乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してだけでなく私のせいで古生物を解き放ってしまった…。〜責任をとってプレヒストリック・パークを開きます〜 作:龍座
カタリナの強引(?)な誘導に導かれ、一行はパークの深部――白亜紀エリアへと足を踏み入れた。
このエリアの中核を成しているのは、パーク開園当初に最初に作られたガリミムスの大草原だ。大規模なエリア別改修工事に伴い、ガリミムスたちの保護区を中心に周辺の敷地が再編・拡張され、現在では白亜紀の生き物たちが集う一大エリアへと進化を遂げていた。
広大な敷地を進む中、カタリナが立ち止まったのは、かつてスミロドンが飼育されていた展示場であった。
スミロドンたちが新設された新生代エリアへ移送された後、この場所は広さこそ当時のままに保たれつつも、ある「新たな試み」のために景観が劇的に作り直されていた。
横浜動物園ズーラシアやサンディエゴ動物園が誇る生息環境展示の手法を取り入れたその展示場には、これまでの鬱蒼とした森や湿地とは一線を画す、赤茶けた砂地と入り組んだ砂岩の岩場、そして乾燥に強い低木やソテツ類が広がっていた。
そして何より、そこはパークで『初』となる試みが導入された場所でもあった。
カタ「皆様、お待たせいたしました! ご紹介します。こちら、プロトケラトプスとオヴィラプトルの混合展示です!」
カタリナが誇らしげに胸を張って案内すると、深く切り立った崖(モート)越しに展示場を見下ろしていた生徒たちから、どよめきが起こった。
ヘク「こ、混合展示……!? 性質の異なる複数の古生物を、同じ空間で一緒に飼育しているというのですか!?」
カタ「その通りです! これまでの展示場は単一の種だけを保護していましたが、ここでは異なる恐竜たちが同じ空間で関わり合いながら暮らす、より自然界に近い姿を観察することができるのです!」
「魅せる動物園」ではなく「探す動物園」の理念通り、一見するとただの静かな砂漠風景に見える。しかし、観察者の目が慣れてくるにつれ、岩の陰や砂丘の溝から二種類の異なる恐竜たちの姿が浮かび上がってきた。
一方は、太く低い四足歩行の体躯をした恐竜。
プロトケラトプス―――全長約2メートル、体重180キログラムほど。角竜の仲間だが、トリケラトプスのよう鼻や目の上に大きな角はまだない。その代わり、頭部の後ろには扇状の立派な『首のフリル』がそびえ立ち、口元はオウムのように頑丈で鋭いくちばしになっていた。
そしてもう一方は、軽快に二足歩行で岩場を駆け回る恐竜だ。
オヴィラプトル―――全長は約1.5〜2メートル。全身が美しい羽毛に包まれ、頭頂部には小さなトサカがある。手足には鋭い爪を備えているが、その口元には歯が一本もなく、太く頑丈なくちばしだけが備わっていた。
カタ「四足歩行でずんぐりしているのが草食恐竜の『プロトケラトプス』、そして二足歩行で羽毛を纏っているのが雑食恐竜の『オヴィラプトル』です。なぜこの二種を同じ展示場で飼育しているか分かりますか? それは彼らが【白亜紀後期のモンゴルという同じ時代、ゴビ砂漠という同じ乾燥した砂漠環境で共に生きていた】からです!」
プロトケラトプスとオヴィラプトルは、化石記録においても全く同じ地層から多量に発見される、いわば太古の「お隣さん」同士であった。
カタ「まずプロトケラトプスですが、彼らはのちに登場する巨大な角竜たちの初期の親戚にあたります。
