望的な逃走劇を繰り広げている頃、ソルシエ王国のクラエス公爵家では、一つの異変が発見されようとしていた。

 

キー「義姉さん?」

 

厳しい家庭教師のレッスンをようやく終えたキースが、屋敷の廊下から庭園へ向かって声をかけた。いつもならこの時間は、土まみれになって畑を耕す義姉の姿があるはずだった。しかし、綺麗に整えられた畑にカタリナの姿はない。

 

アン「カタリナ様」

 

そこへ、奥様から頼まれていた急ぎの仕事を終えた専属メイドのアンが合流した。彼女の顔にも、主の姿が見当たらないことへの僅かな戸惑いが浮かんでいる。

 

アン「キース様。カタリナ様をお見かけになりませんでしたか? 畑仕事が終わったらお茶を淹れるとお約束していたのですが……」

キー「僕も今、探していたところなんだ。道具は出しっぱなしみたいだけど……ん?」

 

ふと、キースの視線が畑の奥、大きな木陰へと向いた。

普段、カタリナが休憩場所として愛用しているその木の根元周辺の地面が、あり得ない形に隆起し、ぽっかりと巨大な口を開けている。

 

キー「アレは……?」

 

そこには、見慣れた庭園の景色とは全く不釣り合いな、地下へと続く薄暗い石造りの階段が姿を現していた。

 

ー『FORTUNE・LOVER』side outー

 

視点は再び、中生代の密林へと戻る。

 

カタ「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

カタリナは泥だらけの地面を蹴り、巨大なシダ植物の葉を力任せに払い除けながら、死に物狂いで逃げていた。

 

背後からは、一定のリズムで大地を揺るがす重い足音が迫ってくる。

 

ズンッ!ズンッ!ズンッ!

 

大型獣脚類であるタルボサウルスの歩行速度は、近年の生体力学的な研究によれば時速19キロから、小走りで最高でも40キロ程度と推測されている。

骨格の構造と圧倒的な体重ゆえに、映画のモンスターのように自動車を追いかけて猛ダッシュすることは不可能だが、それでも人間の子供の全力疾走など容易に追い詰めることができるスピードだ。歩幅の広さが圧倒的に違う。いくらカタリナが前世からの体力バカとはいえ、このまま平地を走り続ければ追いつかれて丸呑みにされるのは時間の問題だった。

 

カタ(追いつかれる! 追いつかれる! 死ぬぅぅっ!)

 

背中越しに、生暖かい腐肉の臭いが混じった獣の息遣いを感じる。

 

絶望が脳裏をよぎったその時、カタリナの目に一本の巨大な木が飛び込んできた。現代の針葉樹を異常に巨大化させたような、天高くそびえる大木。幹の表面にはゴツゴツとした分厚い樹皮が重なっている。

 

生き残る道はこれしかない。カタリナは直ぐ様、その大木の幹へと飛びついた。

 

前世で「野猿」と渾名された彼女の木登りスキルは、伊達ではない。手足の指先を樹皮の隙間に深く食い込ませ、驚異的な身体能力で垂直の幹を駆け上がり始めた。

 

直後、カタリナがたった今飛びついたばかりの足元の空間を、巨大な顎が横薙ぎに通り過ぎた。

 

ガアァンッ!

 

タルボサウルスの分厚い頭骨が幹に激突し、木全体が大きく揺れる。もし登り始めるのが一瞬でも遅れていれば、カタリナの下半身はあの強靭な顎に噛み砕かれていた。

 

「シュゴオォォッ!」

 

獲物を逃した捕食者が、鼻腔から苛立ちに満ちた息を吐き出しながら再び顎を開く。

 

下から突き上げるように迫る鋭い牙の並びを視界の端に捉えながら、カタリナは幹を螺旋状に回り込むようにして回避し、さらに上へ、上へと一心不乱に登り続けた。

手のひらから血が滲み、爪が割れても、決して登る手は止めなかった。

 

どれくらい必死に手足を動かしただろうか…。

不意に、下からの地響きや、樹皮を削り取るような噛みつきの衝撃が止んだ。

 

息も絶え絶えになりながら下を見下ろすと、いつの間にかカタリナは、タルボサウルスが背伸びをしても到底届かない、地上から遥か高い太い枝の上にまで到達していた。

 

地上では、巨大な捕食者がその極端に短い腕を持て余すようにしながら、木の上に逃げ込んだ小さな獲物を黄色い瞳でじっと睨み上げている。

 

しばらくの間、カタリナとタルボサウルスの間で沈黙の睨み合いが続いた。

やがて、タルボサウルスは「これ以上の追跡はエネルギーの無駄だ」と判断したらしい。野生の捕食者は、確実に仕留められる獲物以外には執着しないものだ。十トン近い巨体を維持するには、無駄な体力消費は命取りになるからだ。

 

「――ゴルルルル……ンッ」

 

タルボサウルスは、胸の奥の空洞を共鳴させるような低く不気味な唸り声を一つ上げた。それが獲物を諦めた合図だったのか、そのまま興味を失ったように身を翻し、先ほど同族がサウロロフスを仕留めていた方向へとのっしのっしと歩き去っていった。

 

木の上に取り残されたカタリナは、肉食恐竜の姿が完全にシダの群生に隠れて見えなくなるまで、その場から一歩も動けなかった。

 

足音が遠く消え、再び太古の森に虫の羽音や風の音だけが戻ってきた時、張り詰めていた緊張がようやく解けた。

 

カタ「た…助かった……」

 

太い枝にしがみついたまま、カタリナの口からひゅうと空気が漏れる。

 

