乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してだけでなく私のせいで古生物を解き放ってしまった…。〜責任をとってプレヒストリック・パークを開きます〜   作:龍座

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一人じゃない

長旅の末、特務保護部隊の魔道具とマリアの光の魔法に守られた二頭の巨大な恐竜は、王都の郊外に佇む魔法省の特務保護施設へと無事に搬入された。

 

施設を取り囲む高い防護壁をくぐり、大型獣専用の収容区画へと巨大な体が下ろされた時、現場にいた獣医師や魔術師たちからは驚きの声が上がった。

 

長時間の移送だったにもかかわらず、心なしか二頭の恐竜の容体が大きく回復していたからだ。

 

アロサウルスの露出していた腕の骨は、新たに再生を始めた薄桃色の肉芽と皮膚で覆われ、トルヴォサウルスの破裂しかけていた腹部の凄惨な裂傷も、引き締まった筋肉によってしっかりと閉じ合わされ、はみ出ていた内臓は完全に内部へと収まっていた。

 

マリアが命を救いたい一心で絶え間なく光の魔力を注ぎ続けた結果、極限状態の中で彼女の魔法の精度と威力が大幅に底上げされていたのだった。

 

これならば、あとは施設に常駐している少数の光の魔法使いに引き継ぎ、本格的な治療を行ってもらえれば問題はないはずだった。

 

額にびっしょりと汗をかき、肩で息を吐きながらも、マリアは立ち上がろうとした。

 

マリ「私……まだやれます。この子たちの傷が完全に塞がるまで、魔法をかけ続けます……っ」

 

その青ざめた顔と微かに震える手を見て、ヘクターが静かに首を横に振った。

 

ヘク「いや、君は休んだほうが良い。元気そうに見えるけれど、傍から見れば限界寸前の疲れが見えている。命を救うためには、施術者自身が休むことも大事な仕事なんだよ」

 

ヘクターの優しい声に続き、カタリナもマリアの手をぎゅっと握りしめた。

 

カタ「そうよ、マリアちゃん! ここまで二頭の命を繋ぎ止めたのは、間違いなくマリアちゃんの頑張りのおかげだわ。あとは専門の人たちに任せて、マリアちゃんは少し横になって休んで!」

 

二人の温かい説得を受け、マリアは申し訳なさそうに、けれど安堵したように息を吐き出し、深く頷いた。

 

マリ「……はい。ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……少しだけ休憩させていただきます」

 

マリアが控室へと連れられ、これで一安心だと胸を撫で下ろしたカタリナだったが――それから僅か数分後、事態は思わぬ方向へと転がった。

 

治療室の廊下から戻ってきたキースの報告を聞き、カタリナは思わず声を裏返させた。

 

カタ「ええ!? 回復出来ないですって!?」

 

カタリナの叫び声が、無機質な石造りの廊下に寂しく響き渡る。

 

キー「そうなんだ…!一体どういう訳か教えてもくれなくて…」

 

キースは姉を落ち着かせるように声を低くして答えた。

 

キー(本当は『してくれない』だけど……姉さんにはそう言っておこう。あの治療班の連中、明らかに様子がおかしかった……)

 

キースは脳裏で、先ほど控室で見た光の魔法使いたちの異常な態度を思い出していた。

 

『回復できない』などというのは嘘だ。魔法省が誇る光の治療班であれば、マリアがここまで塞いだ傷口を完全に治癒することなど造作もないはずだった。

 

しかし、彼らは恐竜の巨体を見るなり青ざめ、ガタガタと震えながら治療器具を落とし、頑なに手を伸ばそうとしなかったのだ。

 

キー(何かに怯えている様子だった……。それも、目の前にいる傷ついた恐竜に対してじゃない。何か……もっと別の、目に見えない恐ろしい『何か』に対してだ……)

 

恐竜を恐れているのであれば、ただの恐怖や忌避感が前面に出るはずだ。だが、彼らの瞳に宿っていたのは、権力や不可解な脅威に縛り付けられているかのような、異様な『怯え』だった。

 

不気味な違和感が、密やかに保護施設の廊下を支配し始めていた。

 

カタ「そんな……! ここまで運んできて、そんなのってないじゃない!」

 

専門の治療班が理由をつけて逃げ腰になり、施設内が困惑と混乱に包まれる中、カタリナが「どうしよう」とあからさまにオロオロと狼狽え始めた、その時だった。

 

手当ての控室のドアが勢いよく開いた。そこには、肩で息をしながら立ち尽くすマリアの姿があった。

 