角はありませんが、あの頑丈なくちばしと発達した顎の筋肉を使って、乾燥地帯に生える硬い植物の茎や地下根を強力に噛み砕いて食べます。首のフリルは敵に対する威嚇や、仲間同士のコミュニケーション、そして首の筋肉を支える土台として機能していました」
その説明の間にも、一頭のプロトケラトプスが前足の強力な爪を使って砂地を熱心に掘り返し始めた。
カタ「そして、もう一方のオヴィラプトルですが……実はこの恐竜、名前で非常に損をしているんです。『オヴィラプトル』とは日本語で【卵泥棒】という意味なのですが、これは完全な濡れ衣、歴史的な冤罪だったのですよ!」
「えっ!? 冤罪……!?」
思わぬ言葉に、ソフィアやメアリが目を丸くする。
カタ「昔、プロトケラトプスの卵化石のすぐ上にオヴィラプトルの化石が見つかったため、『プロトケラトプスの巣から卵を盗んで食べていた最中に死んだのだろう』と考えられ、そんな悪名が付けられてしまいました。
しかし、最新の研究でその卵を詳しく調べたところ……なんと、その卵はプロトケラトプスのものではなく、オヴィラプトル自身の卵だったことが判明したのです!」
カタリナは指を一本立てて、熱弁をふるう。
カタ「つまり彼は、卵を盗んでいたのではなく、現代の鳥たちと同じように【自分の巣の上で卵を大切に温めて(抱卵して)いた親】だったのです! 強い砂嵐に飲み込まれながらも、最期まで卵を守ろうとしていた愛情深い姿だったんですよ」
「まあ……! なんて切ないお話でしょう……」
「卵泥棒だなんてひどい名付けられようですわね……」
冤罪が明かされた歴史ドラマに、令嬢たちは一気にオヴィラプトルへと親近感を抱いた様子で胸を打たれていた。
カタ「オヴィラプトルの歯のないくちばしは、非常に万能です。植物の果実や種子はもちろん、鋭い爪を使って捕らえた小動物や、硬い殻を持つ貝や甲殻類なども噛み砕いて食べる雑食性でした」
そう語るカタリナの視線の先で、飼育員による「自然素材を活用したエンリッチメント」の成果が表れていた。実際の現代の動物園でも行われているような、極めてシンプルで効果的な工夫だ。
プロトケラトプスに対しては、深い砂地の中に固い根菜類が埋められており、彼らは野生本来の「砂を掘って食物を探す」行動を夢中で行っている。
一方、運動能力が高く器用な爪を持つオヴィラプトルに対しては、倒木や重ねられた木の穴の中に木の実や干し肉が隠されており、彼らはくちばしや前足の爪を器用に突っ込んで餌を引きずり出していた。
さらに展示場内には、岩場や入り組んだ低木がバランスよく配置されている。これにより、もし互いに警戒したとしても視線を遮って距離を置くことができ、過度なストレスを与えることなく同じ空間で共存できるよう計算し尽くされていた。
オヴィラプトルの一頭が、軽快なステップで岩の上へ跳び乗り、羽毛をなびかせて「クゥー、クゥー」と低く喉を鳴らす。その下を、プロトケラトプスが意に介した風もなく、のんびりと通り過ぎていく。
ヘク「す、素晴らしい……! 白亜紀のゴビ砂漠の生態系が、今まさに目の前に復元されている……!!」
ヘクターは溢れ出る感動を抑えきれない様子で、猛烈な勢いで羊皮紙にペンを走らせていた。
プロトケラトプスとオヴィラプトル。
かつて「捕食者と犠牲者(あるいは卵泥棒)」と誤解されていた二種が、太古の砂漠を模した広大な景観の中で、互いの存在を感じながら穏やかに時を過ごしている。
カタリナは、一連のエンリッチメントに励む恐竜たちの姿を見つめながら、誇らしげに笑みを浮かべた。
カタ(ふふん、大成功ね! 単に動物を見せるだけじゃない、彼らが生きた『世界』そのものを感じてもらう……これぞパーク初の混合展示の醍醐味よ!)