安堵の言葉と共に、極限の恐怖から解放された反動で、泥と擦り傷だらけの顔にボロボロと大粒の涙が滲み出していた。

 

その後、周囲に危険がないことを時間をかけて確認し、カタリナは警戒しながらもゆっくりと巨大な大木から降りていった。

 

地面に足が着いた瞬間、限界を超えて酷使された両膝がガクンと折れ、カタリナはその場にへたり込んでしまう。

心臓は未だに早鐘のように鳴り響いており、息を整えるだけでも一苦労だった。

 

命が助かったのも畑作業用の丈夫な厚手の布地で作られたこのつなぎのおかげだ。、垂直の荒々しい樹皮をよじ登っても、カタリナの皮膚が致命的に裂けることはなかった。

もしヒラヒラとしたドレス姿であれば、枝に引っかかって確実に捕食者の餌食になっていただろう。カタリナは自分の農業への情熱が命を救ってくれたことに、場違いにも少しだけ感動を覚えた。

 

しかし、安堵したのも束の間、致命的な問題が浮上する。

 

カタ(ゲートから離れちゃった……)

 

周囲を見渡しても、似たような巨大なシダ植物と、天を突くような太古の木々が立ち並ぶばかりである。無我夢中で、ただ捕食者の顎から逃れるためだけに走ってきたため、どっちの方角からやってきたのか、全く分からなくなってしまっていた。太陽の位置で方角を測ろうにも、うっそうと茂る葉に遮られて空はよく見えない。

 

この未知のジャングルで迷子になることは、すなわち死を意味する。心細さに押し潰されそうになったその時、カタリナの視界に地面の泥が大きくえぐれた不自然な窪みが入った。

それは、先ほどカタリナを追いかけて猛突進してきたタルボサウルスの、巨大な三本指の足跡だった。

 

体重数トンもの巨体が踏み荒らした跡は、柔らかい土壌に深く刻み込まれており、素人の目から見ても明らかな一本道を作っている。

 

カタ(これ、あいつが追いかけてきた時の足跡だわ!)

 

カタリナの引きつっていた頬が、希望によって微かに上がる。

 

この足跡を逆に辿っていけば、カタリナが逃げ出した元の場所、つまり地下室へと繋がるゲートの場所まで戻れるはずだ。

 

足音を極力殺し、カタリナは巨大な足跡を道しるべにして慎重に歩き出した。

 

少し進むと、見覚えのあるものがシダの葉の影に転がっているのを発見した。愛用の農具であるクワだ。パニックになった際に放り投げてしまったものだが、柄も折れることなく無事だった。カタリナは急いでそれを拾い上げ、胸に抱え込む。使い慣れたクワの重みが、わずかに心の平穏を取り戻させてくれた。

 

さらに足跡を辿っていくと、風向きが変わったのか、強烈な鉄の匂いと生臭さが鼻をついた。

身を屈めてシダの葉の隙間から前方を覗き込むと、遠くの開けた場所に、無残に食い荒らされたサウロロフスの死骸が横たわっているのが見えた。

 

カタ(ここまで来れば場所がわかる……)

 

あのサウロロフスが襲われた場所のすぐ近くに、元の世界へ繋がるゲートがあるはずだ。

 

カタリナとゲートの距離は確実に縮まっていた。生きて家に帰り、アンの淹れてくれた紅茶を飲み、キースの小言を聞く。そんな当たり前の日常が、すぐそこまで迫っている。

 

はやる気持ちを抑え、気配を消しながらゆっくりと茂みを抜けた。

 

そして、見覚えのある空間の歪みと、ゲートから漏れる微かな光を視界に捉えた瞬間。

 

 

カタリナの顔から、再び全ての感情が抜け落ちた。

 

カタ(嘘でしょ……)

 

絶望的な光景だった。

 

空間にぽっかりと開いた光のゲート。その真正面に、小山のような巨大な肉塊が二つ、どっしりと横たわっていたのである。

 

それは、先ほどまでこの辺りを我が物顔で歩き回っていた二頭のタルボサウルスだった。

 

一頭は血に染まった顎を地面にすりつけ、もう一頭はその背中に寄り添うようにして丸まっている。腹を大きく上下させながら、シュー、シューという重低音のいびきをかいて、完全に深い眠りに落ちていた。

 

現代のライオンなどの大型肉食獣がそうであるように、彼らもまた、獲物を腹いっぱいに詰め込んだ後は、消化のために長時間の睡眠を必要とするのだ。彼らにとって、謎の光を放つゲートの前は、周囲を見渡しやすい絶好の休憩場所だったのだろう。

 

カタ(これじゃあ、帰れない……)

 

ゲートをくぐるには、あの二頭の巨大な人食い恐竜の頭の間をすり抜け、彼らを跨いでいかなければならない。いくら熟睡しているとはいえ、そんな曲芸のような真似ができるはずがなかった。小石を一つ蹴飛ばしただけで、あるいはカタリナの匂いを嗅ぎつけられただけで、あの恐ろしい顎が再び跳ね上がるだろう。

 

帰るべき扉は目の前にあるのに、そこに立ち塞がるのは文字通り太古の絶望だった。

 

これ以上ここに留まり、もし彼らが目を覚ましたら今度こそ終わりだ。

 

カタリナはクワを握りしめたまま、ポロポロと涙をこぼし、一先ずトボトボと音を立てないようにゲートから離れることにした。

 

安全な隠れ場所を探し、彼らが移動するのを待つしかない。抹茶色のつなぎの背中が、広大な中生代の森へと力なく消えていった。

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