マリ「行かせてください!」

カタ「マリアちゃん!? でも……マリアちゃんはもう限界まで魔力を使って――」

マリ「やらせてください。お願いしますカタリナ様!」

 

力強く、それでいて切切としたマリアの叫びが廊下に響き渡る。その瞳には、自分の身体の限界などとうに越え、目の前にある二つの命を救うことだけを求める強い光が宿っていた。

 

その並々ならぬ熱意と強い意志に押し切られる形で、カタリナとキースは苦笑いを浮かべ、折れるしかなかった。

 

キー「……分かったよ。ただし、絶対に無理はしないこと。途中で少しでも身体に異変を感じたら、すぐに治療を中断して休憩を取ると約束して」

マリ「……はい! ありがとうございます!」

 

マリアは深く深く頭を下げると、すぐさま大型獣の保護区画へと足を向けた。

 

厳重な鉄柵の向こう側では、アロサウルスとトルヴォサウルスが、拘束用の土の台座に身を横たえたまま、苦しげに腹底を震わせるような「グルル……」「シュー……」という低い呼気を漏らしていた。

 

マリアは二頭の巨体の間へ歩み寄ると、静かに両手を掲げた。

 

眩いばかりの純白の光がマリアの掌から解き放たれ、二頭の体をやさしく包み込んでいく。

 

アロサウルスの前脚の擦過傷や、トルヴォサウルスの肋骨付近に深く残っていた爪痕が、光を浴びてじわじわと細胞を再生させ、筋肉が収縮しながら傷口を塞ぎ始めた。

 

しかし――徐々に、その光の輝きに陰りが見え始めた。

 

数分、数十分と時間が経過するにつれ、マリアの額からは滝のような汗が流れ落ち、突き出した指先が小刻みに震えだす。

 

どんなに溢れんばかりの魔力を誇るマリアであっても、数トンを超える巨大なジュラ紀の肉食恐竜二頭を同時に、しかもたった一人で回復させ続けることには肉体的・精神的な限界があった。

 

傷口の再生速度はみるみるうちに遅くなり、光の魔法の効果は目に見えて薄れていった。

 

キー「マリアさん、そこまでだ! 約束通り、一旦休んで!」

 

キースが強引に介入し、マリアの身体を支える。マリアは悔しそうに唇を噛み締めながらも、キースの手を借りてその場に倒れ込むように座り込んだ。

 

それから彼女は、短時間の休息と水分補給を挟んでは、再び立ち上がって光の魔法を放つという、壮絶な治療作業を何度も何度も繰り返した。自らの身体を限界まで削りながら、マリアは一歩も引くことなく、沈黙する巨獣たちの生命の灯火を護るために戦い続けた。

 

 

マリ「はぁ……はぁ……っ、く……ッ!」

 

大型獣保護区画の冷たい石畳の上で、マリアは膝を震わせながら必死に両手を掲げ続けていた。

 

掌から放たれる純白の光は、すでにひと回りもふた回りも細くなり、明滅を繰り返している。その前方に横たわる二頭の巨体はなおも深手を負ったまま、苦しげに「ヒュー……」「グラル……」と湿った呼気を漏らしていた。

 

傷口の再生は完全に途切れ、このままではマリア自身の魔力枯渇による失神と、恐竜たちの容体急変は避けられない。

 

カタ「マリアちゃん、もうやめて! これ以上は本当に危険だわ!」

キー「そうだ、マリアさん! これ以上は僕が力尽くで止める!」

 

カタリナとキースが悲鳴のような声を上げ、マリアの肩を抱きかかえようとした、まさにその時だった。

 

ガラガラガラガラッ!!

 

保護区画の重厚な鉄扉を押し開け、金属と木枠が激しくぶつかり合う凄まじい大音が廊下に響き渡った。

 

ラー「ちょっと待ったぁぁぁ!! うちの可愛い部下に限界まで無理させておいて、この『変人の巣窟』の部署長たる私が黙っていられるわけないじゃない!」

 

白衣の裾を激しく翻して現れたのは、魔法道具研究室の部署長ラーナ・スミスだった。その背後には、異様な熱気を孕んだ怪しげな集団がズラリと控えている。

 

ローラ「マリアちゃん! アタシたちも手伝うわよ! 乙女のピンチを黙って見てるなんて、女が廃るわ!」

 