カタリナの胸に満ちる達成感と共に、白亜紀エリアの見学ツアーはさらなる深部へと進んでいくのだった。
ーーー
プロトケラトプスとオヴィラプトルが織りなす穏やかな共存の砂漠を後にし、一行は白亜紀エリアのさらに奥深くへと歩みを進めた。
次第に周囲の植生は、乾燥した砂地から、青々としたシダ植物や太い幹を持つ裸子植物、そして白亜紀に爆発的に広がり始めた広葉樹が入り交じる、豊かな緑の景観へと移り変わっていく。古代の植物と、それに似た環境を好む現代の植物が巧みに混植されており、太古の森の息吹が見事に再現されていた。
やがて遊歩道は緩やかな登り坂となり、視界がぱっと開けた。
そこは、これまでの展示場とはスケールが一段違っていた。
足元の地盤から深さ5メートルほど下へと大きく掘り下げられた、広大なすり鉢状の空間。周囲の壁面は荒々しい岩山に似せて造形されており、来園者は高い崖の上を通るような通路から、広大な展示場全体をパノラマで見下ろせる構造になっている。
空間の中央には、自然の地形を模した大きな水場(池)があり、そのほとりには泥がぬかるむ浅瀬や、巨木が倒れたまま苔生しているようなレイアウトが施されていた。
「うわあ……! これはまた、一段と広い場所に出ましたわね!」
メアリが身を乗り出して崖下の景色を見渡す。一目で数多くの動物が走り回れそうなほどの途方もない広さに、キースやアランも驚きの声を上げた。
カタ「こちらも今後の混合展示の為に敢えて広く作られております。ゆくゆくはこの白亜紀ゾーンでおすすめになると私はそう思っています」
カタリナが胸を張ってそう語る。
カタ(ふふふ……ここは前世の知識で言えば、あの『多摩〇物公園のライオンバス展示場』クラスの広さを確保した、とっておきの場所よ!)
と、心の中でドヤ顔を決めながら。
そして、その広大な展示場の奥、岩山の陰からゆっくりと歩みを出してきた『巨大な影』が複数現れた。
前世の記憶を持つカタリナにとって、恐竜と言えばティラノサウルスと並んで絶対に外すことのできない、誰もが知る大スター。
ズシン……、ズシン……。
重々しい足音が崖の上まで響いてくるかのような迫力に、生徒たちが息を呑む。
カタ「ご紹介しましょう。トリケラトプスです」
現れたのはトリケラトプス―――全長約9メートル、体重はじつに6〜8トンにも達する超大型の植物食恐竜の群れだった。
顔から突き出た3本の立派な角と、頭部の後ろにそびえる巨大なフリル(襟飾り)。その姿はまるで、全身に重装甲をまとった「歩く城」である。
アラ「す、すげえ……! なんだあの頭の盾と槍は! まるで巨大な戦車じゃないか……!」
アランが興奮で身を乗り出す。剣や鎧に馴染みのある王子たちにとって、その武骨で完成されたフォルムはたまらない魅力があった。
カタ「彼らは白亜紀の最後期、北アメリカ大陸に生息していた最大級の角竜類です。皆様、彼らの姿をよく観察してみてください。古い絵本などではサイのように足をまっすぐ下に伸ばして歩く姿で描かれがちですが……」
ヘク「あっ! カタリナ様! 彼らの前足は、ゾウのように直立しているわけではなく、少し肘を外側に張ったような『半直立』の姿勢をしていますね!」
カタ「その通りです、ヘクターさん! トリケラトプスは重い頭部を支え、地面の低い植物を食べるため、前肢をわずかにガニ股のように外側に広げて歩いていたことが最新の骨格研究でわかっています」
さらに、一行が目を凝らすと、その皮膚の質感にも驚かされた。