派手なメイクにフリルとリボンだらけの制服を纏った青髭筋肉男、ガイ(ローラ)がタンクトップの力こぶを誇示しながら、巨大な金属製の箱をドカンと床に据え置いた。その隣では、足に迷子防止の鉄鎖を繋いだネイサンが、分厚い眼鏡の奥の瞳を光らせながら手際よく魔導回路の配線を繋ぎ直していく。

 

ニック「これは倉庫の奥で埃を被ってた試作品第百四号『異性・異属性魔力波長変換兼指向性倍率増幅盤』さ。動けばラッキー、暴走したら爆発する暴れ馬なのさ!」

リサ「(アライグマのぬいぐるみを動かしながら)……無茶は承知の上です。マリア・キャンベルの負担を減らすにはこれしかありません」

 

胸元をはだけさせたナルシスト風のニックスと、ぬいぐるみを抱えた無表情なリサが、何層にも重ねられたレンズと怪しげなルーン文字が刻まれた巨大な魔法陣盤をテキパキと組み立てていく。

 

マリ「ラーナ室長!? みなさん、どうして……っ!?」

 

驚愕するマリアに向かって、ローラは不敵な笑みを浮かべて親指を立ててみせた。

 

ローラ「あの事無用な光の治療班どもが怯えて逃げ出したって聞いたのよ。なら、科学と魔道具の力で力押しするまでよ! カタリナ、キース! あんたたちもその増幅盤に手をかざしなさい! どんな属性の魔力でも、マリアの『光』の周波数に無理やり変換して送り込んでやるわ!」

カタ「ええっ!? そんなことできるの!? ……よーし、マリアちゃん、私達の魔力を使って!」

キー「姉さん、感心してる場合じゃないよ……でも、背に腹は代えられない! マリアさん、いくよ!」

 

カタリナとキースが躊躇うことなく増幅盤の左右の水晶へ手をかざす。ガイやネイサン、さらにはソラやニックスたちも一斉に魔力を注ぎ込み始めた。

 

ジジジジッ……ドカンッ!!

 

小規模な放電と怪しい煙が上がった直後、装置の中央に配置された巨大な集光レンズから、これまで見たこともないような黄金色の奔流――膨大な増幅光線が放たれ、マリアの背中へと注ぎ込まれた。

 

「――っ!!」

 

マリアの身体を、温かく圧倒的な魔力の波動が駆け巡る。枯渇しかけていた彼女の『光』は、装置を介して仲間たちの魔力を糧とし、まるで太陽の昇天のごとき輝きを取り戻した。

 

マリ「すごい……! 魔力が、みなさんの温かい想いが、私の中に溢れてくる……!」

 

マリアの放つ光の帯は太い濁流となり、アロサウルスとトルヴォサウルスの全身をすっぽりと包み込んだ。

 

その光景を呆然と見つめていた特務保護部隊の隊長ヘクターと騎士たちが、ハッと我に返ったように顔を見合わせる。

 

「おいおい……魔法道具研究室の変人どもにここまで見せつけられて、俺たち特務部隊が指をくわえて見ていられるか!」

ヘク「そうだ! 俺たちの魔石も使え! 補助魔力を回すぞ!!」

 

ヘクターの号令一発、騎士たちが所持していた予備の魔力結晶を次々と増幅器の台座へ叩き込み、物理的な器材移動や魔法陣の維持を手伝い始めた。部署の垣根を越え、怪しい魔道具と騎士団の力、そして仲間たちの想いが完全に一つとなった瞬間だった。

 

「「「行けぇぇぇぇ!! マリア(ちゃん)!!」」」

 

全員の叫びに応えるように、マリアは渾身の力で光の双腕を突き出した。

 

ジュウゥゥゥ……ッ!

 

圧倒的な光の粒子が、巨大な二頭の細胞を劇的に活性化させていく。

 

アロサウルスの折れて歪んでいた前脚の骨格がメキメキと音を立てて正常な位置へと再構成され、上顎の頑丈な筋肉と鋭い三本爪の周囲の皮膚が見る見るうちに塞がっていく。トルヴォサウルスの深く裂けていた腹部も、強力な筋組織がしっかりと噛み合い、二度と裂けないほど強固に再生を果たした。

 

「シュー……」

「グ、ルゥ……」

 

やがて、荒かった二頭の呼気が、驚くほど深くて穏やかな呼吸へと変わっていった。

 

ワニのように平たく伏せられていた頭部がゆっくりと持ち上がり、アロサウルスの目の上の突起の下にある鋭くも落ち着いた瞳と、トルヴォサウルスの重厚な頭骨に収まった瞳が、光を放ち終えて膝をついたマリアと、彼女を囲んで歓声を上げる人間たちを、静かに見つめ返していた。

命の危機は、完全に去ったのだ。

 

ーーー

 

恐竜たちの呼吸が完全に落ち着いたのを見届けた瞬間、カタリナは弾けたようにマリアへと駆け寄った。

 

カタ「やったわマリアちゃん!」

マリ「はい……! はい、カタリナ様……っ!」

 

マリアは溢れ出る嬉し涙を拭いもせず、弾んだ声で答えた。安堵と喜びのあまり、二人は互いの手を固く握り締め、子供のように飛び跳ねて喜びを分かち合った。

 

カタリナはすぐに振り返り、汗だくになりながら魔道具を支えていた仲間たちに向かって、弾けるような笑顔で叫んだ。

 

カタ「皆さんも、本当にありがとうございます!」

 

ガイ「もうっ、アタシたちの絆の勝利よ! マリアちゃんの純粋な想いが、このイケメンたちの心も動かしたのよ!」

 

ラーナ室長が誇らしげに胸を張り、ガイ(ローラ)がオネエ特有の賑やかな身振りで場を盛り上げる。足を鎖で繋いだネイサンも眼鏡の奥で穏やかに目を細め、ニックスやリサもどこか満足そうに頷いていた。

 

ヘク「いやはや、魔法道具研究室の底力には一本取られたな。だが、この貴重な古生物の命が救われたのだ、細かいことは抜きにしよう!」

 

特務保護部隊の隊長ヘクターが声を上げて笑うと、周囲の騎士や魔術師たちからも一斉に歓声と拍手が沸き起こった。

 

普段は「雑用部署」「変人の巣窟」と揶揄される魔法道具研究室と、省内でも異色の研究を扱う生物研究室、そして武闘派の特務保護部隊。部署や立場の垣根など、この瞬間にはどこにも存在していなかった。誰もが二頭の命が救われたという純粋な奇蹟に胸を打たれ、笑顔を交わし合っていたのだ。

 

――だが。

 

その誰もが歓喜に湧く保護区画の上部、薄暗い観察用回廊の物陰に、ひっそりと佇む一つの影があった。

 

影はフードを目深く被り、回廊の手すりに掛けた指に爪が食い込むほど強く握りしめていた。その冷ややかな瞳が見つめる先にあるのは、見事に完治した二頭の恐竜と、仲間たちに囲まれて希望に満ちた笑顔を浮かべるマリアの姿だ。

 

(……チッ、使えない治療班どもめ。怯えて逃げ出すまでは計算通りだったというのに……まさかあの変人どもと不義の子が、これほどの魔力を叩き出すとはな……)

 

影の唇から、憎悪に満ちた低い呟きが漏れる。

 

本来であれば、治療が拒絶され、二頭の恐竜は人知れず苦悶の中で死に絶えるはずだった。そしてその死は、マリアの「呪い」と「無力さ」を決定づけ、彼女をより深い絶望へと突き落とす完璧な筋書きとなるはずだったのだ。

 

しかし、目の前で起きたのは、部署の枠を超えた人間たちの結束と、命の完全な救済という最悪の算段違いであった。

 

(……良い気気になるのも今のうちだ。あの二頭が生きて王都に留まるのであれば、やりようはいくらでもある……)

 

影は忌々しげに舌打ちを鳴らすと、歓声に包まれる階下の喧騒に背を向けた。

 

気配を消し、まるで最初からそこに存在していなかったかのように、黒い外套の裾を揺らしながら暗い廊下の奥へと去っていったのだった。

 

ーーー

 

命を取り留めたアロサウルスとトルヴォサウルスは、大型肉食恐竜同士の無用な接触や領地争いによる再度の怪我を防ぐため、魔法省の施設内にある別々の仮飼育場へと移送され、厳重に管理されることとなった。

 

また、今回の騒動の引き金となったマリアの故郷の町周辺や、街から離れた場所にあるという広大な畑の調査が、近いうちに魔法省と専門家によって行われることも正式に決定した。

 

それと並行し、幼少期から運営されて最新の古生物たちが集められているあの『プレヒストリック・パーク』内に、新たにこの二頭の巨大恐竜を迎えるための専用展示場が建設されることも決まり、怒涛の事態はようやくひとまずの収束を迎えたのだった。

 

カタ「ではマリアちゃん、またね!」

マリ「はい、カタリナ様! 本当にありがとうございました!」

 

安堵の笑顔を交わし合い、各々がそれぞれの帰路につく。

 