単なる爬虫類のようなツルツルとした鱗ではなく、全身に大きな六角形の鱗板(うろこ)がびっしりと並んでおり、さらに腰から尾にかけての背中側には、ヤマアラシのような硬い刺状の毛(剛毛)がまばらに生えていたのだ。
ソフィ「まあ……尻尾のあたりに、硬そうな毛が生えていますわ」
カタ「よく気づきましたね! 近年のミイラ化石の研究から、彼らの祖先や一部の角竜類には、こうした棘のような毛が生えていた可能性が高いとされています」
トリケラトプスたちは、巨大なフリルを揺らしながら中央の水場へと集まってきた。
彼らのフリルは他の角竜と違い、軽量化のための「穴(開口部)」が骨に空いていない、完全な一枚岩の分厚い骨でできている。そこにケラチン質の鞘が被さった3本の角は、骨の芯よりもさらに長く、鋭く前方を睨んでいた。
『シューゥゥッ……』
『ングルルル……』
トリケラトプスの一頭が、鼻から低く息を吐き出す音を立てた。
やがて一頭が、水場の浅瀬にある泥濘(ぬかるみ)にドスンと横たわり、巨大な体をゴロゴロと擦り付け始めた。
メア「ああっ、あの子、泥だらけになってしまっていますわ!」
カタ「ふふ、あれは『泥浴び』をしてるのよ。寄生虫を落としたり、体温を調節したりするための大切なスキンケア行動なんですよ。あの泥場も、彼らのために用意した環境のひとつです」
泥地や水場、そして起伏のある地形。自然にある要素そのものが、彼らの心身を健やかに保つ最高の環境エンリッチメントなのだ。
さらに、展示場に点在する岩の隙間や、倒木のうろの中には、硬い根菜や太い茎を持つ植物が隠されている。これは現代の栄養価の高い野菜を古代の環境に溶け込むよう偽装して配置したものだ。
『探す動物園』の理念通り、トリケラトプスたちはただ餌箱から餌を食べるのではない。
立派な角を使って枯れ木をどかし、鳥のオウムのように鋭く尖った「くちばし」を起用に使い、隠された硬い植物を噛みちぎっていく。
ヘク「ほほう……! あのくちばしで植物を切り取り、奥にある歯で……すり潰すのではなく、ハサミのように『切り刻んで』飲み込んでいるのですね!」
ヘクターの鋭い観察眼に、カタリナは満足げに頷いた。
トリケラトプスの顎にはデンタルバッテリーと呼ばれる強力な歯の束があるが、彼らは牛のようにすり潰して(咀嚼して)食べるのではなく、強力な顎の力で硬い繊維を「断裁」して胃に送り込んでいたのだ。
大迫力の巨体でありながら、土の匂いを漂わせ、泥にまみれ、自分の力で食物を探して力強く生きるトリケラトプスたち。
深い崖の上から見下ろす生徒たちの目には、彼らがただの展示物ではなく、遠い白亜紀の大地を逞しく生き抜いた『生きた大自然の姿』として、鮮烈に焼き付けられていた。
ーーー
白亜紀の絶対的スター・トリケラトプスの大迫力な生態を堪能した一行は、さらに歩みを進め、恐竜たちの時代から哺乳類が台頭し始めた時代――「新生代」へと足を踏み入れた。
その最初の区画である「古第三紀エリア」の入り口を示すゲートが見えてきた時、一人の王子の足がピタリと止まった。ジオルドである。
彼の視線の先には、熱帯雨林の気候を完全に再現した巨大なドーム型の温室建築がそびえ立っていた。あのドームの中に何がいるのか、ジオルドは本能レベルで察知してしまったのだ。
体長十メートルを優に超える、史上最大の巨大蛇の存在を……。
血の気が引き、歩みを拒絶するように立ち尽くす第三王子に対し、カタリナは苦笑いしながら振り返った。
カタ「ティタノボアのエリアには行きませんから安心してください」
ジオ「……信じて良いんだろうね?」
ジオルドは完璧な王子の微笑みを顔に貼り付けていたが、その頬はヒクヒクと引きつり、声音には一切の笑みが含まれていなかった。極度の蛇嫌いである彼にとって、いくらガラス越しとはいえ超巨大蛇など正気の沙汰ではない。
カタリナが力強く頷いて見せると、ジオルドは小さく安堵の息を吐き、一行はようやく歩みを再開した。
巨大温室の横を通り抜け、カタリナが案内したのは、明るい陽射しが差し込む屋外の展示区画だった。
その展示場は、これまでの深い崖を見下ろすような大規模な作りとは異なり、一部の壁が厚い透明なガラス張りになっていて、上部が開放されたオープンな造りになっていた。
ガラスの高さは、ちょうど小柄なソフィアの背丈と同じくらい。大人の目線ならば上から覗き込むこともでき、近づいてガラス越しに観察すれば、地面を這う生き物と同じ目線になれるという、非常に没入感の高い設計である。
広さも、先ほどのトリケラトプスの大平原に比べればこぢんまりとしているが、そこに暮らす中・小型の生き物にとっては十分すぎるほど「ちょうど良い」スペースが確保されていた。乾燥した土と砂、まばらに生える低い草木、そして所々に転がる朽ち木や岩。
そのガラスの横に立てられた木製の説明看板には、『ペルテフィルス』と書かれていた。
ソフィ「ペルテフィルス……? 恐竜とはまた違う響きですわね」
ソフィアがガラスにそっと手をつき、展示場の中を不思議そうに覗き込む。「探す動物園」の理念通り、パッと見ただけでは砂と岩と草しか見えない。
カタ「はい! 彼らは恐竜ではありません。古第三紀から新第三紀にかけて、南アメリカ大陸で繁栄した『哺乳類』の仲間ですわ」
カタリナの声に合わせて、キースやメアリたちもガラスにへばりつくようにして展示場内に目を凝らした。
すると、枯れ葉が積もった小高い土の山がモゾモゾと動き出し……中から、なんとも奇妙で愛らしい姿をした生き物が這い出してきた。
メア「あっ! いましたわ! なんだか……硬そうな甲羅を背負っていますわね?」
アラ「あれは……アルマジロか?」
アランが目を丸くして指を差した。
現れたペルテフィルスは、全長一メートルほどの、現代の中型犬くらいの大きさだった。アランの言う通り、背中から頭にかけては、現代のアルマジロによく似た硬い鱗甲板(骨の板が変化した装甲)でびっしりと覆われている。
しかし、現代のアルマジロと決定的に違う部分が一つあった。
ヘク「カタリナ様! あ、あの生き物……鼻の上に
ヘクターの興奮した声に、全員の視線がペルテフィルスの顔先に集中する。
そう、ペルテフィルスの鼻先にはまるでサイのように上へ向かって突き出した、二対の鋭い角状の突起が生えていたのだ。
カタ「あれこそが彼らの最大の特徴です。ペルテフィルスは、哺乳類の中でも非常に珍しい『角を持ったアルマジロ』の仲間なのです。あの角は、仲間同士の争いや、天敵から身を守るために使われていたと考えられています」
ペルテフィルスは、短い手足を器用に動かして、トコトコと展示場内を歩き回り始めた。
かつて、このペルテフィルスは、その頑丈な顎と三角形の鋭い歯の形状から「肉食性」や「死肉をあさるスカベンジャー」ではないかと推測されていた時代があった。
しかし、最新の研究や歯の摩耗具合の分析から、彼らは現代のアルマジロと同じように、地面を掘り返して食べる雑食、あるいは植物食を中心とした生態であったことが分かっている。
展示場内の至る所には、彼らの本来の生活を引き出すためのエンリッチメントが仕掛けられていた。