夕方。馬車がクラエス公爵家に到着したので、カタリナは恐竜たちの無事とマリアの笑顔を取り戻せた達成感から、ご機嫌気分のまま正面玄関からルンルンと屋敷に入った。

 

後ろでキースが「あ、姉さん、その変装用の商人風の服装のまま正面から入ったら……」とかなんとか言っていたが、ルンルン気分のカタリナの耳には一切届いていなかった。

 

そうして、ご機嫌で玄関をくぐると――。

 

そこにはミリディアナが、ただでさえ吊り上った目をさらに激しく吊り上げて、仁王立ちで立っていた。

 

カタ「……あ、あのお母様……」

ミリ「おかえりなさい。カタリナ」

 

そう言って母は微笑んだが、その瞳の奥はまったく笑っていなかった。

 

全身から、明らかに触れてはならない不穏な威圧感を撒き散らしている。

 

ミリ「ずいぶん、妙な服装をしているのね」

カタ「あ、あの、これは……その……」

 

怪しまれないようにと身に着けていた商人風の平服のままだった私は、滝のような冷や汗を流しながらかなり慌てたが……。

 

ミリ「まあ、その妙な服のことは後でじっくり聞くとして……カタリナ。今日、行った夫人会のお茶会で耳にしたのですが、学園で可笑しな噂が広がっているらしいのだけど、知っていますか?」

カタ「……可笑しな噂?」

 

ミリ「そうです。とても可笑しな噂なのですよ。由緒ある貴族が集う魔法学園の敷地内に、あろうことか勝手に畑をつくっている者がいると言う話なのですよ」

 

カタ「…………」

 

ミリ「しかも、作っているのはどうも学園の生徒らしいという話で。貴族の子弟と令嬢ばかりの学園で、貴婦人としての嗜みを放り投げて土を捏ねくり回し、畑など作るような人物が果たしているのでしょうかね?」

 

カタ「…………」

 

ミリ「ねぇ、可笑しな話でしょう? それで、その話を聞いた時にどうしても一人だけ、そのような信じられない奇行をする人物が思い浮かんで――――カタリナ、少し私の部屋で話をしましょうか」

 

カタ「ひぇっ……!?」

 

そうして、お母様の部屋に容赦なく引きずり込まれた私は、その後三時間にも及ぶ雷のような厳しいお説教を受けることとなった。その結果提示された処分は、「一週間のお菓子禁止」と「一週間の畑立ち入り禁止」という、私にとって生殺与与を握られたも同然のあまりに厳しすぎる罰であった。

 

ちなみに――。

 

説教の途中で、マリアが故郷で「隠し子の呪い」と呼ばれ理不尽な差別に苦しんでいた過去を聞いたミリディアナは、同じ年頃の少女の凄惨な境遇に深く心を痛め、目元をハンカチで拭っていた。

 

そして、暴走しかけたアロサウルスとトルヴォサウルスの惨劇から危険を顧みず町と人々を救い、プレヒストリック・パークでの新たな保護計画に尽力したカタリナたちの奮闘を聞くと、お母様の表情は少し柔らかくなった。

 

ミリ「……まったく。相変わらず貴女の破天荒さには頭が痛くなりますけれど……傷ついた友人や、行き場を失った恐竜たちを救うために動いていたことだけは褒めてあげます。今回ばかりは、プレヒストリック・パークの件も含めて特別に『外出禁止』だけは免除してあげましょう」

カタ「お、お母様……っ! ありがとう――」

 

ミリ「ただし! お菓子禁止と畑禁止の撤回はありませんからね!!」

カタ「ガーン……ッ!?」

 

こうして、外出禁止という最悪の事態こそ免れたものの、カタリナは一週間の「甘味断ち」と「土いじり断ち」という激痛を伴う試練に身を悶えさせることになったのだった。

 

ー???ー

 

王都の喧騒から遠く離れた、古い館の一室。

 

重厚な厚手のカーテンで外光が完全に遮られた暗がりの中、数本の蝋燭が不気味な揺らぎを見せ、壁に集う者たちの影を大きく歪ませていた。

 

テーブルを囲んでいるのは、古生物の存在やプレヒストリック・パークの拡大を快く思わない特権階級の者たちだった。

 

男1「失敗だ……! 完璧な手筈だったというのに!」

 

苛立ちを隠せない様子の男が、乱暴にテーブルを叩いた。

 