飼育員の手によって自然の土の中に現代のサツマイモやニンジンに似た根菜類が埋められ、朽ち木の中には繁殖させた食用昆虫が隠されている。さらに、古代の植物に紛れ込ませる形で、甘い果実が落ち葉の下にバラ撒かれているのだ。
『フスンッ、フスンッ……!』
ペルテフィルスは、角の生えた立派な鼻先を地面に擦り付けるようにして匂いを嗅ぎ回ると、前足にある強靭な爪をシャベルのように使い、猛烈な勢いで砂を掘り始めた。
パラパラパラッ! と勢いよく土が後ろに飛ぶ。
やがて彼らは、土の中から丸々とした果実や根菜を見つけ出すと、その丈夫な顎と歯を使って「ガリッ、ムシャムシャ」と美味しそうに咀嚼し始めた。さらに別の個体は、朽ち木を強力な爪でバリバリと破壊し、中に隠れていた昆虫を器用に舌で絡めとって食べている。
カタ「ペルテフィルスの食性は、果物、昆虫、そして植物の根などです。こうして餌を隠すことで、彼らが持つ『匂いを嗅ぎ分け、鋭い爪で掘り起こす』という野生本来の行動を促しているんですよ」
カタリナが胸を張って解説すると、ソフィアがガラスのすぐ向こうで果実を頬張るペルテフィルスを見て、目を細めた。
ソフィ「……なんだか、見かけによらずとても愛嬌がありますわ。硬い鎧と角を持っているのに、一生懸命に土を掘って木の実を食べている姿が可愛らしいです」
メア「ええ。こんなに間近で、しかも自分たちと同じ目の高さで観察できるからこそ、彼らの息遣いまで伝わってくるようですわね」
深い堀の上から見下ろす巨大恐竜の圧倒的な迫力も素晴らしいが、こうして「目線の合う高さ」で小さな古生物の繊細な行動をじっくり観察できるのも、環境設計が徹底されたこのパークならではの魅力であった。
ジオルドも、先ほどの冷や汗がすっかり引いたようで、土まみれになって昆虫を食べる角付きアルマジロの姿を興味深げに眺めている。
カタ(よしよし! ジオルドの機嫌も直ったみたいだし、ペルテフィルスたちのエンリッチメントも大成功ね!)
カタリナは心の中でガッツポーズを決めながら、温かく陽気な古第三紀の展示場を後にし、次なる生き物が待つエリアへと一行を先導するのだった。
ーーー
ペルテフィルスたちの愛らしい姿に和んだ空気をそのままに、一行は古第三紀エリアのさらに奥へと進んでいった。
木漏れ日が揺れる静かな遊歩道を歩いていると、やがて前方から巨大な柵と、高くそびえ立つ木々で囲まれた広大な展示場が見えてきた。そこはまるで巨人のための森のようだった。
太い幹を持つ大樹が立ち並び、地面には柔らかな土と草が敷き詰められている。
しかし、その展示場に近づくにつれ、マリアの足取りが次第に重くなっていった。
カタ「マリアちゃん……? どうしたの、顔色が悪いわよ?」
隣を歩いていたカタリナが、心配そうに声をかける。
マリアの青ざめた瞳の先、木々の間から悠然と姿を現した『それ』を見た瞬間、彼女の肩はビクンと大きく跳ね、血の気が引いていくのが分かった。
――ザーッ……、ザーッ……。
マリアの脳裏に、幼い頃の記憶がフラッシュバックする。
激しい雨の降る夜。母と共に乗っていた揺れる馬車の中。窓の外、冷たい雨のカーテンを切り裂くようにして現れた『山のように巨大な影』。
馬車の何倍もあろうかという巨体がすぐ横を通り過ぎていったあの時の、息も止まるような絶望的な恐怖。それは、マリアの心に深く刻み込まれた命がけのトラウマだった。
小刻みに震え出したマリアの異変に気づき、周囲の令嬢や王子たちも息を呑む。
あの生物は、マリアが見覚えのある、決して忘れることのできない存在だった。
その生物の名は、パラケラテリウム。
カタ「マリアちゃん」
恐怖に支配されそうになっていたマリアの冷たい両手を、温かく、そして力強い両手が包み込んだ。
ハッとして顔を上げると、そこにはカタリナが優しく微笑みかけていた。
カタ「大丈夫よ。彼らはとっても穏やかな生き物だから……さぁ、よく見てみて」
カタリナの太陽のような温もりに導かれるように、マリアは恐る恐る視線を展示場へと戻した。
そこにいたのは、間違いなくあの夜見た巨大生物だった。
全長は約8メートル、肩までの高さは5メートル近く、体重は15トンから20トンにも達するとされる、地球の歴史上『最大の陸生哺乳類』。
カタ「パラケラテリウムは、ユーラシア大陸に生息していた巨大な哺乳類です。皆様、この巨体を見てどんな動物の仲間だと思いますか? 実は彼ら……こう見えて『サイ』の仲間なんです」
アラ「なんだと!? サイの仲間なのに、あの立派な角がないじゃないか!」
カタ「ええ、アラン王子の言う通り、彼らには角がありません。それに体型もずいぶん違いますよね」
パラケラテリウムは、現代のサイのように重装甲でずんぐりとした体型ではなく、キリンのように長く伸びた首と、馬のようにすらりと長い四肢を持っていた。
重い体を支える足先には、サイ特有の3本の蹄(ひづめ)がしっかりと大地を踏みしめている。
カタ「彼らはその長い首と脚を活かして、高い木の葉を食べるように進化したんです。森が減り、乾燥化が進んでいく時代の中で、他の動物が届かない高い場所にある植物を独占するために、これほどまでに巨大化しました」
カタリナが指し示す先で、パラケラテリウムは静かに食事の時間を迎えていた。
展示場内に設置されているのは、大樹にカモフラージュされた「草食動物用高フィーダー」だ。滑車とロープを使って自然な樹木の高い位置に網籠を吊り下げるという、現代の動物園でもキリンなどに用いられるシンプルな仕掛けである。
そのフィーダーの中には、たっぷりの干し草や、栄養満点の現代の野菜を絡めた大きな枝葉が仕込まれている。
パラケラテリウムは長い首を悠然と伸ばし、上唇がわずかに長く突き出た器用な口元で、高い位置にある枝葉をブチブチとむしり取ってモシャモシャと咀嚼し始めた。
『ブオォォン……』
彼らが鼻孔から吐き出す低い息の音は、かつてマリアが雨の夜に聞いた恐ろしい咆哮ではなく、ただ静かに食事を楽しむ穏やかな響きだった。
パラケラテリウムの瞳は意外なほどつぶらで、長いまつ毛に縁取られ、穏やかな光を宿している。巨体に似合わず、その動きはゆったりとしていて、どこか優雅ですらあった。
マリ(あのときは……得体の知れない恐ろしい怪物だと思って、すごく怖かったけど……)
マリアは、自分を包み込んでくれているカタリナの手の温もりを強く感じながら、ゆっくりと深呼吸をした。
マリ(……いまは、怖くない)
彼らもまた、この地球という星で必死に生き抜いてきた、美しく尊い命の一つなのだ。カタリナが作り上げたこのパークで、彼らの本来の穏やかな生態を目の当たりにしたことで、マリアの心に長年こびりついていた黒い恐怖の靄は、いつの間にかすっかりと晴れ渡っていた。
マリ「……とても、雄大で美しい生き物ですね。カタリナ様」
マリアが少しだけ潤んだ瞳で微笑むと、カタリナは心底ホッとしたように「ええ、本当に!」と満面の笑みを返した。
巨大なパラケラテリウムが、青空に向かってゆっくりと首を伸ばし、木の葉を食む。
その平和で壮大な光景を前に、一行は時間を忘れて見入り、温かな絆で結ばれた時間はゆっくりと流れていくのだった。