男2「治療班の連中に圧力をかけ、手を出させないよう仕向けたのが完全に無駄になってしまった! あのまま苦悶の末に死に絶えれば、あの不義の子の『呪い』として処理できたものを……!」

男3「あのキチガイどもめ……! まさか魔法道具研究室の変人どもが怪しげな魔道具を持ち出し、力押しで治療を成功させるとは! あなたもそう思うでしょう、シスター?」

 

男3が問いかけたのは、部屋の最奥、聖なるシンボルが刻まれた刺繍入りの法衣を纏った若く美しい女性だった。透き通るような白皙の肌と、金色の髪。その佇まいはまさに神に仕える聖職者そのものであった。

 

問いかけられた女性は、最初、胸の前でそっと手を組み、慈愛に満ちた心洗われるような清らかな声で口を開いた。

 

教会の女性「ええ……神の創造せしこの世界には、完璧な調和と理が存在いたします。迷える羊たちが命を惜しみ、慈悲を求めること自体は、聖なる光の教えにおいても誠に尊い営みと言えましょう……」

 

その透きとおる瞳には、一見すると深い信仰心と包容力が宿っているように見えた。

 

しかし――次の瞬間、彼女の瞳から温度が完全に消え失せ、顔筋が引きつるように歪んだ。

 

教会の女性「――ですが!! あのプレヒストリック・パークなどという歪んだ異端の園は、神への冒涜そのものです!!!」

 

突然、静寂を切り裂いて部屋中に響き渡ったのは、聖職者とは思えぬ耳を刺すような金切り声だった。女性はガタリと椅子を蹴立てて立ち上がり、胸元の聖印を爪が食い込むほど強く握りしめた。

 

教会の女性「あの忌々しくもおぞましい巨大な魔物どもに神聖なる人間の領域に解き放つなど……天地神明の秩序を踏みにじる悪魔の所業! それを裏で支援し、楽しげに弄ぶ王太子だの公爵家だのといった高位貴族どもが何なのですか!? 天上の神の御前においては、権力者とて等しく灰に変わるべき無知な罪人に過ぎませんわ!!」

 

血走った目で叫び散らす彼女の姿に、場にいた男たちすら気圧されて気まずそうに息をのんだ。だが、女性の激昂は収まらない。彼女の憎悪の矛先は、さらに一人の少女へと向けられた。

 

教会の女性「そして何より許せないのは……あの不義の子、マリア・キャンベルです!! 神から賜りし神聖なる『光の魔法』という奇跡の力を、あのような穢らわしい太古の巨獣を生かすために使うなど……っ! 聖なる威光に対する侮辱! 神への背信行為です!! あの女は光の魔力を装った悪魔の尖兵に違いありませんわ! 然るべき天罰を下し、その存在ごと浄化しなければ神の怒りがこの国を滅ぼします!!」

 

呼吸を荒げ、肩を激しく上下させながら恐竜とマリア、そしてパークに関わる全てを狂信的な言葉で激しく糾弾する女性。彼女にとって、王国の法も貴族の権力も関係なかった。

だ己が信じる歪んだ「神の秩序」こそが絶対であり、それに反するものは全て滅ぼされるべき悪であった。

 

重苦しい狂気が室内を支配する中、奥で腕を組んでいた別の男が、静かに不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

男4「ですが……我らの同志が増えたことも事実。違いますかな?」

 

男4の言葉に、激昂していた女性もハッと息をのみ、ゆっくりと元の椅子へと深く腰掛け直した。

 

男4が言おうとしている「同志」――それは、今回の惨劇とマリアの過去によって、恐竜とマリアに対して強い恐怖と消えぬ憎悪を刷り込まれた、あのマリアの故郷の町民たちのことだった。

 

男3「……まぁ、確かに。あの町民どもの激しい憎悪と混乱は、利用価値がある。マリアという少女を追いつめ、プレヒストリック・パークの存在価値を世論から暴落させるための絶好の駒にはなるな」

 

男3が渋々ながらも納得したように頷くと、男4は闇の中で細めた目を怪しく光らせた。

 

男4「ええ。ですから今は水面下で動きましょう。魔法省や公爵家も今回の件で警戒を強めているはず。念には念を入れ、確実にあの大地と不義の子、そして忌々しい園を根底から潰すために……我らの網を静かに張り巡らせるのです」

 

暗がりの中で、男たちの不吉な笑い声が低く響き渡る。

 

傷ついた恐竜たちが救われ、一時の平穏を取り戻したカタリナたちの裏で、新たな陰謀の影が着々とその黒い手を伸ばし始めていた。

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